13.白金色の使い魔

文字数 2,053文字




「じゃ、()きましょう。屋敷(やしき)はここから(ある)いてすぐだから」


アナベルがまっさきに()()こうとして、瞬間的(しゅんかんてき)にぎくりと(あし)()めた。


「すっかり(わす)れてたわ。こいつのこと………」


彼女(かのじょ)視線(しせん)()けた(さき)には、今回(こんかい)事件(じけん)()(がね)ともいえる、あの(しろ)ライオンがおとなしく(すわ)っていた。


人間(にんげん)気配(けはい)()づくと、(けもの)嗅覚(きゅうかく)(はたら)かせてこちらのほうを()いた。


(ぼく)(わす)れてたよ。それにしても毒気(どくけ)がなくなったというか、(おだ)やかな風貌(ふうぼう)になったなあ」


ロジオンが(ちか)づくと白獅子(しろじし)は、人懐(ひとなつ)こそうにゴロゴロと(のど)()らした。


「こいつ、フォルトナの魔法円(まほうえん)()められた力で神聖化(しんせいか)したんだろうが、それにしちゃあ(みょう)だな。まるでおまえのことをご主人様(ごしゅじんさま)だと(みと)めてるみたいだ」


まるで(いぬ)のようにじゃれる合成獣(キメラ)のようすを、あきれたように(なが)めていたラグシードがつぶやいた。


「いくらなんでも合成獣(キメラ)でそれはありえないでしょ?」


しかし(けもの)はなおもロジオンの()(かお)をすり()せてくる。


「もとの()(ぬし)はどうしたんです?」


なつかれて(こま)ったようすのロジオンは、(おも)わずムッシュー・ヒロタに(すく)いの()(もと)めた。


「ああ、その(けん)でしたら………」


支配人(しはいにん)はわずかに()()せると、()いにくそうに(こえ)をつまらせた。


合成獣(キメラ)()(ぬし)ですが、猛獣(もうじゅう)()いならしていると見栄(みえ)をはるために飼育(しいく)していたらしいです。


通常(つうじょう)ならば獣同士(けものどうし)をかけあわせる合成獣(キメラ)ですが、こいつは獅子(しし)(わし)のからだに、人間(にんげん)のある臓器(ぞうき)移植(いしょく)したといういわくつきのやつでして、(やみ)組織(そしき)から高額(こうがく)()()ったものです。


なまじ能力(のうりょく)(ひい)でているせいか、(なみ)合成獣(キメラ)よりはるかに気性(きしょう)(あら)(なつ)かないので苦労(くろう)して、そのあげくに今回(こんかい)騒動(そうどう)。もういい加減(かげん)こりたので、即刻処分(そっこくしょぶん)してほしいとの(もう)()がありました」


「ぐるるるるるるるぅ」


()んだ()金髪(きんぱつ)少年(しょうねん)()つめると、(しろ)ライオンに(つばさ)()えた(けもの)は、(かれ)(うった)えるようにせつない()(ごえ)をもらす。


「………処分(しょぶん)か。それはちょっとかわいそうだな」


ロジオンは(かお)(くも)らせると、熟考(じゅっこう)するように腕組(うでく)みをして()(だま)ってしまった。


慈悲深(じひぶか)貴族様(きぞくさま)、ペットにしてやれば?」


からかうような調子(ちょうし)で、ラグシードが無責任(むせきにん)なことを()う。


しかしその発言(はつげん)過剰(かじょう)反応(はんのう)している(もの)一人(ひとり)いた。アナベルだ。


「ロジオンって、貴族(きぞく)なの!?」


彼女(かのじょ)(おお)きな()見開(みひら)いて驚嘆(きょうたん)(こえ)をあげた。


(おどろ)くのも無理(むり)はない。なに不自由(ふじゆう)のない裕福(ゆうふく)商家(しょうか)(そだ)ちとはいえ、身分的(みぶんてき)には貴族(きぞく)はさらにその(うえ)階級(かいきゅう)にあたるからだ。


「いや、まあ、その………一応(いちおう)


