40.日差しの入らない部屋

文字数 2,447文字




「ねぇ、ジェラール。お父様(とうさま)ったらひどいと(おも)わない?」


荷物(にもつ)大量(たいりょう)()んだ馬車(ばしゃ)にゆられながら、アナベルは(とな)りに(すわ)った青年(せいねん)(こえ)をかけた。


外出(がいしゅつ)ついでにオーダーした商品(しょうひん)()()ってこいって(たの)まれたのはいいんだけど、これぜ~んぶお姉様(ねえさま)(もの)なのよ!」


「それは仕方(しかた)ないですよ。キャスリン(さま)はたしか………」


「そう!近々重要(ちかぢかじゅうよう)縁談(えんだん)をひかえているの。お父様(とうさま)商談(しょうだん)相手経由(あいてけいゆ)に、いい(はなし)()いこんだらしくって、ぜひとも今回(こんかい)のお見合(みあ)いを成功(せいこう)させたがってるみたいね」


自慢(じまん)のお嬢様(じょうさま)ですから、リルロイ(さま)奮発(ふんぱつ)なさるのも無理(むり)ありませんよ」


「だったらお姉様(ねえさま)()りに()かせればいいのに………」


アナベルは不服(ふふく)そうに(ほお)をふくらませて車内(しゃない)()まわした。馬車(ばしゃ)荷物(にもつ)(やま)()めつくされ窮屈(きゅうくつ)このうえない。


「でも、そういうアナベル(さま)店内(てんない)試着(しちゃく)なさってましたよね?」


「あ、あれは………」


(おも)わず()いよどんだアナベルは、(ひざ)(うえ)にのせた(はこ)をしばらくながめた。


(ロジオンにまた()うときに、どうしてもこの(ふく)()たかったんだ………)


「それにしても、ずいぶんと熱心(ねっしん)(えら)ばれてましたよね?」


「そりゃあ、あたしだって親族(しんぞく)として身綺麗(みぎれい)にしていたほうが、相手(あいて)心象(しんしょう)(わる)くないと(おも)うのよね」


「それだけの理由(りゆう)ですか?(おれ)はてっきり……」


屋敷(やしき)到着(とうちゃく)したことに()づくと、ジェラールは機敏(きびん)馬車(ばしゃ)から()り、細心(さいしん)注意(ちゅうい)をはらってアナベルをエスコートした。


ジェラールの()をとり優雅(ゆうが)馬車(ばしゃ)()りると、アナベルはあらためて荷物(にもつ)(やま)をながめてため(いき)をついた。


「………ありがとう。あとは使用人(しようにん)()ぶから、ここに()いてくれればいいわ。荷物(にもつ)(おお)いからって、屋敷(やしき)までつきあわせちゃってごめんなさい」


(もう)(わけ)なさそうに(かた)をすくめてアナベルがお(れい)()うと、


(べつ)にかまいませんよ。貴女(あなた)はうちのお得意様(とくいさま)ですから。遠慮(えんりょ)なく御用(ごよう)(もう)しつけてください。その()わり、今後(こんご)もうちの(みせ)をご贔屓(ひいき)にしてくださいね」


洗練(せんれん)された()のこなしで一礼(いちれい)すると、さわやかな笑顔(えがお)(のこ)しジェラールは屋敷(やしき)()っていった。


(──(こい)をすると、不思議(ふしぎ)洋服(ようふく)()しくなっちゃうのよね)


自室(じしつ)にもどると高揚(こうよう)した気分(きぶん)(つつ)みを(ひろ)げ、(はこ)のふたをそっと()けて(なか)をのぞいた。


()った(もの)(いえ)でながめる(とき)ほど(むね)がはずむ瞬間(しゅんかん)はない。


アナベルは自分(じぶん)(ひとみ)によく()薄紫色(うすむらさきいろ)可憐(かれん)なドレスを、寝台(しんだい)(ひろ)げてうっとりした。


(そういえばあたしの(ひとみ)(いろ)がエレプシアの(はな)()綺麗(きれい)だって、ロジオンがほめてくれたのよね)


(おも)えば(なが)(あいだ)ロジオンに()っていないような()がする。


(わか)れたのは昨日(きのう)夕方(ゆうがた)………


さよならの言葉(ことば)(みじか)いキスの感触(かんしょく)(ほお)(のこ)して、(かれ)姿(すがた)()した。


リームの(いえ)から(かえ)ったアナベルは、ロジオンがいないことに()づくと愕然(がくぜん)とした。


(あね)消息(しょうそく)()くまで、ショックで()(みだ)してしまいそうになった。


ロジオンは図書室(としょしつ)古文書(こもんじょ)()ちだして()ていったきりだが、今日中(きょうじゅう)返却(へんきゃく)しに()ると約束(やくそく)したらしい。


(すく)なくとも一度(いちど)(かれ)()うことができる。


(それにしても(おそ)いわね………なにかあったのかしら?(はや)く『エレプシアの乙女(おとめ)』に名乗(なの)()て、(かれ)真意(しんい)(たし)かめたいのに……!)


