「いつか
君に
話さなきゃいけないと
思ってた。でも、どこから話せばいいんだろう?」
ロジオンは
真剣な
瞳でアナベルを見つめると、
困惑したようにうつむいた。
そんな
彼の
問いかけにくすりと
微笑むと、
少女はワンピースを
翻してくるりと
回った。
「こんなに
素敵なお
花畑に
囲まれてるんだもの。
長話でも
退屈なんかしないわ」
二人は
並んで
座り、
見渡すかぎり
続く
花畑を
眺めた。
やがてロジオンは
一呼吸置いて
語りはじめた。
「
僕はフォルトナと
呼ばれる
魔法の
民の
末裔でね。
一族の
生い
立ちは
色々といわくつきだから、
伝承という
形で
代々語りつがれているんだ」
「そう。それでその………
伝承っていうのはどんな
内容なの?」
「
長いから
要約して
話すけど──それでもいい?」
アナベルがうなずくとロジオンは、おもむろにフォルトナにまつわる
伝承を
語りはじめた。
☆
『──
人間界の
民の
喜びを
投影するといわれる
花畑『ミルセシアン』。
ミルセシアンを
治める
神フォルトナは、
大地に
幾星霜も
花が
咲かず、
荒廃した
楽園の
姿に
心を
痛めていた。
花畑をかつての
美しい
姿によみがえらせるために、
自ら
星の
雫となって
落下したフォルトナは、
偶然いあわせた
村娘の
手のひらに
舞い
降りた。
娘は
枯れ
果てた
草花を
憐れみ、
毎日のように
植物の
世話に
明け
暮れていた。
彼女の
聡明さに
心を
打たれたフォルトナは、
星の
雫として
草花をうるおした。
見る
間にしおれていた
花がいっせいに
咲き
誇り、
楽園は
生命の
息吹をとり
戻した。
役目を
果たした
星の
雫は、
月光に
照らされ
美しい
青年の
姿になった。
恋を
知らぬ
乙女は
心臓を
射すくめられ、
瞬時に
二人は
恋に
落ち
強い
絆で
結ばれた。
人間の
娘を
愛したフォルトナは、やがて
永遠に
神であることに
決別し、
自らの
力を
封印して
真の
人間となった──』
☆
「──っていうのが、
伝承で
語られている
話。つまりその
子孫が
僕ら
一族だと
伝えられているんだ」
フォルトナ
一族の
伝承を
聞き
終えたアナベルは、
感服したようにため
息をついた。
「………まるで
神話の
恋物語みたい。でも、なんだか
神秘的すぎて
浮世離れした
話ねぇ」
彼女の
率直な
感想にロジオンはクスッと
微笑んだ。
「
確かに。はるか
遠い
昔の
先祖とはいえ、
神と
人間の
混血の
一族だなんて
話、
信じろってほうに
無理があるよね」
「でも、ちょっと
待って!その
話が
真実なら、ロジオンは
神様の
血を
引いてるってこと!?」
「………そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない………」
「なんだかはっきりしないのね………」
歯切れの
悪い
言葉にアナベルが
眉をしかめると、ロジオンは
苦笑いして
話を
続けた。
「
第一大昔の
話だから、
神の
血脈なんてだいぶ
薄くなってるし、どこまでが
作り
話でどこまでが
真実なのかは
謎なんだよ」
「ふうん。たしかに
伝承って、どこかあいまいで
神秘的なものかもね」
「まあ、ことの
信憑性はさておき。フォルトナは
神から
人になる
代償に、
偉大な
神の
力を
手放さなければならなかった。
魔法石に
封印されし
叡智の
結晶。それが
『フォーチュン・タブレット』さ」
彼はそこで
一区切りつけると、ふうっと
肩で
息をついた。
「
現物はすでに
失われまぼろしの
遺物となり
果てた。それがまだ
現存するころに、
一部を
書き
写したとされる
写本が
数冊保管されていて、その
一冊が
僕の
魔法書なんだ」
「へぇ………。その
魔法書ってすごく
貴重な
物なのね。ロジオンの
魔法が、けた
違いなのも
納得だわ」
「フォルトナの
民は、
神の
血脈流れし
魔法に
秀でた
一族と
信じられている。だけどそれゆえに
魔法書の
掟に
縛られてもいるんだ」
「その
掟って?」
「フォルトナの
末裔である
僕は、
古来から
伝わる
『秘儀呪文』を
継承しなければならない。………
正直な
話、
僕には
荷が
重過ぎるんだ」
「そんなことないと
思うけど………」
アナベルの
言葉にロジオンは
静かに
頭をふった。
己の
実力不足は、
自分が
一番身に
染みてわかっている。
「
第一、
術はまだ
未完成で
唱えるたびに
僕は
意識を
失う。
情けないにもほどがあるよね。
完成させるためには、
『エレプシアの乙女』と
呼ばれる
女性と
出逢い、
契約を
交わす
必要があるんだ」
「えれぷしあの
乙女?」
「──
初耳だよね。エレプシアというのは
一族を
象徴する
花の
名前さ。フォルトナが
心を
奪われた
乙女の
名からつけられたといわれている。
可憐な
紫色の
花びらがとても
綺麗で………ちょうど、
君の
瞳みたいに──」
二人の
間に
流れる
空気が
微妙に
変化したのがわかった。
彼の
顔がゆっくりと
急接近し、
吐息がかかりそうなほどの
距離に
縮まった。
間近で
碧い
眼に
見つめられ
惹きこまれそうになる。
理性が
遠のいてゆくのが
手に
取るようにわかった。アナベルはそっとまぶたを
閉じた。
永らく
待ち
焦がれた
瞬間が
訪れようとしていた。
幼い
少女のころから
幾度となく
夢想し
続けていた
夢物語が、ついに
紐解かれる
陶酔の
一瞬。
乙女の
永遠の
憧れ………
お
姫様を
虜にする
王子様のキス。
しかし、いつまで
経っても
唇がふれあう
気配がない。じれったくなり
薄目を
開けると………。
「………ごめん………」
心なしか
肩を
落とし、
気まずそうに
視線を
逸らす
少年が
目の
前にいた。
瞬間、その
場にかわいた
音が
鳴り
響いた。
少女は
彼に
背を
向けると、ふりかえりもせず
一目散に
走り
去っていった。
アナベルにひっぱたかれて
花畑に
置き
去りにされたロジオンは、
腫れ
上がった
頬を
押さえながら
深い
深いため
息をもらした。