まどろむような
午後の
日差しが
部屋をつつんでいた。
(………なんだか
気持ちがいい………はっ!いけない、いけない。うっかり
寝てしまうところだった………)
つい
居眠りしそうになるのをこらえて、ロジオンはやや
緊張した
面持ちで、
通された
応接室のソファーに
座っていた。
レストランの
支配人ムッシュー・ヒロタいわく、アトゥーアンの
都でも
有数の
豪商。
というだけあって、アナベルの
住むマインスター
家の
屋敷は、
街の
西側にある
緑豊かな
高級住宅地にあった。
白亜の
優美な
外観に、
朱色の
屋根が
印象的な、
豪奢で
立派な
邸宅だった。
「まるで
宮殿だな………」
馬車の
窓から
荘厳な
景観をながめながら、ため
息まじりにラグシードがそうつぶやく。
もはや
感心を
通りこして、あきれたような
口ぶりだ。
行く
手には
意匠をこらした
庭園の
敷地がゆうゆうと
広がっている。
あれから
急きょ
衣料品店に
立ち
寄り、ロジオンとラグシードは
新品の
衣装をあてがわれていた。
「すっかり
見ちがえたわ!」
と、アナベルの
賞賛の
声を
獲得したほど
見事な
変貌ぶりであった。
とはいえ、
色も
形もさほど
変わり
映えのない
魔法衣である。
あらためて
自分たちは
薄汚れた
格好をしていたのだなと
再認識させられた。
ちなみに
青いマントはもとのままだ。
特別に
魔法をかけた
特殊な
糸を
織りこんでいるため、
長年の
使用にも
耐えうる
頑丈さを
誇っている。
そして、
大鷲に
姿を
変えたセルフィンはというと、
屋敷を
訪れる
前にどこかへ
飛び
去っていた。
☆
(それにしてもずいぶん
遅いなあ………)
豪華な
布張りのソファーに
腰をかけながら、
彼がふっと
気をゆるめたまさにその
時、
激しく
扉が
開く
音がして、あわただしいようすで
室内に
入ってきた
人物がいた。
「
君がロジオン
君かね?」
低いバリトンの
声がして、
窓際にたたずんでいた
男がこちらをふりむいた。
マインスター
家四代目当主。リルロイ=マインスター。
アナベルの
実の
父親であった。
口ひげをたくわえた
洒脱な
雰囲気のある
男で、
気障で
個性的なファッションに
身をつつんでいたが、それがかえって
魅力的に
映るという
得な
性分をしていた。
派手さが
嫌味にならない。
センスのよさを
感じさせる
人物だ。
「は、はじめまして。
僕はロジオン=ルンドクイスト。デルスブルクの
領主の
息子です」
彼はその
場で
勢いよく
立ちあがると、
少々どもりながらも
自己紹介を
終えた。
「まあ、そう
堅くならずに。
気を
楽にして
座ってくれたまえ」
リルロイは
生まじめな
少年の
緊張をほぐすように
優しく
声をかけた。
しかし
物腰は
柔らかく
紳士的であったが、
一見愛想よく
細めた
眼光の
奥に──
商売人の
血脈を
受け
継ぐ
者特有 の、
抜け
目なさやカンの
鋭さがうかがえた。
そしてなにより
大事な
娘が
連れてきた
男の
客人である。
父親の
役目として、
信頼にあたる
人物かどうかを
見定めねばならない。
あらかじめ
本人から
借り
受けた『
貴族証』で
身分を
確認していたが、
肖像画と
見比べても
偽りはないようだった。
なるほど、
娘が
気に
入っただけあってハンサムな
少年だ、とリルロイは
思った。
「
君のおかげでたいした
負傷者も
出ず
助かったよ。
店の
修復には
時間がかかるが、こうした
事件で
一番やっかいなのは
死者を
出すことでね。
あんな
獰猛な
合成獣が、
客の
多い
昼間に
店内で
大暴れしたとあっては、
運が
悪ければ
大勢の
犠牲者が
出ていたところだ。
そこを
偶然あの
場にいあわせた
君たちが、
被害を
最小限に
食い
止めてくれたからこそ、
店の
名に
傷がつかずに
済みましたよ。
これで
今後も
安心して
商売を
続けられるというものです。
店というのは
一度評判が
落ちたら
立て
直すのは
難しいですからな」
リルロイは
商売人らしい
饒舌な
語り
口で、よどみ
一つなくそう
言った。
「いえ、
当然のことをしたまでです」
ひかえめな
姿勢を
崩さずにロジオンは
答えた。
家柄は
申し
分ないし、
娘のお
気に
入りとあっては、
丁重にもてなさなくてはならないとリルロイは
考えた。
「ロジオン
君といいましたな。
私は
仕事があるのでそろそろ
失礼しなくてはならないが、
長旅でさぞやお
疲れでしょう。あなたは
我が
家の
恩人でもある。そのお
礼もかねてどうぞゆっくりしていってください。そのほうが
娘も
喜ぶでしょう」
「いえ、そんなお
構いなく………」
「それとこれをお
返しします」
そう
言うとリルロイは
黒い
革製の『
貴族証』を
手渡した。
部屋を
退出しようとして、ロジオンの
背後を
通りすがりざま、おもむろに
彼の
肩にぽんっと
手を
置くと、
「アナベルをよろしく
頼みます」
そう
言い
残して
風のように
去っていった。
(………
今の、どういう
意味なんだろ?)
少年は
疑問を
浮かべつつ、
戸惑いながらも
応接室を
後にした。
☆
「ロジオ~ン!お
父様、なんて
言ってた?」
元気よく
手をふりながら、アナベルが
廊下を
駆け
寄ってくる。
「しばらくゆっくりしていくようにって
親身に
接してくださったよ。なんだか
感じのいいお
父さんだね。それにしてもほんとにお
言葉に
甘えちゃってもいいのかな?」
「ぜーんぜんっかまわないわよ。むしろ
大歓迎!」
少女の
屈託のない
笑顔に
癒され、
彼は
心の
奥がじんわり
温かくなるのを
感じた。
「そういえば
連れの
方は?まったく
姿が
見えないようだけど」
「
彼なら
所用があるとかで
街のほうに
出ているよ。おそらく
夕方には
戻ると
思う」
「ラグシードはロジオンの
護衛として
雇われてるんでしょう。それならもっと
自覚ある
行動をとるべきなんじゃないの?」
「
確かに
彼は
立場上、
父が
僕のために
雇った
護衛なんだけど、
僕にとってラグは
旅の
仲間であり
友人だから、なるべく
自由にふるまってほしいんだ」
「ロジオンは
寛大なのねぇ」
反すうするように
彼女はしみじみとつぶやいた。