9.フォルトナの魔法円……のはずだったんだけど

文字数 1,640文字




空気(くうき)自身(じしん)()いつくように一体化(いったいか)し、やがて渾然(こんぜん)となった。


静謐(せいひつ)なまでに(こころ)()みわたり、魔法力(まほうりょく)全身(ぜんしん)()たされてゆくのを(かん)じる。


自然(しぜん)(ふか)(いき)()って()()す。


古来(こらい)からの生命(せいめい)のいとなみ。
そのくり(かえ)しで精神(せいしん)(ととの)える。


『フォーチュン・タブレット秘儀篇(ひぎへん)・フォルトナの魔法円(まほうえん)


(ひく)(みじか)くつぶやいて(かれ)(ねん)じると、(ゆか)()なれぬルーン文字(もじ)魔法円(まほうえん)がみるみるうちに(かがや)()した。


翠色(みどりいろ)にふちどられた魔法(まほう)(ひかり)は、荒廃(こうはい)した食堂(しょくどう)幻想的(げんそうてき)雰囲気(ふんいき)(つつ)みこむ。


(ほし)恩恵(おんけい)受諾(じゅだく)せし(もの)ここに(いの)る』


朗々(ろうろう)呪文(じゅもん)詠唱(えいしょう)をはじめる。


(すぐ)れた叡智(えいち)幸運(こううん)(みちび)結晶(けっしょう)のかけら』


そのあいだ、合成獣(キメラ)(するど)(つめ)猛攻(もうこう)(けん)攻防(こうぼう)しながら、ラグシードが合成獣(キメラ)()きつける。


(さき)ほどとは()って()わって真剣(しんけん)(かお)だ。


猛獣(もうじゅう)(ちから)がよほど(つよ)いのか、()ごろ凄腕(すごうで)吹聴(ふいちょう)している(かれ)(けん)がやや()され気味(ぎみ)だ。


(はや)いところ決着(けっちゃく)をつけないと餌食(えじき)になってしまうかもしれない。


ロジオンは全身(ぜんしん)気力(きりょく)(ふる)()こし、必死(ひっし)集中力(しゅうちゅうりょく)(たか)めた。


(われ)のもとへ(つど)恩寵(おんちょう)(あた)えたまえ、

(わざわ)いを退(しりぞ)憤怒(ふんぬ)(しず)めるフォルトナの(ちから)よ、

星屑(ほしくず)魔法円(まほうえん)(きざ)んで此処(ここ)()りそそげ』


そして(かれ)渾身(こんしん)(ちから)をこめて、()(ひら)(てん)にかかげて(こえ)(かぎ)りに(さけ)んだ。


(ほし)(またた)きは闇照(やみて)らす(そら)刻印(こくいん)!!! 】


(てん)()かって呪文(じゅもん)発動(はつどう)した瞬間(しゅんかん)(ほし)(くだ)いたように(きらめ)(いつ)つの(ひかり)(はしら)が、天空(てんくう)から()のように()りそそぎ、(あた)りはまばゆい閃光(せんこう)(つつ)まれた。


その膨大(ぼうだい)(ひかり)奔流(ほんりゅう)にのみこまれそうになり、(とお)のく意識(いしき)をつなぎとめようとロジオンは懸命(けんめい)にあらがった。


(ここ……で、()(うしな)うわけには……い…か…な……い………)


しかし(かれ)のせつなる(ねが)いも(むな)しく………。      

        ☆

マインスター()姉妹(しまい)が、なごやかなティータイムに(きょう)じていたときだった。


ふいに(みせ)(おく)にある(とびら)(いきお)いよく(ひら)き、いかにも仕立(した)ての()さそうな黒服(くろふく)()(つつ)んだ(おとこ)(あらわ)れた。





(すき)のない物腰(ものごし)をしたこの(おとこ)は、忠実(ちゅうじつ)責務(せきむ)()たす者特有(ものとくゆう)冷静(れいせい)一瞥(いちべつ)店内(てんない)()わたすと、姉妹(しまい)がくつろいでいるテラス(せき)()(とど)めた。


慇懃(いんぎん)なようすで近寄(ちかよ)ってくるなり、(おとこ)はためらうことなく二人(ふたり)(こえ)をかけた。


「お食事中(しょくじちゅう)のところ失礼(しつれい)ですが、マインスター()のご息女(そくじょ)ですか?」


「そうですけど。なにかご(よう)かしら?」


どこか物々(ものもの)しい雰囲気(ふんいき)(さっ)したのか、キャスリンは怪訝(けげん)そうに心持(こころも)(まゆ)をひそめて()きかえした。


(おとこ)はこの(みせ)支配人(しはいにん)であることを(あき)らかにすると、さっそうと用件(ようけん)()りだした。


当主様(とうしゅさま)から伝言(でんごん)をうけたまわっております」


「まあ、お父様(とうさま)から!?」


キャスリンはすっとん(きょう)(こえ)をあげてカップを()()としそうになった。


(はなし)(つづ)けて!」


ただならぬ異常(いじょう)事態(じたい)(さっ)して、アナベルは(おとこ)()かした。


「サマラ地区(ちく)のアトゥーアン本店(ほんてん)で、(さき)ほど乱闘騒(らんとうさわ)ぎがあったと(うかが)っております。その(さい)負傷者数名(ふしょうしゃすうめい)()惨事(さんじ)となり、建物(たてもの)もいちじるしく損傷(そんしょう)があったようです。そのため()(はな)せぬ自分(じぶん)()わり、被害状況(ひがいじょうきょう)をくわしく確認(かくにん)してくるようにとのおおせです」


けたたましい(おと)とともに、即座(そくざ)にアナベルは椅子(いす)から()()がった。


(これこそ()ちに()ったもめごとだわ!)


彼女(かのじょ)一瞬瞳(いっしゅんひとみ)(かがや)かせたが、あわてて真面目(まじめ)(ふう)(よそお)うと支配人(しはいにん)()った。


用件(ようけん)はうかがいました。次女(じじょ)アナベルが現場(げんば)におもむくと使(つか)いの(もの)(つた)えて」


「アナベル!?」


「お姉様(ねえさま)はこのままティータイムでもお(つづ)けになって!レストランにはあたしが()くわ」


嬉々(きき)とした表情(ひょうじょう)()かべてそう()(のこ )すと、颯爽(さっそう)とテラスを()()していった。


(さき)ほどまでの意気消沈(いきしょうちん)ぶりはどこ()(かぜ)


すっかり溌剌(はつらつ)さをとり(もど)したアナベルは、(とお)りすがりの馬車(ばしゃ)(ひろ)うと素早(すばや)()りこんだ。


()てくるだけでいいのよっ!お(ねが)いだから余計(よけい)なことはしないでちょうだいね!」


事態(じたい)をややこしくすることにかけて、(いもうと)天才的(てんさいてき)なのだった。


一人(ひとり)その()にとり(のこ)されて、(あね)途方(とほう)()れた。しかしそれもつかの()()をとり(なお)すと優雅(ゆうが)仕草(しぐさ)でハーブティーをすすった。


カップの(なか)でミントの()が、(かぜ)()かれてくるりと(まわ)った。



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