53.さまよえる死霊との死闘

文字数 2,810文字




しばらく(ある)くと、地下(ちか)とは(おも)えないほどの大空洞(だいくうどう)()(まえ)(ひろ)がった。


「ここがアトゥーアンの地下墓所(ちかぼしょ)か……」


空間(くうかん)一歩足(いっぽあし)()()れると、そこには圧倒(あっとう)されるような光景(こうけい)があった。


(ひつぎ)残骸(ざんがい)とおぼしき瓦礫(がれき)(やま)が、(かれ)らの()()(はば)むように出迎(でむか)えたのだ。


真面目(まじめ)(かぞ)えようとしたら()(くる)いそうになるほど、大量(たいりょう)棺桶(かんおけ)(やま)(きず)くように、やがて(みね)をなすように()まれている。


死者(ししゃ)(まつ)るためなのか、棺桶(かんおけ)(まつ)るためなのかわからなくなるほどに、無限(むげん)に。


「まるで棺桶(かんおけ)墓場(はかば)だな……」


ラグシードはうめくようにそうつぶやくと、(ふく)のポケットに両手(りょうて)()っこんだまま不貞腐(ふてくさ)れたような(かお)で、(ゆか)(ころ)がっていた(ひつぎ)欠片(かけら)()()ばした。


欠片(かけら)(おも)いのほか(とお)くへ(ころ)がって、棺桶(かんおけ)(やま)にぶつかると(はじ)かれるように()んでやがて()まった。


その(ちい)さくかすかな(おと)()んだ瞬間(しゅんかん)


「……やっと()つけましたよ。フォルトナの末裔(まつえい)……」


地下空洞(ちかくうどう)反響(はんきょう)したその(こえ)は、(なが)らく()ちわびた(もの)のかすかな満足感(まんぞくかん)がふくまれていた。


ロジオンたちは地底(ちてい)(おく)から(ひび)くような(ひく)(こえ)反応(はんのう)して、警戒(けいかい)するように周囲(しゅうい)()まわした。


「──そこだッ!」


ラグシードが(ひつぎ)(やま)見上(みあ)げたのと同時(どうじ)(さけ)んだ。


おびただしい(かず)棺桶(かんおけ)()(だい)にして、こつぜんと黒装束(くろしょうぞく)(ひるがえ)してこちらを見下(みお)ろす人影(ひとかげ)(あらわ)れた。


(わたし)(くろ)(へび)(しかばね)怨霊(おんりょう)グロリオーザ司教(しきょう)サルヴァル」


淡々(たんたん)()(はな)つと(おとこ)は、神経質(しんけいしつ)そうに眼鏡(めがね)のフレームを()()げた。


その(むね)には『(くろ)(へび)』の髑髏(どくろ)記章(きしょう)が、几帳面(きちょうめん)なほどまっすぐに()められていた。


感情(かんじょう)とはおよそ無縁(むえん)無機質(むきしつ)気配(けはい)(ただよ)わせている。


「──(おな)じく司祭(しさい)コーネリア。お(ひさ)しぶりね。ラグシード」


サルヴァルの背後(はいご)から(あらわ)れたショートカットの美女(びじょ)が、(かれ)()かって妖艶(ようえん)微笑(ほほえ)んだ。


「げっ!?なんでおまえがここに……?」


「もしかして情報源(じょうほうげん)だった元信者(もとしんじゃ)(おんな)って……」


彼女(かのじょ)じゃないよね?と確認(かくにん)しようとしてラグシードの(かお)()つめる。


だが()わずもがなだと、ロジオンはそっくりその発言(はつげん)()みこんだ。


(もと)どころか現役(げんえき)だとは……。こいつは完全(かんぜん)にしてやられたな」


諦観(ていかん)したようなラグシードのつぶやきに、(とな)りから失望(しつぼう)のため(いき)がもれた。


「だまされた貴方(あなた)(わる)いのよ?手玉(てだま)()ったつもりだったのなら、ご愁傷(しゅうしょう)さま。(わたし)可愛(かわい)下僕(げぼく)たち。──こいつらを始末(しまつ)しちゃって!」


