14.お嬢様の白亜の豪邸

文字数 2,295文字




まどろむような午後(ごご)日差(ひざ)しが部屋(へや)をつつんでいた。


(………なんだか気持(きも)ちがいい………はっ!いけない、いけない。うっかり()てしまうところだった………)


つい居眠(いねむ)りしそうになるのをこらえて、ロジオンはやや緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちで、(とお)された応接(おうせつ)(しつ)のソファーに(すわ)っていた。


レストランの支配人(しはいにん)ムッシュー・ヒロタいわく、アトゥーアンの(みやこ)でも有数(ゆうすう)豪商(ごうしょう)


というだけあって、アナベルの()むマインスター()屋敷(やしき)は、(まち)西側(にしがわ)にある緑豊(みどりゆた)かな高級住宅地(こうきゅうじゅうたくち)にあった。


白亜(はくあ)優美(ゆうび)外観(がいかん)に、朱色(しゅいろ)屋根(やね)印象的(いんしょうてき)な、豪奢(ごうしゃ)立派(りっぱ)邸宅(ていたく)だった。


「まるで宮殿(きゅうでん)だな………」


馬車(ばしゃ)(まど)から荘厳(そうごん)景観(けいかん)をながめながら、ため(いき)まじりにラグシードがそうつぶやく。


もはや感心(かんしん)(とお)りこして、あきれたような(くち)ぶりだ。


()()には意匠(いしょう)をこらした庭園(ていえん)敷地(しきち)がゆうゆうと(ひろ)がっている。


あれから(きゅう)きょ衣料品店(いりょうひんてん)()()り、ロジオンとラグシードは新品(しんぴん)衣装(いしょう)をあてがわれていた。


「すっかり()ちがえたわ!」


と、アナベルの賞賛(しょうさん)(こえ)獲得(かくとく)したほど見事(みごと)変貌(へんぼう)ぶりであった。


とはいえ、(いろ)(かたち)もさほど()わり()えのない魔法衣(まほうい)である。


あらためて自分(じぶん)たちは薄汚(うすよご)れた格好(かっこう)をしていたのだなと再認識(さいにんしき)させられた。


ちなみに(あお)いマントはもとのままだ。


特別(とくべつ)魔法(まほう)をかけた特殊(とくしゅ)(いと)()りこんでいるため、長年(ながねん)使用(しよう)にも()えうる頑丈(がんじょう)さを(ほこ)っている。


そして、大鷲(おおわし)姿(すがた)()えたセルフィンはというと、屋敷(やしき)(おとず)れる(まえ)にどこかへ()()っていた。

        ☆

(それにしてもずいぶん(おそ)いなあ………)


豪華(ごうか)布張(ぬのば)りのソファーに(こし)をかけながら、(かれ)がふっと()をゆるめたまさにその(とき)(はげ)しく(とびら)(ひら)(おと)がして、あわただしいようすで室内(しつない)(はい)ってきた人物(じんぶつ)がいた。


(きみ)がロジオン(くん)かね?」


(ひく)いバリトンの(こえ)がして、窓際(まどぎわ)にたたずんでいた(おとこ)がこちらをふりむいた。


マインスター家四代目当主(けよんだいめとうしゅ)。リルロイ=マインスター。


アナベルの(じつ)父親(ちちおや)であった。


(くち)ひげをたくわえた洒脱(しゃだつ)雰囲気(ふんいき)のある(おとこ)で、気障(きざ)個性的(こせいてき)なファッションに()をつつんでいたが、それがかえって魅力的(みりょくてき)(うつ)るという(とく)性分(しょうぶん)をしていた。


派手(はで)さが嫌味(いやみ)にならない。
センスのよさを(かん)じさせる人物(じんぶつ)だ。


「は、はじめまして。(ぼく)はロジオン=ルンドクイスト。デルスブルクの領主(りょうしゅ)息子(むすこ)です」


(かれ)はその()(いきお)いよく()ちあがると、少々(しょうしょう)どもりながらも自己紹介(じこしょうかい)()えた。


「まあ、そう(かた)くならずに。()(らく)にして(すわ)ってくれたまえ」


リルロイは()まじめな少年(しょうねん)緊張(きんちょう)をほぐすように(やさ)しく(こえ)をかけた。


しかし物腰(ものごし)(やわ)らかく紳士的(しんしてき)であったが、一見愛想(いっけんあいそう)よく(ほそ)めた眼光(がんこう)(おく)に──


商売人(しょうばいにん)血脈(けつみゃく)()()者特有 (ものとくゆう)の、()()なさやカンの(するど)さがうかがえた。


そしてなにより大事(だいじ)(むすめ)()れてきた(おとこ)客人(きゃくじん)である。


父親(ちちおや)役目(やくめ)として、信頼(しんらい)にあたる人物(じんぶつ)かどうかを見定(みさだ)めねばならない。


あらかじめ本人(ほんにん)から()()けた『貴族証(きぞくしょう)』で身分(みぶん)確認(かくにん)していたが、肖像画(しょうぞうが)見比(みくら)べても(いつわ)りはないようだった。


