45.戻れない安らぎのなかで

文字数 2,051文字




(まど)から()しこむ昼下(ひるさ)がりのさわやかな(ひかり)(なか)で、(かれ)一人目(ひとりめ)()ました。


ロジオンは屋敷(やしき)一室(いっしつ)でベットに(よこ)たわっていた。


かなり(なが)(あいだ)昏睡(こんすい)していたようだ。


右腕(みぎうで)にはていねいに包帯(ほうたい)()かれている。真空(しんくう)(やいば)()()かれた(ほお)(かた)などにも、(きず)縫合(ほうごう)した(あと)があった。


(かれ)気絶(きぜつ)しているあいだに、手厚(てあつ)看護(かんご)()けたことは一目(いちもく)瞭然(りょうぜん)だった。


屋敷(やしき)(ひと)たちには、また迷惑(めいわく)をかけちゃったな)


(にが)(おも)いでロジオンは右腕(みぎうで)包帯(ほうたい)()つめた。


そんな気分(きぶん)にひたっていたのもつかの()……


「よっ!具合(ぐあい)はどうだ?」


()にそぐわない(かる)いノリの(こえ)がして、ラグシードがひょっこりと部屋(へや)(かお)()した。


「それより()いたぜ……(はじ)めてのキスはどうだった?」


「……それが重症(じゅうしょう)のけが(にん)にかける第一声(だいいっせい)言葉(ことば)?」


あきれたように(はな)(わら)って()(なが)し、ロジオンが上半身(じょうはんしん)だけ()()がって(こた)えると、


(おれ)はうれしいんだよ」


(おお)げさに感動(かんどう)表現(ひょうげん)して、相棒(あいぼう)(かた)をポンッとたたいてみせる。


「おまえに()いた(はなし)()ちあがる()がくるなんてなぁ」


ラグシードは感無量(かんむりょう)といったようすだ。その姿(すがた)をやや()気味(ぎみ)()めた()でながめながら、


「それにしても、どうしてそのことを?」


やや()きつった(かお)で、ロジオンは()になっていた疑問(ぎもん)(くち)にした。


「アナベルが上機嫌(じょうきげん)()いふらしてまわってたぜ」


「げッ!?」


(おも)わずうめき(ごえ)をあげると、(かれ)全身(ぜんしん)から()()()いてゆくのを(かん)じていた。


「とんでもない(おんな)(つか)まっちまったな。ご愁傷(しゅうしょう)さま。これはアドヴァイスだが、(おれ)みたいに(くち)(かた)(おんな)相手(あいて)にすれば後々(のちのち)めんどうがないぜ。ま、(おんな)趣味(しゅみ)(ひと)それぞれだけどな」


「……………………」


「それと、アナベルにはさんざん(おこ)られたんだぜ?護衛(ごえい)のくせにおまえを()ったらかしにして、どこほっつき(ある)いてたんだって。(たし)かにその(とお)りなんだけどな」


「それであの(ばん)、どこに()ってたの?」


「おまえまで()くのかよ……」


「あの()はほんとに大変(たいへん)だったんだよ。悪夢(あくむ)みたいだった……。『(くろ)(へび)』に奇襲(きしゅう)をかけられて、異形(いぎょう)怪物(かいぶつ)たち相手(あいて)にたった一人(ひとり)(たたか)ったんだから。あの(とき)ほどラグの(ちから)必要(ひつよう)としたことってないよ。いざという(とき)いないんだから、ほんと使(つか)えない護衛(ごえい)だよな」


