10.夢のなかの少年

文字数 2,159文字




「もうじき(みせ)()くわ。ここで()めてちょうだい」


御者(ぎょしゃ)代金(だいきん)支払(しはら)馬車(ばしゃ)から()りると、奇妙(きみょう)(けもの)目撃(もくげき)してアナベルは(あし)()めた。


(な、なにかしら………??ありえない()(もの)がいるんだけど)


レストランの玄関(げんかん)ホール。


その(はしら)頑丈(がんじょう)(くさり)でつながれ、(しろ)いライオンのような動物(どうぶつ)(ゆか)()そべっている。


それだけでも(おどろ)きなのに、この白獅子(しろじし)左右(さゆう)(ひとみ)(いろ)(こと)なっていて、()(もの)にかくも神秘的(しんぴてき)印象(いんしょう)をあたえていた。


()(いろ)がちがう白猫(しろねこ)なら()たことあるけど………)


(むかし)、めずらしいでしょと友人(ゆうじん)自慢気(じまんげ)にさしだされた白猫(しろねこ)が、たしか片方(かたほう)ずつ(ひとみ)(いろ)がちがっていて、黄色(きいろ)(あお)のこんな()(いろ)をしていたのだ。


しかし、()(まえ)にいるのは(おな)猫科(ねこか)でも獅子(しし)だった。


厳密(げんみつ)にいうとアルビノと白変種(はくへんしゅ)はまったくちがうのだが、そんなことをアナベルは()らない。


(しかも(ひとみ)毛並(けな)みの(いろ)だけじゃなくて、姿(すがた)もただのライオンじゃないみたいじゃない………)


彼女(かのじょ)見立(みた)てどおり、(いま)()りたたまれていて目立(めだ)たないものの、(けもの)背中(せなか)には(つばさ)()えているのが()てとれた。


(キバ)()かれた野獣(やじゅう)のように、獰猛(どうもう)だったころの面影(おもかげ)はまったくなくなっていた。


(これってうわさに()合成獣(キメラ)気性(きしょう)(あら)いって()いてたけど、それにしてはずいぶんと()()いてるわね。よっぽど()(ぬし)のしつけが()(とど)いてるのかしら?)


なにも()らない彼女(かのじょ)能天気(のうてんき)なことを(かんが)えながら、店内(てんない)一歩足(いっぽあし)()()れた。


──そして絶句(ぜっく)した。


想像(そうぞう)していたとはいえ、ここまでひどいとは──


天井(てんじょう)にぽっかりと巨大(きょだい)(あな)()いていたのだ。


うがたれた(あな)二階(にかい)天井(てんじょう)をも()()けて屋根(やね)にまで(たっ)していた。


紺碧(こんぺき)(そら)()かんだ真昼(まひる)太陽(たいよう)が、瓦礫(がれき)(やま)()した室内(しつない)にさんさんと、強烈(きょうれつ)日差(ひざ)しを()りそそいでいる。


店内(てんない)のテーブルや椅子(いす)食器棚(しょっきだな)などの家具(かぐ)調度品(ちょうどひん)はすべて()(たお)され欠損(けっそん)し、食器(しょっき)やグラスはこなごなに(くだ)()り、()べかけの料理(りょうり)といっしょに無残(むざん)にも(ゆか)にぶちまけられていた。


支配人(しはいにん)っ!支配人(しはいにん)はどこっ!?」


さすがのアナベルもこの惨状(さんじょう)には、()えかねて(おも)わず大声(おおごえ)をはりあげた。


(そりゃあ騒動(そうどう)期待(きたい)していたわよ。でも、ちょっとこれは()()ぎなんじゃないの?)


その(とき)彼女(かのじょ)(こえ)(とど)いたのか、(みせ)(おく)から(うつ)ろな(ひく)(こえ)()こえてきた。


「もしかして、あんたここのオーナー?」


とつぜん空間(くうかん)(ひび)いた(こえ)。アナベルは(おどろ)いてその方角(ほうがく)()()けると、


「──にしては(わか)すぎるな。関係者(かんけいしゃ)かなんか?」

 
自分(じぶん)をじろじろと品定(しなさだ)めするような視線(しせん)とぶつかった。


(たお)れた家具(かぐ)(かげ)にいたせいで()づかなかったが、()(たか)黒髪(くろかみ)青年(せいねん)(かべ)にもたれるようにしてこちらを()ている。


さすらいの剣士(けんし)といった風貌(ふうぼう)(おとこ)だ。
各地(かくち)転々(てんてん)としながら傭兵稼業(ようへいかぎょう)生業(なりわい)とする冒険者(ぼうけんしゃ)典型(てんけい)だろう。


(こし)にぶら()げた長剣(ちょうけん)()(はし)らせると、さもありなんと彼女(かのじょ)見当(けんとう)をつけた。


(うで)はかなり()ちそうだと察知(さっち)したのだ。


(なんだか喧嘩(ケンカ)っぱやそうだし、きっとこの乱闘(らんとう)()こした張本人(ちょうほんにん)(ちが)いないわっ!)


