「なんていう
名の
乙女だっけ?
言いづらくて
忘れちまった」
物思いにふけっていたロジオンは、とうとつにラグシードからそう
問いかけられて
少々困惑した。
「………また
忘れたのかい?いったい
何度言わせるんだよ。もういいかげんくり
返すのもうんざりしてきたよ」
相棒のイヤそうな
表情を
見て、
彼はほくそ
笑んだ。
時には
人をからかうのがなによりのご
馳走なのだ。
ラグシードにはそういう
手に
負えない
部分がある。
「はは、まあその、つまり………あれだ。
運命の
女性みたいなもんだよな」
「…………………」
「その
乙女に
出逢い
契約を
交わさなければ、
一族に
伝わる
秘儀呪文
『フォルトナの魔法円』は
完成しない。
おまえの
曽じいさんは
手記にそう
残してるんだろ?」
ラグシードは
琥珀色に
輝く
双眸をいたずらっ
気たっぷりに
瞬かせ、
行く
手に
見えてきた
大広場をぐるりと
見わたした。
ここ
広場の
中央には、アトゥーアンの
象徴である
太陽の
女神の
噴水があった。
そしてその
正面に、
街一番の
大聖堂が
鎮座していた。
「うっわ………。まさしく
芸術の
結晶だなぁ………
女神信仰が
盛んな
都市だけある」
思わずロジオンをうならせた
大聖堂は、
荘厳なステンドグラスも
圧巻だが………。
精緻な
彫刻がほどこされた
二つの
尖塔があり、シンメトリーの
美しさを
見る
者にうったえかけていた。
「
寄り
道してみたいけど、ラグは
気乗りしないよね?」
「
見たいんならおまえ
一人で
見学すれば?
俺はその
辺のカフェで、すてきなお
嬢さんと
親密な
時間をすごして
待ってるからさ」
「ハァ………
君の
教会ぎらいは
相変わらずだな」
「それよりいいかげんに
教えてくれよ。なんていう
呼び
名だっけ?おまえの
運命の
乙女は………」
「その
言い
方、
恥ずかしいからやめてくれ。それにこの
本はただの
手記じゃない。フォルトナ
一族の
叡智が
集約された
『フォーチュン・タブレット』の写本。
立派な
魔法書さ」
ロジオンは
袋から、いかにも
古びた
一冊の
本を
取り
出してみせた。
「
僕の
遠い
祖先でもあるフォルトナは、
人間の
娘と
一生を
添いとげる
代償に、
自らの
力を
魔法石に
封印した。その
秘術の
一部を
書き
写したとされるのが、この
魔法書なんだ」
「ふ~ん。なんど
聞いてもたいそうな
代物だってことはわかるんだが………。それにしては
運命の
乙女探しがはかどらないのはどういうことだ?」
「それが
僕にとっても
最大の
悩みの
種だよ。いわゆる
魔法の
知識であれば、たいていのことは
網羅されてるんだけど………」
ロジオンは
深いため
息をつきながら
言葉をつづけた。
「………かんじんの
『エレプシアの乙女』に
関しては、シンプルな
条件だけでくわしい
内容が
記されていないんだ」
「そうそう!『エレプシアの
乙女』だ!
発音するとき
舌かみそうになるんだよな。だけど
乙女の
条件だけはしっかり
記憶してるぜ。
【その者、汝と相思相愛の仲であること】
くぅ~、いいよなぁ~。おまえはつくづくドラマチックな
運命に
恵まれやがって」
この
野郎というようにこづいてくるひじを
迷惑そうに
避けながら、ロジオンは
眉根を
寄せると
困惑したように
口を
開いた。
「それだけじゃないよ。
【眠れる扉の呪縛を破りし封印を解き放つ乙女】
と
文章は
続くんだ」
「
眠れる
扉ねぇ……。なんだか
暗号みたいで
理解不能だな」
「いずれにせよ
乙女を
探しだして
契約の
儀式に
成功しても、
念願どおり
呪文が
完成するかは
疑問だよ。
膨大な
文献を
調べても、たよりになる
知識の
痕跡すら
残ってないし。どうすればいいんだろ………」
「とりあえず
一人前の
魔法使いになりたかったら、さっさと
恋人作れってことだよな?」
「………そう
簡単に
言ってくれちゃってるけどさ」
思わず
視線を
落としてうなだれた
相棒の
肩に
腕を
回すと、ラグシードは
自信をもてとばかりに
背中をはり
飛ばした。
「
俺だったらこの
街で、いくらでも
見つけられるけどな」
「へ?」
「おまえの
目は
節穴か?よく
見ろよ、
洗練されたいい
女がいっぱいいるぜ。
最近、
旅の
道中しけた
田舎町ばかりでほとほとうんざりしてたんだよな。これで
泥くさい
田舎娘とはおさらばだ。
久々に心が
躍るなぁ~」
ラグシードの
欲望にまみれた
発言に、ロジオンはうんざりしたように
深い
深いため
息をついた。