おまけ19 もはや作者も忘れさっている、初期のボツネタをさらす

文字数 6,594文字

「そういうわけだから、アナベル。君は僕の前から消えてくれ──!」

そういうわけって、どういうわけ?
メモに一言だけ走り書き。

このセリフ。どこでどう使う予定だったの?

からはじまりました、ボツネタをさらすコーナーです。

前回、ノート6冊とルーズリーフとメモ帳(厚みおよそ三センチ)。を総称して『ネタ帳』とよんでましたが……。

新たにルーズリーフの束(厚み二センチ)が、棚の奥ふかくから発見されました!

というわけで、厚みは五センチに!!これ、けっこうな量じゃない??

今回は初期のボツネタをさらすということで、おもに『第一部』にあたるボツの文章をいっきにお蔵出しすることにしました。

はずかしいので今まで眠らせておいたのですが、こうでもしないとわたしは何も成長しない!

いつまでたっても書けない!なら、もう隠さずにさらしていこう!!となにかふっきれました。

というわけで、ボツネタスタートです。

        ☆

『2.昨日は昨日、今日は今日』から


「なんだかたいくつだわ……」

物憂げな妹の姿を見かねて、姉が提案した。

「だったら、温泉にでも行ってみる?」

彼女たちの滞在地であるマルヴェラ地区は、アトゥーアンの西側に位置する高級温泉保養地である。

街にながれる川の上流には、質のいい源泉がわきでる人気の浴場があった。それを目当てに観光客が押し寄せているのだ。

「興味ないわ。あたしが求めているのは、なにかこう、胸を躍らせるような……。心がざわめくような非日常な出来事が、自分にふりかかってくる幸運よ」

「ふぅん。たとえば?」

「──白馬の王子様との運命的な出逢いとか」

「なに夢見がちなこと言ってるのよ」

あきれたようにキャスリンが口をはさむ。

「お姉様はいいわよ。素敵な婚約者と相思相愛なんだもの。あたしは愛する婚約者もいなければ、運命の人にすらまだ出逢ってもいないのよ!」

妹の気迫にやや気圧されつつも、婚約者をもちだされて姉は少々しどろもどろに弁明した。

「そりゃあ彼のことはお慕いしているけれど、あなたみたいな現実離れした夢を抱いたりはしてないわ」

あくまで冷静に落ち着きはらったようすで、キャスリンは意見をのべた。

姉の淑女然とした態度に、妹はやや不満げな表情をうかべて、反発するように口をひらいた。

「夢や冒険の何がいけないのよ!」

「あなたはマインスター家の娘なのよ。夢見がちなのもいいけど、ちゃんと現実にも足をつけておきなさい。こうなったのもお父様の責任ね。ほんとうにアナベルに甘いんだから……」

アナベルがふてくされているようすを見て、キャスリンはため息をもらした。

「いーい?あなたはもう十六歳になったのよ。いいかげん目を覚まして現実を見すえなさい。胸躍る冒険も、白馬の王子様も存在しないの。素敵な殿方に出逢いたかったら、もっと自分磨きに精進して立派な淑女になればいいんです」

「お姉様のおこごとは、もう聞き飽きたわ……」

心底うんざりしたように呟くと、ハーブティーを一口すすった。

(心に平穏を呼ぶ香りだわ……)

ほっと一息つくと、彼女は気をとり直した。

「今のウェイター。けっこうハンサムだったわね」

給仕人がテラス席の前を通りすがったあとで、姉が小声でささやく。

「そうかしら?」

アナベルはなげやりな答えを返しながら、果たして自分はどんな男性が好みなのか思いをめぐらせてみた。

古今東西の物語を読みふけり、ロマンチックな空想……および妄想にあこがれていただけで、具体的にどんな男性が相手ならよいのかと問われると、明確なビジョンはうかんでこないのだった。