なるほど、(むすめ)()()っただけあってハンサムな少年(しょうねん)だ、とリルロイは(おも)った。


(きみ)のおかげでたいした負傷者(ふしょうしゃ)()(たす)かったよ。(みせ)修復(しゅうふく)には時間(じかん)がかかるが、こうした事件(じけん)一番(いちばん)やっかいなのは死者(ししゃ)()すことでね。


あんな獰猛(どうもう)合成獣(キメラ)が、(きゃく)(おお)昼間(ひるま)店内(てんない)大暴(おおあば)れしたとあっては、(うん)(わる)ければ大勢(おおぜい)犠牲者(ぎせいしゃ)()ていたところだ。


そこを偶然(ぐうぜん)あの()にいあわせた(きみ)たちが、被害(ひがい)最小限(さいしょうげん)()()めてくれたからこそ、(みせ)()(きず)がつかずに()みましたよ。


これで今後(こんご)安心(あんしん)して商売(しょうばい)(つづ)けられるというものです。(みせ)というのは一度評判(いちどひょうばん)()ちたら()(なお)すのは(むずか)しいですからな」


リルロイは商売人(しょうばいにん)らしい饒舌(じょうぜつ)(かた)(くち)で、よどみ(ひと)つなくそう()った。
 
    
「いえ、当然(とうぜん)のことをしたまでです」


ひかえめな姿勢(しせい)(くず)さずにロジオンは(こた)えた。


家柄(いえがら)(もう)(ぶん)ないし、(むすめ)のお()()りとあっては、丁重(ていちょう)にもてなさなくてはならないとリルロイは(かんが)えた。


「ロジオン(くん)といいましたな。(わたし)仕事(しごと)があるのでそろそろ失礼(しつれい)しなくてはならないが、長旅(ながたび)でさぞやお(つか)れでしょう。あなたは()()恩人(おんじん)でもある。そのお(れい)もかねてどうぞゆっくりしていってください。そのほうが(むすめ)(よろこ)ぶでしょう」


「いえ、そんなお(かま)いなく………」


「それとこれをお(かえ)しします」


そう()うとリルロイは(くろ)革製(かわせい)の『貴族証(きぞくしょう)』を手渡(てわた)した。


部屋(へや)退出(たいしゅつ)しようとして、ロジオンの背後(はいご)(とお)りすがりざま、おもむろに(かれ)(かた)にぽんっと()()くと、


「アナベルをよろしく(たの)みます」


そう()(のこ)して(かぜ)のように()っていった。


(………(いま)の、どういう意味(いみ)なんだろ?)


少年(しょうねん)疑問(ぎもん)()かべつつ、戸惑(とまど)いながらも応接室(おうせつしつ)(あと)にした。

        ☆

「ロジオ~ン!お父様(とうさま)、なんて()ってた?」


元気(げんき)よく()をふりながら、アナベルが廊下(ろうか)()()ってくる。


「しばらくゆっくりしていくようにって親身(しんみ)(せっ)してくださったよ。なんだか(かん)じのいいお(とう)さんだね。それにしてもほんとにお言葉(ことば)(あま)えちゃってもいいのかな?」


「ぜーんぜんっかまわないわよ。むしろ大歓迎(だいかんげい)!」


少女(しょうじょ)屈託(くったく)のない笑顔(えがお)(いや)され、(かれ)(こころ)(おく)がじんわり(あたた)かくなるのを(かん)じた。


「そういえば()れの(かた)は?まったく姿(すがた)()えないようだけど」


(かれ)なら所用(しょよう)があるとかで(まち)のほうに()ているよ。おそらく夕方(ゆうがた)には(もど)ると(おも)う」


「ラグシードはロジオンの護衛(ごえい)として(やと)われてるんでしょう。それならもっと自覚(じかく)ある行動(こうどう)をとるべきなんじゃないの?」


(たし)かに(かれ)立場上(たちばじょう)(ちち)(ぼく)のために(やと)った護衛(ごえい)なんだけど、(ぼく)にとってラグは(たび)仲間(なかま)であり友人(ゆうじん)だから、なるべく自由(じゆう)にふるまってほしいんだ」


「ロジオンは寛大(かんだい)なのねぇ」


(はん)すうするように彼女(かのじょ)はしみじみとつぶやいた。



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