「お
嬢さま~!こんな
所にいらっしゃいましたかぁ!」
その
時、ロマンチックなムードを
一気にぶち
壊しにするような
甲高い
声が
店内に
響きわたった。
「いやぁ~お
探ししましたよ。まさかもうこちらまでいらしてるとは………」
見るとこの
店の
支配人であるムッシュー・ヒロタだった。
彼は
自慢のあごひげをさかんに
指で
撫でながら、そわそわと
落ち
着かないようすでアナベルの
前に
来た。
「
今まで
店をほったらかしてどこに
行ってたのよ?
聞きたいのはこっちのほうよ!」
支配人は
身を
縮めながら、
恐縮しきりといったようすで
語りはじめた。
「わたくしめはこの
事件の
発端となった、
貴族の
男を
役人に
突き
出してきたところです。
店の
従業員たちは、ひとまず
屋敷に
集められ、だんな
様といっしょに
今後の
対策を
検討中です。ところでお
嬢さまはどこまで
事態をお
察しで?」
「まっっったく、なーんにも
知らされていないわよっ!」
それまで
溜まっていたアナベルの
怒りが
炸裂した。
「あたしたちに
使者まで
出しておきながら、どうして
店に
一人も
残しておかなかったのよ!おかげで
事情がのみこめなくて
混乱しちゃったじゃないの。それと、あの
男とここに
倒れている
少年は
何者なの!?」
それまで
黙って
傍観していたラグシードは、
急に
話の
矛先を
向けられて、はっとしたようになにかを
思い
出した。
そしてムッシュー・ヒロタに
向かって
神妙なようすでたずねたのだ。
「
怪我してた
人たち、あれからどうなりました?」
一瞬でも
話題がそれ、
支配人はほっとして
救われた
表情になると
落ち
着いた
声で
言った。
「あれからすぐ
治療院に
運ばれました。
治癒呪文がかなり
効いたみたいで、
皆さん
無事ですよ。あなたのおかげで
救われました。ありがとうございます」
面と
向かって
感謝されてやや
戸惑いつつも、まんざらでもないようすのラグシードだったが、
話についていけないアナベルはやきもきし
始めた。
「ちょっと、あたしにもわかるように
説明してよ」
「これは
失礼しました。こちらの
方々は
当店を
救ってくださったいわば
恩人です。
客のペットである
合成獣が
店内で
大暴れしまして、そこに
倒れている
方が、
魔法で
獣を
鎮静化してくださったのです。
そちらの
黒髪の
方は
負傷者の
治癒をしてくださいました。まあ、
店舗にかなりの
損害が
出ましたが、
合成獣の
飼い
主に
修繕費を
全額請求しますのでご
心配なく」
「な~んだ。そうなんだ」
拍子抜けしたように
彼女はつぶやいた。
そしてはっと
我に
返ると、
気まずそうなようすで
黒髪の
青年をちらりと
見た。
「だとしたら、あたしったら
今までずいぶんと
失礼な
発言を………」
「
暴言といってもいいくらいだったぜ」
ラグシードがため
息混じりにぼやいてみせると、それまでの
強気な
態度はどこへやら、アナベルは
急に
恥ずかしくていたたまれない
気持ちになったのだ。
(それはともかく、
彼がこの
店の
恩人だったなんて!)
彼女は
飛び
上がりたいくらいうれしかった。
なぜならそれを
口実に
屋敷に
招待できるではないか。
店を
救ってくれた
恩人ならば、
父や
姉も
喜んで
彼らをもてなすだろう。
(それにしても
皆の
窮地を
救うためとはいえ、あんな
猛獣相手に
立ち
向かうなんて、
見かけによらず
勇敢なのね。でも
意外性のある
人ってなんだか
興味をそそられるわ)
アナベルの
心象風景に、まばゆい
青空が
一面に
広がった。
流れるような
金糸の
髪をそよ
風になびかせ、
丘の
上で
少年が
一人たたずんでいる。
みずみずしい
美貌は
憂いを
秘めているが、
駈け
寄ってくる
少女の
姿を
認めると、ほころぶようにその
表情が
和らいだ。
少年はそっと
手を
差し
伸べると、こちらに
天使のような
微笑みを
投げかけるのだ。
春は
地上を
楽園に
染める
恋の
季節である。
アナベルの
脳内には
瞬く
間に
虹色の
花畑が
咲きほこり、まさしく
春爛漫。
少女は
自分だけの
乙女な
空想に
酔いしれていたのだ。
(う~ん、こんな
気持ちって
久しぶり!)
恋の
訪れは、
永らく
眠っていた
感受性を
呼び
覚ます
魔法の
力があるのだ。
このうえなくすがすがしい
気分で
満たされたアナベルだったが、
不機嫌なラグシードの
発言によって、
甘美 な
妄想はあっけなくかき
消された。
「こっちとしては
幸い二人とも
無傷ですんでるが、
相方は
気絶してるし、おわびの
言葉だけじゃあ
納得できないんだけどな」
憮然としたようすで
青年が
言った。あきらかに
見返りを
要求しているのだ。
夢から
現実に
引き
戻されて、
一瞬むくれそうになったアナベルだったが、それに
便乗しない
手はない。
すかさず
計画を
実行に
移すなら
今だと
判断した。
「そりゃそうよね。あたしとしても
恩を
受けてタダで
返すわけにはいかないわ。そこまで
礼儀知らずじゃないもの。だからお
礼もかねて、あなたたちをうちの
屋敷に
招待するわ」
「おまえんち、
金持ちなの?」
「
失礼な!マインスター
家といえば、アトゥーアンの
都でも
指折りの
豪商ですよ」
ムッシュー・ヒロタが
彼女に
代わって、
誇らしげにそう
答えたのだった。
「なるほど。それなら
喜んで
招待にあずかろうかな。………おっと、ご
主人様のお
目覚めだ」
ふり
返ると
瓦礫の
山の
上に、
太陽の
光を
浴びて
一人の
少年が
立っていた。
「ごめん、ラグシード。また
失敗しちゃったよ」
彼はそう
言って、
照れくさそうに
笑った。
「ところでこの人たち、
誰?」