59.……俺、もうだめかもな……

文字数 2,676文字

「さてと、そろそろ終盤戦(しゅうばんせん)か?(おも)いがけない長期戦(ちょうきせん)になっちまったな。(おれ)相棒(あいぼう)(いま)ごろ教主(きょうしゅ)対面(たいめん)してるかもしれないぜ」


(わたし)のほかにも司教(しきょう)はいる。教主様(きょうしゅさま)にたどり()(まえ)に、とうに()()えているに(ちが)いない」


残念(ざんねん)だがそれはありえねえな。ロジオンにはとっておきの秘策(ひさく)があるんだ。絶対(ぜったい)やってくれると(おれ)(しん)じてる」


見苦(みぐる)しいくらいに暑苦(あつくる)しい友情(ゆうじょう)だな」


「──友情(ゆうしょう)?ま、そんなモンか」


(かる)口調(くちょう)()ってのけると、ラグシードは(かたわ)らの(むすめ)耳打(みみう)ちした。


「──いいか?(おれ)合図(あいず)したら、サルヴァルの野郎(やろう)にサラマンダーの魔法(まほう)をかけてくれ。とっておきの強力(きょうりょく)なやつ、(たの)むぜ!」


「なにか()()はあるの?下手(へた)するとあなたを()きこんでしまうかもしれないわ」


「なぁに()きぞえ覚悟(かくご)さ。手加減(てかげん)したら承知(しょうち)しないぜ?躊躇(ちゅうちょ)せず呪文(じゅもん)(とな)えてくれ。もし火傷(やけど)しても(おれ)には治癒呪文(ちゆじゅもん)がある!」


(かれ)魔法力(まほうりょく)などとうに消費(しょうひ)していることを、リームにはあえて(だま)っていた。


「……わかったわ」


ラグシードの真剣(しんけん)表情(ひょうじょう)気圧(けお)されて、危険(きけん)()けだと承知(しょうち)しながら彼女(かのじょ)(おも)わず同意(どうい)していた。


(おれ)(くさ)っても聖職者(せいしょくしゃ)のはしくれ。死者(ししゃ)をもてあそぶような(やから)(だん)じて(ゆる)せねえ」


力強(ちからづよ)(やり)をたずさえると、(くろ)(へび)(おとこ)()かって突進(とっしん)した──


「でえやあああぁああっ!!」


途中(とちゅう)、ちらりとリームに目配(めくば)せすると、(いま)がその(とき)だとさりげなく合図(あいず)した。


火焔(かえん)(あやつ)火蜥蜴(サラマンダー)よ!灼熱(しゃくねつ)(おのお)万事(ばんじ)()()がして!!』


溶岩(ようがん)のような高温(こうおん)火炎(かえん)二人(ふたり)(つつ)んだ。


意表(いひょう)()かれた魔法(まほう)攻撃(こうげき)に、サルヴァルが動揺(どうよう)したのを()てとると、ひりつくような火傷(やけど)(いた)みに()えながら、ラグシードは頭蓋骨(ずがいこつ)(ねら)いを(さだ)めて、(てき)(ひたい)(やり)穂先(ほさき)()きつけた。


「おまえにとっておきの()(ぎわ)用意(ようい)してやるよ!」


諸刃(もろは)十字架槍(クロスランス)薄闇(うすやみ)(なか)(あるじ)(こえ)反応(はんのう)して(にぶ)光輝(ひかりかがや)いた。


(あく)穿(うが)てぇぇええっ!!………(ダブル)エッジ・クロス!!!』


満身(まんしん)(ちから)()(しぼ)って(くろ)(へび)(のう)串刺(くしざ)しにすると、その銀色(ぎんいろ)穂先(ほさき)鮮血(せんけつ)()まる。


(すさ)まじい衝撃波(しょうげきは)とともに、サルヴァルの頭部(とうぶ)()()んだ。


致命的(ちめいてき)一撃(いちげき)()けて、司教(しきょう)身体(からだ)から無数(むすう)のドクロをかたどった()(きり)が、蝙蝠(こうもり)のように()ばたいて(ちゅう)にかき()えた。


死霊術師(ネクロマンサー)(おとこ)はあえなく絶命(ぜつめい)した。


それと同時(どうじ)にどさっという、なにかが落下(らっか)するような(おも)たい(おと)反響(はんきょう)した。


致命傷(ちめいしょう)()っていたのはサルヴァルだけではなく、ラグシードも同様(どうよう)だった。


諸刃(もろは)十字架槍(クロスランス)(てき)頭部(とうぶ)()()(さい)に、(かれ)脇腹(わきばら)(にく)をもえぐり()っていたのだ。


まさに名前(なまえ)由来通(ゆらいどお)りの皮肉(ひにく)結末(けつまつ)()()したのだ。


それに(くわ)えて(てき)もろとも()らった火傷(やけど)重症(じゅうしょう)だった。


深手(ふかで)()っていつもはお気楽(きらく)(かれ)も、神妙(しんみょう)(かお)(いき)()()えにつぶやいた。


「……(おれ)、もうだめかもな……」


すかさず(たお)れているラグシードに(はし)()ってきたリームが、(かれ)傷口(きずぐち)()()たりにして、その損傷(そんしょう)(おお)きさに絶望(ぜつぼう)したように(かお)をゆがめた。


