ついつい
不埒な
考えが
頭を
過ぎる。
だがしかし………。
女性に
関しては、いちおう
経験豊富を
自負しているラグシードであったが、エルフ
族の
女となるとまったくの
未知数だった。
(
待て
待て!ちょっと
冷静になれ、
俺。だいたいエルフなんて、この
目で
見たことすらなかったんだぞ)
人生初のエルフ
美女との
遭遇で、すっかり
舞い
上がってしまっていたが、そんな
浮足立った
気分にいっきに
水を
差されたようだった。
(エルフなんて、そんなの
伝説かおとぎ
話の
存在だと
思ってたぜ。いま
目の
前にいるのだって、
夢か
幻みたいな
感覚で………)
そう
思うとにわかにラグシードの
心中に、
不安の
影が
渦巻きはじめた。
おまけに
相手は
本職の
占い
師なのだ。
丸腰の
自分とはちがい、こちらのことなどとうに
見透かしているのかもしれない。
にわかに
彼は
警戒心を
強めた。
そうとも
知らずに
占い
師の
娘は、
頭に
浮かんできたイメージを
言葉にして、
一言ずつ
丁寧につむぎはじめた。
「
異国の
情景。ずいぶんとあちこちを
放浪して
歩いたようね。あなたが
今まで
訪れた
場所なのかしら?さまざまな
国や
景色、そこで
出逢った
人々が
浮かんでくるわ。それと………」
娘は
言いづらそうに
言葉を
途切れさせると、
遠慮がちに
彼に
向かって
告げた。
「これは
忠告なんだけど」
「な、なんだよ?
急に
深刻な
顔して………。
気になるからはっきり
言えよ!」
多少怖気づきながらも、
怪訝な
顔でラグシードが
続きをうながすと、
「
女難の
相が
見えるわ。
女遊びはほどほどにしたほうがいいんじゃないかしら?」
「………
余計なお
世話」
「
図星なのね………」
当たっているだけに、
仏頂面で
彼は
答えたのだった。
諦観したようにつぶやきながらも、
彼女はさらに
透視を
続け、ラグシードの
心の
奥深くに
潜入しようとこころみる。
すると
目の
前に、
牧歌的な
風景が
展開した。
広大な
草原の
中に、
少年が
一人たたずんでいる。
少年の
視線の
先には、
秀麗な
山脈を
従えた
緑豊かな
丘陵があり、
城塞のような
建造物がそびえ
建っている。
その
麓にこじんまりとした
町が
広がっていた。
「
丘の
麓の
町………
十字架……そして
白い
教会………」
浮かびあがってくるイメージを
口にした
途端、ラグシードの
表情が
一変した。
「ストップ!ストーーーップ!もう
止めてくれ。
俺は
占いは
信じないが、あんたは
確かに
本物だ。それは
認める。だからもう
勘弁してくれ。だいたいなんで
占われなきゃいけないのか、いまだによくわかんないし」
「せっかくだから、なにか
助言できることはないかと
思ったのよ」
「それ、
女難の
相があるってだけだった
気がするんだが。
占ってもらってなんだけど、
俺は
女遊びやめるつもりないし。なんか
意味なかったな。じゃ、
俺行くから」
逃げるようにしてラグシードは
占い
師の
店を
出た。
外はすでに
濃 い
闇に
包まれ
風は
冷たかった。
街灯だけが
細々と
灯り、うす
暗い
夜道を
照らしている。
(なにやってんだ
俺。
結局、
口説いてる
余裕なんてなかったな………)
☆
想定通りというべきか、ラグシードが
帰ってくるのを
待たずして、ロジオンは
夕食の
宴を
終え、
自分用にあてがわれた
客室に
戻ってきていた。
(またどっかで
遊び
歩いてるんだろうなぁ)
自分にはとても
真似できないやと
一人ため
息をついて、
彼は
豪奢なベッドに
寝転がった。
サイドテーブルのランプの
火を
消すと、
部屋の
中は
完全な
暗闇に
包まれた。
(
今日はいろんなことが
起こった
気がする。フォルトナの
魔法円も
久しぶりに
使ったし………)
ロジオンはぼんやりと
