11.アナベルの新たな希望

文字数 3,227文字




(まど)から庭園(ていえん)(そら)をながめると、ついとりとめのない物思(ものおも)いにふけってしまう。


それこそ恋人(こいびと)のことなど(かんが)(はじ)めてしまったら、妄想(もうそう)無限(むげん)ループに突入(とつにゅう)してしまう。


ロジオンからもらった(きん)指輪(ゆびわ)(なが)めながら、アナベルは(いと)しい少年(しょうねん)面差(おもざ)しを(こころ)画布(キャンバス)(おも)(えが)いた。


(ゆめ)世界(せかい)から()っこちてきた王子様(おうじさま)


とつぜん物語(ものがたり)(とびら)がひらいたみたいに、少年(しょうねん)少女(しょうじょ)()(まえ)にあらわれてからというもの。


それまでの人生(じんせい)()りかえてしまうほどに、瞬時(しゅんじ )(ふゆ)から(はる)季節(きせつ)がうつりかわってしまうように、すべてが劇的(げきてき)彼女(かのじょ)のなかで()わってしまった。


「……キミヲアイシテル……」


少年(しょうねん)(あお)(ひとみ)()すくめられて、少女(しょうじょ)(とき)()まってしまったようにすら(かん)じた。


急激(きゅうげき)恋心(こいごころ)(いだ)かせたものの正体(しょうたい)を、彼女(かのじょ)はまだ()らない。


ともかく一人(ひとり)少女(しょうじょ)を、(こころ)(そこ)から震撼(しんかん)させるほどの、ロジオンはそれほどの影響(えいきょう)(りょく)をアナベルにおよぼしたのだ。


(いけない、いけない……!あたしったら、ロジオンのことを(かんが)えると、つい……。()まらなくなっちゃうのよね)


アナベルは必死(ひっし)自分(じぶん)叱咤(しった)すると、いったん()(もの)()(やす)めた。


気分(きぶん)転換(てんかん)とばかりにすぅっと(いき)()い、(はい)奥深(おくぶか)くまで深呼吸(しんこきゅう)する。


それを何度(なんど)かくりかえすと、ようやく()()きがもどってきた。


()(めぐ)りが()くなったおかげで、(あたま)()えてくる。


(──よし!リフレッシュできたし、集中(しゅうちゅう)しよっと!)


書物(しょもつ)(くび)()きになりながら、アナベルは中断(ちゅうだん)していた鉱物(こうぶつ)鑑定士(かんていし)勉強(べんきょう)再開(さいかい)していた。


ことの発端(ほったん)はグランシアから(ゆず)()けた護符(タリスマン)鑑定(かんてい)だった。


依頼(いらい)した専門家(せんもんか)によると、『率直(そっちょく)(もう)()げてこのような鉱物(こうぶつ)は、()にしたことがございません』との回答(かいとう)だった。


()(ぬし)から(つた)()いた由来(ゆらい)説明(せつめい)しても、鑑定士(かんていし)は『(わたし)どもではわかりません』の一点(いってん)()りでまるで進歩(しんぽ)がない。


同時(そうじ)にマインスター商会(しょうかい)(とお)して、(こわ)されたリームの水晶球(すいしょうきゅう)(さが)していたが、なかなか納得(なっとく)のいく(しな)()つからなかった。


(……(しつ)のいい水晶球(すいしょうきゅう)もあるにはあるんだけど、リームのとはなにかちがうのよねぇ……)


それもそのはず。(うらな)()だった祖母(そぼ)から(ゆず)()けたという水晶球(すいしょうきゅう)は、エルフの森深(もりふか)くの洞窟(どうくつ)から採掘(さいくつ)した鉱石(こうせき)(みが)いてつくられた希少品(きしょうひん)だったのだ。


残念(ざんねん)なことに、人間(にんげん)とエルフとの交易(こうえき)はいまだなされていない。


排他的(はいたてき)なエルフ(ぞく)にとっては、リームのように人間(にんげん)友好的(ゆうこうてき)で、柔軟(じゅうなん)思考(しこう)をもつ(もの)はまだめずらしい存在(そんざい)なのだ。


よって、()まぐれに人間界(にんげんかい)におとずれたエルフが、人間(にんげん)通貨(つうか)ほしさに自身(じしん)()(もの)()るなどして取引(とりひ)きされた商品(しょうひん)が、まれに貴重品(きちょうひん)として市場(しじょう)出回(でまわ)るくらいが(せき)(やま)だった。


