18.ラグシードと占い師の娘

文字数 2,349文字




そのころラグシードは日暮(ひぐ)れの歓楽街(かんらくがい)をさまよっていた。


無目的(むもくてき)(とお )りをぶらついていると、路地裏(ろじうら)でフードを目深(まぶか)にかぶった(わか)(むすめ)が、三人(さんにん)(おとこ)にからまれているのが視界(しかい)()びこんできた。


(おとこ)たちはいかにも(まち)のごろつきといった風貌(ふうぼう)で、強引(ごういん)(おんな)(うで)をつかんで近場(ちかば)酒場(さかば)()れこもうとしていた。


ラグシードが()()まって()ているのに()づいたのか、連中(れんちゅう)一人(ひとり)眼光(がんこう)(するど)(はし)らせた。


「なんだおまえ。(おれ)たちに文句(もんく)でもあんのか?」


(かお)刀傷(かたなきず)がある強面(こわもて)(おとこ)が、(にら)みをきかせてこちらに因縁(いんねん)をつけてきた。


しかし、ラグシードは微塵(みじん)(おく)するようすを()せず、(いさぎよ)啖呵(たんか)をきった。


(おお)ありだね。女口説(おんなくど)くんなら一人(ひとり)でやれよ。ムードもなく()ってたかって(むら)がって………むさ(くる)しいったらありゃしねえ」


皮肉(ひにく)たっぷりに(おとこ)たちを見返(みかえ)すと、いともたやすく悠然(ゆうぜん)()ってのけた。


「モテない連中(れんちゅう)のやることは見苦(みぐる)しくて()てらんないね」


「………いい度胸(どきょう)してるじゃねぇか、(にい)ちゃん。英雄(えいゆう)気取(きど)りもほどほどにするんだな。(おれ)たちを(あなど)ると(いた)目見(めみ)るぜ。後悔(こうかい)したってもう(おそ)いがなっ!」


すぐ(あたま)()がのぼる精神構造(せいしんこうぞう)にできあがっているのか、リーダー(かく)とおぼしき屈強(くっきょう)大男(おおおとこ)が、(かれ)顔面(がんめん)をねらって(なぐ)りかかってきた。


ラグシードは余裕綽綽(よゆうしゃくしゃく)それを回避(かいひ)すると、(ちから)まかせにくり()した(こぶし)(おとこ)のあごに(おも)いっきり(たた)きつけた。


(こぶし)強烈(きょうれつ)炸裂(さくれつ)して、苦悶(くもん)のうめき(ごえ)をあげながら、大男(おおおとこ)(はげ)しく路地(ろじ)(たお)れこんだ。


喧嘩上等(けんかじょうとう)!いくらでも相手(あいて)してやるよ」


うさ()らしになるとばかりに、ラグシードは好戦的(こうせんてき)(のこ)りの連中(れんちゅう)挑発(ちょうはつ)した。


「「こんのおぉぉッ!!」」


(あん)定乗(じょうの)せられて、二人同時(ふたりどうじ)(おそ)いかかってきたが、(ちゅう)()って見事(みごと)(から)ぶりした。


とっさに()をかがめたラグシードが、(うし)()両手(りょうて)地面(じめん)につけると、(ひざ)()屈伸(くっしん)反動(はんどう)利用(りよう)して、二人仲良(なかよ)()りをお見舞(みま)いした。


そのまま体勢(たいせい)(ととの)えるなり、後方(こうほう)宙返(ちゅうがえ)りしていとも華麗(かれい)着地(ちゃくち)()める。


「お(じょう)さん、大丈夫(だいじょうぶ)か?」


あれほどの()(まわ)りでも、ラグシードは(いき)ひとつ(みだ)していない。


(むすめ)無事(ぶじ)なのを確認(かくにん)すると、安堵(あんど)したのか(かれ)()()けて、足早(あしばや)にこの()()()ろうとしていた。


「ちょっと()って!」


(おも)わず(むすめ)()()めていた。


(たす)けてもらった(おん)もあるが、なぜかこの(おとこ)興味(きょうみ)(いだ)いたのだ。


理由(りゆう)はわからない。
()らえどころのない一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないタイプだ。


(しょうがないわね。直感(ちょっかん)がそう()げているんだもの。職業上(しょくぎょう)(さか)らうわけにはいかないわ)


(きつね)につままれたような(かお)青年(せいねん)()かって、彼女(かのじょ)(あたま)()げると毅然(きぜん)とした口調(くちょう)()った。


「お(れい)にあなたを(うらな)わせて。(わたし)これでもこの(あた)りじゃ有名(ゆうめい)(うらな)()なの」

        ☆

(うらな)いかぁ………。女子供(おんなこども)じゃあるまいし、まったく気乗(きの)りしねぇなあ)