彼女(かのじょ)(おも)わずこみあげてきたやり()のない感情(かんじょう)ゆえに、(かれ)(はげ)しくなじっていた。


「ばかっ!あれほど無茶(むちゃ)しないでって()ったのにっ!?」


「……ははッ……。さっきはとっさに(うそ)ついちまったが……ほんとはもう魔法力(まほうりょく)もゼロだし、霊草(れいそう)(そこ)をつきた……とうとう(かみ)にも愛想(あいそう)つかされちまったみたいだな」


「………ラグシードッ!?」


無理(むり)もねえ、いつか(おれ)はこうなる運命(うんめい)だったんだ……(おも)ったより(わる)気分(きぶん)じゃないぜ。(おんな)かばって()ねるんだからよ……」


「なに気弱(きよわ)なこと()ってるのよっ!霊草(れいそう)なら(わたし)()ってるわ。(いま)すぐ(くち)()れてっ!!」


必死(ひっし)(ふくろ)中身(なかみ)(さぐ)ろうとするリームを()(とど)めるように、ラグシードは弱気(よわき)発言(はつげん)をこぼした。


「……無理(むり)さ。もう……()みこむ気力(きりょく)(のこ)ってないんだ……」


(かれ)(こい)しいエルフの(むすめ)()つめると、(ちから)なく微笑(ほほえ)んだ。


「じゃあ意地(いじ)でも()ませてあげるわよ」


ふて(くさ)れたようにそうつぶやくと、彼女(かのじょ)()(けっ)したように霊草(れいそう)(くち)にふくんだ。


(けわ)しい表情(ひょうじょう)のまま(こま)かく()(くだ)き、ラグシードの(くちびる)にそっと自分(じぶん)(くちびる)()しあてた。


「!?」


ラグシードが(すこ)(おどろ)いたように瞳孔(どうこう)()ひらいた。



まさに(くち)うつしで(かれ)口内(こうない)に、ゆっくりと霊草(れいそう)(なが)しこむ。


行為(こうい)()わるとすぐに()(はな)し、何事(なにごと)もなかったような(すず)しい(かお)でリームが()った。


()()(あらわ)れるまで時間(じかん)がかかるわ。ロジオン(くん)たちのことが()になるけど、もうしばらくこの()でじっとしてましょう」


心底驚(しんそこおどろ)いたといった表情(ひょうじょう)で、ラグシードが(ゆめ)うつつといったようすでつぶやいた。


(おれ)(べつ)意味(いみ)元気出(げんきで)そう……」


「……バカ」

        ☆

「──ロジオンさん!よかった。(きゅう)姿(すがた)()えなくなったから心配(しんぱい)してたんですよ?」


大聖堂(だいせいどう)合流(ごうりゅう)()たしたグランシアは、安堵(あんど)したように微笑(ほほえ)むと(あゆ)みを(はや)めて(かれ)()()った。


(きみ)無事(ぶじ)でよかった」


ロジオンはそう()って(おだ)やかに微笑(びしょう)(かえ)した。


「えっと、セルフィンは(きみ)一緒(いっしょ)じゃなかったの?」


(かれ)修道女(しゅうどうじょ)とともに所在(しょざい)がわからなくなっていた、白金(しろがね)使(つか)()行方(ゆくえ)をたずねた。


「それが……。ロジオンさんが()えてしまったあと、(きゅう)にどこかへ()()して……。()いつけなくてはぐれてしまったんです」


「そうか……」


「あの、すみません……」


「いいよ、()にしないで……」


しばらくロジオンは沈黙(ちんもく)して、なにごとかに思考(しこう)をめぐらせていた。


グランシアはというと、どこか()()かないようすで周囲(しゅうい)見回(みまわ)していた。


そして、なんとはなしに祭壇(さいだん)までおもむくと、ふと視界(しかい)(はい)った書物(しょもつ)()(うば)われ()ちすくんだ。


「これは……(つみ)教典(きょうてん)!」


祭壇(さいだん)には人目(ひとめ)()黒革(くろかわ)(ほん)がひときわ異彩(いさい)(はな)ち、なかば(ひら)かれた状態(じょうたい)()()りにされていた。


「その(ほん)がどうかしたの?」


(いもうと)から()いたんですけど……。教主(きょうしゅ)にとって第二(だいに)心臓(しんぞう)ともなりうる大切(たいせつ)(しょ)のはず。それがなぜこのように()()てられているのでしょうか?不吉(ふきつ)予感(よかん)がしますわ……」


(おび)えたように(ふる)えているグランシアの緊張(きんちょう)()くために、そっと(かた)()()くとロジオンは(みずか)らも不安(ふあん)胸中(きょうちゅう)()()けた。


「あなたの()(とお)り、(わる)(きざ)しにならなければいいのですが。正直(しょうじき)(ぼく)()てが(はず)れて困惑(こんわく)しています。教団(きょうだん)標的(ひょうてき)はフォルトナの末裔(まつえい)……この(ぼく)です」


ロジオンのその告白(こくはく)に、修道女(しゅうどうじょ)(しん)じられないような面持(おもも)ちで(かれ)(かお)()つめた。


生贄(いけにえ)にささげるため、(かなら)(いのち)(ねら)ってくると確信(かくしん)していたのに、大聖堂(だいせいどう)はもぬけの(から)でした。なんらかの事情(じじょう)教主(きょうしゅ)雲隠(くもがく)れしたとしても、なぜ教典(きょうてん)()いていく必要(ひつよう)があるんでしょう?」


「フォルトナの末裔(まつえい)……!そうですか。あなたが……。だとすると、あなたは()らぬうちに、宗派間(しゅうはかん)陰謀(いんぼう)()きこまれている可能性(かのうせい)があります」



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