窓から
射しこむ
昼下がりのさわやかな
光の
中で、
彼は
一人目を
覚ました。
ロジオンは
屋敷の
一室でベットに
横たわっていた。
かなり
長い
間、
昏睡していたようだ。
右腕にはていねいに
包帯が
巻かれている。
真空の
刃で
切り
裂かれた
頬や
肩などにも、
傷を
縫合した
痕があった。
彼が
気絶しているあいだに、
手厚い
看護を
受けたことは
一目瞭然だった。
(
屋敷の
人たちには、また
迷惑をかけちゃったな)
苦い
思いでロジオンは
右腕の
包帯を
見つめた。
そんな
気分にひたっていたのもつかの
間……
「よっ!
具合はどうだ?」
場にそぐわない
軽いノリの
声がして、ラグシードがひょっこりと
部屋に
顔を
出した。
「それより
聞いたぜ……
初めてのキスはどうだった?」
「……それが
重症のけが
人にかける
第一声の
言葉?」
あきれたように
鼻で
笑って
受け
流し、ロジオンが
上半身だけ
起き
上がって
答えると、
「
俺はうれしいんだよ」
大げさに
感動を
表現して、
相棒の
肩をポンッとたたいてみせる。
「おまえに
浮いた
話が
持ちあがる
日がくるなんてなぁ」
ラグシードは
感無量といったようすだ。その
姿をやや
引き
気味に
冷めた
目でながめながら、
「それにしても、どうしてそのことを?」
やや
引きつった
顔で、ロジオンは
気になっていた
疑問を
口にした。
「アナベルが
上機嫌で
言いふらしてまわってたぜ」
「げッ!?」
思わずうめき
声をあげると、
彼は
全身から
血の
気が
引いてゆくのを
感じていた。
「とんでもない
女に
捕まっちまったな。ご
愁傷さま。これはアドヴァイスだが、
俺みたいに
口の
堅い
女を
相手にすれば
後々めんどうがないぜ。ま、
女の
趣味は
人それぞれだけどな」
「……………………」
「それと、アナベルにはさんざん
怒られたんだぜ?
護衛のくせにおまえを
放ったらかしにして、どこほっつき
歩いてたんだって。
確かにその
通りなんだけどな」
「それであの
晩、どこに
行ってたの?」
「おまえまで
聞くのかよ……」
「あの
日はほんとに
大変だったんだよ。
悪夢みたいだった……。『
黒い
蛇』に
奇襲をかけられて、
異形の
怪物たち
相手にたった
一人で
戦ったんだから。あの
時ほどラグの
力を
必要としたことってないよ。いざという
時いないんだから、ほんと
使えない
護衛だよな」
彼はラグシードを
横目でにらむと、
大仰なため
息をついた。
「ほんと
悪かった!まさかこんな
目にあってるとは
思わなかったんだよ……」
ロジオンの
前で
両手をあわせて
合掌すると、ラグシードはすまなそうに
謝罪した。
「まあ、
過ぎちゃったことはしょうがないけどね……」
少年はやや
淋しそうに
言うと、
窓から
遠くの
景色をながめた。
☆
「よかった!
目が
覚めたのね」
ひときわ
大きな
感激の
声がして
扉のほうを
見ると、アナベルが
晴れ
晴れとした
表情でそこにすっくと
立っていた。
普段よりいっそう
清々しく
彼女がまぶしく
感じられる。
「おかげさまでだいぶよくなったよ。ありがとう、アナベル……」
ロジオンが
感謝の
言葉を
伝えると、
二人のあいだに
流れる
空気を
察してラグシードが
言った。
「なんだか
俺はお
邪魔なようだな。とっとと
退散させてもらうぜ」
野暮だったとばかりに
部屋から
出て
行こうとした
彼を、アナベルがやんわりと
制止した。
「ちょっと
待って、リームから
伝言頼まれてるんだけど」
その
名前を
耳にして、いつもひょうひょうとしている
彼が、
動揺の
色を
浮かべて
立ち
止まった。
「リームって
誰のこと?」
ロジオンが
素朴な
疑問を
抱いてそうたずねると、
「まだ
紹介してなかったわね。あたしの
占い
師の
友人なの」
「このあいだ
泊めてもらったっていう
友達だね。でもその
人とラグとなんの
関係が?」
ラグシードの
顔には、
早くもその
場から
逃げ
出したいという
表情がありありと
浮かんでいた。
「それが
奇遇なのよぉ。
彼女に
相談したいことがあって、あの
晩リームの
家に
押しかけたんだけど、そこにはなんとラグシードの
姿が!」
「……すごい
偶然だね」
もはやあきれを
通りこして
微笑さえ
浮かべながら、ロジオンが
話の
続きをうながした。
「なんでもリームの
話によると、
彼女が
男にからまれてるのを
助けてもらったのが
縁らしいんだけど、たったそれだけなのに
急に
押しかけてきて、
無理やり
関係を
迫ったみたいなのよっ!さいわい
未遂に
終わったけど、この
話どう
思う?」
「……
常識をうたがうよ。ラグは
昔から
女ぐせが
悪くてね。でもまさか
君の
親友にまで
迷惑かけてるなんて……。ショックだよ。
僕はいろいろと
傷心の
日々だったっていうのに……」
「おまえが
窮地なのを
知らなかったんだから、しょうがないだろぉ?」
「それよりリームからの
伝言なんだけど、もうたずねて
来ないでくださいって。しつこい
男よねぇ。たしかにリームは
滅多に
見ないほどの
絶世の
美女だけどね」
「……はあぁぁっ」
情けないとばかりにロジオンが
深い
失望のため
息を
吐き
出した。
気まずくなった
雰囲気に
耐えられず、ラグシードは
早業のようにあっという
間に
二人の
前から
姿を
消した。
「
彼のはもう
病気ね……」
もはや
見放したような
口ぶりでアナベルが
言うと、
無言でロジオンが
同意した。
二人は
顔を
見合わせてくすっと
笑った。