扉すら
開けてもらえないかもしれない
危惧を
抱きながら、
少し
緊張したようすでラグシードは
館の
呼び
鈴を
鳴らした。
だが、
客とかんちがいしたのか、あっけなく
扉は
開いた。
すると
萌黄色の
髪をした
娘がひょっこりと
顔を
出し、
彼の
姿を
認めるとなんともいえない
表情を
浮かべた。
「──あんた、
私の
伝言ちゃんと
聞いたんでしょうね?」
彼女は
用心深く
扉の
外に
出ると、
彼の
前に
立ちはだかるようにして、
自分の
身体で
扉をふさいだ。
「
今日はそういう
目的で
来たわけじゃない」
ラグシードは
毅然とした
態度で
応じたが、リームから
疑わしい
目でじっとにらまれた。
「その
言葉、
信用してもいいのかしら?」
「ああ、
今日ここに
立ち
寄ったのは、あんたにアナベルのことを
尋ねに
来たんだ」
「それって、ロジオン
君のお
使い?」
「いいや、そもそもあいつは
俺がここに
来てることも
知らない。
理由はどうあれ、
俺があんたに
逢いに
行ったことを
知ったら……
怒るだろうなぁ……」
がっくりとうなだれたラグシードの
肩が
震えている。リームからはその
表情はうかがい
知れない。
「ロジオン
君ってそんなに
怖い
人なの?なんだかアナベルから
聞いたのと、だいぶイメージが
違うわね……って、なんだ、
笑ってるんじゃない」
彼女の
指摘どおり
顔面に
広がっていた
笑みをかみ
殺すと、ふと
遠い
目をして
彼はぼそっとつぶやいた。
「
俺とちがって
人に
迷惑かけたり、なにかと
良識に
反することを
嫌うんだよ、あいつは」
「だったら
自分は、
人に
迷惑かけてる
自覚はあるわけね」
「そりゃあ、
俺は
悪い
男だからさ」
顔色ひとつ
変えずにラグシードは
平然と
言い
放った。
「……あんたって、いい
性格してるわねぇ。まだ
逢ってもいないけど、ロジオン
君にとっても
同情するわ」
そのようすを
傍で
見ていたリームは、なかばあきれたようにため
息をついた。
☆
「ところで
私に
聞きたい
話って、なんなの?」
「
実は
今朝、
屋敷を
引き
払ってきたんだが……。なんだか
二人のようすがおかしいんだ。アナベルと
親しいあんたなら、なにか
心当たりがないかと
思ってさ」
「──べつに
最近変わったことはなかったけど。でも、いったいどういうこと?」
「
別れぎわのアナベルの
態度が
不自然だったんだよ。もう
一生逢えないかもしれないのに、
涙一つこぼさないどころかまったく
平気みたいでさ」
「そんなのありえないわ。つっぱって
平気なふりでもしてたんじゃないの?」
「だったらまだ
理解できるさ。なんていうかうまく
言えないけど、まるでつき
物でも
落ちたように、
昨日までのアナベルとは
別人になったみたいだったぜ」
ラグシードは
今朝の
別れの
場面を、しきりに
思い
描こうとしながらそう
語った。
「それって
深読みしすぎなんじゃないの?」
「だって、あれでもキスまで
交わした
仲なんだろ。だったら
普通、
別れる
瞬間はもっとこう
盛りあがる
展開になるだろ?」
「キスねぇ……。そこまでいってたんだあの
二人……」
「なんだ。アナベルから
聞いてないのかよ?」
「
初耳よ。アナベルとは
泊まっていった
夜から
逢ってないの」
「じゃあ
俺に
逢いに
来るなっていう
伝言は……?」
「それなら
使い
魔の
小鳥に
手紙を
届
けさせたのよ。
私もいちおう
魔法使いだから」
「ふ~ん、
便利な
能力だな」
「ただ、あの
夜も
一晩中ロジオン
君の
話ばかり
聞かされて、
正直うんざりしたことは
確かよ。
彼への
情熱は
冷めてないと
思うけど」
「だよな……。それが
今日は
手のひら
返したようにつれないそぶり。いっきに
潮が
引いたみたいな
感じでさ。
興味のない
客人にしょうがなく
接するような
態度だったぜ」
淡々としたラグシードの
発言に、リームは
困惑したように
眉根を
寄せた。
「──さすがに
変ね。アナベルらしくないわ。
別れぎわに
強がってわざと
平静を
装ったとしても、なにかと
感情が
表に
出やすいタイプだもの」
「だとするとやっぱり
演技ではなさそうだな。たしかにあれが
演技だっていうなら、
女優顔負けだぜ……。もう
彼女の
頭の
中には、ロジオンの
記憶がすっぽりぬけ
落ちてるんじゃないかって、
思わず
疑っちまうくらいだったからな」
なにげない
調子で、ラグシードはさらりと
核心に
近いことをつぶやいた。
彼の
野生のカンのようなものだろうか。
(………
記憶………!!)
リームはなぜかその
言葉に、
不思議な
直観めいたものを
感じた。