43.雨に濡れた接吻

文字数 1,788文字




「もしかして、無理矢理(むりやり)こんな(ふう)にされて動揺(どうよう)してる?」


少年(しょうねん)羽交(はが)()めにされ、少女(しょうじょ)(かお)がさっと(あか)()まるのを、(かれ)はうれしそうに見下(みお)ろしていた。


(よわ)獲物(えもの)支配(しはい)する(よろこ)びを()たように、(あま)快楽(かいらく)すらおぼえていた。


「……(きみ)はなんでこんな(ぼく)におせっかいを()きたがるのかな。他人(たにん)(こころ)不必要(ふひつよう)なほど()()ろうとするけど、それはどうして?」


「それは、(こた)えなきゃいけない質問(しつもん)なの?」


「ああ、興味深(きょうみぶか)いからね。(きみ)(こころ)()りたい。それは……いけないことかい?」


耽美的(たんびてき)(ひび)きが(みみ)をとろかして、(こころ)(ひだ)にひたひたと(しの)()ってくる。


「……あなたの(こころ)(おし)えてくれないくせに……。ずいぶんと一方的(いっぽうてき)なのね。あたしの(こころ)()ってどうするつもり?」


わざと強気(つよき)発言(はつげん)をしてみせるものの、鼓動(こどう)(はや)まり(いき)(はず)んでいるのがわかる。


それを見透(みす)かされまいと、アナベルはせいいっぱい(つよ)がってみせた。


「どうするつもりでもない。(いま)さら時計(とけい)(はり)()(もど)せないからね。こんなことなら、いっそ(きみ)出逢(であ)わなければよかった──」


(おも)わず(みみ)をうたがうような発言(はつげん)に、アナベルは驚愕(きょうがく)したように()見開(みひら)いた。


(しん)じられない気持(きも)ちで(かれ)(ひとみ)(のぞ)きこむと、静謐(せいひつ)湖面(こめん)のようにゆらがない瞳孔(どうこう)に、自分(じぶん)姿(すがた)がぼんやりと(うつ)ろに(うつ)っていた。


(ひかり)屈折(くっせつ)してから(かがみ)のように反射(はんしゃ)して、すがりつくような彼女(かのじょ)(おも)いすら、容赦(ようしゃ)なく(はじ)(かえ)す。


後悔(こうかい)しているよ。(きみ)出逢(であ)ったこと、(きみ)との(おも)()……すべて()()ってしまいたい……!!」


少女(しょうじょ)硬直(こうちょく)したまま、しずかに(こえ)(あるじ)見返(みかえ)した。


「どうして……そんな(ひど)いこと()うの……?」


「………………………」


「……(だま)ってるなんて卑怯(ひきょう)よ……!あなたはいつだってそう。大切(たいせつ)なことほど(くち)にしない。それはわかってる……。わかってるけど、だけど……。だからこそ、お(ねが)いだから(うそ)だって()って……!」


かなしみで(むね)がふさがれそうだ。


彼女(かのじょ)必死(ひっし)抗議(こうぎ)しようとして、(こえ)をつまらせた。


「──ねぇ、ロジオン。出逢(であ)わなければよかったって、あなた本当(ほんとう)にそう(おも)ってる?(おも)()もすべてなかったことにしてしまえるの?それでもあなたは平気(へいき)なの?」


()さえつけられたままの(ゆび)がふるえて、(くちびる)からほとばしる言葉(ことば)()めることができない。


(こころ)(そこ)からふりしぼるような、(たましい)(さけ)び。


さらしたくない自分(じぶん)本心(ほんしん)。 


「──あたしはイヤ──。だって、あたしの記憶(きおく)(なか)にあなたがいなくなっちゃう……!そんな(かな)しいこと、絶対(ぜったい)にゆるせるわけないでしょう!!」


(こころ)(そこ)にわだかまっていた感情(かんじょう)を、なにもかもさらけだして絶叫(ぜっきょう)すると、こぼれそうになる(なみだ)をぐっとこらえた。


「………………………」


少年(しょうねん)(うつ)ろな(ひとみ)(おく)にある(かく)された感情(かんじょう)が、(はげ)しくゆさぶられ冷徹(れいてつ)仮面(かめん)()きはがそうとする。


そのことに(かれ)はひどく動揺(どうよう)していた。


「……アナベル……。(きみ)が…(きみ)がいけないんだよ……。(ぼく)をかん(ちが)いさせるようなことをするから……」


(うれ)いを()びたまなざしが少女(しょうじょ)(ひとみ)()らえ、(ほそ)いあごにひんやりとした指先(ゆびさき)()れる。


(きみ)(ぼく)(もと)めてるものってなに?……ロマンチックな(あま)いささやき?好奇心(こうきしん)()たす(くら)秘密(ひみつ)共有(きょうゆう)すること?……それとも……」


いっそう(はげ)しく(かべ)()()けられて身動(みうご)きができず、アナベルの呼吸(こきゅう)がせっぱつまったように(あさ)くなる。


自然(しぜん)(はだ)(あせ)ばんでくるのがわかった。


「もう、どうなったっていい……(きみ)(きら)われたってかまわない。これは、その(ばつ)だ──」


()れた(かみ)から(しずく)がしたたり()ちた。


蜘蛛(くも)()にからめとられた(ちょう)のように、(うご)きを拘束(こうそく)され()きすくめられたアナベルは、強引(ごういん)にロジオンに(くちびる)(うば)われていた。


水蜜桃(すいみつとう)のような芳醇(ほうじゅん)(あま)さが口腔(こうこう)(ひろ)がり、少年(しょうねん)理性(りせい)()かなくなっていった。


情動(じょうどう)()(うご)かされるままに、少女(しょうじょ)(くちびる)(なめ)らかな(した)()りこませる。


「………ッ!?………」


ふるえ(あらが)いながらも、少女(しょうじょ)()めやかな部分(ぶぶん)へたやすく侵入(しんにゅう)(ゆる)してしまう。


眩暈(めまい)がするほど(はげ)しく(くちびる)()われ、(おさ)えきれない情熱(じょうねつ)()りかさなるたびに、(うる)んだ(した)彼女(かのじょ)(もと)めて(おく)(おく)へとさまよう。


最初(さいしょ)接吻(キス)は、(あめ)とかすかに()()じったような(あじ)がした。


「……い、いや……やめて……」


あえぐような拒絶(きょぜつ)のつぶやきを無視(むし)して(くちびる)をふさぐ。


自分(じぶん)(こころ)をかき(みだ)した(むく)いだとでもいうように、執拗(しつよう)(ちから)(くずお)れそうな少女(しょうじょ)()みふせる。


ふりほどくこともできず(おそ)(おのの)きながらも、表層(ひょうそう)欲望(よくぼう)()たすためだけの粗野(そや)乱暴(らんぼう)なキスに、アナベルは()をゆだねるほかなかった。



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