1.空想少女のティータイム

文字数 1,645文字




(………きっと、(とき)(きざ)めば(きざ)むほど、(わす)れてしまう………)


神秘的(しんぴてき)硝子(ガラス)(うつわ)(ふう)じこめられた(とき)(すな)。それは無限(むげん)ともいえる(とき)連鎖(れんさ)


真鍮(しんちゅう)台座(だいざ)(うつく)しい砂時計(すなどけい)のくびれた場所(ばしょ)を、紫水晶(アメジスト)(ひとみ)をもつ少女(しょうじょ)が、夢見(ゆめみ)るようなまなざしで魅入(みい)っている。


きらめく(すな)(つぶ)がさらさらと無音(むおん)旋律(せんりつ)をかなで、ひとすじの(たき)のごとくゆるやかに(なが)()ちてゆく。


(まだ(ゆめ)(なか)にいるような不思議(ふしぎ)なきぶん。でも、しょせん(ゆめ)(ゆめ)。あの少年(しょうねん)面影(おもかげ)も、やがていらない記憶(きおく)といっしょに()もれてしまうんだわ)


少女(しょうじょ)一度(いちど)視線(しせん)()とすと、倦怠感(けんたいかん)もあらわに吐息(といき)をもらした。


(とお)くの(やま)をおおう(もり)をぼんやりと見つめ、(にく)たらしいほど快晴(かいせい)(そら)をふと見上(みあ)げる。


(かれ)()(まえ)(あらわ)れたらいいのに………!あたしったら、ほんと夢見(ゆめみ)がちね………)

(はな)しかけてもまるでうわの(そら)(こころ)ここにあらずって(かん)じね」


夢想(むそう)にふけることに熱心(ねっしん)で、(こころ)(はな)れていた時間(じかん)が思いのほか(なが)すぎたのだろう。


()にもどるとなぜかむくれた表情(ひょうじょう)(あね)が、ため(いき)とともになげいてみせた。


「えっ!そ、そうでもないわよ」


()れかくしにあわてて弁解(べんかい)すると、ティーカップを(くち)もとに(はこ)ぼうとしてはっと()づく。


中身(なかみ)はすでに()みほして(から)になっている。


「あなたが空想(くうそう)世界(せかい)住人(じゅうにん)になっている(あいだ)に、()らす時間(じかん)大幅(おおはば)にあやまってしまったわ」


ティーポットにしずんだ茶葉(ちゃば)未練(みれん)たっぷりにながめて(かた)をすくめると、(あね)優雅(ゆうが)なしぐさで二客(にきゃく)のカップに(ちゃ)をそそいでゆく。


自分(じぶん)(ぶん)(いもうと)(ぶん)


姉妹(しまい)はアトゥーアンの(みやこ)でも指折(ゆびお)りの豪商、(ごうしょう)マインスター()息女(そくじょ)である。


四代目(よんだいめ)当主(とうしゅ)である父親(ちちおや)リルロイ=マインスターを筆頭(ひっとう)に、おもに異国(いこく)との貿易(ぼうえき)着手(ちゃくしゅ)しているマインスター商会(しょうかい)は、交易品(こうえきひん)()()以外(いがい)にも商店(しょうてん)観光業(かんこうぎょう)など、はば(ひろ)事業(じぎょう)展開(てんかい)している。


そのマインスター()長女(ちょうじょ)であるキャスリンは二十一歳(にじゅういっさい)


つややかな亜麻(あま)色の(かみ)(かぜ)にさらし、陶器(とうき)のような(しろ)(はだ)をもつ美貌(びぼう)()(ぬし)である。


物腰(ものごし)気品(きひん)()ちあふれ、長女(ちょうじょ)らしくめんどうみのよいしっかり(もの)(じゅう)(ごう)をしたたかに使(つか)()ける彼女(かのじょ)に、(ひそ)かに(あこが)れをいだく(もの)(すく)なくない。


しかしそれにくらべて、十六歳(じゅうろくさい)次女(じじょ)アナベルはというと………。


ともかく夢見(ゆめみ)がちな(むすめ)ということで()れわたっていた。


それもただの夢想家(むそうか)でとどまっていれば、とくに問題(もんだい)はなかったかもしれない。


元々(もともと)おしとやかとはいえない彼女(かのじょ)だったが、父親(ちちおや)護身用(ごしんよう)にと習得(しゅうとく)させた武術(ぶじゅつ)が、思いのほか上達(じょうたつ)してしまい、皮肉(ひにく)にも好奇心(こうきしん)旺盛(おうせい)性格(せいかく)()をつけてしまっていた。


よって、騒動(そうどう)があると(みずか)(くび)()っこまずにはいられない、やや()()(おお)(むすめ)成長(せいちょう)してしまったのだ。


屋敷(やしき)にかれこれ四十年(よんじゅうねん)以上仕(いじょうつか)える執事(しつじ)ブライトンは、よく同僚(どうりょう)になげいていたという。


「アナベル(さま)素行(そこう)をつつしみ微笑(びしょう)さえしていれば、()()あまたの令嬢(れいじょう)でいらっしゃるのに。原石(げんせき)がみがかれず放置(ほうち)されているのは、非常(ひじょう)()しまれることですな」と。


欠点(けってん)ばかり(なら)べたててしまったが、それだけではさすがに彼女(かのじょ)不服(ふふく)だろう。


いくつかある長所(ちょうしょ)の中から、あえて容姿(ようし)をあげてみることにする。


ゆるやかなウェーブをほこる栗色(くりいろ)(かみ)は、(ゆた)かに波打(なみう)ちながら背中(せなか)(なが)()ちていて、(ひそ)かに彼女の自慢(じまん)でもあった。


(おお)きくつぶらな紫色(むらさきいろ)(ひとみ)は、まるでアメジストの宝石(ほうせき)のようだと賞賛(しょうさん)されたこともある。


そんなお嬢様(おじょうさま)らしい容貌(ようぼう)とは裏腹(うらはら)に、アナベルは深窓(しんそう)令嬢(れいじょう)というよりは、どこか下町娘(したまちむすめ)のような(した)しみやすさを(かん)じさせた。


きゅっと()()められた(くちびる)と、活発(かっぱつ)そうに()()きと(うご)(ひとみ)に、彼女(かのじょ)(かく)しきれないほどの好奇心(こうきしん)()めていた。


しかし、そのきらめく紫水晶(アメジスト)(ひとみ)も、残念(ざんねん)なことに今日(きょう)(くも)りがちで、やや(うつ)ろだ。


刻印(こくいん)でも()されたかのように、(ゆめ)()少年(しょうねん)面影(おもかげ)脳裏(のうり)()きついて(はな)れないでいる。


(………予知夢(よちむ)なわけないわよね。そんなの一度(いちど)経験(けいけん)したことないんだもの)


不思議(ふしぎ)少年(しょうねん)姿(すがた)は、(いま)もアナベルの(こころ)(ふか)印象(いんしょう)(のこ)っている。


普段(ふだん)物事(ものごと)をさっぱり(わす)れてしまう彼女(かのじょ)にとって、それは非常(ひじょう)にめずらしいことだった。



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