それでなくても洗練(せんれん)された細工(さいく)(ほどこ)されたエルフの工芸品(こうげいひん)人気(にんき)があり、(ざい)()した富豪(ふごう)たちによって(あらそ)うようにして()()められてしまう。


(これじゃあ(らち)があかないわ……。エルフの鉱石(こうせき)無理(むり)でも、実際(じっさい)良質(りょうしつ)水晶(すいしょう)()れる場所(ばしょ)()つけて(いち)からつくったほうが(はや)いかも……)


そう(おも)()って、アナベルは(あら)たな発見(はっけん)()づいた。


美術品(びじゅつひん)鑑定(かんてい)する授業(じゅぎょう)一環(いっかん)で、鉱物(こうぶつ)鑑定士(かんていし)授業(じゅぎょう)()けたことがあるのを(おも)()したのだ。


鉱物(こうぶつ)知識(ちしき)収集(しゅうしゅう)すれば、リームの水晶球(すいしょうきゅう)だけじゃなくて、護符(タリスマン)()められた(ちから)由来(ゆらい)()ることができたり、(うん)()ければ採掘地(さいくつち)にいきつけるかもしれない!)


みごと鉱石(こうせき)()()れることができれば、マインスター()のつてを(たよ)(うで)()職人(しょくにん)に、魔法(まほう)道具(どうぐ)あるいは武器(ぶき)防具(ぼうぐ)として加工(かこう)してもらうこともできる。


それはすなわち魔力(まりょく)増幅器(ぞうふくき)として、多種(たしゅ)多様(たよう)使(つか)(みち)ができることを示唆(しさ)していた。


以前(いぜん)、ロジオンの魔法(まほう)特訓(とっくん)につきあったときのこと。


「たいてい魔法石(まほうせき)とか護符(タリスマン)って、みんな()()れなくって、すぐ(こわ)れちゃうんだよね」


そういって苦笑(にがわら)いした本人(ほんにん)証言(しょうげん)だけでは信用(しんよう)ならないと、(ねん)のためいろいろな(いし)をもちいた護符(タリスマン)使(つか)って、ロジオンの魔力(まりょく)増強(ぞうきょう)できるかどうか(ため)したことがある。


だが、すべて効果(こうか)をひきだす(まえ)(くだ)()ってしまった。


最近(さいきん)呪文(じゅもん)(とな)える頻度(ひんど)()えてきたせいか、魔法力(まほうりょく)限界(げんかい)(かん)じるときがあるんだ……」


(かた)()としてそうつぶやいた(かれ)(ひとみ)は、自分(じぶん)無力(むりょく)さを(なげ)くように一瞬(いっしゅん)だけ(くも)りを()せた。


(いし)(かぎ)らず、古今東西(ここんとうざい)のいろいろな魔法(まほう)道具(どうぐ)(ため)したが、すべて徒労(とろう)()わった。


そこへきて、この護符(タリスマン)である。


グランシアの治癒呪文(ちゆじゅもん)にも(おお)いに効力(こうりょく)発揮(はっき)した護符(タリスマン)であるが、なによりロジオンの魔法(まほう)にも()えうる強度(きょうど)があること。


そして『エレプシアの乙女(おとめ)』の(いの)りを(とお)して、魔法力(まほうりょく)増幅(ぞうふく)して(あた)えられることなど、特異点(とくいてん)事欠(ことか)かなかった。


魔力(まりょく)()めた鉱石(こうせき)数多(かずおお)存在(そんざい)するが、これほど効果(こうか)(たか)く、(なぞ)(つつ)まれた鉱石(こうせき)()にしたことはない。


もし、これと(おな)鉱石(こうせき)存在(そんざい)するならば──


使(つか)(かた)しだいで、(いま)まで以上(いじょう)魔法力(まほうりょく)(たか)めることが可能(かのう)となり、ロジオンはその恩恵(おんけい)()けることができるのだ。


いずれにせよ興味(きょうみ)はつきなかった。
そして、なによりここが大事(だいじ)なのだが──


(──ロジオンの(やく)()てるかもしれない──!)


