22.旅立ちの理由は聞かないで

文字数 2,562文字




()われてハッシュは、こほんと(せき)ばらいをすると、


「もともと親戚(しんせき)がアトゥーアンで商売(しょうばい)をしてましてね。はぶりがいいので(みせ)手伝(てつだ)ってほしいと(たの)まれて、こっちに(うつ)って()たんですわ」


そう()うなり(ほこ)らしげに、人々(ひとびと)活気(かっき)あふれる噴水広場(ふんすいひろば)をながめた。


(ぼっ)ちゃんが屋敷(やしき)()翌年(よくとし)ですかね。親父(おやじ)(とし)だったので教育(きょういく)(しょく)辞退(じたい)して、(いま)では(つま)(わたし)一緒(いっしょ)にこの(まち)()んでいます」


(なつ)かしいな。クロウェル(じい)には(しか)られもしたけど、いろいろと大切(たいせつ)なことを(おそ)わったよ」


「もしよかったらなんですが、親父(おやじ)()ってもらえないでしょうか?あれから(ぼっ)ちゃんのこと心配(しんぱい)してたみたいで、(かお)を見せるだけでも安心(あんしん)すると(おも)うんです。なんせロジオン(さま)(わたし)どもの太陽(たいよう)ですから」


「そんな(おお)げさな………。(ぼく)はかまわないんだけど………」


しきりに()れながらもロジオンはちらりとアナベルのほうを()た。


「あたしも一緒(いっしょ)()ってもいいの?」


「もちろんですとも!しかしやっぱりデートのお邪魔(じゃま)でしたかね」


(おお)きな身体(からだ)(もう)(わけ)なさそうに(ちぢ)めると、ハッシュは彼女(かのじょ)顔色(かおいろ)をうかがった。


「いいえ、お()になさらないで。ロジオンのお世話(せわ)になった(かた)なんでしょ?」


「うん、(ちい)さいころ(ぼく)教育係(きょういくがかり)をしてくれた(ひと)なんだ」


「だったらなおさら。元気(げんき)姿(すがた)()せてあげなきゃ!」


アナベルは陽気(ようき)にそう()ったが、(じつ)はほかにも思惑(おもわく)があった。


これまでロジオンに故郷(こきょう)(はなし)や、(たび)経緯(けいい)などをたずねたことがあった。


しかし話題(わだい)をふってみたものの、それとなくかわされてしまい、くわしい(はなし)はなんら()けずじまいだったのだ。


ラグシードに()こうにも屋敷(やしき)には不在(ふざい)がちで、やっと(つか)まえても気乗(きの)りしないようすで、


「ロジオンは秘密主義(ひみつしゅぎ)だからなぁ。(おれ)からはなんとも………」


とあいまいな返事(へんじ)をもらったにすぎなかった。


もともと好奇心(こうきしん)旺盛(おうせい)なアナベルのことである。(かく)されれば(かく)されるほど()りたくなる。


それが好意(こうい)()せている人物(じんぶつ)のことならばなおさらだ。


教育係(きょういくがかり)(つと)めたほどの(ひと)であれば、(かれ)のことをよく()っているにちがいない。


(ロジオンのプライベートなこと、いろいろ()()すチャンス到来(とうらい)(おんな)ってつくづく()きな(ひと)のことはなんでも()りたい()(もの)なのよね………)


ハッシュと再会(さいかい)してから、(かれ)はずいぶん()をゆるした表情(ひょうじょう)()せるようになった。


自分(じぶん)といるときとはちがう()()けた笑顔(えがお)


その姿(すがた)をほほえましく()つめながら、アナベルはロジオンにもっと(ちか)づきたいと(おも)ったのだった。

        ☆

ハッシュの(いえ)一階(いっかい)店舗(てんぽ)(かま)えているために、大聖堂(だいせいどう)のある広場(ひろば)からさして(とお)くない比較的立地(ひかくてきりっち)のよい場所(ばしょ)()っていた。


「ささ、遠慮(えんりょ)なくおあがりになってください」


階段(かいだん)()がった(さき)にある居住空間(きょじゅうくうかん)(はい)ると、二人(ふたり)はすぐさま居間(いま)(とお)された。


「クロウェル(じい)!」


()椅子(いす)(こし)かけた眼鏡(めがね)老人(ろうじん)()るなり、ロジオンは(きゅう)(かお)をほころばせた。


「なんと!ロジオン(さま)ですか!(ひさ)しくお()いしないうちにご立派(りっぱ)になられて………」


感無量(かんむりょう)とばかりに机上(きじょう)()みかけの(ほん)()()すと、クロウェルはロジオンの手を(つよ)(にぎ)りしめた。


そしてさりげなく視線(しせん)(よこ)(うつ)すと、(とな)りでにこにこしながら対面(たいめん)のようすを見守(みまも)っていた(むすめ)()てたずねた。


「はて?ところで、そちらのお(じょう)さんは?」


「こちらは(ぼっ)ちゃんのガールフレンドのアナベルお嬢様(じょうさま)です」


(──ハッシュの(やつ)余計(よけい)なことをっ!?)


