26.王子のキスは未遂に終わる

文字数 2,177文字




「いつか(きみ)(はな)さなきゃいけないと(おも)ってた。でも、どこから話せばいいんだろう?」


ロジオンは真剣(しんけん)(ひとみ)でアナベルを見つめると、困惑(こんわく)したようにうつむいた。


そんな(かれ)()いかけにくすりと微笑(ほほえ)むと、少女(しょうじょ)はワンピースを(ひるがえ)してくるりと(まわ)った。


「こんなに素敵(すてき)なお花畑(はなばたけ)(かこ)まれてるんだもの。長話(ながばなし)でも退屈(たいくつ)なんかしないわ」


二人は(なら)んで(すわ)り、見渡(みわた)すかぎり(つづ)花畑(はなばたけ)(なが)めた。


やがてロジオンは一呼吸置(ひとこきゅうお)いて(かた)りはじめた。


(ぼく)はフォルトナと()ばれる魔法(まほう)(たみ)末裔(まつえい)でね。一族(いちぞく)()()ちは色々(いろいろ)といわくつきだから、伝承(でんしょう)という(かたち)代々語(だいだいかた)りつがれているんだ」


「そう。それでその………伝承(でんしょう)っていうのはどんな内容(ないよう)なの?」


(なが)いから要約(ようやく)して(はな)すけど──それでもいい?」


アナベルがうなずくとロジオンは、おもむろにフォルトナにまつわる伝承(でんしょう)(かた)りはじめた。

        ☆
     
『──人間界(にんげんかい)(たみ)(よろこ)びを投影(とうえい)するといわれる花畑(はなばたけ)『ミルセシアン』。


ミルセシアンを(おさ)める(かみ)フォルトナは、大地(だいち)幾星霜(いくせいそう)(はな)()かず、荒廃(こうはい)した楽園(らくえん)姿(すがた)(こころ)(いた)めていた。


花畑(はなばたけ)をかつての(うつく)しい姿(すがた)によみがえらせるために、(みずか)(ほし)(しずく)となって落下(らっか)したフォルトナは、偶然(ぐうぜん)いあわせた村娘(むらむすめ)()のひらに()()りた。


(むすめ)()()てた草花(くさばな)(あわ)れみ、毎日(まいにち)のように植物(しょくぶつ)世話(せわ)()()れていた。


彼女(かのじょ)聡明(そうめい)さに(こころ)()たれたフォルトナは、(ほし)(しずく)として草花(くさばな)をうるおした。


()()にしおれていた(はな)がいっせいに()(ほこ)り、楽園(らくえん)生命(せいめい)息吹(いぶき)をとり(もど)した。


役目(やくめ)()たした(ほし)(しずく)は、月光(げっこう)()らされ(うつく)しい青年(せいねん)姿(すがた)になった。


(こい)()らぬ乙女(おとめ)心臓(しんぞう)()すくめられ、瞬時(しゅんじ)二人(ふたり)(こい)()(つよ)(きずな)(むす)ばれた。


人間(にんげん)(むすめ)(あい)したフォルトナは、やがて永遠(えいえん)(かみ)であることに決別(けつべつ)し、(みずか)らの(ちから)封印(ふういん)して(しん)人間(にんげん)となった──』

        ☆

「──っていうのが、伝承(でんしょう)(かた)られている(はなし)。つまりその子孫(しそん)(ぼく)一族(いちぞく)だと(つた)えられているんだ」


フォルトナ一族(いちぞく)伝承(でんしょう)()()えたアナベルは、感服(かんぷく)したようにため(いき)をついた。


「………まるで神話(しんわ)恋物語(こいものがたり)みたい。でも、なんだか神秘的(しんぴてき)すぎて浮世離(うきよばな)れした(はなし)ねぇ」


彼女(かのじょ)率直(そっちょく)感想(かんそう)にロジオンはクスッと微笑(ほほえ)んだ。


(たし)かに。はるか(とお)(むかし)先祖(せんぞ)とはいえ、(かみ)人間(にんげん)混血(こんけつ)一族(いちぞく)だなんて(はなし)(しん)じろってほうに無理(むり)があるよね」


「でも、ちょっと()って!その(はなし)真実(しんじつ)なら、ロジオンは神様(かみさま)()()いてるってこと!?」


「………そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない………」


「なんだかはっきりしないのね………」


歯切(はぎ)れの(わる)言葉(ことば)にアナベルが(まゆ)をしかめると、ロジオンは苦笑(にがわら)いして(はなじ)(つづ)けた。


第一大昔(だいいちおおむかし)(はなし)だから、(かみ)血脈(けつみゃく)なんてだいぶ(うす)くなってるし、どこまでが(つく)(ばなし)でどこまでが真実(しんじつ)なのかは(なぞ)なんだよ」