「ともかく!白馬の王子様は、いつか突然に現れるんだから!」

そう断言すると彼女は猛然と、目の前の菓子を食べはじめた。

        ☆

うわ~!なんだかなつかしいですね。ほんとうに最初のころ書いた文章です。

ボツになった理由は単純に長いから省かれたというのと、姉キャスリンに婚約者がいるという設定を変えたからというのが大きいです。

40話『日差しの入らない部屋』で、アナベルが姉の縁談のために注文した品を取りに行く。という話の流れにするために、婚約者はいないという設定にする必要があったのだ。

ごめんよ、お姉ちゃん。消してしまった原型には、ラグシードにデートに誘われるも、優雅に断るシーンもあったというのに……。

        ☆

一人で街にくり出しカフェのテラスで珈琲など飲みながら、道行く女性の値踏みをはじめるラグシード。

(さすがはアトゥーアンの都だけあって、洗練されたご婦人が多い。綺麗どころがよりどりみどりで、目移りするよなぁ……。温泉の美肌効果でもあるのか?)

彼は広場を通りすがる美女の姿を目で追った。

(ま、俺の方から声をかけりゃ百発百中……)

根拠のない自信をみせるラグシードだったが。

(こんなところでくすぶっててもしょうがない。そろそろ声でもかけるかな……)

立ちあがろうとしたその時──

「ちょっと、いいかしら?」

声をかけてきたのは、フードをかぶった女性だった。

「ん?」

「助けてもらってなにもお礼をしてなかったから、気になってたの」

「……ああ、あの時の──!」

彼女はラグシードの向かい側に腰掛けると、暑そうにかぶっていたフードを下ろした。

その姿を見て彼は、意表をつかれて目を白黒させた。

「驚いた。エルフの女性に逢ったのは、はじめてだ………」

ぼうぜんとしたようすで、つぶやく。

以前、暴漢に襲われているところを助けたのだが、そのときはフードを目深にかぶっていたために、エルフの特徴である長い耳が、隠れていて見えなかったのだ。

「そうでしょうね。エルフ族は滅多なことでは人間界に姿をあらわさないもの。ごくわずかな変わり者よ」

「それじゃ君も、その変わり者の一人ってこと?」

「………そうなるわね」

憮然とした表情でエルフの娘がうなずいた。

「──俺になんか用?」

誰でもいいから美女に声をかけようとして、逆に美女のほうから声をかけられる……。

完全に不意をつかれて、ラグシードはありきたりな返答しかできなかった。

「助けてくれたお礼にあなたを占ってあげるわ。私これでもそこそこ名の知れた占い師なのよ?」

彼女は胸をはって自信満々そう答えたのだが、相手からはすげない返事がかえってきた。

「──俺、占いって信じないんだよね」

「あなたみたいな人は大勢いるわ。でも実際に鑑定してもらって、考えをあらためる人も大勢いるのよ?」

気乗りしない客のあつかいには慣れているのか、彼女は平然とそう言ってのけた。

「………とにかく俺は、そういうの本当に信じてないから。金払うヤツの気がしれないっていうか」

ラグシードはなおも邪険そうに拒んでくる。ついにリームの堪忍袋の緒が切れた。

「だから、タダでいいって言ってるじゃない!」

「タダより高い物はないってのが、俺の信条なんだけどな……」

ぶつぶつ呟きながらも美女にごねられるのも悪くはないなと、ラグシードはしぶしぶ重い腰をあげたのだった。

        ☆

ラグシードとリームの出逢い話が、最初はちょっとちがう展開だったようです。

思い出したのですが、リームが暴漢に襲われそうになっているのを助けたあと、彼女が声をかけようとしたものの、ラグシードはさっさとその場を立ち去ってしまいます。

恩人を気にかけていたリームは、たまたま訪れた中央広場のカフェで彼の姿を見つけて声をかける……。

という流れだったようです。このあと占いの館に案内する予定だったんでしょう。たぶん、話を短くするために省略したのかな?

ラグシードがリームを「君」と呼んでるのは、たぶんこれくらいでしょう。本編では言ってない気がする。

        ☆

左手にかまえた剣でロジオンが、とっさに相手の剣の切っ先をなぎはらう。

ギインッと金属がぶつかり合う鈍い音が、周囲に響きわたった。

「──どうして僕をつけ狙う!?」

相手が答えるはずもなく、彼の叫びは空間に虚しくこだました。油断する隙も与えず、次の一撃がくり出されてロジオンを襲う。

即座に身体を思いきり反らして回避すると、その場を飛び退って距離をとる。

そのわすかな間に、素早く詠唱していた魔法の呪文を解き放つ──!