そう(おも)いながらもしぶしぶ(むすめ)について()たのは、(かれ)なりに理由(りゆう)もあった。


最初(さいしょ)はフードに(かく)れてよく()えなかったのだが、(つき)(ひかり)()らされた(むすめ)(かお)が、(おも)わず(いき)をのむほど(うつく)しかったからだ。


動機(どうき)なんていつだって、単純(たんんじゅん)不純(ふじゅん)なものである。


きゅうくつな路地(ろじ)何本(なんぼん)()け、(みせ)じまいした商店(しょうてん)(わき)にあるせまい階段(かいだん)(あが)ると、(ふる)めかしい(とびら)があった。


そこには(うらな)いの(やかた)といういかにもな看板(かんばん)がかかげられていた。


彼女(かのじょ)にうながされるまま部屋(へや)に入ると、麝香(じゃこう)のような(かお)りが(ただよ)っていた。


(うらな)いの(やかた)らしく、まじないの道具(どうぐ)(あや)しげな呪術用品(じゅじゅつようひん)(たな)占拠(せんきょ)している。


それらを胡散(うさん)くさそうに物色(ぶっしょく)していると、とがめるような(せき)ばらいとともに背後(はいご)から(こえ)がかけられた。


(うらな)()天蓋(てんがい)仕切(しき)られた場所(ばしょ)にラグシードを案内(あんない)すると、水晶(すいしょう)鎮座(ちんざ)しているテーブル(せき)(かれ)誘導(ゆうどう)し、自分(じぶん)対面(たいめん)するような(かたち)椅子(いす)(こし)をかけた。


(べつ)にこれといって(うらな)ってほしいことなんかないんだけどよ」


まるでとりつく(しま)もないといったようすで、不機嫌(ふきげん)そうにラグシードが()うと、


「そんなこと最初(さいしょ)からわかってたわ。(うらな)いなんて(しん)じないって(かお)()いてあるもの」


(うらな)()()ました(かお)で、平然(へいぜん)()ってのけた。


ならなんで(さそ)ったんだと疑問(ぎもん)(おも)ったが、どこかつかみどころがない雰囲気(ふんいき)(むすめ)なのだった。


彼女(かのじょ)はそれまでかぶっていたフードを()ろすと、正面(しょうめん)から射抜(いぬ)くような視線(しせん)(かれ)(とら)えた。


「──エルフ(ぞく)!?おまえエルフなのか!」


ラグシードは瞳孔(どうこう)見開(みひら)くと、(おどろ)いた拍子(ひょうし)椅子(いす)から(こし)()かせた。


萌黄色(もえぎいろ)のつややかでまっすぐな(なが)(かみ)
若草色(わかくさいろ)神秘的(しんぴてき)(ひとみ)


そして最大(さいだい)特徴(とくちょう)である先端(せんたん)のとがった(なが)(みみ)


俗世(ぞくせ)(きら)うエルフは、(もり)(なか)(かく)()み、滅多(めった)なことでは人間界(にんげんかい)には(あらわ)れない。


各地(かくち)をさすらった経験(けいけん)のある(かれ)でさえ、本物(ほんもの)のエルフを()るのはこれが(はじ)めてだったのだ。


目立(めだ)つから()かけるときは、フードをかぶるようにしているの」


どおりで美人(びじん)なわけだ。


ラグシードは一人合点(ひとりがてん)がいったとばかりにうなずいた。


エルフ(ぞく)長身(ちょうしん)で、眉目秀麗(びもくしゅうれい)(もの)(おお)いと()く。彼女(かのじょ)場合(ばあい)ももれなくそれに該当(がいとう)するであろう。


「それじゃあ(うらな)いを(はじ)めるわね」


エルフの(むすめ)卓上(たくじょう)()かれた水晶球(すいしょうきゅう)()をかざすと、集中(しゅうちゅう)するためにまぶたを()じた。


それをいいことにラグシードは深々(ふかぶか)椅子(いす)にもたれ、(うで)()むとかなりぶしつけな目線(めせん)彼女(かのじょ)をながめた。


獲物(えもの)()ぶみするような、遠慮会釈(えんりょえしゃく)のない視線(しせん)だ。


ちょっとお(たか)くとまってるのが(はな)につくが、文句(もんく)なしに美人(びじん)だし、(ふく)(うえ)から推測(すいそく)するにスタイルもなかなかのものだ。


青年(せいねん)(むすめ)のまえで平静(へいせい)(よそお)いながら、(あたま)のなかがいかがわしいことで()まってゆくのをあえて放置(ほうち)していた。


詳細(しょうさい)()がせてみないことにはわからないが、それもまたお(たの)しみだ。なにしろ滅多(めった)遭遇(そうぐう)できない水準(レベル)(おんな)であるのは()うまでもない……ッ!)


ラグシードは欲望(よくぼう)()(ころ)した神妙(しんみょう)(かお)で、ごくりと(のど)()らした。


(なんとかうまいこと誘導(ゆうどう)して、今夜(こんや)相手(あいて)にでも(さそ)えないもんかな………)



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