あれはそう
自分がまだ──
夢見がちな
少年でいられたころ。
心を
奪われた『
冒険物語』の
英雄たちのように。
洋洋とした
未来に
向かって
旅立つ、
勇ましい
姿を
空想しては──
闇夜に
光る
一筋の
流星に、
望みが
叶いますようにと
夢を
託した。
幼い
自分は
想像もしなかったのだ……。
あれほど
渇望した
旅の
幕開けが、
こんなにも
哀しみに
満ちたものだとは。
大人になった
自分は
逃げるように
故郷を
飛び
出した。
夢を
刻む
時計の
針は、
あの
日からずっと
静止したままだ──
☆
「ようやく、
白馬の
王子様のお
目覚めね」
まぶたを
開けるとベットの
横に、
見慣れた
恋人の
姿があった。
どこか
懐かしくも
物哀しい
夢を
見ていた
気がする……。
だが、その
憂慮は
彼女の
顔を
見ただけで
即座に
消し
飛んだ。
少女はにっこり
微笑むと、バルコニーの
窓を
一気に
開放した。
清澄な
朝の
風が
吹きわたり、
部屋中を
爽快な
空気で
満たしてゆく。
「──
気持ちのいい
朝だね」
寝台から
上半身を
起こして、
少年は
傍らにいる
少女に
声をかけた。
「うん。ずっと
雨続きで
屋敷にこもってたから、
息がつまっちゃってて。
今日は
久しぶりの
快晴でしょ?ロジオンを
誘ってどこかに
出かけたいなぁって」
アナベルは
弾んだ
声でそう
言うと、
期待に
満ちたまなざしでじっとロジオンのほうを
見つめた。
その
熱心な
瞳に、やや
怖気づいたようすで
彼はうめく。
「それで……
目が
覚めるまで
隣りにいたの?」
「ええ!」
「……いつから?」
「うーん。ついさっき……かな?」
ならいいんだとばかりに
露骨にほっとした
表情を
見せると、ロジオンは
毛布を
寄せて
立ちあがった。
もし、ずっと
寝姿を
眺められていたら、はずかしくてたまったもんじゃないなと
思ったからだ。
たとえ
鏡に
映したとしても、
寝ているときの
姿だけは
自分で
見ることはできない。
そんな
無防備な
姿を
人前でさらすのは、やはりまだ
抵抗がある。
彼はやや
疑りぶかい
視線を、ちらりと
少女に
投げかけた。
アナベルは
上機嫌で
鼻歌をうたいながら、
部屋の
中を
行ったり
来たりしている。
(……ロジオンの
寝顔。
幼くってかわいかったわ。ほんとうはもっと、
見つめていたかったんだけど……)
本人になんとなく
感づかれていることはわかっていたが、
彼女はしらんぷりを
決めこんだ。
どうやら
彼は、そういうことをされるのは
苦手なようだ。
態度でなんとなくわかったが、アナベルは
無視することに
決めた。
(だって、
眺めていたいんだもん♪)
着がえをするからといって、
部屋の
外に
追い
出されてしまった。
彼女はひとり
廊下の
壁にもたれながら、ロジオンの
支度ができるのを
待っていた。
頭の
中ではすでに
今日の
外出プランが、めまぐるしく
駆けめぐっている。
(せっかく、こんなにいい
天気なんだもの!
屋外で
食事したいわ。
海岸通りの
眺望の
素敵なレストランで
朝食をとって、まだ
連れていってない
美術館にも
行きたいし、それから、その
後は……!)
ウィンディア
大陸有数の
商業都市であるアトゥーアンは、
古くから
運河を
活かした
交易の
歴史があり、それゆえに
永く
富栄えた。
その
豊かな
恩寵は、
街並みを
一望するだけで
容易に
見てとれた。
芸術と
文化を
愛するこの
都は、
景観も
優れていることから、
観光業においても
魅力にあふれ
人々を
虜にしている。
大陸各地からいつも
旅人が
絶えず、にぎわい
活気に
満ちあふれているようすからも、そのことがうかがい
知れるだろう。
アナベルはこの
街で
生まれ
育ったことが
誇りだったし、ロジオンを
連れていきたい
場所などいくらでもあった。
(
欲しい
物があるから
買い
物もしたいんだけど……。ロジオンはイヤがるかな……?)