そう(おも)うと、アナベルは()てもたってもいられなくなっていた。


図書室(としょしつ)から『鉱物鑑定士(こうぶつかんていし)』に(かん)する大量(たいりょう)資料(しりょう)(ほん)をかき(あつ)め、自室(じしつ)にこもって熱心(ねっしん)(ページ)()る。


蔵書(ぞうしょ)(めぐ)まれたこの(いえ)()まれてよかったと、アナベルは(はじ)めて(こころ)から感謝(かんしゃ)した。

        ☆

(いま)こそ(ほこり)をかぶった記憶(きおく)領域(りょういき)をフル稼働(かどう)させて、自身(じしん)知識(ちしき)経験(けいけん)()かすとき──


それはかつてのアナベルには、到底(とうてい)ありえなかったほどの心境(しんきょう)変化(へんか)だった。


もともと商家(しょうか)()まれ(そだ)った彼女(かのじょ)は、十五(じゅうご)(さい)地元(じもと)令嬢(れいじょう)(かよ)うエセリアナ女学院(じょがくいん)卒業(そつぎょう)した。


その()は、マインスター家専属(けせんぞく)家庭(かてい)教師(きょうし)商人(しょうにん)としての知識(ちしき)、および淑女(しゅくじょ)として必要(ひつよう)教育(きょういく)をたたきこまれていたのだが……


もともと(つくえ)(まえ)(すわ)ってじっとしているのが()えられない性分(しょうぶん)である。


授業(じゅぎょう)をさぼって()()すことなど、すでに日常(にちじょう)茶飯事(さはんじ)となっていた。


ことに授業(じゅぎょう)もつまらないのだが、家庭教師(かていきょうし)がなにかと(あね)自分(じぶん)比較(ひかく)するのも面白(おもしろ)くなかった。


才色兼備(さいしょくけんび)(あね)不出来(ふでき)(いもうと)


優秀(ゆうしゅう)身内(みうち)をもつと、なにかと気苦労(きぐろう)がたえないものだ。


おまけに温厚(おんこう)人当(ひとあ)たりのいい性格(せいかく)(あね)は、とくに歳上(としうえ)()かれやすい。


ともすると生意気(なまいき)だと、()をつけられがちな自分(じぶん)とは(おお)ちがいだ。


(どうせ、(いえ)長女(ちょうじょ)のお姉様(ねえさま)()ぐんだし、いつかどこかの(いえ)(とつ)運命(うんめい)のあたしには、本腰入(ほんごしい)れて勉強(べんきょう)する必要(ひつよう)はないわよね……)


商人(しょうにん)勉強(べんきょう)はしょせん(こし)かけ。


そう(おも)っていたのは本人(ほんにん)だけではなく、周囲(しゅうい)()たような思惑(おもわく)だったらしい。


アナベルが学問(がくもん)不熱心(ふねっしん)であっても、その(けん)(かん)してはある程度(ていど)黙認(もくにん)されていた。


ブライトンに小言混(こごとま)じりにたしなめられることはあっても、とりたててやかましく()(もの)はいなかったのだ。


そんなこんなで(とき)()ぎ、ロジオンたちがアトゥーアンに(おとず)れるおよそひと月前(つきまえ)


家庭教師(かていきょうし)がとつぜん、体調不良(たいちょうふりょう)(うった)えて休暇(きゅうか)(はい)った。


結婚(けっこん)して十年(じゅうねん)仕事(しごと)でストレスが()まるせいで子供(こども)ができないとぼやいていた彼女(かのじょ)は、念願(ねんがん)かなって妊娠(にんしん)していたのである。


さっそく子育(こそだ)てに専念(せんねん)したいので、退職(たいしょく)したいと(ねが)()彼女(かのじょ)を、アナベルは笑顔(えがお)見送(みおく)った。


この教師(きょうし)とはあまりいい(おも)()がなかったので、内心(ないしん)ではせいせいしていた。


だが、(つぎ)(やと)教師(きょうし)学問熱心(がくもんねっしん)で、さぼることにあまり寛容(かんよう)ではないと()(はや)くもうんざりしていた。


ところが……


(あたら)しい家庭教師(かていきょうし)(おや)不幸(ふこう)があり、赴任(ふにん)するまで(すこ)時間(じかん)をいただきたいと連絡(れんらく)(はい)った。


()(つづ)けの教師不在(きょうしふざい)になにか(おも)うところがあったのか、


「しばらくのんびり()ごすのもいいだろう」


父親(ちちおや)提案(ていあん)され、アナベルは狂喜(きょうき)した。
()きなことを()きなだけ満喫(まんきつ)できる優雅(ゆうが)休暇(きゅうか)


(あね)()れだって近隣(きんりん)避暑地(ひしょち)()かけたり、アナベルは窮屈(きゅうくつ)日々(ひび)からの解放感(かいほうかん)()いっぱい(ひた)っていた。


だが、さすがにそれも限界(げんかい)(むか)え、たいくつな日常(にちじょう)にうんざりしてきた、ちょうどそのころ……。


まさに絶妙(ぜつみょう)なタイミングで、彼女(かのじょ)運命(うんめい)()える王子様(おうじさま)との出逢(であ)いが(おとず)れたのだった。



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