あらゆる
反対を
押し
切ってでも、ともに
旅立つことを
少年と
少女は
誓いあった。
しかし、
当面は
二人の
旅路に、これといった
明るい
展望があるわけでもない。
かつてアトゥーアンを
訪れる
前に、
各地を
放浪していた。
その
旅の
続きを
再開するロジオンのあとを、ひたすらアナベルがくっついて
歩くという、どこまでも
不毛な
旅だ。
おまけに
『黒い蛇』に
命を
狙われるかもしれないという、とんでもないおまけつきである。
そんな
非常識な
同伴の
旅を、
父親がすんなりと
承諾するはずがない。
断固はねつけられて
阻止されるか、
一笑にふされたあげくなかったことにされて、
終わりかもしれないとまで
覚悟していた。
そんなこともあってロジオンは、かなり
気合いの
入った
勇み
足で、この
場に
臨んだものの……。
彼女の
父親からあっさり
了承を
得て、なかば
肩透かしをくらったように
茫然としていた。
グロリオーザを
壊滅させた
事件のあと、ロジオンとラグシードはしばらく
屋敷の
客間に
軟禁状態だった。
ともすれば
通常通りにふるまおうとする
本人たちの
意志に
反して、
肉体は
想像以上に
深手を
負い、なおかつ
深刻な
状態だったからだ。
アナベルはもちろん、
当主であるリルロイや
姉キャスリンの
好意もあり、
療養をかねてマインスター
家に
長逗留した
彼は、
久しぶりにおだやかで
平穏な
日常をすごしていた。
毎日のように
枕元にあらわれては、
元気に
喋ったり、
拗ねたり、
怒ったり……。
ときには
涙ぐみながら、
愛の
言葉をささやいてくれる
恋人の
存在は、それまで
体験したことのない
感覚を
彼にもたらしていた。
──
自分が
愛されているという
実感。
そのことが
飢え
乾くような
孤独にさいなまれてきた
少年に、どれほどの
幸福の
雨をもたらしたかは
想像にがたくない。
日夜くすぶるような
曇天の
空に、
一瞬にして
太陽の
光が
射しこみ、
快晴の
空に
塗りかえてゆくような、
驚くべき
心境の
変化があった。
みっともない
自分をさらしても、
好きだといってくれる
異性がいるということ。
そんな
彼女の
弱い
部分もふくめて、
自分もまた
愛しているということ。
その
事実は、
彼にとほうもない
自信を
与えてくれていたが、それと
同時になぜか、たまに
理由もなく
不安になった。
とはいえ
彼女と
二人っきりで
過ごしたこの
数週間は……。
どこか
地に
足がついていないような、
甘い
陶酔感に
満ちたふわふわとした
夢見心地な
時間だった。
そのあいだ
彼は、
幸せで
満たされていたといってもいい。
これまでの
旅路の
疲労が、
吹き
飛んでしまうほどには。
☆
「──
君が
娘と
旅立つことを、
私が
反対するとでも
思っていたのかい?」
どこか
苦笑いをふくんだ
穏やかな
口調で、リルロイは
少年にたずねた。
「いえ、あなたは
寛大な
方だとお
見受けしていたので、
甘いようですが
誠心誠意、
説得すれば
僕たちのことを
許していただけるんじゃないかとは
思っていました。ただ……」
「──ただ?」
「
彼女と
旅立つにあたって、それなりの
覚悟をしていたものですから……」
「ほう。それはたとえば
『婚約』──とかですかな?」
ずばりと
言い
当てられ、ロジオンは
顔を
赤くしながらしどろもどろに
答えた。
「……ええ。そうですね……。ほとんど
僕の
身勝手な
理由で、
年頃のお
嬢さんを
連れまわすわけですから。ちゃんと
責任はとらないと……」
「
君は
責任感だけで『
婚約』という
誓いを
交わして、
娘が
幸せになれるとでも
思っているのか?」
それまでとはうってかわって、
予想外に
重いリルロイの
反応に、ロジオンは
思わずはっとした。
どこか
気持ちがうわついていたのだろう。
自分があまりにも
浅はかに
婚約、などというたいそれたことを
口にしてしまったことに
気づいたからだ。
「……さすがにそうは
思いません。ただ、そうすることで
目に
見える
安心が
得られるならば、それもいいのではないかと
思ったからです」
「それが
君なりのけじめか……。だが、アナベルはそう
一筋縄ではいかないよ。なにしろ
私の
娘だからね。
君と
同行しているうちに
気が
変わるかもしれない。
君だってそうさ。
娘よりも
魅力的な
女性が
現れないともかぎらない……」
「……………………」
妙な
気迫に
押されて、ロジオンはすぐに
言い
返すことができなかった。
「
酷なことを
言うようだが、たとえ
愛しあっていたとしても、
男女の
結びつきはもろいものだ。
若いうちは
愛のまえに
盲目になるものだがね。それだって
永遠を
誓う
証にはけっしてならない──」
リルロイの
言葉は
未熟な
若者の
心を
看破するかのように
重く、どこかつめたく
少年の
心にのしかかった。
「
君たちはまだ
若い。おたがいに
心変わりがあるかもしれない。ならば
婚約などしないほうがいい。──それが
私の
結論だ」
彼女の
父親の
事務的な
対応は、
彼の
小さなプライドを
静かに
傷つけていった。
(──やっぱり
許してはもらえなかったか──)
ロジオンは
心の
底からため
息をつきながら、なんともいえない
敗北感に
打ちのめされていた。
婚約を
阻まれた
最大の
原因。
それは
自分の
未熟さのせいも
大いにあるが、なにぶん
当の
二人が
若すぎることや、
出逢ってからあまりにも
月日が
経っていないこと、などが
挙げられるだろう。
さらには
二人の
結びつきが
真実の
愛からくる
永続的なものなのか、
若気の
至りとでもいうような
短絡的な
衝動から
突き
動かされたものなのか……。
他者からは、まだ
判断しにくいせいかもしれない。
ただ、ロジオンにとっては、
婚約の
承諾をもらえなかったことよりも、
自分たちの
純粋な
気持ちを
真っ
向から
疑われたことがショックだった。
しかし──