不安(ふあん)なようすで(まど)(そと)視線(しせん)をうつすと、(そら)には(ひく)(くも)がたれこめ、世界(せかい)をおおいつくすように一帯(いったい)(ひろ)がっていた。


雨足(あまあし)(ちか)づくのも時間(じかん)問題(もんだい)だろう。


今夜(こんや)雲行(くもゆ)きが(わる)いみたい。なんだか胸騒(むなさわ)ぎがするわ……。ロジオン、(はや)()いに()て……)

        ☆

(ひと)()()たる場所(ばしょ)(この)むものだが、(とき)にはうす(ぐら)場所(ばしょ)(なが)れたい瞬間(しゅんかん)もある。


ロジオンは心身(しんしん)ともに(きず)だらけになって宿(やど)にたどり()いた。


街外(まちはず)れといってもいい場末(ばすえ)旅人宿(たびびとやど)で、ベッドと燭台(しょくだい)()かれた(ちい)さなテーブル以外(いがい)家具(かぐ)はいっさいない。


がらんどうのような殺風景(さっぷうけい)部屋(へや)だ。


(はや)止血(しけつ)しないといけないな………でも、めんどくさい……(いま)はなにも………したくない)


少年(しょうねん)(うつ)ろな()(ゆか)包帯(ほうたい)()()し、うす(ぎたな)いベッドに(たお)れこんだ。


日差(ひざ)しの(はい)らない一室(いっしつ)で、(あか)りもつけずに部屋(へや)(まど)から(まち)をながめる。


まだ日暮(ひぐ)(まえ)だというのにどんよりと(くら)く、(いま)にも(あめ)()ってきそうなゆううつな空模様(そらもよう)だ。


結局(けっきょく)、『フォルトナの魔法円(まほうえん)』は未完成(みかんせい)のまま敵地(てきち)潜入(せんにゅう)か………。腰抜(こしぬ)けもいいとこだ。仇討(かたきう)ちが目的(もくてき)とはいえ、これじゃあみすみす()にに()くようなものだな)


ふいに自分(じぶん)心臓(しんぞう)が、(すな)(かたまり)でできているような錯覚(さっかく)(おそ)われた。


それが()づかぬ(あいだ)にさらさらと(くず)れてゆき、砂時計(すなどけい)のように(とき)(きざ)みながら、同時(どうじ)自分(じぶん)生命(せいめい)をも(きざ)み、無常(むじょう)にも
()
のひらからこぼれ()ちてゆくのだ。


そんな悪趣味(あくしゅみ)想像(そうぞう)(とら)われながら、(かれ)自分(じぶん)(いのち)事切(ことき)れる瞬間(しゅんかん)想像(そうぞう)した。


(ぼく)はいつか()ぬのかな………」


天井(てんじょう)()かってつぶやいてみる。


()(だれ)にでも平等(びょうどう)におとずれる。しかしそんな単純(たんじゅん)であたり(まえ)なことを、(かれ)(いま)ほど()にしみて痛感(つうかん)したことはなかった。


最愛(さいあい)女性(じょせい)とめぐり()契約(けいやく)()わしさえすれば、『フォルトナの魔法円(まほうえん)』は見事(みごと)完成(かんせい)し、神々(こうごう)しいまでに万能(ばんのう)(ちから)邪悪(じゃあく)教団(きょうだん)(ほうむ)()ることができる──


そんな都合(つごう)のよい英雄譚(えいゆうたん)を、ひそかに(こころ)片隅(かたすみ)期待(きたい)していた。


()づかぬうちに増長(ぞうちょう)しのぼせあがった(おろ)かなうぬぼれ(ごころ)に、()(みず)()びせられたような気分(きぶん)だった。


(ぼく)はなんて馬鹿(ばか)だったんだろう………)


(ふか)絶望(ぜつぼう)(ふち)()いやられ、()()()をおそるおそる(のぞ)きこむ自分(じぶん)がいる。


背負(せお)った(ごう)(おも)さに()しつぶされそうになり、(かれ)はすべてを()げだしたい気持(きも)ちでいっぱいだった。


負傷(ふしょう)した右腕(みぎうで)がひどく(いた)む。


ふと卓上(たくじょう)()(はし)らせると、(ひら)いたままの古文書(こもんじょ)()げやりに放置(ほうち)されていた。


(……そろそろ古文書(こもんじょ)……。(かえ)しに()かなきゃ………)


(くら)くなる(まえ)にマインスター()屋敷(やしき)(とど)けなくてはと、ロジオンは億劫(おっくう)気持(きも)ちを(ふる)()たせて()きあがった。


(………アナベルとどんな(かお)をして、()えばいいんだろう………?)


(かた)から()だるいため(いき)()きつつ、(おも)身体(からだ)()きずるようにして(かれ)部屋(へや)()た。


()まずい感情(かんじょう)はぬぐえなかったが、それでも彼女(かのじょ)()いたいという気持(きも)ちに(うそ)はつけなかった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み