19.エルフの占いと秘められし過去

文字数 2,812文字




ついつい不埒(ふらち)(かんが)えが(あたま)()ぎる。
だがしかし………。


女性(じょせい)(かん)しては、いちおう経験豊富(けいけんほうふ)自負(じふ)しているラグシードであったが、エルフ(ぞく)(おんな)となるとまったくの未知数(みちすう)だった。


()()て!ちょっと冷静(れいせい)になれ、(おれ)。だいたいエルフなんて、この()()たことすらなかったんだぞ)


人生初(じんせいはつ)のエルフ美女(びじょ)との遭遇(そうぐう)で、すっかり()()がってしまっていたが、そんな浮足立(うきあしだ)った気分(きぶん)にいっきに(みず)()されたようだった。


(エルフなんて、そんなの伝説(でんせつ)かおとぎ(ばなし)存在(そんざい)だと(おも)ってたぜ。いま()(まえ)にいるのだって、(ゆめ)(まぼろし)みたいな感覚(かんかく)で………)


そう(おも)うとにわかにラグシードの心中(しんちゅう)に、不安(ふあん)(がげ)渦巻(うずま)きはじめた。


おまけに相手(あいて)本職(ほんしょく)(うらな)()なのだ。


丸腰(まるごし)自分(じぶん)とはちがい、こちらのことなどとうに見透(みす)かしているのかもしれない。


にわかに(かれ)警戒心(けいかいしん)(つよ)めた。


そうとも()らずに(うらな)()(むすめ)は、(あたま)()かんできたイメージを言葉(ことば)にして、一言(ひとこと)ずつ丁寧(ていねい)につむぎはじめた。


異国(いこく)情景(じょうけい)。ずいぶんとあちこちを放浪(ほうろう)して(ある)いたようね。あなたが(いま)まで(おとず)れた場所(ばしょ)なのかしら?さまざまな(くに)景色(けしき)、そこで出逢(であ)った人々(ひとびと)()かんでくるわ。それと………」


(むすめ)()いづらそうに言葉(ことば)途切(とぎ)れさせると、遠慮(えんりょ)がちに(かれ)()かって()げた。


「これは忠告(ちゅうこく)なんだけど」


「な、なんだよ?(きゅう)深刻(しんこく)(かお)して………。()になるからはっきり()えよ!」


多少怖気(たしょうおじけ)づきながらも、怪訝(けげん)(かお)でラグシードが(つづ)きをうながすと、


女難(じょなん)(そう)()えるわ。女遊(おんなあそ)びはほどほどにしたほうがいいんじゃないかしら?」


「………余計(よけい)なお世話(せわ)


図星(ずぼし)なのね………」


()たっているだけに、仏頂面(ぶっちょうづら)(かれ)(こた)えたのだった。


諦観(ていかん)したようにつぶやきながらも、彼女(かのじょ)はさらに透視(とうし)(つづ)け、ラグシードの(こころ)奥深(おくふか)くに潜入(せんにゅう)しようとこころみる。


すると()(まえ)に、牧歌的(ぼっかてき)風景(ふうけい)展開(てんかい)した。


広大(こうだい)草原(そうげん)(なか)に、少年(しょうねん)一人(ひとり)たたずんでいる。


少年(しょうねん)視線(しせん)(さき)には、秀麗(しゅうれい)山脈(さんみゃく)(したが)えた緑豊(みどりゆた)かな丘陵(きゅうりょう)があり、城塞(じょうさい)のような建造物(けんぞうぶつ)がそびえ()っている。


その(ふもと)にこじんまりとした(まち)(ひろ)がっていた。


(おか)(ふもと)(まち)………十字架(じゅうじか)……そして(しろ)教会(きょうかい)………」


()かびあがってくるイメージを(くち)にした途端(とたん)、ラグシードの表情(ひょうじょう)一変(いっぺん)した。


「ストップ!ストーーーップ!もう()めてくれ。(おれ)(うらな)いは(しん)じないが、あんたは(たし)かに本物(ほんもの)だ。それは(みと)める。だからもう勘弁(かんべん)してくれ。だいたいなんで(うらな)われなきゃいけないのか、いまだによくわかんないし」


