5.デートプランは王子様のおまかせで

文字数 2,714文字




あれはそう自分(じぶん)がまだ──

夢見(ゆめみ)がちな少年(しょうねん)でいられたころ。

(こころ)(うば)われた『冒険物語(ぼうけんものがたり)』の英雄(えいゆう)たちのように。

洋洋(ようよう)とした未来(みらい)()かって旅立(たびだ)つ、

(いさ)ましい姿(すがた)空想(くうそう)しては──

闇夜(やみよ)(ひか)一筋(ひとすじ)流星(りゅうせい)に、

(のぞ)みが(かな)いますようにと(ゆめ)(たく)した。

(おさな)自分(じぶん)想像(そうぞう)もしなかったのだ……。

あれほど渇望(かつぼう)した(たび)幕開(まくあ)けが、

こんなにも(かな)しみに()ちたものだとは。

大人(おとな)になった自分(じぶん)()げるように故郷(こきょう )()()した。

(ゆめ)(きざ)時計(とけい)(はり)は、

あの()からずっと静止(せいし)したままだ──


        ☆


「ようやく、白馬(はくば)王子様(おうじさま)のお目覚(めざ)めね」


まぶたを()けるとベットの(よこ)に、見慣(みな)れた恋人(こいびと)姿(すがた)があった。


どこか(なつ)かしくも物哀(ものがな)しい(ゆめ)()ていた()がする……。


だが、その憂慮(ゆうりょ)彼女(かのじょ)(かお)()ただけで即座(そくざ)()()んだ。


少女(しょうじょ)はにっこり微笑(ほほえ)むと、バルコニーの(まど)一気(いっき)開放(かいほう)した。


清澄(せいちょう)(あさ)(かぜ)()きわたり、部屋中(へやじゅう)爽快(そうかい)空気(くうき)()たしてゆく。


「──気持(きも)ちのいい(あさ)だね」


寝台(しんだい)から上半身(じょうはんしん)()こして、少年(しょうねん)(かたわ)らにいる少女(しょうじょ)(こえ)をかけた。


「うん。ずっと雨続(あめつづ)きで屋敷(やしき)にこもってたから、(いき)がつまっちゃってて。今日(きょう)(ひさ)しぶりの快晴(かいせい)でしょ?ロジオンを(さそ)ってどこかに()かけたいなぁって」


アナベルは(はず)んだ(こえ)でそう()うと、期待(きたい)()ちたまなざしでじっとロジオンのほうを()つめた。


その熱心(ねっしん)(ひとみ)に、やや怖気(おじけ)づいたようすで(かれ)はうめく。


「それで……()()めるまで(とな)りにいたの?」


「ええ!」


「……いつから?」


「うーん。ついさっき……かな?」


ならいいんだとばかりに露骨(ろこつ)にほっとした表情(ひょうじょう)()せると、ロジオンは毛布(もうふ)()せて()ちあがった。


もし、ずっと寝姿(ねすがた)(なが)められていたら、はずかしくてたまったもんじゃないなと(おも)ったからだ。


たとえ(かがみ)(うつ)したとしても、()ているときの姿(すがた)だけは自分(じぶん)()ることはできない。


そんな無防備(むぼうび)姿(すがた)人前(ひとまえ)でさらすのは、やはりまだ抵抗(ていこう)がある。


(かれ)はやや(うたぐ)りぶかい視線(しせん)を、ちらりと少女(しょうじょ)()げかけた。


アナベルは上機嫌(じょうきげん)鼻歌(はなうた)をうたいながら、部屋(へや)(なか)()ったり()たりしている。


(……ロジオンの寝顔(ねがお)(おさな)くってかわいかったわ。ほんとうはもっと、()つめていたかったんだけど……)


本人(ほんにん)になんとなく(かん)づかれていることはわかっていたが、彼女(かのじょ)はしらんぷりを()めこんだ。


どうやら(かれ)は、そういうことをされるのは苦手(にがて)なようだ。態度(たいど)でなんとなくわかったが、アナベルは無視(むし)することに()めた。


(だって、(なが)めていたいんだもん♪)


()がえをするからといって、部屋(へや)(そと)()()されてしまった。


彼女(かのじょ)はひとり廊下(ろうか)(かべ)にもたれながら、ロジオンの支度(したく)ができるのを()っていた。


(あたま)(なか)ではすでに今日(きょう)外出(がいしゅつ)プランが、めまぐるしく()けめぐっている。


(せっかく、こんなにいい天気(てんき)なんだもの!屋外(おくがい)食事(しょくじ)したいわ。海岸通(かいがんどお)りの眺望(ちょうぼう)素敵(すてき)なレストランで朝食(ちょうしょく)をとって、まだ()れていってない美術館(びじゅつかん)にも()きたいし、それから、その(あと)は……!)


ウィンディア大陸有数(たいりくゆうすう)商業都市(しょうぎょうとし)であるアトゥーアンは、(ふる)くから運河(うんが)()かした交易(こうえき)歴史(れきし)があり、それゆえに(なが)富栄(とみさか)えた。


その(ゆた)かな恩寵(おんちょう)は、街並(まちな)みを一望(いちぼう)するだけで容易(ようい)()てとれた。


芸術(げいじゅつ)文化(ぶんか)(あい)するこの(みやこ)は、景観(けいかん)(すぐ)れていることから、観光業(かんこうぎょう)においても魅力(みりょく)にあふれ人々(ひとびと)(とりこ)にしている。


大陸各地(たいりくかくち)からいつも旅人(たびびと)()えず、にぎわい活気(かっき)()ちあふれているようすからも、そのことがうかがい()れるだろう。


アナベルはこの(まち)()まれ(そだ)ったことが(ほこ)りだったし、ロジオンを()れていきたい場所(ばしょ)などいくらでもあった。


()しい(もの)があるから()(もの)もしたいんだけど……。ロジオンはイヤがるかな……?)


