「そんなことが………あったのね」
ラグシードから
話を
聞き
終えて、アナベルは
茫然とした
表情でつぶやいた。
彼女が
想像していた
以上に、
重い
秘密をロジオンは
抱えていたのだ。
聞いてはいけないことを
聞いてしまった。
罪悪感のような
後味の
悪いうしろめたさにさいなまれていた。
「
彼が
話したがらないのも
無理ないわね」
リームがゆううつなため
息と
一緒にそうこぼすと、
心配そうなようすでちらりとアナベルに
視線を
寄こした。
少女は
顔を
曇らせてじっとうつむいている。
「あいつは
自分の
身代わりに
兄貴が
亡くなったと
思ってる。その
責任の
重さから
悔やんでも
悔やみきれないんだ。だから
今度の
機会に
敵のアジトに
潜入し、あの
日、
兄貴を
捕らえて
生贄にささげた
『黒い蛇』の
教主と
対面し、
仇を
討とうともくろんでるはずだ」
「それで、
屋敷を
出る
決心をしたのね」
自分にはなに
一つ
語らずに、
彼は
目の
前から
姿を
消そうとしている。そんなロジオンを
薄情だとなじることはかんたんだった。
だが、
彼がアナベルたちに
迷惑をかけまいとして、わざとそのような
行動をとっていることが
痛いほど
伝わってきた。
(
水くさいじゃない!あたしはそんなに
頼りにならない?
秘密を
打ち
明けることすらできないほど………。みじめだわ。
好きな
人の
役に
立てないなんて………)
アナベルはロジオンに
面と
向かってののしってやりたかった。
相手の
心に
土足で
踏みこむような、
彼がもっとも
嫌うであろう
強引な
手段でもとらないかぎり、
永遠にわかりあえない
気がした。
(ひとりぼっちで
重荷を
抱えて、
誰にも
頼らないで
強情につっぱって………。いつかその
重さに
耐えきれなくなって、つぶされちゃうかもしれないのに)
そう
思うと
彼女は
不安に
駆られ、
心の
中で
恋しい
彼の
身を
案じずにはいられなかった。
「あたしに
協力できることはないの!?ロジオンの
力になりたいの!」
気づくと
彼女はラグシードの
腕にすがりついていた。
アナベルの
真剣な
瞳に
困惑したようすの
彼は、もごもごと
口ごもったのち、
根負けしたように
打開策らしき
言葉を
口にした。
「
君が
エレプシアの乙女に
志願して、
フォルトナの契約を
交わすことができれば………
念願の
魔法円が
完成する。そうすればロジオンを
助けることができるかもしれない」
「エレプシアの
乙女になるには、どうすればいいの!?」
「
残念ながら、ハッキリしたことは
俺たちにもわからない。だが、
条件は
一つだけ
知ってる。
フォルトナの末裔、すなわちロジオンと相思相愛の者であること」
アナベルははっと
息を
飲むと
唇を
引きむすび、
意を
決したように
言葉を
続けた。
「あたしはロジオンのこと
好きよ。でも、
彼がどう
思ってるかまではわからない………」
とたんに
意気消沈すると、うつむいたままアナベルが
自信なさげにつぶやいた。
そのようすを
見守っていたラグシードは、
彼女をはげますようにある
提案を
持ちかけた。
「じゃあ、
今度あいつと
逢ったときに
確かめてみればいい。アナベルが
名乗り
出てくれて
俺はうれしいぜ」
臆面もなくすがすがしい
笑顔を
浮かべるラグシードに、アナベルは
勇気をもらったようだった。
そのやりとりを
傍で
見つめていたリームは、ひとり
複雑な
表情で
長いため
息をついた。
「ロジオン
君の
問題にひとすじの
光明が
見えそうでなによりね。でも、おかげであなたの
不可解な
一連の
行動に、はっきりした
意味づけができたわ。
彼の
仇討ちに
同行するから、
死ぬかもしれないとかほざいてたわけね」
リームは
軽蔑をあらわにして、ラグシードをにらみつけた。
「
事実だろ?