「せっかくだから、なにか助言(じょげん)できることはないかと(おも)ったのよ」


「それ、女難(じょなん)(そう)があるってだけだった()がするんだが。(うらな)ってもらってなんだけど、(おれ)女遊(おんなあそ)びやめるつもりないし。なんか意味(いみ)なかったな。じゃ、俺行(おれい)くから」


()げるようにしてラグシードは(うらな)()(みせ)()た。


(そと)はすでに()(やみ)(つつ)まれ(かぜ)(つめ)たかった。街灯(がいとう)だけが細々(ほそぼそ)(とも)り、うす(ぐら)夜道(よみち)()らしている。


(なにやってんだ(おれ)結局(けっきょく)口説(くど)いてる余裕(よゆう)なんてなかったな………)

        ☆       

想定通(そうていどお)りというべきか、ラグシードが(かえ)ってくるのを()たずして、ロジオンは夕食(ゆうしょく)(うたげ)()え、自分用(じぶんよう)にあてがわれた客室(きゃくしつ)(もど)ってきていた。


(またどっかで(あそ)(ある)いてるんだろうなぁ)


自分(じぶん)にはとても真似(まね)できないやと一人(ひとり)ため(いき)をついて、(かれ)豪奢(ごうしゃ)なベッドに寝転(ねころ)がった。


サイドテーブルのランプの()()すと、部屋(へや)(なか)完全(かんぜん)暗闇(くらやみ)(つつ)まれた。


今日(きょう)はいろんなことが()こった()がする。フォルトナの魔法円(まほうえん)(ひさ)しぶりに使(つか)ったし………)


ロジオンはぼんやりと魔法(まほう)にまつわる過去(かこ)(おも)いをはせた。


それはさほど(とお)記憶(きおく)ではない。


(かれ)がまだ十三歳(じゅうさんさい)になったばかりのころの出来事(できごと)だ。


「はるばる遠方(えんぽう)からおまえに()いに()たらしい。ちょっと風変(ふうが)わりな珍客(ちんきゃく)だ」


(あに)からそう(こえ)をかけられて、気分(きぶん)(みょう)にざわついたのを(おぼ)えている。


()がすすまないものの面会(めんかい)(ことわ)るだけの勇気(ゆうき)もなく、(すこ)(おく)れてロジオンは広間(ひろま)におもむいた。


()(はな)たれた(とびら)から、室内(しつない)会話(かいわ)がもれ()こえてくる。


ロジオンはしばし戸口(とぐち)(かげ)(かく)れて、ようすをうかがうことにした。


ふらりと屋敷(やしき)(おと)れた珍妙(ちんみょう)(きゃく)第一(だいいち)印象(いんしょう)は、旅芸人一座(たびげいにんいちざ)(うらな)()のようだった。


橙色(だいだいいろ)のショールを()(まと)い、世俗(せぞく)荒波(あらなみ)もどこ()(かぜ)とばかりにひょうひょうとして()えた。


(じつ)高名(こうめい)魔法使(まほうつか)いであるその老婆(ろうば)は、領主(りょうしゅ)である(ちち)謁見(えっけん)した(さい)、おごそかな口調(くちょう)でこうのべたのだ。


「ここにルクティア(さま)()()けたお子様(こさま)がいるとうかがったのですが」


(みみ)()びこんできたその名前(なまえ)に、ロジオンの心臓(しんぞう)()ねあがった。


(ひさ)しく(みみ)にしなかった(なつ)かしくも(やさ)しいその(ひび)き………!


