8.なぜか、たまに理由もなく不安になった

文字数 2,218文字




あらゆる反対(はんたい)()()ってでも、ともに旅立(たびだ)つことを少年(しょうねん)少女(しょうじょ)(ちか)いあった。


しかし、当面(とうめん)二人(ふたり)旅路(たびじ)に、これといった(あか)るい展望(てんぼう)があるわけでもない。


かつてアトゥーアンを(おとず)れる(まえ)に、各地(かくち)放浪(ほうろう)していた。


その(たび)(つづ)きを再開(さいかい)するロジオンのあとを、ひたすらアナベルがくっついて(ある)くという、どこまでも不毛(ふもう)(たび)だ。


おまけに(くろ)(へび)(いのち)(ねら)われるかもしれないという、とんでもないおまけつきである。


そんな非常識(ひじょうしき)同伴(どうはん)(たび)を、父親(ちちおや)がすんなりと承諾(しょうだく)するはずがない。


断固(だんこ)はねつけられて阻止(そし)されるか、一笑(いっしょう)にふされたあげくなかったことにされて、()わりかもしれないとまで覚悟(かくご)していた。


そんなこともあってロジオンは、かなり気合(きあ)いの(はい)った(いさ)(あし)で、この()(いど)んだものの……。


彼女(かのじょ)父親(ちちおや)からあっさり了承(りょうしょう)()て、なかば肩透(かたす)かしをくらったように茫然(ぼうぜん)としていた。


グロリオーザを壊滅(かいめつ)させた事件(じけん)のあと、ロジオンとラグシードはしばらく屋敷(やしき)客間(きゃくま)軟禁状態(なんきんじょうたい)だった。


ともすれば通常通(つうじょうどお)りにふるまおうとする本人(ほんにん)たちの意志(いし)(はん)して、肉体(にくたい)想像以上(そうぞういじょう)深手(ふかで)()い、なおかつ深刻(しんこく)状態(じょうたい)だったからだ。


アナベルはもちろん、当主(とうしゅ)であるリルロイや(あね)キャスリンの好意(こうい)もあり、療養(りょうよう)をかねてマインスター()長逗留(ながとうりゅう)した(かれ)は、(ひさ)しぶりにおだやかで平穏(へいおん)日常(にちじょう)をすごしていた。


毎日(まいにち)のように枕元(まくらもと)にあらわれては、元気(げんき)(しゃべ)ったり、()ねたり、(おこ)ったり……。


ときには(なみだ)ぐみながら、(あい)言葉(ことば)をささやいてくれる恋人(こいびと)存在(そんざい)は、それまで体験(たいけん)したことのない感覚(かんかく)(かれ)にもたらしていた。


──自分(じぶん)(あい)されているという実感(じっかん)


そのことが()(かわ)くような孤独(こどく)にさいなまれてきた少年(しょうねん)に、どれほどの幸福(こうふく)(あめ)をもたらしたかは想像(そうぞう)にがたくない。


日夜(ひごと)くすぶるような曇天(どんてん)(そら)に、一瞬(いっしゅん)にして太陽(たいよう)(ひかり)()しこみ、快晴(かいせい)(そら)()りかえてゆくような、(おどろ)くべき心境(しんきょう)変化(へんか)があった。


みっともない自分(じぶん)をさらしても、()きだといってくれる異性(いせい)がいるということ。


そんな彼女(かのじょ)(よわ)部分(ぶぶん)もふくめて、自分(じぶん)もまた(あい)しているということ。


その事実(じじつ)は、(かれ)にとほうもない自信(じしん)(あた)えてくれていたが、それと同時(どうじ)になぜか、たまに理由(りゆう)もなく不安(ふあん)になった。


とはいえ彼女(かのじょ)二人(ふたり)っきりで()ごしたこの数週間(すうしゅうかん)は……。


どこか()(あし)がついていないような、(あま)陶酔感(とうすいかん)()ちたふわふわとした夢見心地(ゆめみごこち)時間(じかん)だった。


そのあいだ(かれ)は、(しあわ)せで()たされていたといってもいい。


これまでの旅路(たびじ)疲労(ひろう)が、()()んでしまうほどには。

        ☆

「──(きみ)(むすめ)旅立(たびだ)つことを、(わたし)反対(はんたい)するとでも(おも)っていたのかい?」


どこか苦笑(にがわら)いをふくんだ(おだ)やかな口調(くちょう)で、リルロイは少年(しょうねん)にたずねた。


「いえ、あなたは寛大(かんだい)(かた)だとお見受(みう)けしていたので、(あま)いようですが誠心(せいしん)誠意(せいい)説得(せっとく)すれば(ぼく)たちのことを(ゆる)していただけるんじゃないかとは(おも)っていました。ただ……」