(おも)いがけず(かお)(あか)くなってしまい、それを(かく)すためにとっさにうつむいていると、


「ほほう!それはそれは。ロジオン(さま)奥手(おくて)なのでこの(じい)、たいそう()にかけていましたが、まさかこんなに素敵(すてき)なレディーの(こころ)射止(いと)めるとは。………わしの心配(しんぱい)杞憂(きゆう)()わりましたな」


いかにも感服(かんぷく)したというようすで、クロウェルはしみじみしながら紅茶(こうちゃ)をすすった。


アナベルの(まえ)奥手呼(おくてよ)ばわりされ、ロジオンは(かお)()げられないようすだった。


(かれ)はうちの(みせ)恩人(おんじん)なんですよ。店内(てんない)暴走(ぼうそう)した合成獣(キメラ)魔法(まほう)改心(かいしん)させてくれたんです」


「ほう、それは大活躍(だいかつやく)でしたな」


「おかげでたいした怪我人(けがにん)()さず、(みせ)評判(ひょうばん)()とさなくてすみました。そのお(れい)もかねてうちの屋敷(やしき)滞在(たいざい)してもらってるんです」


()(まえ)快活(かいかつ)さで、アナベルはハキハキと(しゃべ)った。


「そうですか、魔法(まほう)改心(かいしん)させるとは。この数年(すうねん)でだいぶ(うで)()げられましたな」


(かれ)らを椅子(いす)(すわ)らせてから、二人分(ふたりぶん)紅茶(こうちゃ)をふるまうと、(みせ)用事(ようじ)があるからと()って、ハッシュは一階(いっかい)店舗(てんぽ)()りていった。


「ところでお(じょう)さん。ロジオン(さま)はこのとおり、自分(じぶん)のことは滅多(めった)(はな)したがらないお(ひと)なんです。まあ、(むずか)しい年頃(としごろ)ですしの。よかったら()わりにあなたが、(かれ)について()っていることをこの(じい)(はな)してくださらんか?」


「えっ!?」


ロジオンが(おも)わず(おどろ)きの(こえ)をあげ(こし)()かした。


(するど)抗議(こうぎ)視線(しせん)をクロウェルに(おく)るが、(かれ)素知(そし)らぬ(ふう)(よそお)っていた。


どうやら(かれ)はアナベルのことを()()ったらしい。


彼女(かのじょ)嬉々(きき)として、ロジオンの活躍(かつやく)をクロウェルの(まえ)(かた)りはじめた。


そのほとんどがラグシードや、(そと)から様子(ようす)をうかがっていた、支配人(しはいにん)ムッシュー・ヒロタの()()りだったのだが。


クロウェルはまるで(まご)活躍(かつやく)(よろこ)ぶようなそぶりで()いていたが、肝心(かんじん)のロジオンの心境(しんきょう)複雑(ふくざつ)であった。


合成獣(キメラ)であるセルフィンを改心(かいしん)させ、被害(ひがい)()()めたのは事実(じじつ)だった。


だが、(みせ)壊滅的(かいめつてき)破壊(はかい)したあげく、呪文(じゅもん)制御(せいぎょ)失敗(しっぱい)して気絶(きぜつ)したのだ。


ぶざまにもほどがある。


(ちゃ)をいれ(なお)すと()って、クロウェルが台所(だいどころ)()っこむと、


「せっかく(ひさ)しぶりに(じい)やさんと()ったんだから、(だま)ってないでもっと(しゃべ)ったら?」


アナベルが(ひじ)でロジオンをこづくとそうささやいた。


(ぼく)()わりにアナベルが全部話(ぜんぶはな)してくれたじゃないか」


「それはこの(まち)()てからの(はなし)でしょ。故郷(こきょう)()一年以上(いちねんいじょう)(たび)してたんだから、(はな)すことだっていっぱいあるんじゃないの?」


「………(べつ)に。どうってことないことばかりだったよ」


まるで反抗期(はんこうき)まっただ(なか)、といったようなそっけない(くち)ぶりだ。


「だったら、どうして(たび)()たの?()ってみたい場所(ばしょ)とか、やってみたいことがあったんじゃないの?」


(ひとみ)をらんらんと(かがや)かせて、いかにも興味(きょうみ)津々(しんしん)といったようすでつめよるアナベル。


だが、ロジオンは返答(へんとう)につまり、うつむくと(きゅう)(だま)りこんでしまった。


(ほんとうの理由(りゆう)なんて………()えるわけがないだろ………)



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