6.婚約するって、本気ですか?

文字数 3,059文字




「ロジオン(くん)、アナベルと『エレプシアの(けい)(やく)()わしたことで、そうとう責任感(せきにんかん)じてたみたいで……」


「……で?」


「せめて婚約(こんやく)という(かたち)でもとって、彼女(かのじょ)安心(あんしん)させてあげたいって(かんが)えてるみたいよ」


「だからっていきなり婚約(こんやく)かよっ!ったく!ガキの恋愛(れんあい)じゃあないんだぜ?ママゴト気分(きぶん)重大(じゅうだい)なこと勝手(かって)()めやがって……。しかも、こっちには相談(そうだん)もなしかよ!」


あたりかまわず感情的(かんじょうてき)()()らす。


(かれ)(おこ)るのも無理(むり)はないのだが、普段(ふだん)のおこないが(わざわ)いしてあまり同情(どうじょう)する()にもなれない。というのが本音(ほんね)だったりする。


「だって、あなたに()ったところで冗談(じょうだん)にされるか、さいあく馬鹿(ばか)にされて()わりでしょ?」


「まあ、もう(すこ)冷静(れいせい)になれとか、(かんが)(なお)せとは()うかもしれないな。ふつう賛成(さんせい)はしないだろ?」


「……そういう薄情(はくじょう)なところが、あんたが信頼(しんらい)されない一番(いちばん)原因(げんいん)だと(おも)うけど。なんでも(かれ)味方(みかた)になれとはいわないけど、友人(ゆうじん)としてちょっと(つめ)たくない?」


そんなラグシードを露骨(ろこつ)にイヤそうな(かお)()つめながら、リームが()ややかに指摘(してき)する。


「それ、(おな)じようなこと(だれ)かにもいわれたような()がする……。ともかく(おれ)、こう()えてけっこう現実(げんじつ)主義者(しゅぎしゃ)なんだ。あいつとは性格(せいかく)(かんが)(かた)正反対(せいはんたい)かもな」


「そんなんであなたたち、よく(いま)まで(たび)仲間(なかま)として成立(せいりつ)してたわね……」


もはや途方(とほう)()れたようなまなざしを()けると、ラグシードはほっとけとばかりに仏頂(ぶっちょう)(づら)応酬(おうしゅう)した。


「にしても、ロジオンにはほとほとあきれ()てたぜ。(かんが)えてるようでいて(じつ)はなにも(かんが)えてないっつーか。そこらへんが(あま)いっていうか、世間知(せけんし)らずのド天然(てんねん)(ぼっ)ちゃんの発想(はっそう)だよな」


()がマジメなんでしょ。軽薄(けいはく)(だれ)かさんとはちがって……」


たしかに(かれ)()うとおりでもあるのだが、同意(どうい)するのも(しゃく)だしロジオンがかわいそうなので、とりあえずフォローすると。


「どうせ(おれ)無責任(むせきにん)だよ。はあ~。なんだか()(おも)くなってきた……」


なぜかいったん虚空(こくう)見上(みあ)げてから、ラグシードはがっくりと(かた)()としてうなだれた。


「なんであんたが(ゆう)うつになってるのよ?」


「──ああいうのに(かぎ)って、なにも(かんが)えないで結婚(けっこん)して、なにも(かんが)えないで子供作(こどもつく)ったりすんのか……と(ふか)~く(かん)()ってさ。まったく社会(しゃかい)迷惑(めいわく)だよな」


(すく)なくとも、あんたに()われたくはないわね……」


リームの(こえ)はこの()に、(みょう)にしみじみと(ひび)きわたった。


「ま、この話題(わだい)(かえ)ったときにでも、本人(ほんにん)直接問(ちょくせつと)いただすことにするよ」


「……あんまり(いじ)めないであげてよ?」


「やっさしいなぁ……おまえ。(おれ)(たい)する態度(たいど)とちがいすぎないか?」


「ナイーヴそうな(ひと)には(やさ)しく(せっ)するようにしてるのよ。あんたに(やさ)しくなんてしたら、一方的(いっぽうてき)につけあがるだけでしょ。ちゃんと人見(ひとみ)使(つか)いわけてるわよ」


