「ロジオン
君、アナベルと
『エレプシアの契約』を
交わしたことで、そうとう
責任感じてたみたいで……」
「……で?」
「せめて
婚約という
形でもとって、
彼女を
安心させてあげたいって
考えてるみたいよ」
「だからっていきなり
婚約かよっ!ったく!ガキの
恋愛じゃあないんだぜ?ママゴト
気分で
重大なこと
勝手に
決めやがって……。しかも、こっちには
相談もなしかよ!」
あたりかまわず
感情的に
吐き
散らす。
彼が
怒るのも
無理はないのだが、
普段のおこないが
災いしてあまり
同情する
気にもなれない。というのが
本音だったりする。
「だって、あなたに
言ったところで
冗談にされるか、さいあく
馬鹿にされて
終わりでしょ?」
「まあ、もう
少し
冷静になれとか、
考え
直せとは
言うかもしれないな。ふつう
賛成はしないだろ?」
「……そういう
薄情なところが、あんたが
信頼されない
一番の
原因だと
思うけど。なんでも
彼の
味方になれとはいわないけど、
友人としてちょっと
冷たくない?」
そんなラグシードを
露骨にイヤそうな
顔で
見つめながら、リームが
冷ややかに
指摘する。
「それ、
同じようなこと
誰かにもいわれたような
気がする……。ともかく
俺、こう
見えてけっこう
現実主義者なんだ。あいつとは
性格も
考え
方も
正反対かもな」
「そんなんであなたたち、よく
今まで
旅の
仲間として
成立してたわね……」
もはや
途方に
暮れたようなまなざしを
向けると、ラグシードはほっとけとばかりに
仏頂面で
応酬した。
「にしても、ロジオンにはほとほとあきれ
果てたぜ。
考えてるようでいて
実はなにも
考えてないっつーか。そこらへんが
甘いっていうか、
世間知らずのド
天然お
坊ちゃんの
発想だよな」
「
根がマジメなんでしょ。
軽薄な
誰かさんとはちがって……」
たしかに
彼の
言うとおりでもあるのだが、
同意するのも
癪だしロジオンがかわいそうなので、とりあえずフォローすると。
「どうせ
俺は
無責任だよ。はあ~。なんだか
気が
重くなってきた……」
なぜかいったん
虚空を
見上げてから、ラグシードはがっくりと
肩を
落としてうなだれた。
「なんであんたが
憂うつになってるのよ?」
「──ああいうのに
限って、なにも
考えないで
結婚して、なにも
考えないで
子供作ったりすんのか……と
深~く
感じ
入ってさ。まったく
社会の
迷惑だよな」
「
少なくとも、あんたに
言われたくはないわね……」
リームの
声はこの
場に、
妙にしみじみと
響きわたった。
「ま、この
話題は
帰ったときにでも、
本人に
直接問いただすことにするよ」
「……あんまり
苛めないであげてよ?」
「やっさしいなぁ……おまえ。
俺に
対する
態度とちがいすぎないか?」
「ナイーヴそうな
人には
優しく
接するようにしてるのよ。あんたに
優しくなんてしたら、
一方的につけあがるだけでしょ。ちゃんと
人見て
使いわけてるわよ」
「ふーん」
ラグシードは
面白くなさそうにいい
加減な
相づちをうつと、あらためて
市場に
並ぶ
商品の
山を
見つめた。
天蓋の
下に
敷かれた
色鮮やかな
紋様の
絨毯のうえに、
常人には
理解しがたい
形状をした
金属器や、
用途を
疑うような
妖しげな
道具が
所せましと
並べられている。
この
界隈はおもに
占いや、
魔法道具をあつかう
店が
集中しているようだ。
「ところで、さっきの
購入リストに
載ってた
水晶球って……
砕かれた
代わりの
品でも
探してるのか?」
それまでとは
一転して、
彼はやや
気遣うように
神妙なようすでたずねた。
マインスター
家の
屋敷でアナベルがさらわれたとき、
一緒に
居合わせていたリームは
侵入してきた『
黒い
蛇』の
男に、
占いで
愛用していた
水晶球を
破壊されてしまったのだ。
「──そうよ。
一応お
祖母さまの
形見だったんだけど。
壊されてしまったらもうどうしようもないもの」
さびしそうに
微笑む
彼女にさりげなく
一瞥をなげかける。
「さすがにアナベルが
責任感じちゃって、
探して