『フォーチュン・タブレット第四篇・風の魔法円』

【 異形の羽をもぎとれ翠風の竜巻! 】

暗殺者の身体が強風で捻じ曲げられて、不自然な恰好で路面に叩きつけられた。

苦心して倒すとそれまで人間だったはずの者が、瞬時に腐乱した肉の塊と化した。

ロジオンは驚いて身動きがとれなくなった。

(僕がなにをしたっていうんだ………?)

とつぜん降り出した雨の粒が、容赦なく彼の頬をうって伝いながれ落ちてゆく。

(なにもしていないのに………)

さまざまな感情が渦巻いていた。
彼は自分の運命を呪った。

        ☆

思い出したんですけど、組織の暗殺者に二回くらい襲われる予定だったんですよね。

それでボツになった二度目の襲撃場面になります。

ロジオンが殺気立っているのと、雨が降っていることで推測するに、おそらく41話『愛する気持ちに鍵を掛けて』の後半部分に入れる予定だったんじゃないかな。

つっこみどころは、人間から腐乱死体になるというところ。うーん。

        ☆

バスケットを持って青空市場に買い物に。

意外にも料理を作るのが趣味のアナベルは、よくこうやって新鮮な食材をもとめて市場に買い物にくるのだ。

カラフルな露店の屋根が軒を連ねている。通りは人でにぎわい活気に満ちていた。

「採れたての野菜つめあわせ!ひと山で五百クォーツだよ!」

「買った!買った!よその店では手に入らない、幻の珍味が入荷したばかりだ!」

威勢のよい客寄せの声が、盛んに飛び交っている。

「そんなに食材買ってどうするつもりだ?」

「わっ!?」

「……なにも悲鳴をあげることないだろ?」

傷ついたような声音がしてふり返ると、長身の青年がそばに立っていた。

「びっくりした……。あなた、ロジオンと一緒の……」

「ラグシードだよ」

すっかり忘れられていて、ムッとした声を出す。

「そうそう、ラグシードだったわね」

「ロジオンにご執心で、周囲が見えてないとみえる……」

「あはは、ごめんね」

「帰って料理でも作って、女らしいとこアピールするつもりなんだろ」

見え見えなんだよとばかりに、アナベルをあきれたように見下ろす。

「わざとらしくてけっこう。これから調理場で腕をふるわなくちゃ!」

        ☆

これもすっかり忘れてた。入れたかったんですけど、やっぱり前半の日常話が長くなりすぎるからカットしたような。

なにげにアナベルとラグシードは、一対一の場面がほとんどなかったりします。だから貴重ですね。

この二人って兄妹みたいって、思う時があったりします。

ロジオンはけっきょく、似たようなタイプを身近に置きたがるんでしょうかね。

        ☆

黄昏時──。いつの間にか街頭に灯がともり、ほんのりと照らされた光源が、夜のおとずれを知らせていた。

閑静な住宅街の一角を歩いていた二人は、ふと散策の足を止めた。

「見て、空の色が綺麗……」

アナベルが遠くを指さしながら、ロジオンにそう呼びかけた。

屋根の連なりに埋没するように、夕日がはるか彼方に沈みゆくのが見えた。

「ほんとだ。こんなに美しい夕暮れを見るのは、久しぶりだな……」

まぶしそうに瞳をすがめながら、ロジオンは記憶に焼きつけるようにして、その光景を熱心にながめた。

彼が見つめる視線の先には、柔らかい微笑みをたたえる少女の横顔があった。

(ずっとこうして君のそばにいられたら、どんなに──)

