39.血塗られた戦場~ロジオン対ムスタイン

文字数 2,609文字




(ころ)()い………か。こっちはそういう気分(きぶん)じゃないんだけどな」


失恋(しつれん)痛手(いたで)(いや)時間(じかん)も、あたえてくれないのか………。


ロジオンは無慈悲(むじひ)現実(げんじつ)にうんざりしながら、(いま)だけは傷心(しょうしん)自分(じぶん)にさよならを()げた。


自分(じぶん)(あい)してくれる(ひと)などもういない。


脳裏(のうり)()かんでくる少女(しょうじょ)姿(すがた)必死(ひっし)()()しながら、(かれ)はそう(つよ)()()かせた。


(いま)ここで(ぼく)()んだって、()いてくれる(ひと)なんていないんだ………!)


さっきの言葉(ことば)とはうらはらに(にく)しみの(ほのお)をたぎらせて、ロジオンは屋根(やね)(うえ)から自分(じぶん)見下(みお)ろすムスタインをにらみつけた。


復讐(ふくしゅう)(とら)われた()で、(なま)ぬるいこと()ってんじゃねえよ。おまえの兄貴(あにき)………グロリオーザの連中(れんちゅう)()られたんだろ?」


意志(いし)とは無関係(むかんけい)に、ぴくりと身体(からだ)反応(はんのう)する。


「………お()(どく)に。(おれ)宗派(セクト)とは(こと)なるが、(おな)(くろ)(へび)所業(しょぎょう)にはちがいない………。そうだろう?」


(いま)言葉(ことば)でとたんに()がついたのか、ロジオンはいつになく容赦(ようしゃ)のない(こえ)でつぶやいた。 


(ぼく)(いま)機嫌(きげん)(わる)いんだ………。刃向(はむ)かってくるようなら、手加減(てかげん)しないよ」


廃墟(はいきょ)路地(ろじ)(かげ)から濃厚(のうこう)殺気(さっき)(ただよ)ってくることに、(かれ)はいち(はや)()づいていた。


「そりゃあいい、そうこなくっちゃな。じつは俺以外(おれいがい)にも、おまえの(にく)()しがってる(むし)けらどもはいっぱいいるんだ。存分(ぞんぶん)にかわいがってくれよ」


ムスタインは(たか)みの見物(けんぶつ)とばかりに、屋根(やね)()そべるようにして(ほお)づえをついた。


(この野郎(やろう)………!大量(たいりょう)化物退治(ばけものたいじ)(ぼく)(たい)(りょく)消耗(しょうもう)させ、(らく)仕事(しごと)しようって魂胆(こんたん)だな)


死肉(しにく)()らう凶悪(きょうあく)なコンドルや、(とび)(たか)などの巨大(きょだい)猛禽(もうきん)()れ。


不自然(ふしぜん)(つの)()やした(うし)(うま)合成獣(キメラ)や、臆病(おくびょう)山犬(やまいぬ)ども。


白銀色(はくぎんいろ)毛並(けな)みをした魔力(まりょく)をもつ(おおかみ)など、(やみ)から()まれた異形(いぎょう)怪物(かいぶつ)たちがロジオンをとりかこんだ。


「ま、()はじめに雑魚(ざこ)どもと手合(てあ)わせしてやってくれよ」


「………(おぼ)えたての呪文(じゅもん)威力(いりょく)、ちょうど(ため)したかったところなんだ。これだけ魔物(まもの)がいれば披露(ひろう)しがいがあるね」


なかば自暴自棄(じぼうじき)におちいっていたロジオンは、自分(じぶん)(いのち)などいっそくれてやる!といった、悲愴(ひそう)覚悟(かくご)(たたか)いに(いど)もうとしていた。


『フォーチュン・タブレット第二篇(だいにへん)(みず)魔法円(まほうえん)


威勢(いせい)よく魔法石(まほうせき)のついたロッドを大地(だいち)()()てると、(ひたい)魔法力(まほうりょく)集中(しゅうちゅう)させ全開(ぜんかい)にした。


悪血(あくち)(きよ)めよ(なげ)きの(あお)奔流(ほんりゅう)! 】


ロジオンを(つつ)むように(いきお)いよく水柱(みずばしら)()ちのぼった。


轟音(ごうおん)とともに決壊(けっかい)した大洪水(だいこうずい)は、たちまち猛獣(もうじゅう)どもをのみこんで空間(くうかん)()()へと()()っていった。


退魔(たいま)魔法(まほう)で、まずは雑魚(ざこ)一掃(いっそう)か……」


(ねむ)そうな()でそれをながめていたムスタインが淡々(たんたん)とつぶやいた。


あとに(のこ)ったのは、獰猛(どうもう)そうなコンドルと(うし)(うま)合成獣(キメラ)白銀色(はくぎんいろ)魔力(まりょく)をもつ(おおかみ)だった。


ロジオンは自身(じしん)をかえりみず、猛然(もうぜん)(てき)中心(ちゅうしん)()っこんでいった。


『フォーチュン・タブレット第六篇(だいろっぺん)(いかづち)魔法円(まほうえん)


巨大(きょだい)(つの)をふりかざし(おそ)()合成獣(キメラ)に、あらんかぎりの(ちから)をこめてロッドをたたきつけた。


雲間(くもま)()()稲妻(いなづま)咆哮(ほうこう)! 】


稲光(いなびかり)(つえ)先端(せんたん)集結(しゅうけつ)し、(まなこ)血走(ちばし)らせてせまりくる合成獣(キメラ)()(ぷた)つに両断(りょうだん)した。


鮮血(せんけつ)()()りこなごなになった肉片(にくへん)が、()(かたまり)一緒(いっしょ)くたにされて四方(しほう)(くだ)()る。


まともに血飛沫(ちしぶき)()びながらも、(かれ)(いきお)いを()めず(つぎ)標的(ひょうてき)()かって突進(とっしん)した。


それを()けて白銀色(はくぎんいろ)(おおかみ)(はな)った真空(しんくう)呪文(じゅもん)が、ロジオンの(ほお)(かた)(どう)(あし)をかすめて()()いた。


