27.巨大邪教集団『黒い蛇』

文字数 2,913文字




「よっ!(こい)わずらいか?」


屋敷(やしき)のバルコニーで夜風(よかぜ)にあたっていると、背後(はいご)から思いっきり背中(せなか)をたたかれた。


「…………………」


冗談(じょうだん)めかした発言(はつげん)沈黙(ちんもく)応戦
(おうせん)
すると、ラグシードは肩透(かたす)かしを()ったように失意(しつい)をあらわにした。


「なんだ。なんの進展(しんてん)もなしか」


進展(しんてん)はしたよ。見事(みごと)(わる)方向(ほうこう)にね………」


ロジオンは(とお)()をして夜空(よぞら)見上(みあ)げた。


「なるほど、それで(くら)~い表情(ひょうじょう)してたんだ」


「………(ぼく)物想(ものおも)いにふけってて、なにが(わる)いんだよ?」


「そうカリカリすんなよ。もしやお(じょう)さん相手(あいて)にあせって(こと)(はこ)ぼうとして、裏目(うらめ)()たとか………?」


「…………………」


「………もしかして、図星(ずぼし)なのか??」


「いいや、むしろその反対(はんたい)。そもそも(ぼく)にそんな勇気(ゆうき)があれば、彼女(かのじょ)愛想(あいそう)をつかされずにすんだんだろうな」


ほとほと自分(じぶん)嫌気(いやけ)がさしたとばかりに(かた)()とすと、(いま)まで(わら)って見ていたラグシードが、(きゅう)気配(けはい)()きしめたのがわかった。


「ま、おふざけはこの程度(ていど)にして本題(ほんだい)(はい)るとするか」


「おふざけって………。こっちは本気(ほんき)(なや)んでるっていうのに!」


「わかってるよ。だからそう邪険(じゃけん)にするなよ。ただ、今はちょっと恋愛(れんあい)にかかずりあってる場合(ばあい)じゃないっつーか。ことは深刻(しんこく)なんだ」


通常(つうじょう)とは(こと)なるラグシードの態度(たいど)に、ただならぬ状況(じょうきょう)であることを理解(りかい)したのか、ロジオンは瞬時(しゅんじ)表情(ひょうじょう)がこわばるのを(かん)じた。


今日(きょう)おまえが黒装束(くろしょうぞく)集団(しゅうだん)(おそ)われたっていう一件(いっけん)。こりゃ相当(そうとう)きなくさいぞ。(じつ)最近(さいきん)東街(ひかしまち)物騒(ぶっそう)事件(じけん)多発(たはつ)してるらしいんだ」


「あの(あた)りは貧民窟(ひんみんくつ)があるから、治安(ちあん)(わる)いってアナベルが()ってたけど………」


「そう。もともと犯罪(はんざい)(おお)地域(ちいき)なんだが、殺人(さつじん)殺傷(さっしょう)件数(けんすう)がこのところ大幅(おおはば)増加(ぞうか)したらしい。しかも被害者(ひがいしゃ)共通点(きょうつうてん)(おお)いのが特徴(とくちょう)なんだ」


貴族(きぞく)とか富裕層(ふゆうそう)(ねら)ってるってこと?」


「それより事態(じたい)深刻(しんこく)かもしれねえ。覚悟(かくご)して()けよ。あまり()かせたくない話題(わだい)だったが、実際(じっさい)奇襲(きしゅう)をかけられたんだったら、もう(かく)しとくわけにはいかないからな」


いつになく真剣(しんけん)なラグシードのようすに、一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない問題(もんだい)身近(みぢか)(せま)りつつあることを(かれ)理解(りかい)した。


「おまえと共通(きょうつう)する特徴(とくちょう)をもった人間(にんげん)相次(あいつ)いで(おそ)われてる。()いたいことはわかるよな。二年前(にねんまえ)、おまえの兄貴(あにき)()った連中(れんちゅう)が、この(まち)のどこかに潜伏(せんぷく)しておまえを(ねら)ってる」


