5.フォルトナの契約と運命の乙女

文字数 1,685文字




「なんていう()乙女(おとめ)だっけ?()いづらくて(わす)れちまった」


物思(ものおも)いにふけっていたロジオンは、とうとつにラグシードからそう()いかけられて少々(しょうしょう)困惑(こんわく)した。


「………また(わす)れたのかい?いったい何度(なんど)()わせるんだよ。もういいかげんくり(かえ)すのもうんざりしてきたよ」


相棒(あいぼう)のイヤそうな表情(ひょうじょう)()て、(かれ)はほくそ()んだ。(とき)には(ひと)をからかうのがなによりのご馳走(ちそう)なのだ。


ラグシードにはそういう()()えない部分(ぶぶん)がある。


「はは、まあその、つまり………あれだ。運命(うんめい)女性(じょせい)みたいなもんだよな」


「…………………」


「その乙女(おとめ)出逢(であ)契約(けいやく)()わさなければ、一族(いちぞく)(つた)わる秘儀呪文(ひぎじゅもん)

『フォルトナの魔法円(まほうえん)完成(かんせい)しない。
おまえの(ひい)じいさんは手記(しゅき)にそう(のこ)してるんだろ?」


ラグシードは琥珀色(こはくいろ)(かがや)双眸(そうぼう)をいたずらっ()たっぷりに(またた)かせ、()()()えてきた大広場(おおひろば)をぐるりと()わたした。


ここ広場(ひろば)中央(ちゅうおう)には、アトゥーアンの象徴(しょうちょう)である太陽(たいよう)女神(めがみ)噴水(ふんすい)があった。


そしてその正面(しょうめん)に、街一番(まちいちばん)大聖堂(だいせいどう)鎮座(ちんざ)していた。


「うっわ………。まさしく芸術(げいじゅつ)結晶(けっしょう)だなぁ………女神信仰(めがみしんこう)(さか)んな都市(とし)だけある」


(おも)わずロジオンをうならせた大聖堂(だいせいどう)は、荘厳(そうごん)なステンドグラスも圧巻(あっかん)だが………。


精緻(せいち)彫刻(ちょうこく)がほどこされた(ふた)つの尖塔(せんとう)があり、シンメトリーの(うつく)しさを()(もの)にうったえかけていた。


()(みち)してみたいけど、ラグは気乗(きの)りしないよね?」


()たいんならおまえ一人(ひとり)見学(けんがく)すれば?(おれ)はその(へん)のカフェで、すてきなお(じょう)さんと親密(しんみつ)時間(じかん)をすごして()ってるからさ」


「ハァ………(きみ)教会(きょうかい)ぎらいは相変(あいか)わらずだな」


「それよりいいかげんに(おし)えてくれよ。なんていう()()だっけ?おまえの運命(うんめい)乙女(おとめ)は………」


「その()(かた)()ずかしいからやめてくれ。それにこの(ほん)はただの手記(しゅき)じゃない。フォルトナ一族(いちぞく)叡智(えいち)集約(しゅうやく)された『フォーチュン・タブレット』の写本(しゃほん)立派(りっぱ)魔法書(まほうしょ)さ」


ロジオンは(ふくろ)から、いかにも(ふる)びた一冊(いっさつ)(ほん)()()してみせた。


(ぼく)(とお)祖先(そせん)でもあるフォルトナは、人間(にんげん)(むすめ)一生(いっしょう)()いとげる代償(だいしょう)に、(みずか)らの(ちから)魔法石(まほうせき)封印(ふういん)した。その秘術(ひじゅつ)一部(いちぶ)()(うつ)したとされるのが、この魔法書(まほうしょ)なんだ」


「ふ~ん。なんど()いてもたいそうな代物(しろもの)だってことはわかるんだが………。それにしては運命(うんめい)乙女探(おとめさが)しがはかどらないのはどういうことだ?」


「それが(ぼく)にとっても最大(さいだい)(なや)みの(たね)だよ。いわゆる魔法(まほう)知識(ちしき)であれば、たいていのことは網羅(もうら)されてるんだけど………」


ロジオンは(ふか)いため(いき)をつきながら言葉(ことば)をつづけた。


「………かんじんの『エレプシアの乙女(おとめ)(かん)しては、シンプルな条件(じょうけん)だけでくわしい内容(ないよう)(しる)されていないんだ」


「そうそう!『エレプシアの乙女(おとめ)』だ!発音(はつおん)するとき(した)かみそうになるんだよな。だけど乙女(おとめ)条件(じょうけん)だけはしっかり記憶(きおく)してるぜ。


【その(もの)(なんじ)相思相愛(そうしそうあい)(なか)であること】


くぅ~、いいよなぁ~。おまえはつくづくドラマチックな運命(うんめい)(めぐ)まれやがって」


この野郎(やろう)というようにこづいてくるひじを迷惑(めいわく)そうに()けながら、ロジオンは眉根(まゆね)()せると困惑(こんわく)したように(くち)(ひら)いた。


「それだけじゃないよ。
(ねむ)れる(とびら)呪縛(じゅばく)(やぶ)りし封印(ふういん)()(はな)乙女(おとめ)
文章(ぶんしょう)(つづ)くんだ」


(ねむ)れる(とびら)ねぇ……。なんだか暗号(あんごう)みたいで理解不能(りかいふのう)だな」


「いずれにせよ乙女(おとめ)(さが)しだして契約(けいやく)儀式(ぎしき)成功(せいこう)しても、念願(ねんがん)どおり呪文(じゅもん)完成(かんせい)するかは疑問(ぎもん)だよ。膨大(ぼうだい)文献(ぶんけい)調(しら)べても、たよりになる知識(ちしき)痕跡(こんせき)すら(のこ)ってないし。どうすればいいんだろ………」


「とりあえず一人前(いちにんまえ)魔法使(まほうつか)いになりたかったら、さっさと恋人作(こいびとつく)れってことだよな?」


「………そう簡単(かんたん)()ってくれちゃってるけどさ」


(おも)わず視線(しせん)()としてうなだれた相棒(あいぼう)(かた)(うで)(まわ)すと、ラグシードは自信(じしん)をもてとばかりに背中(せなか)をはり()ばした。


(おれ)だったらこの(まち)で、いくらでも()つけられるけどな」


「へ?」


「おまえの()節穴(ふしあな)か?よく()ろよ、洗練(せんれん)されたいい(おんな)がいっぱいいるぜ。最近(さいきん)(たび)道中(どうちゅう)しけた田舎町(いなかまち)ばかりでほとほとうんざりしてたんだよな。これで(どろ)くさい田舎娘(いなかむすめ)とはおさらばだ。久々(ひさびさ)に心が(おど)るなぁ~」


ラグシードの欲望(よくぼう)にまみれた発言(はつげん)に、ロジオンはうんざりしたように(ふか)(ふか)いため(いき)をついた。



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