「うぐッ!?」


鋭利(えいり)刃物(はもの)(きず)つけられたような(はげ)しい(いた)みに、ロジオンの(かお)苦痛(くつう)にゆがんだ。


そこにわずかな(すき)(しょう)じた。


すかさずコンドルが背後(はいご)(ねら)いすまして滑空(かっくう)し、猛然(もうぜん)(つめ)()りかざしてロジオンの右腕(みぎうで)遠慮(えんりょ)なくえぐった。


──脳天(のうてん)にしびれるような激痛(げきつう)(はし)る!


「こんっちくしょおぉぉッ!!」


逆上(ぎゃくじょう)した(かれ)()がつくと、(いか)りにまかせて呪文(じゅもん)発動(はつどう)していた。


『フォーチュン・タブレット第四篇(だいよんへん)(かぜ)魔法円(まほうえん)


無我夢中(むがむちゅう)だった。()(まえ)(てき)
(ほうむ)
()れればそれでいい。


異形(いぎょう)(はね)をもぎとれ翠風(りょくふう)竜巻(たつまき)! 】


瞬時(しゅんじ)(てん)(とど)くような爆風(ばくふう)()()こり、怪鳥(けちょう)身体(からだ)不自然(ふしぜん)(かたち)にねじ()げた。


その(つばさ)(にく)(ほね)真空(しんくう)(やいば)()えきれず、気色(きしょく)(わる)(おと)とともに無残(むざん)断裂(だんれつ)した。


もぎとられた(はね)(いた)ましく(ちゅう)飛散(ひさん)して、(みみ)をつんざくようなけたたましい咆哮(ほうこう)(ひび)きわたる。


地獄絵図(じごくえず)のような光景(こうけい)のなか、少年(しょうねん)一人(ひとり)血塗(ちぬ)られた路地(ろじ)()ちつくしていた。


「………ハァッ、ハァッ………」


ロジオンは(かた)上下(じょうげ)させ、(あら)呼吸(こきゅう)をくり(かえ)しながら、(はげ)しい動悸(どうき)必死(ひっし)(おさ)えようとしていた。


口唇(くちびる)(はし)付着(ふちゃく)した()を、しゃくに(さわ)ったように乱暴(らんぼう)にこぶしでぬぐうと、(はや)くも標的(ひょうてき)(つぎ)獲物(えもの)にさだめ、呪文(じゅもん)詠唱(えいしょう)にかかろうとする。


「………()かけによらず残酷(ざんこく)なんだな」


うれしそうな、それでいて()()がる殺意(さつい)無理(むり)やりねじ()せるような声音(こわね)で、その(おとこ)(ひく)くつぶやいた。


「でも、だからって………」


廃墟(はいきょ)屋根(やね)から(かろ)やかに着地(ちゃくち)()めると、ムスタインと()ばれる(おとこ)は、白銀色(はくぎんいろ)(おおかみ)をかばうように()ちはだかった。


「………(おれ)最愛(さいあい)のペットまで(ころ)されちゃかなわねぇ。対決(たいけつ)()ちこしだな。優男(やさおとこ)クン」


一方的(いっぽうてき)にそう()げると、空間(くうかん)がねじ()げられた。


「あ、そうそう()(わす)れてた。『エレプシアの乙女(おとめ)(えら)びには注意(ちゅうい)したほうがいい。フォルトナの恩恵(おんけい)(さず)かった乙女(おとめ)心臓(しんぞう)は、このうえなく美味(びみ)だそうだからね」

        ☆

(ゆめ)(まぼろし)だったかのように、ロジオンはもとのアトゥーアンの街並(まちな)みにぼうぜんと()ちつくしていた。


ただし、すぐに(おそ)った(はげ)しい(いた)みが(かれ)(われ)(かえ)した。


右腕(みぎうで)()深紅(しんく)()まっていた。


()重力(じゅうりょく)にしたがうようにロジオンの(うで)降下(こうか)し、ぽたりと地面(じめん)にしたたり()ちて血痕(けっこん)となり石畳(いしだたみ)(よご)していた。


(………やはり、古文書(こもんじょ)内容(ないよう)真実(しんじつ)だったのか……。『エレプシアの乙女(おとめ)として(えら)ばれたが最後(さいご)(せい)なる生贄(いけにえ)として生涯命(しょうがいいのち)(ねら)われる………)


ロジオンは暗黒(あんこく)急流(きゅうりゅう)()みこまれそうな、そこはかとなく(くら)絶望的(ぜつぼうてき)気持(きも)ちに(おそ)われた。


(これじゃあ永遠(えいえん)に、(ぼく)はアナベルと契約(けいやく)(むす)べない。希望(きぼう)(ひかり)はすべて()みつぶすのが(やつ)らの流儀(りゅうぎ)か………)


そして自分(じぶん)願望(がんぼう)が、容易(ようい)には()()()ないことを(おも)()らされていた。


「くそっ!これじゃもう………()()はないじゃないか………」


(かれ)はののしりながら、(おも)いっきりこぶしを(かべ)にたたきつけた。


不思議(ふしぎ)(いた)みは(かん)じなかった。


それ以上(いじょう)(まさ)っている(こころ)(いた)みを、どう表現(ひょうげん)したらよいかも(かれ)にはわからなくなっていた。



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