生贄をささげるような
邪悪な
宗教組織に
乗りこむんだぜ。
命がいくつあっても
足りないかもしれないんだ。それなりの
覚悟が
必要だってこと」
「それと
私にしようとしたことと、どういう
関係があるの?」
「
死ぬ
前にいっぺん、いい
思いがしたかっただけだよ。
悪いか」
ふてくされた
顔でしれっと
彼が
答えると、
彼女はたちまち
逆上した。
「なに
開きなおってるのよっ!あんたって
男はほんっと
往生際が
悪いわね!」
はたから
見ると
痴話喧嘩のようなやりとりを
交わしながら、
二人のいがみ
合いは
続いた。
「ねえ、アナベル。
今晩はもう
遅いからここに
泊まっていかない?なんだか
身の
危険を
感じるわ」
リームがいつになくおびえたようすで
親友に
呼びかけると、
「そこまで
煙たがられたら、さずがの
俺も
気持ちが
萎えるっつーの!
安心しろ、
今すぐ
出ていってやるから」
ラグシードは
心外だとばかりに
吐き
捨てると、
部屋を
大股でずかずかと
横切り、ごていねいに
扉を
思いきり
強く
閉めて
出ていった。
「ほんと
乱暴なんだから!」
ふくれっ
面のまま
腕組みをして、リームが
怒ったようにつぶやいた。
アナベルはその
日夜更けまで
親友と
語り
合い、
彼女の
部屋で
一晩明かした。
☆
翌朝、
秘儀呪文に
関する
知識を
集めるため、
朝食を
終えて
早々に、ロジオンは
図書室にこもりきりだった。
魔法書を
何冊も
床に
積みあげて、
彼は
貪欲に
文献をむさぼり
読んでいた。
「あら、
勉強熱心ね。ロジオンさん」
ぐうぜん
図書室の
前を
通りかかったのは、アナベルの
姉キャスリンだった。
彼女は
興味深々といったようすで
彼のそばまで
来ると、
肩ごしに
床に
並べられた
魔法の
道具をながめた。
「もしかして、
魔法の
特訓?」
「
今は
知識の
収集が
課題ですけど、ざっとそのようなものです。さっきまで
新しく
魔法の
契約を
交わしていたところでしたし………。これからの
旅で
必要になると
思うので」
「そうよね………。あなたたちはまた、
旅に
出るんですものね。せっかくお
知り
会いになれたのに
淋しくなるわ。アナベルもきっと
悲しむわね」
なにげなく
耳に
飛びこんできた
彼女の
名に、
彼はずきんっと
胸が
痛むのを
感じた。
「あの
子、
昨夜は
帰ってこなかったのよ。きっと
友達のところでしょうけど………」
ロジオンはそれを
聞いて
複雑な
心境だった。
彼の
誘いを
拒絶したあの
夕暮れ、アナベルは
今にも
泣き
出しそうな
感情を
必死にこらえているようだった。
「ところで、かなり
年季の
入った
魔法書ね」
床の
上に
広げられた
魔法書『フォーチュン・タブレット』に
目を
留めると、
彼女はそれをしげしげとのぞきこんだ。
素人目には
判読不能なルーン
文字がずらりと
並んでいる。
そして
目を
惹かれたのは、
独特な
魔法円が
描かれた
印象的なページだった。
「あら、ひょっとしてこれ………。ロジオンさん、ちょっと
待っててくれない?」
キャスリンはにわかに
思い
立つと、
古文書の
棚に
駆け
寄った。
「
以前、
似たような
図が
描かれた
古文書を
見かけたことがあるの………。あった!これだわ」
彼女は
一巻の
古文書を
棚の
奥から
引っぱり
出すと、
手早くひもを
解き
卓上に
広げた。
「これは……
フォルトナの魔法円だ……」
震える
指で
古文書にふれると、そこに
羅列した
文字をすばやく
慎重に
解読してゆく。
やがて、ロジオンはそこに
記された
真実を
知り、
愕然とした。
(………そんな、まさか………!これがあの
契約に
秘められた
真実だっていうのか!?
僕は
無知なばかりに、
軽はずみな
気持ちで
契約を
交わそうとしていたのか………!!)
「すみませんっ!この
古文書ちょっとお
借りします。
必ず
今日中にお
返ししますから」
せっぱつまったようすで
言い
残すと、ロジオンは
図書室を
真っ
先に
駆け
出していった。