彼女(かのじょ)勝手(かって)()めつけた。やや(おも)いこみが(はげ)しいのがアナベルの欠点(けってん)である。


「あたしはこのレストランの()(ぬし)(むすめ)よ。さてはあんたね。こんな(ふう)にしたのは!」


彼女(かのじょ)はけわしい形相(ぎょうそう)青年(せいねん)をにらみつけると語気鋭(ごきするど)(さけ)んだ。


なぜ自分(じぶん)なんだというようすの青年(せいねん)反省(はんせい)(いろ)などなく、アナベルはいっそういきどおりを(かん)じた。


「よく()ました(かお)していられるわね!全額(ぜんがく)弁償(べんしょう)できなければ、あんたなんか牢獄行(ろうごくい)きよ!」


憤慨(ふんがい)したアナベルの姿(すがた)途方(とほう)()れると、旅姿(たびすがた)青年(せいねん)心外(しんがい)だとばかりにその()(くず)れるように(すわ)りこんだ。


「すご~く誤解(ごかい)してるようだけど、これやったの(おれ)じゃないんですけど?」


憮然(ぶぜん)としたままアナベルを見上(みあ)げる。(かれ)弁解(べんかい)するのも面倒(めんどう)くさいようすだ。


「じゃあ、これはいったい(だれ)が……」


少女(しょうじょ)疑問(ぎもん)(たい)し、青年(せいねん)はぞんざいにあごでしゃくって(おう)じた。


その方角(ほうがく)をふりかえってみると、巨大(きょだい)()()けと瓦礫(がれき)(やま)があった。


よく()るとその真上(まうえ)何者(なにもの)かが(たお)れている。


さっきは天井(てんじょう)()いた(あな)()をとられて、(した)のほうはろくに()ていなかったのだ。


アナベルはおそるおそる瓦礫(がれき)(やま)(ちか)づいてみた。


すると意外(いがい)にも、それはまだあどけない少年(しょうねん)姿(すがた)であった。


意識(いしき)(うしな)っているらしく、()じられたまぶたから(なが)睫毛(まつげ)がのぞいている。


端正(たんせい)なラインでふち()られた目鼻立(めばなだ)ちに、太陽(たいよう)(ひかり)()びて神々(こうごう)しく(かがや)(きん)(かみ)


すがすがしい(あさ)(かぜ)連想(れんそう)させるようなこの少年(しょうねん)は、(あお)いマントに(ひん)のよい衣装(いしょう)()()けていた。


(この(かお)………!見覚(みおぼ)えがあるわ………。でも、まさかそんなはず………ないわよね………?)


(いき)をするのも(わす)れてしまいそうだった。


少女(しょうじょ)数回瞬(すうかいまばた)きをすると、()いこまれるようにして(よこ)たわる少年(しょうねん)姿(すがた)魅入(みい)ってしまった。


(ああ、やっぱりそうだ………(ちょう)になった(ゆめ)!あの(とき)少年(しょうねん)にそっくりなんだわ。(しんじ)じられない!まさか本当(ほんとう)にめぐり()えるなんて………)


予期(よき)せぬ少年(しょうねん)との邂逅(かいこう)に、感激(かんげき)(むね)はふるえ心拍数(しんぱくすう)()ねあがる。


この現実(げんじつ)(ゆめ)ではないことを(いの)って、アナベルは(おも)わず自分(じぶん)(ほお)をつねってみた。


(あなたはまるで………(ゆめ)世界(せかい)から()っこちてきた王子様(おうじさま)みたいだわ)


(こい)()げる(かね)は、(とき)()っていてはくれない。


あたかも魔法(まほう)呪文(じゅもん)静止(せいし)させたような、ほんの一瞬(いっしゅん)(こころ)(うば)われて、彼女(かのじょ)放心(ほうしん)したように身動(みうご)きがとれなかった。



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