「
愛している」と
叫びながら
人を
殺めることができる
人間と、
「
死ね」と
囁きながら
人を
生かすことができる
人間──
果たしてどちらがより
幸福なのだろう?
フォルトナの
恩恵を
受けたというその
男は、
彼が
喉から
手が
出るほど
欲している
能力を、
平然とぶらさげて
目の
前に
現れた。
ぱっと
見は
風が
吹けば
飛びそうな
優男で、
自分とは
毛筋ほども
似通っている
部分は
見受けられなかった。
こんな
奴が
破壊をつかさどる
器にふさわしいとは、とうてい
理解しがたかった。
にもかかわらずその
男は、
『フォーチュン・タブレット』の
魔法書を
駆使して……。
当たり
前のように、それこそ
呼吸でもするかのように
攻撃の
魔法円を
具現化してみせた。
それがどれだけ
彼の
神経を
逆なでしたかは、
想像に
難くない。
なぜならば
彼もまた──
神の
血脈流れし
『フォルトナの末裔』でありながら、いっさいの
攻撃魔法をつかうことができなかったからだ。
☆
生まれてきてよかった。
などと
思ったことは
一度もない。
今でこそ
『黒き大蛇ネペンテス』の
司教という
不屈の
地位についている
彼だったが、
組織になじむまではそれなりの
歳月を
要した。
魔法の
民フォルトナ
一族秘蔵の
魔法書である
『フォーチュン・タブレット』。
その
写本にくっついてきた
付属物。
──および
神に
見放されたあわれな
孤児。
ムスタイン=オーギュストに
対する『
黒い
蛇』の
認識は、
当初その
程度のものでしかなかった。
ただでさえ
血がつながっているというだけの
男のせいで、
『罪人の烙印』である
逆五芒星を
額に
刻みつけられ、
凍てつく
星の
下に
生まれついたのだ。
いわゆる
呪われた
血の
弊害で、ムスタインは
攻撃魔法をつかうことができない。
歳月を
経て
成長した
今ですら、その
事実は
変わらない。
一流の
魔法師範のもとで
血のにじむような
修練を
積んでも、
破壊の
力をその
身にまとうことはついぞなかった。
彼のあつかいに
困った
魔法師範は、
組織の
上層部に
直訴した。
これほどに
使い
道がないのなら、いっそのこと
供物として
大邪神に
献上してはいかがなものかと。
幼いころからさまざまな
殺気に
囲まれて
育ったムスタインは、
空気の
変化には
敏感だった。
その
日も
自分をとりまく
大人たちの
不穏な
気配を
察して、なにげなく
師範の
尾行をし、
部屋の
外から
壁に
耳をつけて
立ち
聞きしていたのだが……。
まさかの
会談の
内容に、さすがのムスタインにも
戦慄が
走った。
黒曜石の
祭壇に
両手足を
楔で
打ちこまれ、
生きたまま
心臓を
抜きとられる──
それは
想像を
絶する
苦しみだった。
生贄にされた
者たちの
断末魔の
叫びを
耳にして、
幼い
少年が
恐ろしさに
立ちすくんだことは
一度や
二度ではない。
もはや
生への
執着もなく
死ぬことへの
未練もなかったが。
死の
間際まで、
拷問のような
責め
苦を
味わわされるのを、
家畜のように
大人しく
待っていられるほど
臆病者でもなかった。
夜が
訪れるのを
待って、
組織から
脱走を
企てたムスタインは、
追手から
逃れるために
懸命に
駆けた。
だが、たとえ
俊足であっても
子供の
脚ではたかが
知れている。
激しい
逃走の
末、
追手に
捕まる
寸前──
彼が
危険を
察知したその
瞬間、ある
異変が
起こった。
(──
捕まるっ!)
思わず
観念して、まぶたをギュッと
閉ざした
瞬間。
ふっとそれまで
自分を
包んでいた
気配がまるごと
変わったような
気がして、
少年はおそるおそる
慎重に
目を
開いた。
するとそこには──
それまで
走っていた
景色とは
異なる、まったく
別の
風景が
広がっていたのだ──
「──もしかして、
『空間移動』しちまったのか──?
俺は……」
地面にへたりこんだまま、
茫然とつぶやく。
彼が
知識として
記憶に
放りこんでいたのは、
操れる
者が
極端に
限定される
稀有な
魔法だということ。
追いつめられて
初めて、
己に
秘められた
魔法の
真価を
発動することができたのだ。
しかし、かすかに
希望の
灯がともったのもつかの
間。
組織から
放たれた
大量の
追手を
前になすすべもなく、ムスタインはあっけなく
捕まってしまったのだ。
逃亡を
目論んだ
罰として、なぶり
殺しのような
折檻を
受けたあと
牢獄に
放りこまれた。
まだ
幼い
彼のからだは、ぼろ
布のように
石の
床に
転がっていた。
このままでは
生贄にされる
前に
衰弱して
死んでしまう……
ということがなんとなく
彼にはわかりかけていたが、もうどうにもならなかったしどうすることもできなかった。
ようやく
覚えた
空間移動の
魔法で
逃げだすことも
考えたが、それをつかうだけの
魔法力はとうに
残されてはいなかった。
(……
運に
見放された……か……。
俺も……もう
潮時なのか……な……)
全身を
襲う
強烈な
痛みのなか、
意識が
混濁し
遠のいていくのがわかった。
傷だらけの
少年は
朦朧とした
頭の
片隅で、
自らの
命も
消えゆく
宿命にゆだねようとしていた。