幸せだろうかと自らに問いかけて、彼は静かにかぶりをふった。

胸にこみあげてきた痛切な感情にふりまわされまいとして、少年は無理に虚勢をはった。

「………暗くなってきたし、そろそろ屋敷に帰ろうか?」

本当はまだ、帰りたくなどなかった──。

だが、自分のわがままで彼女をふりまわすわけにはいかない。すでに薄暗くなっているため、周囲にはほとんど人気がなかった。

「──もう戻ろう。家の人が心配するよ」

アナベルの身を案じての発言だったが、それを聞いた彼女ははっとしたようにその場に固まってしまった。

「どうしたの……?」

優しく声をかける。それでも少女はかたくなに、沈黙を守ったまま動こうとしない。

「いや……。このままロジオンとお別れするのは嫌なの……」

そう言って彼女は、彼の手をぎゅっと握りしめた。

おどろくほど冷たい手だった。そしてなによりおどろくほどひたむきな瞳で、少女は彼を見つめていた──

「……………………」

その熱い視線に答える術を知らない少年は、押し黙ってしまうよりなかった。

数分……いや、数十秒だったかもしれない。
が、とても彼には長く続くように感じられた。

こういう時とっさに、思うような言葉が出てこない。

女の子が望む気の利いた台詞を、ここぞという瞬間に甘くささやけるような。いつもは軽蔑するたぐいの世慣れた男性がうらやましくすら感じた。

「もうちょっと、二人きりで歩きたいな……いいでしょ?」

不器用な少年に業を煮やしたのだろうか。アナベルが大胆にも腕をからめてきた。

思考停止寸前に陥りながらも、なんとか正気を保っていると……。

「あのね、つきあってほしいところがあるの」

いつもの彼女らしくない控えめな声音だった。

神経が高ぶっているのか、気づくと手のひらがじっとりと汗ばんでいた。

無言なのを同意だと解釈したのか、アナベルはロジオンの腕をひっぱるようにして、石畳の道をせかすように歩きはじめた。

少女から甘い香りが漂ってきた。恋の呪縛からは逃れられないのか……と、少年は静かに観念した。

        ☆

これは実は31話『キスは別れのはじまり』のルート分岐だったりします。

ロジオンの「これからどこかに行いかないか?」という問いかけに、『YES』だった場合の展開をちょっとだけ考えていたのでした。

これも入れたかった話なのだけど、やっぱりあの話の展開にもっていきたかったため、お蔵入りになりました。

この続きは中断して書かれていないのですが、アナベルはお気に入りのレストランに食事に誘ったと思うんですよね。たぶん『リプシェの庭』亭かな?

そのあとは──うーん、どうなったんだろう?

        ☆

とてもとても!今回だけではボツネタを書ききれなかったので、やはり次回に続きます。

未熟すぎて封印していた恋愛話は、たぶん次回入れられるんじゃないかな……?


☆彡 おまけ ☆彡 

「………おっと、逃げるなよ。男は苦手か?臆病な仔猫チャン」

煽情的な声音でそう呼びかけると、黒装束の男が立ちふさがった。その威圧的な態度に直感的にレクシーナは悟った。

(この人について行ってはいけない──でも──!)

しかし同時に抗えない何か、彼女をからめとろうとする妖気に誘われ、導かれるままにその手にすべてをゆだねてしまいそうな予感がした。

「シルバーブロンドの髪か……いいね。俺は好きだよ」

少女の髪を撫でるようにそっと触れ、青年は低い声音でささやいた。

極度に内気なレクシーナは、社交場にはけして寄りつかず、身内以外の男性とはほとんど接触がなかった。

年頃になってから異性に容姿を褒められた経験など──ほとんど皆無といってよかった。

免疫がないのだから致し方ないではすまないのだろうと思いつつ、恍惚とした甘い余韻が彼女の心を満たしていた。

気づくと吸い寄せられるようにして、差し伸べられたその手に自らの手を重ねていた。

(堕とすのは容易そうだな。従順な仔猫チャン……)

ムスタインは心の底でほくそ笑んだ。

(せいぜい俺のためにひと役買ってくれよ?ただひたすら奉仕してくれればいいんだ。そうすりゃ俺があんたのお望みどおりの甘いエサを、何度だってくれてやるよ──)

        ☆

『第一部』にはまだ、レクシーナは出てきませんし、この二人の絡みはいっさいありません。が……。

なぜかこの場面が一つだけまぎれこんでいたので、初期のボツネタにはちがいないなということで、いち早く紹介してみました。

初期は仔猫チャンなんて呼んでたのかと驚きました。作者ですらもはや記憶になかったので。

ムスタインとレクシーナの話は、ノートというよりは圧倒的にルーズリーフのほうに固まって多いので……。

そのうちもう使えないボツネタを、まとめて投稿できたらいいなぁ。



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