46.封印されし恋心よ眠れ

文字数 1,923文字




「……やっぱり、まだ(いた)い?」


(かた)をすくめてアナベルはそうたずねると、視線(しせん)()とし右腕(みぎうで)包帯(ほうたい)にそっとふれた。


(こころ)(そこ)から心配(しんぱい)しているような声音(こわね)だった。


包帯(ほうたい)にふれた(ゆび)から彼女(かのじょ)(おも)いがじんわり(つた)わってきて、ロジオンは(むね)()たれた。


からだの(おく)から(いと)おしさがこみあげてくる。


「いや、もう(いた)みはほとんどないよ。アナベルが一生懸命(いっしょうけんめい)看病(かんびょう)してくれたおかげかな」


()れくさそうにロジオンは感謝(かんしゃ)言葉(ことば)(くち)にした。


「……よかった」


(こころ)からの称賛(しょうさん)言葉(ことば)をもらって、彼女(かのじょ)ははにかんだような笑顔(えがお)()かべた。


「この(ぶん)なら、明日(あした)にはすっかり()くなってると(おも)うよ」


平気(へいき)なことを証明(しょうめい)してみせるために、右腕(みぎうで)()げたり()ばしたりして(うご)かしてみせる。


すると、ふいにアナベルは真顔(まがお)になり、懇願(こんがん)するようにロジオンの(ひとみ)()つめた。


「あたしもついて()っちゃだめ?『エレプシアの乙女(おとめ)』の契約(けいやく)()わしましょう。(いま)からでも(おそ)くはないわ。そうすればあなたの(ちから)になれる……!」


二人(ふたり)視線(しせん)一瞬(いっしゅん)、からみ()うように交錯(こうさく)した。


少女(しょうじょ)のひたむきなまでにまっすぐな(おも)いにふれて、ロジオンは無条件(むじょうけん)(こころ)()さぶられずにはいられなかった。


(……アナベルは、(ぼく)(こころ)(いた)みを(すこ)しでも(やわ)らげるために、(みずか)危険(きけん)()びこむことも承知(しょうち)で、(ぼく)()りそってくれようとしている……!)


つかの()(ふか)感動(かんどう)から(かれ)()いようのない幸福感(こうふくかん)()たされた。


だが、こみあげてくる(おも)いをわざと遮断(しゃだん)するかのように、少年(しょうねん)はきつく両目(りょうめ)をつぶると(くちびる)をぎゅっと()きしめた。


(いつまでも(きみ)のそばにいたい……!でも、だからこそ……(きみ)危険(きけん)にさらすわけにはいかないんだ。(きみ)(ぼく)大切(たいせつ)(ひと)だから……)


(あい)する(ひと)とともに(あゆ)みたい。


そんな切実(せつじつ)(おも)いをふりきってでも、(まも)りたいものがある……!


少年(しょうねん)奥底(おくそこ)(ねむ)欲望(よくぼう)()しのけるようにして、()(まえ)()()りてきた幸運(こううん)(とお)ざけた。

        ☆

(むかし)からロジオンは大切(たいせつ)なものほど、宝箱(たからばこ)にそっとしまっておくくせがあった。


ときどき(おも)()したように(ふた)()けて、(いと)しそうにながめることはあっても、それだけで満足(まんぞく)してふたたび戸棚(とだな)奥深(おくふか)くに(かく)してしまう。


(かれ)にとって大切(たいせつ)なものとはすべて、繊細(せんさい)硝子(ガラス)細工(ざいく)のようなものでできているのかもしれない。


その(はかな)さゆえに、宝物(たからもの)(きず)つけることを極端(きょくたん)におそれ。


(みずか)破壊(はかい)する危険(きけん)をおかしてまでふれようとはせず、臆病(おくびょう)少年(しょうねん)はただ愚直(ぐちょく)なまでに大切(たいせつ)大切(たいせつ)にしまっておくのだ。


およそ恋愛(れんあい)というものに不器用(ぶきよう)(かれ)選択肢(せんたくし)はいつだって(ひと)つだけ。


(あい)する(もの)ほど自分(じぶん)から(とお)ざけてふれないようにするのだ。


そして自分(じぶん)(こころ)にあえて(ふた)をし、厳重(げんじゅう)(かぎ)をかけて()じこめてしまうのだ。

        ☆

「ありがとう……。その気持(きも)ちだけで(ぼく)には充分(じゅうぶん)すぎるくらいだよ」


それまで不安(ふあん)でうつむいていたアナベルは、その言葉(ことば)(みみ)にして(はじ)かれたように(かお)をあげた。


ロジオンを()つめる(ひとみ)が、期待(きたい)()れたように(ひか)っている。


「あなたのそばにいさせて……」


自然(しぜん)呼吸(こきゅう)をするように、彼女(かのじょ)がそっとささやいた。


(うつく)しいものに()れると、いつもぎこちなくなってしまう。ロジオンはたどたどしくアナベルの()(ゆび)をからませた。


(ぼく)のこと(わす)れないで……でも、(きみ)のためだ。(わす)れてくれ……」


少年(しょうねん)真摯(しんし)なまなざしで少女(しょうじょ)()つめると、小声(こごえ)何事(なにごと)かをささやいた。


刹那(せつな)(ひら)いた(まど)から()きつける(かぜ)(おと)が、無常(むじょう)にもすべての言葉(ことば)をかき()していった。


きっと、彼女(かのじょ)記憶(きおく)残滓(ざんし)にも(のこ)らないだろう。


しかし()げるべきことは()げたのだ。
たとえその(みみ)(とど)かなかったとしても……。


これから自分(じぶん)がしようとすることを(かんが)えるだけで、(かれ)ははり()けそうなほど(むね)(いた)んだ。


(ぼく)(きみ)にしてやれることは、これしかない……!理解(りかい)してくれ、アナベル。ただ(きみ)(まも)りたい。それだけが(ぼく)の……)


ロジオンは()(けっ)したように(ひとみ)をつぶると、アナベルの(おも)いを()()りにしたまま、(いま)(わす)()られつつある古代(こだい)秘法(ひほう)を、一語(いちご)ももらさずに(おも)()こした。


「……ロジオン?」


不安(ふあん)そうに()つめる少女(しょうじょ)(ひとみ)を、(かれ)はもう一度(いちど)まぶたに()きつけるように()つめ(かえ)した。


『……エンシェント・ルーン第六篇(だいろくへん)忘却(ぼうきゃく)魔法円(まほうえん)


まるで(おごそ)かな儀式(ぎしき)のように、いにしえの呪文(じゅもん)(かれ)(くち)ずさんだ。


永久(とわ)記憶(きおく)()()こさぬように、(なんじ)(のぞ)(もの)(こころ)忘却(ぼうきゃく)彼方(かなた)にいざない封印(ふういん)する。その(とびら)奇跡(きせき)あらぬかぎり永劫(えいごう)(ひら)くことはない 】


「………………………」


(とな)()わったとたん、アナベルの()から急速(きゅうそく)情熱(じょうねつ)(いろ)()せてゆくのがわかった。


()()りそうなほどせつない表情(ひょうじょう)で、その姿(すがた)見守(みまも)っていたロジオンは、彼女(かのじょ)(ほお)()れると、最後(さいご)()()かせるようにこう()げた。


「これで必要以上(ひつよういじょう)(ぼく)記憶(きおく)はすべて()くなる。(ぼく)のことは(わす)れるんだ……いいね?」





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