「ふうん。たしかに伝承(でんしょう)って、どこかあいまいで神秘的(しんぴてき)なものかもね」


「まあ、ことの信憑性(しんぴょうせい)はさておき。フォルトナは(かみ)から(ひと)になる代償(だいしょう)に、偉大(いだい)(かみ)(ちから)手放(てばな)さなければならなかった。魔法石(まほうせき)封印(ふういん)されし叡智(えいち)結晶(けっしょう)。それが『フォーチュン・タブレット』さ」


(かれ)はそこで一区切(ひとくぎ)りつけると、ふうっと(かた)(いき)をついた。


現物(げんぶつ)はすでに(うしな)われまぼろしの遺物(いぶつ)となり()てた。それがまだ現存(げんぞん)するころに、一部(いちぶ)()(うつ)したとされる写本(しゃほん)数冊(すうさつ)保管(ほかん)されていて、その一冊(いっさつ)(ぼく)魔法書(まほうしょ)なんだ」


「へぇ………。その魔法書(まほうしょ)ってすごく貴重(きちょう)(もの)なのね。ロジオンの魔法(まほう)が、けた(ちが)いなのも納得(なっとく)だわ」


「フォルトナの(たみ)は、(かみ)血脈流(けつみゃくなが)れし魔法(まほう)(ひい)でた一族(いちぞく)(しん)じられている。だけどそれゆえに魔法書(まほうしょ)(おきて)(しば)られてもいるんだ」


「その(おきて)って?」


「フォルトナの末裔(まつえい)である(ぼく)は、古来(こらい)から(つた)わる秘儀呪文(ひぎじゅもん)継承(けいしょう)しなければならない。………正直(しょうじき)(はなし)(ぼく)には()重過(おもす)ぎるんだ」


「そんなことないと(おも)うけど………」


アナベルの言葉(ことば)にロジオンは(しず)かに(かぶり)をふった。


(おのれ)実力不足(じつりょくぶそく)は、自分(じぶん)一番身(いちばんみ)()みてわかっている。


第一(だいいち)(じゅつ)はまだ未完成(みかんせい)(とな)えるたびに(ぼく)意識(いしき)(うしな)う。(なさ)けないにもほどがあるよね。完成(かんせい)させるためには、『エレプシアの乙女(おとめ)()ばれる女性(じょせい)出逢(であ)い、契約(けいやく)()わす必要(ひつよう)があるんだ」


「えれぷしあの乙女(おとめ)?」


「──初耳(はつみみ)だよね。エレプシアというのは一族(いちぞく)象徴(しょうちょう)する(はな)名前(なまえ)さ。フォルトナが(こころ)(うば)われた乙女(おとめ)()からつけられたといわれている。可憐(かれん)紫色(むらさきいろ)(はな)びらがとても綺麗(きれい)で………ちょうど、(きみ)(ひとみ)みたいに──」


二人(ふたり)(あいだ)(なが)れる空気(くうき)微妙(びみょう)変化(へんか)したのがわかった。


(かれ)(かお)がゆっくりと急接近(きゅうせっきん)し、吐息(といき)がかかりそうなほどの距離(きょり)(ちぢ)まった。


間近(まぢか)(あお)()()つめられ()きこまれそうになる。


理性(りせい)(とお)のいてゆくのが()()るようにわかった。アナベルはそっとまぶたを()じた。


(なが)らく()()がれた瞬間(しゅんかん)(おとず)れようとしていた。


(おさな)少女(しょうじょ)のころから幾度(いくど)となく夢想(むそう)(つづ)けていた夢物語(ゆめものがたり)が、ついに紐解(ひもと)かれる陶酔(とうすい)一瞬(いっしゅん)


乙女(おとめ)永遠(えいえん)(あこが)れ………
姫様(ひめさま)(とりこ)にする王子様(おうじさま)のキス。


しかし、いつまで()っても(くちびる)がふれあう気配(けはい)がない。じれったくなり薄目(うすめ)()けると………。


「………ごめん………」


(こころ)なしか(かた)()とし、()まずそうに視線(しせん)()らす少年(しょうねん)()(まえ)にいた。


瞬間(しゅんかん)、その()にかわいた(おと)()(ひび)いた。


少女(しょうじょ)(かれ)()()けると、ふりかえりもせず一目散(いちもくさん)(はし)()っていった。


アナベルにひっぱたかれて花畑(はなばたけ)()()りにされたロジオンは、()()がった(ほお)()さえながら(ふか)(ふか)いため(いき)をもらした。



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