30.空はたそがれ、ロジオンの悩み

文字数 1,629文字




屋外(おくがい)魔法(まほう)鍛錬(くんれん)()()れていると、背後(はいご)にはすでに黄昏(たそがれ)(せま)っていた。


(もうすぐで、今日(きょう)一日(いちにち)()わってしまう………)


(しず)夕陽(ゆうひ)をながめながら、ロジオンは(ふか)いため(いき)()()した。


一日中(いちにちじゅう)がむしゃらに身体(からだ)(うご)かし、思考(しこう)停止(ていし)させておかなければ、アナベルのことが(あたま)(はな)れず()(へん)になってしまいそうだった。


(わだかまりを(のこ)したまま、アナベルと二度(にど)()えなくなるのか──?)


あの(よる)廊下(ろうか)(わか)れてから二人(ふたり)会話(かいわ)()わしていない。


(たが)いに(はな)しかけることもできず、()まずい膠着状態(こうちゃくじょうたい)(つづ)いていた。


無理(むり)もないか………。一方的(いっぽうてき)彼女(かのじょ)()(はな)したんだから………)


とりあえず謝罪(しゃざい)はしたものの、最後(さいご)にまるでとどめを()すように(つめ)たい言葉(ことば)彼女(かのじょ)(とお)ざけてしまった。


なにか()いたげなアナベルの(おも)いつめた表情(ひょうじょう)がまぶたに()かぶ。


(ぼく)はそれに()づかないふりをして、会話(かいわ)するすきも(あた)えずに屋敷(やしき)()()してきてしまった。ほんとに………最低(さいてい)だよな、あんなことまでしておいて………)


魔法(まほう)鍛錬(たんれん)()えて屋敷(やしき)(もど)(みち)すがら、ロジオンの(むね)()めていたのは花畑(はなばたけ)での一連(いちれん)のできごとだった。


(まるで恋人同士(こいびとどうし)のような雰囲気(ふんいき)誘導(ゆうどう)しておきながら、それを放棄(ほうき)したのはこの(ぼく)だ。彼女(かのじょ)(きら)われてしまってもしょうがない。でも、あの(とき)くちづけを躊躇(ためら)ったのは、本当(ほんとう)(きみ)(まも)()けるか自信(じしん)()てなかったからだ──)


(おも)(なや)んだ(すえ)、ロジオンはアナベルの部屋(へや)へとおもむいた。


自然(しぜん)(あし)()かっていたのだ。


(かれ)(とびら)(まえ)深呼吸(しんこきゅう)してから遠慮(えんりょ)がちにノックすると、そのまま廊下(ろうか)返答(へんとう)()った。


(………アナベル、いるのかな?)


(こた)えはない。

部屋(へや)にいないのか、いるのにいないふりをしているのか──。


準備(じゅんび)もあることだし出直(でなお)そうと(おも)ってふり(かえ)った(とき)、アナベルの(ちち)リルロイとぐうぜん(はち)あわせた。


(むすめ)になにかご(よう)ですかな?」


ずばり直球(ちょっきゅう)でたずねられ、ロジオンは(おも)わず言葉(ことば)につまり動揺(どうよう)した。


「たいした用事(ようじ)じゃないんです。いないようなので、また出直(でなお)します」


困惑(こんわく)した(かれ)早口(はやくち)でそう()げると、失礼(しつれい)だとは(おも)いつつ、その()から()()ろうとした。


「………()ちたまえ。アナベルなら中庭(なかにわ)にいる。()のせいかもしれないが、元気(げんき)がないようだった」


「そう……ですか……」


(きみ)から()ると活発(かっぱつ)()えるかもしれないが、あれで神経(しんけい)(こま)かいところもあってね。(わたし)(つま)不在(ふざい)がちでかまってやれなかったせいか、周囲(しゅうい)()づかって(さび)しさを(おもて)()さないよう(あか)るくふるまうくせがついてしまった」


リルロイは苦笑(くしょう)(かた)()とすと、父親(ちちおや)らしい慈愛(じあい)()ちた表情(ひょうじょう)(かれ)()った。


「よかったら、これから気分転換(きぶんてんかん)にでも(むすめ)()()してくれないか。(きみ)旅人(たびびと)だ。あと数日(すうじつ)もすれば屋敷(やしき)()っていってしまうのだろう?その(まえ)にせめて(むすめ)(おも)()(つく)ってやってくれないだろうか」


(むすめ)への愛情(あいじょう)裏打(うらう)ちされたまなざしだった。


(かれ)には(ことわ)理由(りゆう)()つからなかった。


「アナベルのお相手(あいて)ならば、(よろこ)んでお()(うけ)します」


ロジオンは慇懃(いんぎん)なようすでそう(こた)えると、リルロイに()かって(しず)かに黙礼(もくれい)してその()()った。

        ☆

(しろ)円柱(えんちゅう)(かこ)まれた庭園(ていえん)
おそらくアナベルはそこにいるのだろう。


リルロイの言葉(ことば)から(さっ)するに、彼女(かのじょ)もまた花畑(はなばたけ)での一連(いちれん)のできごとに(こころ)(いた)めているのかもしれなかった。


(とにかく………彼女(かのじょ)にあやまらないといけないな。でも、本当(ほんとう)にそれだけでいいんだろうか………。もし、アナベルが真剣(しんけん)(ぼく)のことを(おも)ってくれているとしたら………。今度(こんど)こそ()げちゃいけないんじゃないだろうか)


そこまで(かんが)えてから、ロジオンははっとしたように(あし)()めた。


(かれ)目線(めせん)(さき)には、夕陽(ゆうひ)()らされて一人(ひとり)たたずむアナベルの姿(すがた)があった。


中庭(なかにわ)のベンチに(こし)かけた彼女(かのじょ)は、物憂(ものう)げなようすで噴水(ふんすい)波紋(はもん)をながめている。


とっさに(こえ)をかけることができなかったのは、いつもの溌剌(はつらつ)とした彼女(かのじょ)とは(こと)なる姿(すがた)(むね)をつかれたからかもしれない。


気丈(きじょう)さの(うち)()めた少女(しょうじょ)のせつない横顔(よこがお)に、少年(しょうねん)はその()言葉(ことば)をうしなって()ちつくしていた。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み