ルクティアとはロジオンを出産後(しゅっさんご)()もなく()くなったとされている実母(じつぼ)名前(なまえ)だった。


(たし)かにルクティアとの(あいだ)に、()一人(ひとり)もうけているが、それがなにか?」


「そのお子様(こさま)は、代々神(だいだいかみ)遺物(いぶつ)『フォーチュン・タブレット』継承(けいしょう)する魔法(まほう)(たみ)、フォルトナの末裔(まつえい)です」


しんと(しず)まりかえった空間(くうかん)(ふる)わせるように、(おごそ)かな(こえ)老魔法使(ろうまほうつか)いはそう()げた。


()まれつき魔法円(まほうえん)をあやつる(すべ)()け、非凡(ひぼん)なる魔法(まほう)素質(そしつ)開花(かいか)させる可能性(かのうせい)()めていると(おも)われますが」


老魔法使(ろうまほうつか)いがそう宣言(せんげん)すると、(ちち)(すこ)熟慮(じゅくりょ)した(すえ)重々(おもおも)しく(くち)(ひら)いた。


「ふうむ、息子(むすこ)には貴族(きぞく)のたしなみとして魔法(まほう)修練(しゅうれん)させてはいるが………。これまで特別(とくべつ)才能(さいのう)(めぐ)まれているとは()いたことがありません。


むしろ本人(ほんにん)(つるぎ)のほうがあつかいやすいとまで()ってましてな。そのような稀有(けう)素質(そしつ)(めぐ)まれているとは到底思(とうていおも)えないのだが………。残念(ざんねん)ながら人違(ひとちが)いではないでしょうか?」


あの(とき)自分(じぶん)(かく)れた才能(さいのう)見出(みいだ)された事実(じじつ)に、(しん)じられないという(おも)いと同時(どうじ)に、ロジオンは興奮(こうふん)()ぶるいするほどの気分(きぶん)(たか)ぶりを(おぼ)えた。


しかし、それ以上(いじょう)(かれ)()ちのめしたのは、父親(ちちおや)自分(じぶん)(くだ)したありのままの評価(ひょうか)だった。


(わかってたことじゃないか………(ぼく)期待(きたい)されてないってことくらい。やっぱり()えられない(かべ)なのかな。(ぼく)(にい)さんの(あいだ)にある圧倒的(あっとうてき)(ちから)()は………。そして(ぼく)にはないものをすべて()っている………)


三歳年上(さんさいとしうえ)母親違(ははおやちが)いの(あに)がいたが、(おな)()指導(しどう)(あお)いだ剣術(けんじゅつ)学問(がくもん)はもちろん、人望(じんぼう)においても(かれ)(とお)くおよばなかった。


将来領土(しょうらいりょうど)背負(せお)って()つだけの統率力(とうそつりょく)()めた(うつわ)強靭(きょうじん)さ。


勇気(ゆうき)必要(ひつよう)とする決断(けつだん)にも物怖(ものお)じしない度胸(どきょう)のよさ。


そして………軽蔑(けいべつ)されてしかるべき腹違(はらちが)いの(おとうと)にも、()けへだてなく(せっ)してくれる(おお)らかさ。


憧憬(しょうけい)するべき対象(たいしょう)は、いつも自分(じぶん)(はる)(まえ)(ある)いていた。


(はし)っても(はし)っても()いつかない。


二人(ふたり)距離(きょり)永遠(えいえん)(ちぢ)まらない。


どんなに努力(どりょく)しても(あに)のようにはなれないのだ。


(いっそのこと妾腹(めかけばら)()だって見下(みくだ)して、()(はな)してくれればよかったのに。そうすれば(にく)しみから闘争心(とうそうしん)だって()いてきたかもしれない。


だけど、たたかう(まえ)からかなわないって(おも)()らされるなんて、ちょっと、残酷(ざんこく)だ………)


ロジオンはそれ以上考(いじょうかんが)えまいとするように、ぎゅっと(かた)()をつむった。



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