問われてハッシュは、こほんと
咳ばらいをすると、
「もともと
親戚がアトゥーアンで
商売をしてましてね。はぶりがいいので
店を
手伝ってほしいと
頼まれて、こっちに
移って
来たんですわ」
そう
言うなり
誇らしげに、
人々の
活気あふれる
噴水広場をながめた。
「
坊ちゃんが
屋敷を
出た
翌年ですかね。
親父も
歳だったので
教育の
職を
辞退して、
今では
妻と
私と
一緒にこの
街に
住んでいます」
「
懐かしいな。クロウェル
爺には
叱られもしたけど、いろいろと
大切なことを
教わったよ」
「もしよかったらなんですが、
親父に
逢ってもらえないでしょうか?あれから
坊ちゃんのこと
心配してたみたいで、
顔を見せるだけでも
安心すると
思うんです。なんせロジオン
様は
私どもの
太陽ですから」
「そんな
大げさな………。
僕はかまわないんだけど………」
しきりに
照れながらもロジオンはちらりとアナベルのほうを
見た。
「あたしも
一緒に
行ってもいいの?」
「もちろんですとも!しかしやっぱりデートのお
邪魔でしたかね」
大きな
身体を
申し
訳なさそうに
縮めると、ハッシュは
彼女の
顔色をうかがった。
「いいえ、お
気になさらないで。ロジオンのお
世話になった
方なんでしょ?」
「うん、
小さいころ
僕の
教育係をしてくれた
人なんだ」
「だったらなおさら。
元気な
姿を
見せてあげなきゃ!」
アナベルは
陽気にそう
言ったが、
実はほかにも
思惑があった。
これまでロジオンに
故郷の
話や、
旅の
経緯などをたずねたことがあった。
しかし
話題をふってみたものの、それとなくかわされてしまい、くわしい
話はなんら
聞けずじまいだったのだ。
ラグシードに
聞こうにも
屋敷には
不在がちで、やっと
捕まえても
気乗りしないようすで、
「ロジオンは
秘密主義だからなぁ。
俺からはなんとも………」
とあいまいな
返事をもらったにすぎなかった。
もともと
好奇心が
旺盛なアナベルのことである。
隠されれば
隠されるほど
知りたくなる。
それが
好意を
寄せている
人物のことならばなおさらだ。
教育係を
勤めたほどの
人であれば、
彼のことをよく
知っているにちがいない。
(ロジオンのプライベートなこと、いろいろ
聞き
出すチャンス
到来!
女ってつくづく
好きな
人のことはなんでも
知りたい
生き
物なのよね………)
ハッシュと
再会してから、
彼はずいぶん
気をゆるした
表情を
見せるようになった。
自分といるときとはちがう
打ち
解けた
笑顔。
その
姿をほほえましく
見つめながら、アナベルはロジオンにもっと
近づきたいと
思ったのだった。
☆
ハッシュの
家は
一階に
店舗を
構えているために、
大聖堂のある
広場からさして
遠くない
比較的立地のよい
場所に
建っていた。
「ささ、
遠慮なくおあがりになってください」
階段を
上がった
先にある
居住空間に
入ると、
二人はすぐさま
居間に
通された。
「クロウェル
爺!」
揺り
椅子に
腰かけた
眼鏡の
老人を
見るなり、ロジオンは
急に
顔をほころばせた。
「なんと!ロジオン
様ですか!
久しくお
逢いしないうちにご
立派になられて………」
感無量とばかりに
机上に
読みかけの
本を
投げ
出すと、クロウェルはロジオンの手を
強く
握りしめた。
そしてさりげなく
視線を
横に
移すと、
隣りでにこにこしながら
対面のようすを
見守っていた
娘を
見てたずねた。
「はて?ところで、そちらのお
嬢さんは?」
「こちらは
坊ちゃんのガールフレンドのアナベルお
嬢様です」
(──ハッシュの
奴、
余計なことをっ!?)
思いがけず
顔が
赤くなってしまい、それを
隠すためにとっさにうつむいていると、
「ほほう!それはそれは。ロジオン
様は
奥手なのでこの
爺、たいそう
気にかけていましたが、まさかこんなに
素敵なレディーの
心を
射止めるとは。………わしの
心配も
杞憂に
終わりましたな」
いかにも
感服したというようすで、クロウェルはしみじみしながら
紅茶をすすった。
アナベルの
前で
奥手呼ばわりされ、ロジオンは
顔も
上げられないようすだった。
「
彼はうちの
店の
恩人なんですよ。
店内で
暴走した
合成獣を
魔法で
改心させてくれたんです」
「ほう、それは
大活躍でしたな」
「おかげでたいした
怪我人も
出さず、
店の
評判も
落とさなくてすみました。そのお
礼もかねてうちの
屋敷に
滞在してもらってるんです」
持ち
前の
快活さで、アナベルはハキハキと
喋った。
「そうですか、
魔法で
改心させるとは。この
数年でだいぶ
腕を
上げられましたな」
彼らを
椅子に
座らせてから、
二人分の
紅茶をふるまうと、
店の
用事があるからと
言って、ハッシュは
一階の
店舗に
降りていった。
「ところでお
嬢さん。ロジオン
様はこのとおり、
自分のことは
滅多に
話したがらないお
人なんです。まあ、
難しい
年頃ですしの。よかったら
代わりにあなたが、
彼について
知っていることをこの
爺に
話してくださらんか?」
「えっ!?」
ロジオンが
思わず
驚きの
声をあげ
腰を
浮かした。
鋭い
抗議の
視線をクロウェルに
送るが、
彼は
素知らぬ
風を
装っていた。
どうやら
彼はアナベルのことを
気に
入ったらしい。
彼女は
嬉々として、ロジオンの
活躍をクロウェルの
前で
語りはじめた。
そのほとんどがラグシードや、
外から
様子をうかがっていた、
支配人ムッシュー・ヒロタの
受け
売りだったのだが。
クロウェルはまるで
孫の
活躍を
喜ぶようなそぶりで
聞いていたが、
肝心のロジオンの
心境は
複雑であった。
合成獣であるセルフィンを
改心させ、
被害を
食い
止めたのは
事実だった。
だが、
店を
壊滅的に
破壊したあげく、
呪文の
制御に
失敗して
気絶したのだ。
ぶざまにもほどがある。
お
茶をいれ
直すと
言って、クロウェルが
台所に
引っこむと、
「せっかく
久しぶりに
爺やさんと
逢ったんだから、
黙ってないでもっと
喋ったら?」
アナベルが
肘でロジオンをこづくとそうささやいた。
「
僕の
代わりにアナベルが
全部話してくれたじゃないか」
「それはこの
街に
来てからの
話でしょ。
故郷を
出て
一年以上も
旅してたんだから、
話すことだっていっぱいあるんじゃないの?」
「………
別に。どうってことないことばかりだったよ」
まるで
反抗期まっただ
中、といったようなそっけない
口ぶりだ。
「だったら、どうして
旅に
出たの?
行ってみたい
場所とか、やってみたいことがあったんじゃないの?」
瞳をらんらんと
輝かせて、いかにも
興味津々といったようすでつめよるアナベル。
だが、ロジオンは
返答につまり、うつむくと
急に
黙りこんでしまった。
(ほんとうの
理由なんて………
言えるわけがないだろ………)