37.好きな人の役に立ちたい

文字数 2,919文字




「そんなことが………あったのね」


ラグシードから(はなし)()()えて、アナベルは茫然(ぼうぜん)とした表情(ひょうじょう)でつぶやいた。


彼女(かのじょ)想像(そうぞう)していた以上(いじょう)に、(おも)秘密(ひみつ)をロジオンは(かか)えていたのだ。


()いてはいけないことを()いてしまった。


罪悪感(ざいあくかん)のような後味(あとあじ)(わる)いうしろめたさにさいなまれていた。


(かれ)(はな)したがらないのも無理(むり)ないわね」


リームがゆううつなため(いき)一緒(いっしょ)にそうこぼすと、心配(しんぱい)そうなようすでちらりとアナベルに視線(しせん)()こした。


少女(しょうじょ)(かお)(くも)らせてじっとうつむいている。


「あいつは自分(じぶん)身代(みが)わりに兄貴(あにき)()くなったと(おも)ってる。その責任(せきにん)(おも)さから()やんでも()やみきれないんだ。だから今度(こんど)機会(きかい)(てき)のアジトに潜入(せんにゅう)し、あの()兄貴(あにき)(とら)らえて生贄(いけにえ)にささげた(くろ)(へび)教主(きょうしゅ)対面(たいめん)し、(かたき)()とうともくろんでるはずだ」


「それで、屋敷(やしき)()決心(けっしん)をしたのね」


自分(じぶん)にはなに(ひと)(かた)らずに、(かれ)()(まえ)から姿(すがた)()そうとしている。そんなロジオンを薄情(はくじょう)だとなじることはかんたんだった。


だが、(かれ)がアナベルたちに迷惑(めいわく)をかけまいとして、わざとそのような行動(こうどう)をとっていることが(いた)いほど(つた)わってきた。


(みず)くさいじゃない!あたしはそんなに(たよ)りにならない?秘密(ひみつ)()()けることすらできないほど………。みじめだわ。()きな(ひと)(やく)()てないなんて………)


アナベルはロジオンに(めん)()かってののしってやりたかった。


相手(あいて)(こころ)土足(どそく)()みこむような、(かれ)がもっとも(きら)うであろう強引(ごういん)手段(しゅだん)でもとらないかぎり、永遠(えいえん)にわかりあえない()がした。


(ひとりぼっちで重荷(おもに)(かか)えて、(だれ)にも(たよ)らないで強情(ごうじょう)につっぱって………。いつかその(おも)さに()えきれなくなって、つぶされちゃうかもしれないのに) 


そう(おも)うと彼女(かのじょ)不安(ふあん)()られ、(こころ)(なか)(こい)しい(かれ)()(あん)じずにはいられなかった。


「あたしに協力(きょうりょく)できることはないの!?ロジオンの(ちから)になりたいの!」


()づくと彼女(かのじょ)はラグシードの(うで)にすがりついていた。


アナベルの真剣(しんけん)(ひとみ)困惑(こんわく)したようすの(かれ)は、もごもごと(くち)ごもったのち、根負(こんま)けしたように打開策(だかいさく)らしき言葉(ことば)(くち)にした。


(きみ)エレプシアの乙女(おとめ)志願(しがん)して、フォルトナの契約(けいやく)()わすことができれば………念願(ねんがん)魔法円(まほうえん)完成(かんせい)する。そうすればロジオンを(たす)けることができるかもしれない」


「エレプシアの乙女(おとめ)になるには、どうすればいいの!?」


残念(ざんねん)ながら、ハッキリしたことは(おれ)たちにもわからない。だが、条件(じょうけん)(ひと)つだけ()ってる。フォルトナの末裔(まつえい)、すなわちロジオンと相思相愛(そうしそうあい)(もの)であること」


アナベルははっと(いき)()むと(くちびる)()きむすび、()(けっ)したように言葉(ことば)(つづ)けた。


「あたしはロジオンのこと()きよ。でも、(かれ)がどう(おも)ってるかまではわからない………」


とたんに意気消沈(いきしょうちん)すると、うつむいたままアナベルが自信(じしん)なさげにつぶやいた。


そのようすを見守(みまも)っていたラグシードは、彼女(かのじょ)をはげますようにある提案(ていあん)()ちかけた。


「じゃあ、今度(こんど)あいつと()ったときに(たし)かめてみればいい。アナベルが名乗(なの)()てくれて(おれ)はうれしいぜ」


臆面(おくめん)もなくすがすがしい笑顔(えがお)()かべるラグシードに、アナベルは勇気(ゆうき)をもらったようだった。


そのやりとりを(かたわら)()つめていたリームは、ひとり複雑(ふくざつ)表情(ひょうじょう)(なが)いため(いき)をついた。


「ロジオン(くん)問題(もんだい)にひとすじの光明(こうみょう)()えそうでなによりね。でも、おかげであなたの不可解(ふかかい)一連(いちれん)行動(こうどう)に、はっきりした意味(いみ)づけができたわ。(かれ)仇討(かたきう)ちに同行(どうこう)するから、()ぬかもしれないとかほざいてたわけね」


リームは軽蔑(けいべつ)をあらわにして、ラグシードをにらみつけた。


事実(じじつ)だろ?生贄(いけにえ)をささげるような邪悪(じゃあく)宗教組織(しゅうきょうそしき)()りこむんだぜ。(いのち)がいくつあっても()りないかもしれないんだ。それなりの覚悟(かくご)必要(ひつよう)だってこと」