コーネリアの命令(めいれい)発動(はつどう)するなり、(やま)のように()(かさ)なっていた棺桶(かんおけ)(ふた)(ひら)いた。


かつて地下墓所(ちかぼしょ)残骸(ざんがい)(とど)めるその場所(ばしょ)は、死者(ししゃ)(なが)(ねむ)りから()め、地底(ちてい)からはい()してくる死霊(しりょう)のはきだめと()した。


「ものすごい死霊(しりょう)(かず)です……!」


グランシアがたまらず悲痛(ひつう)()ちた(こえ)をあげて、不安(ふあん)そうにこちらを()つめた。


名誉挽回(めいよばんかい)……わかってるよね?」


いつもより一段低(いちだんひく)(こえ)でラグシードにそう(ねん)()すと、ロジオンは背中(せなか)のロッドを(しず)かに()(はな)った。


「おまえ、()(わら)ってなくて(こわ)いよ……」


「そろそろ(きみ)本気(ほんき)(たたか)ってくれないと、(やと)(ぬし)としても処罰(しょばつ)(こま)るんだけどな」


「あ、あのっ……。(いま)()(あらそ)ってる場合(ばあい)ではないのでは……?」


困惑(こんわく)したグランシアが仲裁(ちゅうさい)しようとして、おそるおそる二人(ふたり)(こえ)をかけた。


心配(しんぱい)しないで。こんなところでやられる(ぼく)らじゃない」


笑顔(えがお)でグランシアにそう(こた)えると、真顔(まがお)でラグシードに()(なお)る。


「それに、こう()えてもラグは死霊退治(しりょうたいじ)のエキスパートだから」


「そ、そういうことを()うなよなぁ……」


「……()るよ……!」


翠玉(すいぎょく)首飾(くびかざ)りを(つよ)くにぎり()めると、魔法(まほう)出力(しゅつりょく)最大(さいだい)にして呪文(じゅもん)詠唱(えいしょう)をはじめる。


『フォーチュン・タブレット第一篇(だいいっぺん)(ほのお)魔法円(まほうえん)』 


罪人(つみびと)(きざ)赤熱(せきねつ)烙印(らくいん)! 】


(いきお)いよくロッドから(はな)たれた火炎(かえん)(かたまり)が、近距離(きんきょり)まで(せま)っていた()ける屍数体(しかばねすうたい)一瞬(いっしゅん)にして()きつくす。


(わたし)援護(えんご)します!」


さっそうと先陣(せんじん)()ったロジオンに触発(しょくはつ)されたのか、グランシアはそう宣言(せんげん)すると太陽(たいよう)女神(めがみ)祝福(しゅくふく)された(つえ)をかざした。


太陽(たいよう)女神様(めがみさま)彷徨(さまよ)える(あわ)れな死霊(しりょう)たちを心安(こころやす)らかなる場所(ばしょ)(みちび)きたまえ……』


(かれ)らに(おそ)いかかろうとしていた死霊(しりょう)が、たちどころに(せい)なる(ひかり)(つつ)まれて消失(しょうしつ)する。


グランシアは安堵(あんど)したように(いき)()くと、すみやかに(つぎ)神聖魔法(しんせいまほう)準備(じゅんび)にかかった。


合成獣(キメラ)であるセルフィンも参戦(さんせん)し、(おお)きな(つばさ)空中(くうちゅう)飛翔(ひしょう)すると、猛獣(もうじゅう)(つめ)交互(こうご)にかざして死霊(しりょう)(くび)一気(いっき)数体(すうたい)()きちぎる。


それでもしぶとく(うごめ)きつづける()ける(しかばね)には、(するど)(きば)でもってとどめを()した。


呪文(じゅもん)詠唱中(えいしょうちゅう)だったロジオンの背後(はいご)(せま)りくる死霊(しりょう)も、(ちゅう)滑空(かっくう)しながら旋回(せんかい)し、(わし)(つばさ)四方(しほう)(はじ)()ばして一掃(いっそう)した。