いつもならば
中心街のメインストリートに
足を
運び、
街道沿いに
軒を
並べる
土産物屋や
骨董店をのぞいたり、
洋品店で
試着して
新しい
服を
購入したりするのだが。
(……ロジオンってあきれるくらいに
服に
無頓着なのよね。ほんとうに
貴族なのかしら……?)
本人は
服装に
関心がないのか、いつも
似たような
魔法衣を
着用している。
このあいだもマインスター
商会を
通して
衣服をオーダーしたのだが。
今着ている
魔法衣と
寸分たがわない……というより、まったく
同じものを
数着たのんでいた。
たまにはちがう
服にしてみたら?と
催促してみたものの、
彼はこれがいいんだといってきかなかった。
(よくわからないところで、
頑固なのよね……。せっかくの
容姿がもったいないわ)
内心そう
嘆きながら、
前回のデートをふり
返って、アナベルは
早々にため
息をつきたくなった。
とある
洋品店で、しぶるロジオンに
強引に
試着させたのだが。
彼女が
見立てたベストにジャケットを
羽織り、スラックスを
履いた
彼はおそろしく
様になっていた。
予想通り
鼻につくでもなく、さらりと
自然に
着こなしていた。あまりにも
似合っていて、その
毅然とした
姿に
見惚れてしまったほどだ。
しかし、それもつかの
間。アナベルがほかの
衣類を
物色している
隙をみて、
「……
窮屈だから……」
と、
彼は
勝手に
着がえをすませて、もとの
魔法衣姿にもどってしまっていた。
それが
彼女を
深~く
落胆させたのは、
記憶にも
新しい。
以来めんどうくさくなって、ロジオンに
試着させるのはやめた。
内心、まだあきらめてはいなかったりするのだが……。
「──お
待たせ!」
扉を
開けて、ロジオンが
笑顔を
見せた。
ここで
彼が
真新しい
服を
着て、
貴族然とした
姿で
立っていたとしたら──
とっても
素敵だなと
夢想していたのだが、やはりロジオンはロジオンなのだった。
彼はいつもの
魔法衣に
青いマントを
翻して、
目の
前に
飛び
出してきた。
「
今日は
外出するんだったよね」
その
顔は
上気していて、いつになく
上機嫌だった。
「ええ!こんなにお
日様がまぶしいと、どこに
行くか
迷っちゃうわ」
自分も
機嫌よくそう
答えながら、アナベルはロジオンを
見つめた。
元気のいい
覇気のある
彼を
見るのは、なにより
嬉しかった。
いつも、どことなく
憂いをおびているからこそ。よりいっそう──
胸に
沁みる。
颯爽と
廊下を
駆け
出しながら、
彼は
彼女を
見つめてさわやかに
笑った。
「
今日は
僕の
行きたい
場所に、
君をつれてってもいいかな?」
「えっ……!?」
いつもデートの
計画といえばアナベルまかせ。
地元だから
自分が
紹介してあたり
前だと、
不満をもったことはないのだが。
とつぜんロジオンからそのような
申し
出を
受けて、
彼女の
心臓はとくんと
一度はげしく
波打った。
それはまったく
予想外の、
恋人の
発言──!
鼓動を
静めて
落ち
着かせるのに、しばらく
時間がかかったほどだ。
「……どこに、
行くの?」
たずねた
時の
自分の
頬は、
無意識にすこし
赤くなっていたかもしれない。
知ってか
知らずか、
少年は
遠くを
見つめるような
瞳でこう
告げた。
「
案内したい
場所があるんだ。
君を──」
番外編6へつづく