(かれ)はラグシードを横目(よこめ)でにらむと、大仰(おおぎょう)なため(いき)をついた。


「ほんと(わる)かった!まさかこんな()にあってるとは(おも)わなかったんだよ……」


ロジオンの(まえ)両手(りょうて)をあわせて合掌(がっしょう)すると、ラグシードはすまなそうに謝罪(しゃざい)した。


「まあ、()ぎちゃったことはしょうがないけどね……」


少年(しょうねん)はやや(さび)しそうに()うと、(まど)から(とお)くの景色(けしき)をながめた。

        ☆

「よかった!()()めたのね」


ひときわ(おお)きな感激(かんげき)(こえ)がして(とびら)のほうを()ると、アナベルが()()れとした表情(ひょうじょう)でそこにすっくと()っていた。


普段(ふだん)よりいっそう清々(すがすが)しく彼女(かのじょ)がまぶしく(かん)じられる。


「おかげさまでだいぶよくなったよ。ありがとう、アナベル……」


ロジオンが感謝(かんしゃ)言葉(ことば)(つた)えると、二人(ふたり)のあいだに(なが)れる空気(くうき)(さっ)してラグシードが()った。


「なんだか(おれ)はお邪魔(じゃま)なようだな。とっとと退散(たいさん)させてもらうぜ」


野暮(やぼ)だったとばかりに部屋(へや)から()()こうとした(かれ)を、アナベルがやんわりと制止(せいし)した。


「ちょっと()って、リームから伝言(でんごん)(たの)まれてるんだけど」


その名前(なまえ)(みみ)にして、いつもひょうひょうとしている(かれ)が、動揺(どうよう)(いろ)()かべて()()まった。


「リームって(だれ)のこと?」


ロジオンが素朴(そぼく)疑問(ぎもん)(いだ)いてそうたずねると、


「まだ紹介(しょうかい)してなかったわね。あたしの(うらな)()友人(ゆうじん)なの」


「このあいだ()めてもらったっていう友達(ともだち)だね。でもその(ひと)とラグとなんの関係(かんけい)が?」


ラグシードの(かお)には、(はや)くもその()から()()したいという表情(ひょうじょう)がありありと()かんでいた。


「それが奇遇(きぐう)なのよぉ。彼女(かのじょ)相談(そうだん)したいことがあって、あの(ばん)リームの(いえ)()しかけたんだけど、そこにはなんとラグシードの姿(すがた)が!」


「……すごい偶然(ぐうぜん)だね」


もはやあきれを(とお)りこして微笑(びしょう)さえ()かべながら、ロジオンが(はなし)(つづ)きをうながした。


「なんでもリームの(はなし)によると、彼女(かのじょ)(おとこ)にからまれてるのを(たす)けてもらったのが(えん)らしいんだけど、たったそれだけなのに(きゅう)()しかけてきて、無理(むり)やり関係(かんけい)(せま)ったみたいなのよっ!さいわい未遂(みすい)()わったけど、この(はなし)どう(おも)う?」


「……常識(じょうしき)をうたがうよ。ラグは(むかし)から(おんな)ぐせが(わる)くてね。でもまさか(きみ)親友(しんゆう)にまで迷惑(めいわく)かけてるなんて……。ショックだよ。(ぼく)はいろいろと傷心(しょうしん)日々(ひび)だったっていうのに……」


「おまえが窮地(きゅうち)なのを()らなかったんだから、しょうがないだろぉ?」


「それよりリームからの伝言(でんごん)なんだけど、もうたずねて()ないでくださいって。しつこい(おとこ)よねぇ。たしかにリームは滅多(めった)()ないほどの絶世(ぜっせい)美女(びじょ)だけどね」


「……はあぁぁっ」


(なさ)けないとばかりにロジオンが(ふか)失望(しつぼう)のため(いき)()()した。


()まずくなった雰囲気(ふんいき)()えられず、ラグシードは早業(はやわざ)のようにあっという()二人(ふたり)(まえ)から姿(すがた)()した。


(かれ)のはもう病気(びょうき)ね……」


もはや見放(みはな)したような(くち)ぶりでアナベルが()うと、無言(むごん)でロジオンが同意(どうい)した。


二人(ふたり)(かお)見合(みあ)わせてくすっと(わら)った。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み