(たす)かったよ!セルフィン!」


(おも)わず魔法(まほう)中断(ちゅうだん)して、使(つか)()笑顔(えがお)()びかける。


(たたか)いは圧倒的(あっとうてき)に、ロジオンたちの優勢(ゆうせい)のように()えた。


だが、地下墓所(ちかぼしょ)()ばれる所以(ゆえん)だけあって、死体(したい)には不自由(ふじゆう)していないようだ。(ひつぎ)からぞくぞくと死霊(しりょう)がはい()してくる。


おぞましい光景(こうけい)()()るように、ラグシードは()()まされた長剣(ちょうけん)(ふる)った。


死霊(しりょう)(いき)()をとめるコツをなぜか心得(こころえ)ているかのように、(かれ)(けん)さばきは()()きと()びやかな軌跡(きせき)(えが)き、血飛沫(ちしぶき)をあげながらも爽快(そうかい)()ける(しかばね)仕留(しと)めていった。


(おれ)相手(あいて)はこいつかぁ!!」


死霊(しりょう)たちのなかでも一際巨大(ひときわきょだい)食人鬼(グール)が、ラグシードの眼前(がんぜん)()(ふさ)がった。


()をつけて!そいつは再生能力(さいせいのうりょく)半端(はんぱ)じゃない!」


「それぐらいわかってるって!(はや)いとこケリつけるぜぇっ!!」


(いきお)いにまかせて跳躍(ちょうやく)すると、食人鬼(グール)片腕(かたうで)一刀両断(いっとうりょうだん)()りふせる。


(はな)をつく死臭(ししゅう)(かお)をしかめながらも、(かれ)(かえ)(かたな)でもう片方(かたほう)(うで)()()とした。


「ロジオン(たの)む!そいつにとどめを()すには(ほのお)()くしかない。(あと)はまかせたぜ!」


そう()(のこ)すと血潮(ちしお)をたぎらせた(けもの)のように、ラグシードは両側(りょうがわ)から(おそ)()死霊(しりょう)容赦(ようしゃ)なく(ほうむ)()っていった。

        ☆

篝火(かがりび)()えている──


ずいぶんと(なが)(あいだ)()をうしなっていたような()がする。


漆黒(しっこく)(やみ)(なか)


結界(けっかい)という(おり)監禁(かんきん)された少女(しょうじょ)黒装束(くろしょうぞく)青年(せいねん)が、静謐(せいひつ)さをたたえた石室(せきしつ)中央(ちゅうおう)対峙(たいじ)している。


「あなたは(だれ)?」


(ほのお)(しず)かにゆらめく。少女(しょうじょ)本能(ほんのう)警鐘(けいしょう)()らしていた。


「そんなに(こわ)がらなくてもいいぜ。(いま)のところ(おんな)(きず)つけるつもりは毛頭(もうとう)ない」


(おとこ)不適(ふてき)()みをうかべながら少女(しょうじょ)にそう()()かせた。 


「その言葉(ことば)鵜飲(うの)みにしていいのかしら?」


ひんやりとした空気(くうき)(なか)挑発的(ちょうはつてき)なアナベルの(こえ)(ひく)(ひび)きわたった。


「かわいい(かお)してうたぐり(ぶか)いんだな……。安心(あんしん)しな。もうすぐ王子様(おうじさま)(むか)えに()て、あんたを(ねむ)りから()ましてくれるよ」


「……(ねむ)り?いったいなんのこと?」


怪訝(けげん)そうな表情(ひょうじょう)()かべたまま、アナベルは素直(すなお)疑問(ぎもん)(くち)にしていた。


「それにあたしには、(たす)けてくれる王子様(おうじさま)なんかいないわ」


心細(こころぼそ)そうに(はな)たれた少女(しょうじょ)一言(ひとこと)


その絶望的(ぜつぼうてき)ともとれる発言(はつげん)(みみ)にして、(おとこ)(たの)しそうに(くちびる)をゆがめると皮肉(ひにく)たっぷりにささやいた。


「……恋心(こいごころ)封印(ふういん)されたお姫様(ひめさま)か。優男(やさおとこ)らしい演出(えんしゅつ)かましてくれるじゃないか……」



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み