これにはさすがのロジオンも狼狽(ろうばい)(かく)せなかった。


「ちょっと()ってよ。どうしてそうはっきり断言(だんげん)できるわけ?証拠(しょうこ)でもあるの?」


たたみかけるように相棒(あいぼう)()ってかかる。
その表情(ひょうじょう)(こわ)いくらいに(あお)ざめていた。


直視(ちょくし)したくない問題(もんだい)なのはわかってる。だけど(おれ)以前(いぜん)からよくないうわさを()いて、いろいろと調(しら)べて(まわ)ってたんだよ。おまえがデートにうつつを()かしてる(あいだ)にな」


肩身(かたみ)がせまいとはこういうことを()うのだろうか。苦々(にがにが)しい表情(ひょうじょう)(かれ)相棒(あいぼう)にわびた。


「ま、給金(きゅうきん)もらってる()だからな。それで入念(にゅうねん)()きこみを(つづ)けるうちにわかってきたことがあるんだ。近年(きんねん)、アトゥーアンの(みやこ)異端信仰(いたんしんこう)(ひそ)かに(ひろ)まってるらしい。布教(ふきょう)してる団体(だんたい)は──」


「──(くろ)(へび)だろ」


言葉(ことば)をさえぎってつぶやかれたのは、(こころ)(うつ)ろから()()てられるような、()まわしい()()


「わかってんじゃねぇか」


「うんざりする………。またあいつらなのか………」


「なにかにつけて因縁(いんねん)のある連中(れんちゅう)だよな………『(くろ)(へび)』。ゾグアーティス(きょう)(なら)(しょう)される二大(にだい)異端信仰(いたんしんこう)(ひと)つ………」


ラグシードの言葉(ことば)()()いで、眉根(まゆね)(けわ)しく()せたロジオンが重々(おもおも)しくつぶやく。


(くろ)大蛇(だいじゃ)ネペンテス筆頭(ひっとう)にして、複合(ふくごう)魔獣(まじゅう)アングラータ(うみ)怪鳥(けちょう)ドルステア毒蟲(どくむし)エクゾレータ(しかばね)怨霊(おんりょう)グロリオーザ(いつ)つの宗派(しゅうは)から()()つ、巨大邪教(きょだいじゃきょう)集団(しゅうだん)。それで、今回(こんかい)はどの宗派(セクト)仕業(しわざ)なんだ?」


「それが………残念(ざんねん)ながらどの宗派(しゅうは)かはまだ………。そんな無能(むのう)だなって(かお)すんなよ。これでも情報集(じょうほうあつ)めに苦労(くろう)したんだぜ?まあ、いい。とにかく連中(れんちゅう)根城(ねじろ)だが、潜伏先(せんぷくさき)目星(めぼし)はついてるんだ」


「それは………どこに?」


東街(ひがしまち)片隅(かたすみ)()ちかけた教会(きょうかい)があって、そこで秘密裏(ひみつり)信者(しんじゃ)(あつ)め、教義(きょうぎ)(しょう)して(あや)しげな集会(しゅうかい)(ひら)いているらしい。だが、質素(しっそ)表向(おもてむ)きに(はん)して宗教団体(しゅうきょうだんたい)としての規模(きぼ)は、想像以上(そうぞういじょう)にでかいんじゃないかってうわさだ」


「……………………」


ラグシードはそこで一呼吸(ひとこきゅう)つくと、ロジオンの反応(はんのう)をうかがうために(くち)()ざした。


しばし無言(むごん)時間(じかん)(なが)れる。


だが、重々(おもおも)しい沈黙(ちんもく)(やぶ)ったのは、信頼(しんらい)する相棒(あいぼう)期待(きたい)(こた)える言葉(ことば)ではなかった。


(ぼく)はいまさら連中(れんちゅう)(かか)わるつもりはないよ。(にく)しみは()ぬまで()えない。だけどあの(とき)のことは……もう、(わす)れたいんだ………」


