15.不穏なうわさ

文字数 1,643文字




(ちっくしょ、(だれ)(おれ)のうわさしてやがるな………)


ラグシードは(はな)をすすりながら、(とお)りを()()(ひと)()れをながめた。


(それにしても、ずいぶん(とお)くへ()たもんだ………)


最果(さいは)ての()揶揄(やゆ)されることすらある山奥(やまおく)小国(しょうこく)(なつ)かしの故郷(こきょう)デルスブルクを出奔(しゅっぽん)して早幾年(はやいくとせ)


牧歌的(ぼっかてき)光景(こうけい)(ひろ)がる故郷(こきょう)とはうって()わり、目の(まえ)(ひら)けているのは運河(うんが)がはりめぐらされた水上都市(すいじょうとし)


古来(こらい)より交易(こうえき)(さか)え、(ひと)物流(ぶつりゅう)交差(こうさ)しあう。ウィンディア大陸(たいりく)でも屈指(くっし)商業都市(しょうぎょうとし)アトゥーアン。


(ほんと、故郷(こきょう)とは雲泥(うんでい)()だな………(まち)(ひと)も………)


ラグシードは十六歳(じゅうろくさい)(とき)単身故郷(たんしんこきょう)()()し、以降(いこう)各地(かくち)転々(てんてん)とさすらった。


因果(いんが)かはたまた運命(うんめい)(みちび)きなのか──


(ひさ)しぶりに実家(じっか)()()ったおり、腕利(うでき)きの若者(わかもの)(さが)していたとかで、運悪(うんわる)くたまたま居合(いあ)わせていた(しろ)使者(ししゃ)(つか)まった。


それが(えん)で、領主(りょうしゅ)息子(むすこ)護衛(ごえい)()しつけられたのだ。


放蕩息子(ほうとうむすこ)()(すえ)(あん)じていた両親(りょうしん)大喜(おおよろこ)びしたが、(かれ)胸中(きょうちゅう)複雑(ふくざつ)だった。


一匹狼(いっぴきおおかみ)(しょう)()っているこの(おれ)が、なぜ貴族(きぞく)(ぼっ)ちゃんにつきあわされなきゃなんないんだと。


破格(はかく)報酬目当(ほうしゅうめあ)てでしぶしぶ()()けたものの、当初(とうしょ)()()ではなかった。


問題(もんだい)領主(りょうしゅ)息子(むすこ)が、想像(そうぞう)していた以上(いじょう)()のいい(やつ)で、その華奢(きゃしゃ)両肩(りょうかた)(おも)宿命(しゅくめい)背負(せお)わされていると()づくまでは。


中央広場(ちゅうおうひろば)見渡(みわた)せるカフェのオープン(せき)で、(かれ)はぼんやりと物思(ものおも)いにふけっていた。


(こおり)(はい)ったグラスを(かたむ)けながら、美女(びじょ)横切(よこぎ)るときだけ無意識(むいしき)()()って、あとは雑踏(ざっとう)(おと)人々(ひとびと)会話(かいわ)()をゆだねていた。


最近(さいきん)、この(まち)もなにかと物騒(ぶっそう)ですわね」


ふと(とな)りのテーブルに(すわ)っている、中年(ちゅうねん)(おんな)たちの会話(かいわ)(みみ)()びこんできた。


東街(ひがしまち)でまた殺人事件(さつじんじけん)()きたとか……!」


「まだ二十歳(はたち)にも()たない青年(せいねん)ですってね。なんでもいい(ところ)のお(ぼっ)ちゃんだったらしいわよ」


(わか)いのにお()(どく)に。やっぱり金銭目的(きんせんもくてき)だったのかしら」


痴情(ちじょう)のもつれじゃあありませんの?」


「やだわ、あなたったら下世話(げせわ)なんだから」


わきあがる嬌声(きょうせい)


なおも彼女(かのじょ)たちの会話(かいわ)(つづ)き、脈絡(みゃくらく)なく(つぎ)話題(わだい)(うつ)ってゆく。


否応(いやおう)なく(みみ)(はい)ってくる中年女(ちゅうねんおんな)たちのお(しゃべ)りにうんざりしつつ、同時(どうじ)(かれ)(みょう)胸騒(むなさわ)ぎを(かん)じずにはいられなかった。


(あいつに間違(まちが)われて(ころ)された………そんなわけないよな)

        ☆

広大(こうだい)屋敷(やしき)回廊(かいろう)を、ロジオンはアナベルと(なら)んで(ある)いていた。


「これからあなたの部屋(へや)()かうんだけど、せっかくだから屋敷(やしき)(なか)案内(あんない)したいの。お姉様(ねえさま)はロジオンたちを歓迎(かんげい)する(うたげ)準備(じゅんび)とかで(いそが)しいみたい。(もう)(わけ)ないけど、挨拶(あいさつ)はのちほど(あらた)めてって()ってたわ」


「なんだか()をつかわせてしまって、こっちのほうが(もう)(わけ)ないよ」


「ロジオンは恩人(おんじん)だし大切(たいせつ)なお客様(きゃくさま)よ。手厚(てあつ)くもてなさないと()()(はじ)をかくわ」


(それに素敵(すてき)男性(だんせい)(まえ)にして、好意的(こういてき)にふるまえないほどあたしも奥手(おくて)じゃないもの)


アナベルは胸中(きょうちゅう)(ひそ)かにつぶやいた。


ともあれお世辞(せじ)()きにしても、(かれ)ほどの美少年(びしょうねん)にたやすく遭遇(そうぐう)できるものではない。


その(てん)では護衛(ごえい)のラグシードも、精悍(せいかん)さの(なか)独特(どくとく)色香(いろか)をただよわせる美青年(びせいねん)なのだが。なんとなく彼女(かのじょ)趣味(しゅみ)ではないため興味(きょうみ)範疇(はんちゅう)にはいない。


(それにどう()たって美少年(びしょうねん)なのに、あんまり自覚(じかく)がなさそうなところもいいのよね)


アナベルは美貌(びぼう)(はな)にかけるような(おとこ)苦手(にがて)だった。


そういう種類(しゅるい)美男子(びだんし)であれば、(みやこ)ではざらにお()にかかれる。


ロジオンのようなタイプはどちらかというと稀有(けう)であり、いずにしろ(こい)()える乙女(おとめ)狩猟本能(しゅりょうほんのう)刺激(しげき)することにまちがいはなかった。


(それにしても………。これだけの逸材(いつざい)なのに、どこか自信(じしん)がなさそうな(かん)じがするのはなぜかしら?(おな)美形(びけい)でもラグシードなんて態度(たいど)()さないだけで、(ひとみ)(おく)があからさまにギラギラしてるっていうのに)


まじまじと(かたわ)らの少年(しょうねん)()つめると、アナベルは(かた)からそっとため(いき)をついた。


そもそもまだ出逢(であ)ったばかりで、ロジオンのことをなにも()らないのだ。


これから(すこ)しずつ距離(きょり)(ちぢ)めていけばいい。



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