いつもならば中心街(ちゅうしんがい)のメインストリートに(あし)(はこ)び、街道沿(かいどうぞ)いに(のき)(なら)べる土産物屋(みやげものや)骨董店(こっとうてん)をのぞいたり、洋品店(ようひんてん)試着(しちゃく)して(あたら)しい(ふく)購入(こうにゅう)したりするのだが。


(……ロジオンってあきれるくらいに(ふく)無頓着(むとんちゃく)なのよね。ほんとうに貴族(きぞく)なのかしら……?)


本人(ほんにん)服装(ふくそう)関心(かんしん)がないのか、いつも()たような魔法衣(まほうい)着用(ちゃくよう)している。


このあいだもマインスター商会(しょうかい)(とお)して衣服(いふく)をオーダーしたのだが。


今着(いまき)ている魔法衣(まほうい)寸分(すんぶん)たがわない……というより、まったく(おな)じものを数着(すうちゃく)たのんでいた。


たまにはちがう(ふく)にしてみたら?と催促(さいそく)してみたものの、(かれ)はこれがいいんだといってきかなかった。


(よくわからないところで、頑固(がんこ)なのよね……。せっかくの容姿(ようし)がもったいないわ)


内心(ないしん)そう(なげ)きながら、前回(ぜんかい)のデートをふり(かえ)って、アナベルは早々(そうぞう)にため(いき)をつきたくなった。


とある洋品店(ようひんてん)で、しぶるロジオンに強引(ごういん)試着(しちゃく)させたのだが。


彼女(かのじょ)見立(みた)てたベストにジャケットを羽織(はお)り、スラックスを()いた(かれ)はおそろしく(さま)になっていた。


予想通(よそうどお)(はな)につくでもなく、さらりと自然(しぜん)()こなしていた。あまりにも似合(にあ)っていて、その毅然(きぜん)とした姿(すがた)見惚(みと)れてしまったほどだ。


しかし、それもつかの()。アナベルがほかの衣類(いるい)物色(ぶっしょく)している(すき)をみて、


「……窮屈(きゅうくつ)だから……」


と、(かれ)勝手(かって)()がえをすませて、もとの魔法衣姿(まほういすがた)にもどってしまっていた。


それが彼女(かのじょ)(ふか)~く落胆(らくたん)させたのは、記憶(きおく)にも(あたら)しい。


以来(いらい)めんどうくさくなって、ロジオンに試着(しちゃく)させるのはやめた。内心(ないしん)、まだあきらめてはいなかったりするのだが……。


「──お()たせ!」


(とびら)()けて、ロジオンが笑顔(えがお)()せた。


ここで(かれ)真新(まあたら)しい(ふく)()て、貴族然(きぞくぜん)とした姿(すがた)()っていたとしたら──


とっても素敵(すてき)だなと夢想(むそう)していたのだが、やはりロジオンはロジオンなのだった。


(かれ)はいつもの魔法衣(まほうい)(あお)いマントを(ひるがえ)して、()(まえ)()()してきた。


今日(きょう)外出(がいしゅつ)するんだったよね」


その(かお)上気(じょうき)していて、いつになく上機嫌(じょうきげん)だった。


「ええ!こんなにお日様(ひさま)がまぶしいと、どこに()くか(まよ)っちゃうわ」


自分(じぶん)機嫌(きげん)よくそう(こた)えながら、アナベルはロジオンを()つめた。


元気(げんき)のいい覇気(はき)のある(かれ)()るのは、なにより(うれ)しかった。


いつも、どことなく(うれ)いをおびているからこそ。よりいっそう──(むね)()みる。


颯爽(さっそう)廊下(ろうか)()()しながら、(かれ)彼女(かのじょ)()つめてさわやかに(わら)った。


今日(きょう)(ぼく)()きたい場所(ばしょ)に、(きみ)をつれてってもいいかな?」


「えっ……!?」


いつもデートの計画(けいかく)といえばアナベルまかせ。地元(じもと)だから自分(じぶん)紹介(しょうかい)してあたり(まえ)だと、不満(ふまん)をもったことはないのだが。


とつぜんロジオンからそのような(もう)()()けて、彼女(かのじょ)心臓(しんぞう)はとくんと一度(いちど)はげしく波打(なみう)った。


それはまったく予想外(よそうがい)の、恋人(こいびと)発言(はつげん)──!


鼓動(こどう)(しず)めて()()かせるのに、しばらく時間(じかん)がかかったほどだ。


「……どこに、()くの?」


たずねた(とき)自分(じぶん)(ほほ)は、無意識(むいしき)にすこし(あか)くなっていたかもしれない。


()ってか()らずか、少年(しょうねん)(とお)くを()つめるような(ひとみ)でこう()げた。


案内(あんない)したい場所(ばしょ)があるんだ。(きみ)を──」



          番外編(ばんがいへん)6へつづく

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