「ふーん」


ラグシードは面白(おもしろ)くなさそうにいい加減(かげん)(あい)づちをうつと、あらためて市場(いちば)(なら)商品(しょうひん)(やま)()つめた。


天蓋(てんがい)(した)()かれた色鮮(いろあざ)やかな紋様(もんよう)絨毯(じゅうたん)のうえに、常人(じょうじん)には理解(りかい)しがたい形状(けいじょう)をした金属器(きんぞくき)や、用途(ようと)(うたが)うような(あや)しげな道具(どうぐ)(ところ)せましと(なら)べられている。


この界隈(かいわい)はおもに(うらな)いや、魔法道具(まほうどうぐ)をあつかう(みせ)集中(しゅうちゅう)しているようだ。


「ところで、さっきの購入(こうにゅう)リストに()ってた水晶球(すいしょうきゅう)って……(くだ)かれた()わりの(しな)でも(さが)してるのか?」


それまでとは一転(いってん)して、(かれ)はやや気遣(きづか)うように神妙(しんみょう)なようすでたずねた。


マインスター()屋敷(やしき)でアナベルがさらわれたとき、一緒(いっしょ)居合(いあ)わせていたリームは侵入(しんにゅう)してきた『(くろ)(へび)』の(おとこ)に、(うらな)いで愛用(あいよう)していた水晶球(すいしょうきゅう)破壊(はかい)されてしまったのだ。


「──そうよ。一応(いちおう)祖母(ばあ)さまの形見(かたみ)だったんだけど。(こわ)されてしまったらもうどうしようもないもの」


さびしそうに微笑(ほほえ)彼女(かのじょ)にさりげなく一瞥(いちべつ)をなげかける。


「さすがにアナベルが責任感(せきにんかん)じちゃって、(さが)して()()せるって()ってくれてるんだけど……。大切(たいせつ)商売道具(しょうばいどうぐ)だからこそ、できれば自分(じぶん)()(さが)したいと(おも)ってるんだ」


「おまえ、商売道具(しょうばいどうぐ)がないのに、仕事(しごと)どうしてるんだ?」


「そんなこと、あなたに関係(かんけい)ないでしょ?」


ついと(かお)をそむけて視線(しせん)をそらす。


はぐらかそうとしても()いついてくるので、とうとう(しび)れを()らしてリームはわずらわしそうにつぶやいた。


「……お金持(かねも)主催(しゅさい)のパーティで、タロットカードなんかで(うらな)ったりすると、けっこうな臨時収入(りんじしゅうにゅう )になるのよ。アトゥーアンは貿易(ぼうえき)(さか)んな商業都市(しょうぎょうとし)だから。そういった(もよお)しで初対面(しょたいめん)店主(てんしゅ)顧客(こきゃく)をなごませるのに一役(ひとやく)かってるってわけ」


美人(びじん)はボロい商売(しょうばい)(めぐ)まれてていいなぁ~」


無理(むり)して()びなきゃいけないことも(おお)くて、けっこう(つか)れるのよ。(つく)(わら)いって体力(たいりょく)勝負(しょうぶ)だし」


「……色仕掛(いろじか)けで(あら)たな顧客獲得(こきゃくかくとく)ってか……?」


「そんな下品(げひん)愛想(あいそう)はふりまいてないわよっ!あんたってほんとうに失礼(しつれい)なことしか()わないのね」


リームが(あき)れたようなため(いき)をついたのと同時(どうじ)に、大聖堂(だいせいどう)(かね)()(ひび)正午(しょうご)時間(じかん)()らせた。


昼時(ひるどき)になり食堂(しょくどう)からあふれて、(そと)(なら)(れつ)がさらに(いきお)いを()していた。


(ひと)(なが)れが(きゅう)になり、()(ある)きしながら市場(いちば)をまわる人々(ひとびと)姿(すがた)に、ラグシードの()たされない(はら)(むし)刺激(しげき)されたようだ。