魔法にまつわる
過去に
想いをはせた。
それはさほど
遠い
記憶ではない。
彼がまだ
十三歳になったばかりのころの
出来事だ。
「はるばる
遠方からおまえに
逢いに
来たらしい。ちょっと
風変わりな
珍客だ」
兄からそう
声をかけられて、
気分が
妙にざわついたのを
覚えている。
気がすすまないものの
面会を
断るだけの
勇気もなく、
少し
遅れてロジオンは
広間におもむいた。
開け
放たれた
扉から、
室内の
会話がもれ
聞こえてくる。
ロジオンはしばし
戸口の
陰に
隠れて、ようすをうかがうことにした。
ふらりと
屋敷を
訪れた
珍妙な
客の
第一印象は、
旅芸人一座の
占い
師のようだった。
橙色のショールを
身に
纏い、
世俗の
荒波もどこ
吹く
風とばかりにひょうひょうとして
見えた。
実は
高名な
魔法使いであるその
老婆は、
領主である
父に
謁見した
際、おごそかな
口調でこうのべたのだ。
「ここにルクティア
様の
血を
分けたお
子様がいるとうかがったのですが」
耳に
飛びこんできたその
名前に、ロジオンの
心臓は
跳ねあがった。
久しく
耳にしなかった
懐かしくも
優しいその
響き………!
ルクティアとはロジオンを
出産後、
間もなく
亡くなったとされている
実母の
名前だった。
「
確かにルクティアとの
間に、
子を
一人もうけているが、それがなにか?」
「そのお
子様は、
代々神の
遺物『フォーチュン・タブレット』を
継承する
魔法の
民、フォルトナの
末裔です」
しんと
静まりかえった
空間を
震わせるように、
厳かな
声で
老魔法使いはそう
告げた。
「
生まれつき
魔法円をあやつる
術に
長け、
非凡なる
魔法の
素質を
開花させる
可能性を
秘めていると
思われますが」
老魔法使いがそう
宣言すると、
父は
少し
熟慮した
末、
重々しく
口を
開いた。
「ふうむ、
息子には
貴族のたしなみとして
魔法を
修練させてはいるが………。これまで
特別な
才能に
恵まれているとは
聞いたことがありません。
むしろ
本人は
剣のほうがあつかいやすいとまで
言ってましてな。そのような
稀有な
素質に
恵まれているとは
到底思えないのだが………。
残念ながら
人違いではないでしょうか?」
あの
時、
自分の
隠れた
才能を
見出された
事実に、
信じられないという
思いと
同時に、ロジオンは
興奮し
身ぶるいするほどの
気分の
昂ぶりを
覚えた。
しかし、それ
以上に
彼を
打ちのめしたのは、
父親が
自分に
下したありのままの
評価だった。
(わかってたことじゃないか………
僕が
期待されてないってことくらい。やっぱり
超えられない
壁なのかな。
僕と
兄さんの
間にある
圧倒的な
力の
差は………。そして
僕にはないものをすべて
持っている………)
三歳年上に
母親違いの
兄がいたが、
同じ
師に
指導を
仰いだ
剣術や
学問はもちろん、
人望においても
彼は
遠くおよばなかった。
将来領土を
背負って
立つだけの
統率力を
秘めた
器の
強靭さ。
勇気を
必要とする
決断にも
物怖じしない
度胸のよさ。
そして………
軽蔑されてしかるべき
腹違いの
弟にも、
分けへだてなく
接してくれる
大らかさ。
憧憬するべき
対象は、いつも
自分の
遥か
前を
歩いていた。
走っても
走っても
追いつかない。
二人の
距離は
永遠に
縮まらない。
どんなに
努力しても
兄のようにはなれないのだ。
(いっそのこと
妾腹の
子だって
見下して、
突き
放してくれればよかったのに。そうすれば
憎しみから
闘争心だって
湧いてきたかもしれない。
だけど、たたかう
前からかなわないって
思い
知らされるなんて、ちょっと、
残酷だ………)
ロジオンはそれ
以上考えまいとするように、ぎゅっと
硬く
目をつむった。