()えた(こころ)無関心(むかんしん)(よそお)うと、(あわ)れむような一瞥(いちべつ)がロジオンに()げかけられた。


ラグシードは感情(かんじょう)(ころ)すと、つき(はな)すような態度(たいど)淡々(たんたん)言葉(ことば)(つづ)けた。


現実逃避(げんじつとうひ)したい気持(きも)ちもわかるが、もう無視(むし)できないことぐらい(かん)づいてるよな?教団(きょうだん)大蛇(だいじゃ)邪神(じゃしん)として(あが)めたてまつるために、秘密裏(ひみつり)生贄(いけにえ)儀式(ぎしき)(おこな)っている。人間(にんげん)心臓(しんぞう)()りのぞき祭壇(さいだん)にささげているんだ」


「──まるで(だれ)かの(ころ)され(かた)一緒(いっしょ)だとでも()いたいわけ?」


瞬間(しゅんかん)空気(くうき)()りつめたようだった。静寂(せいじゃく)(やぶ)って(ふる)える(こえ)でロジオンがそう()げた。


「いいや、(おれ)はむしろ残忍(ざんにん)さを()したって()いたいんだよ。おまえの()らない(ところ)(いま)信者(しんじゃ)がいけにえの祭壇(さいだん)(おく)られて、くず(にく)みたいな最期(さいご)()げてるんだ。巨大(きょだい)(ちから)対抗(たいこう)する(すべ)をもたない人間(にんげん)(あわ)れな末路(まつろ)さ」


「──────!!」


連中(れんちゅう)能力(のうりょく)のある人間(にんげん)生贄(いけにえ)()えず(ほっ)している。教祖(きょうそ)(ちから)をより崇高(すうこう)存在(そんざい)(たか)めるためにな」


「──あの(とき)生贄(いけにえ)にしそこなった(ぼく)を、ふたたび標的(ひょうてき)()らえたってことか」


自嘲(じちょう)まじりにロジオンがつぶやくと、真面目(まじめ)(かお)でラグシードは言葉(ことば)(つづ)けた。


()ぎたる才能(さいのう)はうとまれるだけでなく、(いのち)をも(ねら)われる危険(きけん)をはらんでる。その(やいば)自分(じぶん)()けられてるうちはまだいい。だが………」


「それ以上言(いじょうい)うなっ!わかってる。わかってるんだよ!()げちゃいけないってことは………」


眼前(がんぜん)景色(けしき)がみるみる(くろ)(おり)でよどんでいくようだった。


ラグシードはため(いき)をつくと、言葉(ことば)(うしな)った主君(しゅくん)()わって(くち)(ひら)いた。


犠牲(ぎせい)()ないに()したことはない。この屋敷(やしき)(とど)まることは、温情(おんじょう)あふれる人達(ひとたち)をみすみす危険(きけん)にさらすってことだ。それは(いま)、おまえが一番恐(いちばんおそ)れていることだろう?」


(──そうだ。(ぼく)がおそれているのは……。アナベル、(きみ)危害(きがい)がおよぶことだ──)


()()がアナベルに(おそ)いかかる光景(こうけい)(あたま)(えが)いて、ロジオンはひやりとした(あせ)背筋(せすじ)()()けてゆくのを(かん)じた。


脅威(きょうい)はすぐそこまで(ちか)づいている………!今日(きょう)だって(ぼく)不甲斐(ふがい)ないばかりに、アナベルを(あぶ)ない()()わせてしまった………)


ぎゅっと()せた眉間(みけん)に、悲壮(ひそう)ともいえる決意(けつい)(あかし)(きざ)んでロジオンはうつむいた。


(ぼく)がこのまま彼女(かのじょ)のとなりに居座(いすわ)資格(しかく)はない──)


「とりあえず屋敷(やしき)出立(しゅったつ)するのは(いま)すぐにってわけじゃない。ただ、いつ移動(いどう)してもいいように覚悟(かくご)しておけよ」


「………了解(りょうかい)。いつでも()()れるように準備(じゅんび)しておくよ」


ラグシードは(とお)ざかる主君(しゅくん)背中(せなか)を、いつもより神妙(しんみょう)面持(おもも)ちで見送(みおく)った。 



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み