「それと(わたし)にしようとしたことと、どういう関係(かんけい)があるの?」


()(まえ)にいっぺん、いい(おも)いがしたかっただけだよ。(わる)いか」


ふてくされた(かお)でしれっと(かれ)(こた)えると、彼女(かのじょ)はたちまち逆上(ぎゃくじょう)した。


「なに(ひら)きなおってるのよっ!あんたって(おとこ)はほんっと往生際(おうじょうぎわ)(わる)いわね!」


はたから()ると痴話喧嘩(ちわげんか)のようなやりとりを()わしながら、二人(ふたり)のいがみ()いは(つづ)いた。


「ねえ、アナベル。今晩(こんばん)はもう(おそ)いからここに()まっていかない?なんだか()危険(きけん)(かん)じるわ」


リームがいつになくおびえたようすで親友(しんゆう)()びかけると、


「そこまで(けむ)たがられたら、さずがの(おれ)気持(きも)ちが()えるっつーの!安心(あんしん)しろ、(いま)すぐ()ていってやるから」


ラグシードは心外(しんがい)だとばかりに()()てると、部屋(へや)大股(おおまた)でずかずかと横切(よこぎ)り、ごていねいに(とびら)(おも)いきり(つよ)()めて()ていった。


「ほんと乱暴(らんぼう)なんだから!」


ふくれっ(つら)のまま腕組(うでぐ)みをして、リームが(おこ)ったようにつぶやいた。


アナベルはその日夜更(ひよふ)けまで親友(しんゆう)(かた)()い、彼女(かのじょ)部屋(へや)一晩明(ひとばんあ)かした。

        ☆

翌朝(よくあさ)秘儀呪文(ひぎじゅもん)(かん)する知識(ちしき)(あつ)めるため、朝食(ちょうしょく)()えて早々(そうそう)に、ロジオンは図書室(としょしつ)にこもりきりだった。


魔法書(まほうしょ)何冊(なんさつ)(ゆか)()みあげて、(かれ)貪欲(どんよく)文献(ぶんけん)をむさぼり()んでいた。


「あら、勉強熱心(べんきょうねっしん)ね。ロジオンさん」


ぐうぜん図書室(としょしつ)(まえ)(とお)りかかったのは、アナベルの(あね)キャスリンだった。


彼女(かのじょ)興味深々(きょうみしんしん)といったようすで(かれ)のそばまで()ると、(かた)ごしに(ゆか)(なら)べられた魔法(まほう)道具(どうぐ)をながめた。


「もしかして、魔法(まほう)特訓(とっくん)?」


(いま)知識(ちしき)収集(しゅうしゅう)課題(かだい)ですけど、ざっとそのようなものです。さっきまで(あたら)しく魔法(まほう)契約(けいやく)()わしていたところでしたし………。これからの(たび)必要(ひつよう)になると(おも)うので」


「そうよね………。あなたたちはまた、(たび)()るんですものね。せっかくお()()いになれたのに(さび)しくなるわ。アナベルもきっと(かな)しむわね」


なにげなく(みみ)()びこんできた彼女(かのじょ)()に、(かれ)はずきんっと(むね)(いた)むのを(かん)じた。


「あの()昨夜(さくや)(かえ)ってこなかったのよ。きっと友達(ともだち)のところでしょうけど………」


ロジオンはそれを()いて複雑(ふくざつ)心境(しんきょう)だった。


(かれ)(さそ)いを拒絶(きょぜつ)したあの夕暮(ゆうぐ)れ、アナベルは(いま)にも()()しそうな感情(かんじょう)必死(ひっし)にこらえているようだった。


「ところで、かなり年季(ねんき)(はい)った魔法書(まほうしょ)ね」


(ゆか)(うえ)(ひろ)げられた魔法書(まほうしょ)『フォーチュン・タブレット』()()めると、彼女(かのじょ)はそれをしげしげとのぞきこんだ。


素人目(しろうとめ)には判読不能(はんどくふのう)なルーン文字(もじ)がずらりと(なら)んでいる。


そして()()かれたのは、独特(どくとく)魔法円(まほうえん)(えが)かれた印象的(いんしょうてき)なページだった。


「あら、ひょっとしてこれ………。ロジオンさん、ちょっと()っててくれない?」


キャスリンはにわかに(おも)()つと、古文書(こもんじょ)(たな)()()った。


以前(いぜん)()たような()(えが)かれた古文書(こもんじょ)()かけたことがあるの………。あった!これだわ」


彼女(かのじょ)一巻(いっかん)古文書(こもんじょ)(たな)(おく)から()っぱり()すと、手早(てばや)くひもを()卓上(たくじょう)(ひろ)げた。


「これは……フォルトナの魔法円(まほうえん)だ……」


(ふる)える(ゆび)古文書(こもんじょ)にふれると、そこに羅列(られつ)した文字(もじ)をすばやく慎重(しんちょう)解読(かいどく)してゆく。


やがて、ロジオンはそこに(しる)された真実(しんじつ)()り、愕然(がくぜん)とした。


(………そんな、まさか………!これがあの契約(けいやく)()められた真実(しんじつ)だっていうのか!?(ぼく)無知(むち)なばかりに、(かる)はずみな気持(きも)ちで契約(けいやく)()わそうとしていたのか………!!)


「すみませんっ!この古文書(こもんじょ)ちょっとお()りします。(かなら)今日中(きょうじゅう)にお(かえ)ししますから」


せっぱつまったようすで()(のこ)すと、ロジオンは図書室(としょしつ)()(さき)()()していった。



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