「もしかして、
無理矢理こんな
風にされて
動揺してる?」
少年に
羽交い
絞めにされ、
少女の
顔がさっと
赤く
染まるのを、
彼はうれしそうに
見下ろしていた。
か
弱い
獲物を
支配する
悦びを
得たように、
甘い
快楽すらおぼえていた。
「……
君はなんでこんな
僕におせっかいを
焼きたがるのかな。
他人の
心に
不必要なほど
立ち
入ろうとするけど、それはどうして?」
「それは、
答えなきゃいけない
質問なの?」
「ああ、
興味深いからね。
君の
心が
知りたい。それは……いけないことかい?」
耽美的な
響きが
耳をとろかして、
心の
襞にひたひたと
忍び
寄ってくる。
「……あなたの
心は
教えてくれないくせに……。ずいぶんと
一方的なのね。あたしの
心を
知ってどうするつもり?」
わざと
強気な
発言をしてみせるものの、
鼓動が
早まり
息が
弾んでいるのがわかる。
それを
見透かされまいと、アナベルはせいいっぱい
強がってみせた。
「どうするつもりでもない。
今さら
時計の
針は
巻き
戻せないからね。こんなことなら、いっそ
君と
出逢わなければよかった──」
思わず
耳をうたがうような
発言に、アナベルは
驚愕したように
瞳を
見開いた。
信じられない
気持ちで
彼の
瞳を
覗きこむと、
静謐な
湖面のようにゆらがない
瞳孔に、
自分の
姿がぼんやりと
虚ろに
映っていた。
光は
屈折してから
鏡のように
反射して、すがりつくような
彼女の
想いすら、
容赦なく
弾き
返す。
「
後悔しているよ。
君と
出逢ったこと、
君との
想い
出……すべて
消し
去ってしまいたい……!!」
少女は
硬直したまま、しずかに
声の
主を
見返した。
「どうして……そんな
酷いこと
言うの……?」
「………………………」
「……
黙ってるなんて
卑怯よ……!あなたはいつだってそう。
大切なことほど
口にしない。それはわかってる……。わかってるけど、だけど……。だからこそ、お
願いだから
嘘だって
言って……!」
かなしみで
胸がふさがれそうだ。
彼女は
必死に
抗議しようとして、
声をつまらせた。
「──ねぇ、ロジオン。
出逢わなければよかったって、あなた
本当にそう
思ってる?
想い
出もすべてなかったことにしてしまえるの?それでもあなたは
平気なの?」
押さえつけられたままの
指がふるえて、
唇からほとばしる
言葉を
止めることができない。
心の
底からふりしぼるような、
魂の
叫び。
さらしたくない
自分の
本心。
「──あたしはイヤ──。だって、あたしの
記憶の
中にあなたがいなくなっちゃう……!そんな
哀しいこと、
絶対にゆるせるわけないでしょう!!」
心の
底にわだかまっていた
感情を、なにもかもさらけだして
絶叫すると、こぼれそうになる
涙をぐっとこらえた。
「………………………」
少年の
虚ろな
瞳の
奥にある
隠された
感情が、
激しくゆさぶられ
冷徹な
仮面を
引きはがそうとする。
そのことに
彼はひどく
動揺していた。
「……アナベル……。
君が…
君がいけないんだよ……。
僕をかん
違いさせるようなことをするから……」
憂いを
帯びたまなざしが
少女の
瞳を
捕らえ、
細いあごにひんやりとした
指先が
触れる。
「
君が
僕に
求めてるものってなに?……ロマンチックな
甘いささやき?
好奇心を
満たす
暗い
秘密を
共有すること?……それとも……」
いっそう
激しく
壁に
押し
付けられて
身動きができず、アナベルの
呼吸がせっぱつまったように
浅くなる。
自然と
肌が
汗ばんでくるのがわかった。
「もう、どうなったっていい……
君に
嫌われたってかまわない。これは、その
罰だ──」
濡れた
髪から
雫がしたたり
落ちた。
蜘蛛の
巣にからめとられた
蝶のように、
動きを
拘束され
抱きすくめられたアナベルは、
強引にロジオンに
唇を
奪われていた。
水蜜桃のような
芳醇な
甘さが
口腔に
広がり、
少年は
理性が
効かなくなっていった。
情動に
突き
動かされるままに、
少女の
唇に
滑らかな
舌を
割りこませる。
「………ッ!?………」
ふるえ
抗いながらも、
少女は
秘めやかな
部分へたやすく
侵入を
許してしまう。
眩暈がするほど
激しく
唇を
吸われ、
抑えきれない
情熱が
折りかさなるたびに、
潤んだ
舌が
彼女を
求めて
奥へ
奥へとさまよう。
最初の
接吻は、
雨とかすかに
血が
混じったような
味がした。
「……い、いや……やめて……」
あえぐような
拒絶のつぶやきを
無視して
唇をふさぐ。
自分の
心をかき
乱した
報いだとでもいうように、
執拗な
力で
頽れそうな
少女を
組みふせる。
ふりほどくこともできず
恐れ
慄きながらも、
表層の
欲望を
満たすためだけの
粗野で
乱暴なキスに、アナベルは
身をゆだねるほかなかった。