「おっといけね。もうこんな時間(じかん)か……。さすがに()たせちゃ(わる)い」


「そ。せいぜい(たの)しんできたら?」


かたわらの美女(びじょ)から()ややかな視線(しせん)がそそがれる。


「それ皮肉(ひにく)か?」


「そうとってくれてもかまわないわ」


「……ま、いいか。じゃ、またな!」


そう()げると()()けて、ぐんぐんと(とお)ざかってゆく。


(……………………)


()りゆくラグシードの姿(すがた)(ひとみ)(うつ)しながら、ふと、いつも自分(じぶん)(おとこ)背中(せなか)ばかり見送(みおく)ってるような()がする。


と、リームはほんの一瞬(いっしゅん)だけ、(むな)しい気持(きも)ちに見舞(みま)われた。


(ああいうかまって()しいタイプの(おとこ)は、相手(あいて)してくれる(おんな)なら(だれ)だっていいのよね……)


結局(けっきょく)(おとこ)はそのつど自分(じぶん)にとって都合(つごう)のいい(おんな)()えず(ほっ)しつづけているのだ。


そこに(あい)はあったほうがいいが、なくても成立(せいりつ)はする。


そのことに()づいてから、ひとり(しず)かに(きず)つきながらも、同時(どうじ)(だれ)かを(きず)つけてもきた。


(……もう、うんざりだわ……)


やがて(かれ)姿(すがた)雑踏(ざっとう)にかき()されて()えなくなった。


(こんな(わたし)にもいつか、家庭(かてい)(きず)いてもいいかなって(おも)えるような相手(あいて)があらわれるのかしら……?)


一瞬(いっしゅん)(おも)いをはせるように(とお)りを見渡(みわた)すものの、他人顔(たにんがお)(とお)りすぎてゆく群衆(ぐんしゅう)()れに失意(しつい)(かん)じて、すぐさま彼女(かのじょ)()()すようにかぶりをふった。


(──そんな願望(がんぼう)、あきらめて何処(どこ)かに手放(てばな)してから、いったいどれぐらい()つんだろう……)


自嘲気味(じちょうぎみ)鼻先(はなさき)でわらってみる。


アナベルやロジオンがうらやましくないといったら、(うそ)になる。


でも、この二人(ふたり)のような(こい)は、自分(じぶん)にはもうできないだろう。


(……まるで仙女(せんにょ)魔女(まじょ)ね。なんてつまらない人生(じんせい)……)


どこか自分(じぶん)(おとし)めるように内心(ないしん)つぶやく。


こんなときは、どんなくだらないきっかけでも、とことん自分(じぶん)存在(そんざい)価値(かち)見失(みうしな)いそうになるのだ。


(なんだか気分(きぶん)がすぐれないわ。さっさと買物(かいもの)すませて(かえ)ろう……)


リームが(かお)をあげた瞬間(しゅんかん)、その()空気(くうき)がにわかにどよめくのを(はだ)(かん)じた。


いつの()にか、(かぶ)っていたフードが()りていたのだろう。


たちまち周囲(しゅうい)人間(にんげん)は、彼女(かのじょ)(うるわ)しい美貌(びぼう)にひとめで(こころ)射抜(いぬ)かれたようだ。


すれちがいざま(おとこ)たちがあからさまに羨望(せんぼう)のまなざしを()け、なかには口説(くど)くように熱心(ねっしん)視線(しせん)(おく)ってくる(もの)までいる。


(……(わたし)もまだまだ、()てたもんじゃないのかしらね……?)


そんなことを(おも)いながら、(とお)りゆく滑稽(こっけい)(おとこ)たちの姿(すがた)をながめることで、リームはなんとなく溜飲(りゅういん)()がったのであった。



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