「──ただ?」


彼女(かのじょ)旅立(たびだ)つにあたって、それなりの覚悟(かくご)をしていたものですから……」


「ほう。それはたとえば婚約(こんやく)──とかですかな?」


ずばりと()()てられ、ロジオンは(かお)(あか)くしながらしどろもどろに(こた)えた。


「……ええ。そうですね……。ほとんど(ぼく)身勝手(みがって)理由(りゆう)で、年頃(としごろ)のお(じょう)さんを()れまわすわけですから。ちゃんと責任(せきにん)はとらないと……」


(きみ)責任感(せきにんんかん)だけで『婚約(こんやく)』という(ちか)いを()わして、(むすめ)(しあわ)せになれるとでも(おも)っているのか?」


それまでとはうってかわって、予想外(よそうがい)(おも)いリルロイの反応(はんのう)に、ロジオンは(おも)わずはっとした。


どこか気持(きも)ちがうわついていたのだろう。


自分(じぶん)があまりにも(あさ)はかに婚約(こんやく)、などというたいそれたことを(くち)にしてしまったことに()づいたからだ。


「……さすがにそうは(おも)いません。ただ、そうすることで()()える安心(あんしん)()られるならば、それもいいのではないかと(おも)ったからです」


「それが(きみ)なりのけじめか……。だが、アナベルはそう一筋縄(ひとすじなわ)ではいかないよ。なにしろ(わたし)(むすめ)だからね。(きみ)同行(どうこう)しているうちに()()わるかもしれない。(きみ)だってそうさ。(むすめ)よりも魅力的(みりょくてき)女性(じょせい)(あらわ)れないともかぎらない……」


「……………………」


(みょう)気迫(きはく)()されて、ロジオンはすぐに()(かえ)すことができなかった。


(こく)なことを()うようだが、たとえ(あい)しあっていたとしても、男女(だんじょ)(むす)びつきはもろいものだ。(わか)いうちは(あい)のまえに盲目(もうもく)になるものだがね。それだって永遠(えいえん)(ちか)(あかし)にはけっしてならない──」


リルロイの言葉(ことば)未熟(みじゅく)若者(わかもの)(こころ)看破(かんぱ)するかのように(おも)く、どこかつめたく少年(しょうねん)(こころ)にのしかかった。


(きみ)たちはまだ(わか)い。おたがいに心変(こころが)わりがあるかもしれない。ならば婚約(こんやく)などしないほうがいい。──それが(わたし)結論(けつろん)だ」


彼女(かのじょ)父親(ちちおや)事務的(じむてき)対応(たいおう)は、(かれ)(ちい)さなプライドを(しず)かに(きず)つけていった。


(──やっぱり(ゆる)してはもらえなかったか──)


ロジオンは(こころ)(そこ)からため(いき)をつきながら、なんともいえない敗北感(はいぼくかん)()ちのめされていた。


婚約(こんやく)(はば)まれた最大(さいだい)原因(げんいん)


それは自分(じぶん)未熟(みじゅく)さのせいも(おお)いにあるが、なにぶん(とう)二人(ふたり)(わか)すぎることや、出逢(であ)ってからあまりにも月日(つきひ)()っていないこと、などが()げられるだろう。


さらには二人(ふたり)(むす)びつきが真実(しんじつ)(あい)からくる永続的(えいぞくてき)なものなのか、若気(わかげ)(いた)りとでもいうような短絡的(たんらくてき)衝動(しょうどう)から()(うご)かされたものなのか……。


他者(たしゃ)からは、まだ判断(はんだん)しにくいせいかもしれない。


ただ、ロジオンにとっては、婚約(こんやく)承諾(しょうだく)をもらえなかったことよりも、自分(じぶん)たちの純粋(じゅんすい)気持(きも)ちを()(こう)から(うたが)われたことがショックだった。


しかし──



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