取り
寄せるって
言ってくれてるんだけど……。
大切な
商売道具だからこそ、できれば
自分の
眼で
探したいと
思ってるんだ」
「おまえ、
商売道具がないのに、
仕事どうしてるんだ?」
「そんなこと、あなたに
関係ないでしょ?」
ついと
顔をそむけて
視線をそらす。
はぐらかそうとしても
食いついてくるので、とうとう
痺れを
切らしてリームはわずらわしそうにつぶやいた。
「……お
金持ち
主催のパーティで、タロットカードなんかで
占ったりすると、けっこうな
臨時収入になるのよ。アトゥーアンは
貿易が
盛んな
商業都市だから。そういった
催しで
初対面の
店主と
顧客をなごませるのに
一役かってるってわけ」
「
美人はボロい
商売に
恵まれてていいなぁ~」
「
無理して
媚びなきゃいけないことも
多くて、けっこう
疲れるのよ。
作り
笑いって
体力勝負だし」
「……
色仕掛けで
新たな
顧客獲得ってか……?」
「そんな
下品な
愛想はふりまいてないわよっ!あんたってほんとうに
失礼なことしか
言わないのね」
リームが
呆れたようなため
息をついたのと
同時に、
大聖堂の
鐘が
鳴り
響き
正午の
時間を
知らせた。
昼時になり
食堂からあふれて、
外に
並ぶ
列がさらに
勢いを
増していた。
人の
流れが
急になり、
食べ
歩きしながら
市場をまわる
人々の
姿に、ラグシードの
満たされない
腹の
虫も
刺激されたようだ。
「おっといけね。もうこんな
時間か……。さすがに
待たせちゃ
悪い」
「そ。せいぜい
愉しんできたら?」
かたわらの
美女から
冷ややかな
視線がそそがれる。
「それ
皮肉か?」
「そうとってくれてもかまわないわ」
「……ま、いいか。じゃ、またな!」
そう
告げると
背を
向けて、ぐんぐんと
遠ざかってゆく。
(……………………)
去りゆくラグシードの
姿を
瞳に
映しながら、ふと、いつも
自分は
男の
背中ばかり
見送ってるような
気がする。
と、リームはほんの
一瞬だけ、
虚しい
気持ちに
見舞われた。
(ああいうかまって
欲しいタイプの
男は、
相手してくれる
女なら
誰だっていいのよね……)
結局、
男はそのつど
自分にとって
都合のいい
女を
絶えず
欲しつづけているのだ。
そこに
愛はあったほうがいいが、なくても
成立はする。
そのことに
気づいてから、ひとり
静かに
傷つきながらも、
同時に
誰かを
傷つけてもきた。
(……もう、うんざりだわ……)
やがて
彼の
姿は
雑踏にかき
消されて
見えなくなった。
(こんな
私にもいつか、
家庭を
築いてもいいかなって
思えるような
相手があらわれるのかしら……?)
一瞬、
想いをはせるように
通りを
見渡すものの、
他人顔で
通りすぎてゆく
群衆の
群れに
失意を
感じて、すぐさま
彼女は
打ち
消すようにかぶりをふった。
(──そんな
願望、あきらめて
何処かに
手放してから、いったいどれぐらい
経つんだろう……)
自嘲気味に
鼻先でわらってみる。
アナベルやロジオンがうらやましくないといったら、
嘘になる。
でも、この
二人のような
恋は、
自分にはもうできないだろう。
(……まるで
仙女か
魔女ね。なんてつまらない
人生……)
どこか
自分を
貶めるように
内心つぶやく。
こんなときは、どんなくだらないきっかけでも、とことん
自分の
存在価値を
見失いそうになるのだ。
(なんだか
気分がすぐれないわ。さっさと
買物すませて
帰ろう……)
リームが
顔をあげた
瞬間、その
場の
空気がにわかにどよめくのを
肌で
感じた。
いつの
間にか、
被っていたフードが
下りていたのだろう。
たちまち
周囲の
人間は、
彼女の
麗しい
美貌にひとめで
心を
射抜かれたようだ。
すれちがいざま
男たちがあからさまに
羨望のまなざしを
向け、なかには
口説くように
熱心な
視線を
送ってくる
者までいる。
(……
私もまだまだ、
捨てたもんじゃないのかしらね……?)
そんなことを
思いながら、
通りゆく
滑稽な
男たちの
姿をながめることで、リームはなんとなく
溜飲が
下がったのであった。