謙遜(けんそん)(くち)ごもる(かれ)()わって、ラグシードがしゃしゃり出ると饒舌(じょうぜつ)(はな)しはじめた。


薄汚(うすよご)れてはいるが、これでもれっきとした貴族(きぞく)のはしくれ。山奥(やまおく)にある()っぽけな(くに)領主(りょうしゅ)息子(むすこ)(いま)はわけあって貧乏旅行(びんぼうりょこう)のまっ最中(さいちゅう)だけどな」


「いやはや貴族様(きぞくさま)だったとは、これまたとんだ失礼(しつれい)を………」


ムッシュー・ヒロタがあわてたように(いま)までの非礼(ひれい)をわびながら、恐縮(きょうしゅく)しいしいポケットから()したハンカチで(たま)のような(あせ)をぬぐっていた。


アナベルはというと、いまだ茫然(ぼうぜん)としたまま()ちつくしている。


きっとまた自分勝手(じぶんかって)妄想(もうそう)(なか)にひたっているのだろう。


()ってやりたいんだけど、この体格(たいかく)だからきっと(えさ)もいっぱい()べるだろうね。残念(ざんねん)だけど(ぼく)はお(かね)不自由(ふじゆう)してるから、どうしようもないんだ」


ロジオンは合成獣(キメラ)(まえ)にしゃがみこむと、(もう)(わけ)なさそうな(かお)でふさふさした(しろ)毛並(けな)みを()でながら、(けもの)(ひとみ)をじっとのぞきこんでそう()った。


──その(とき)だ。


合成獣(キメラ)(からだ)がにわかにぼうっと光輝(ひかりかがや)いたかと(おも)うと、つないでいた(くさり)がくだけ()った。


そして(ひかり)輪郭(りんかく)がぼやけて(ちい)さくなり(べつ)()(もの)(かたち)へと変化(へんか)した。


そこにいたのは、それまでの(しろ)ライオンに(つばさ)()えた姿(すがた)ではなく、(おお)きな(わし)だった。


「おまえ、もとの姿(すがた)(もど)れるのか?」


「ピュイィィィッ!」


(おどろ)いたようにそう(こえ)をかけると、大鷲(おおわし)(ほこ)らしげに()(ごえ)をあげた。


なるほど、(とり)であれば(えさ)(あた)えなくても、(はら)()ったら自由(じゆう)(そら)()んで()りができる。


「なんとも経済的(けいざいてき)なペットだな。っていうよりは魔法使(まほうつか)いだから使(つか)()か?どっちにしろまさにおまえに()ってつけ。こりゃ()ってやらなきゃ(ばち)()たるぜ」


「これもフォルトナの恩恵(おんけい)()けた(あかし)なのか………?」


不思議(ふしぎ)(ちから)だよな。未完成(みかんせい)とはいえこの威力(いりょく)だ。得体(えたい)()れない呪文(じゅもん)だけあって、まだまだ未知数(みちすう)可能性(かのうせい)()めてそうだぜ」


大鷲(おおわし)(つばさ)をはためかせてロジオンの頭上高(ずじょうたか)くまで飛翔(ひしょう)すると、(そら)王者(おうじゃ)らしく貫禄(かんろく)たっぷりに(つや)やかな(はね)(ひろ)げた。


そして華麗(かれい)空中(くうちゅう)旋回(せんかい)すると、やがて(かれ)右腕(みぎうで)()まった。


「ね、その(わし)。なんていう名前(なまえ)にするの?」


妄想(もうそう)から()(なお)ったらしいアナベルが()(かがや)かせてそう(たず)ねると、ロジオンは素早(すばや)思考(しこう)をめぐらせてから、ひらめいた!とばかりにその()()んだ。


「セルフィン。おまえの名前(なまえ)はセルフィンだ!これからよろしくな」


素敵(すてき)名前(なまえ)ね」


アナベルは(こころ)からそう(おも)った。


「おまえもこれで、悪趣味(あくしゅみ)貴族連中(きぞくれんちゅう)仲間入(なかまい)りだな」


(よこ)からぼそっと(みみ)(はい)った皮肉(ひにく)()かなかったふりをして、(かれ)大鷲(おおわし)(わら)いかけた。



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