屋外で
魔法の
鍛錬に
明け
暮れていると、
背後にはすでに
黄昏が
迫っていた。
(もうすぐで、
今日も
一日が
終わってしまう………)
沈む
夕陽をながめながら、ロジオンは
深いため
息を
吐き
出した。
一日中がむしゃらに
身体を
動かし、
思考を
停止させておかなければ、アナベルのことが
頭を
離れず
気が
変になってしまいそうだった。
(わだかまりを
残したまま、アナベルと
二度と
逢えなくなるのか──?)
あの
夜、
廊下で
別れてから
二人は
会話を
交わしていない。
お
互いに
話しかけることもできず、
気まずい
膠着状態が
続いていた。
(
無理もないか………。
一方的に
彼女を
突き
放したんだから………)
とりあえず
謝罪はしたものの、
最後にまるでとどめを
刺すように
冷たい
言葉で
彼女を
遠ざけてしまった。
なにか
言いたげなアナベルの
思いつめた
表情がまぶたに
浮かぶ。
(
僕はそれに
気づかないふりをして、
会話するすきも
与えずに
屋敷を
飛び
出してきてしまった。ほんとに………
最低だよな、あんなことまでしておいて………)
魔法の
鍛錬を
終えて
屋敷へ
戻る
道すがら、ロジオンの
胸を
占めていたのは
花畑での
一連のできごとだった。
(まるで
恋人同士のような
雰囲気に
誘導しておきながら、それを
放棄したのはこの
僕だ。
彼女に
嫌われてしまってもしょうがない。でも、あの
時くちづけを
躊躇ったのは、
本当に
君を
守り
抜けるか
自信が
持てなかったからだ──)
思い
悩んだ
末、ロジオンはアナベルの
部屋へとおもむいた。
自然と
足が
向かっていたのだ。
彼は
扉の
前で
深呼吸してから
遠慮がちにノックすると、そのまま
廊下で
返答を
待った。
(………アナベル、いるのかな?)
答えはない。
部屋にいないのか、いるのにいないふりをしているのか──。
準備もあることだし
出直そうと
思ってふり
返った
時、アナベルの
父リルロイとぐうぜん
鉢あわせた。
「
娘になにかご
用ですかな?」
ずばり
直球でたずねられ、ロジオンは
思わず
言葉につまり
動揺した。
「たいした
用事じゃないんです。いないようなので、また
出直します」
困惑した
彼は
早口でそう
告げると、
失礼だとは
思いつつ、その
場から
立ち
去ろうとした。
「………
待ちたまえ。アナベルなら
中庭にいる。
気のせいかもしれないが、
元気がないようだった」
「そう……ですか……」
「
君から
見ると
活発に
見えるかもしれないが、あれで
神経の
細かいところもあってね。
私や
妻が
不在がちでかまってやれなかったせいか、
周囲を
気づかって
淋しさを
表に
出さないよう
明るくふるまうくせがついてしまった」
リルロイは
苦笑し
肩を
落とすと、
父親らしい
慈愛に
満ちた
表情で
彼に
言った。
「よかったら、これから
気分転換にでも
娘を
連れ
出してくれないか。
君は
旅人だ。あと
数日もすれば
屋敷を
去っていってしまうのだろう?その
前にせめて
娘に
想い
出を
作ってやってくれないだろうか」
娘への
愛情に
裏打ちされたまなざしだった。
彼には
断る
理由が
見つからなかった。
「アナベルのお
相手ならば、
喜んでお
引き
受します」
ロジオンは
慇懃なようすでそう
答えると、リルロイに
向かって
静かに
黙礼してその
場を
去った。
☆
白い
円柱に
囲まれた
庭園。
おそらくアナベルはそこにいるのだろう。
リルロイの
言葉から
察するに、
彼女もまた
花畑での
一連のできごとに
心を
痛めているのかもしれなかった。
(とにかく………
彼女にあやまらないといけないな。でも、
本当にそれだけでいいんだろうか………。もし、アナベルが
真剣に
僕のことを
想ってくれているとしたら………。
今度こそ
逃げちゃいけないんじゃないだろうか)
そこまで
考えてから、ロジオンははっとしたように
足を
止めた。
彼の
目線の
先には、
夕陽に
照らされて
一人たたずむアナベルの
姿があった。
中庭のベンチに
腰かけた
彼女は、
物憂げなようすで
噴水の
波紋をながめている。
とっさに
声をかけることができなかったのは、いつもの
溌剌とした
彼女とは
異なる
姿に
胸をつかれたからかもしれない。
気丈さの
内に
秘めた
少女のせつない
横顔に、
少年はその
場で
言葉をうしなって
立ちつくしていた。