3.凍てつく星の下

文字数 1,906文字




(あい)している」と(さけ)びながら(ひと)(あや)めることができる人間(にんげん)と、


()ね」と(ささや)きながら(ひと)()かすことができる人間(にんげん)──


()たしてどちらがより幸福(こうふく)なのだろう?


フォルトナの恩恵(おんけい)()けたというその(おとこ)は、(かれ)(のど)から()()るほど(ほっ)している能力(のうりょく)を、平然(へいぜん)とぶらさげて()(まえ)(あらわ)れた。


ぱっと()(かぜ)()けば()びそうな優男(やさおとこ)で、自分(じぶん)とは毛筋(けすじ)ほども似通(にかよ)っている部分(ぶぶん)見受(みう)けられなかった。


こんな(やつ)破壊(はかい)をつかさどる(うつわ)にふさわしいとは、とうてい理解(りかい)しがたかった。


にもかかわらずその(おとこ)は、『フォーチュン・タブレット』魔法書(まほうしょ)駆使(くし)して……。


()たり(まえ)のように、それこそ呼吸(こきゅう)でもするかのように攻撃(こうげき)魔法円(まほうえん)具現化(ぐげんか)してみせた。


それがどれだけ(かれ)神経(しんけい)(さか)なでしたかは、想像(そうぞう)(がた)くない。


なぜならば(かれ)もまた──


(かみ)血脈流(けつみゃくなが)れし『フォルトナの末裔(まつえい)でありながら、いっさいの攻撃(こうげき)魔法(まほう)をつかうことができなかったからだ。

        ☆

()まれてきてよかった。
などと(おも)ったことは一度(いちど)もない。


(いま)でこそ(くろ)大蛇(だいじゃ)ネペンテス』司教(しきょう)という不屈(ふくつ)地位(ちい)についている(かれ)だったが、組織(そしき)になじむまではそれなりの歳月(さいげつ)(よう)した。


魔法(まほう)(たみ)フォルトナ一族秘蔵(いちぞくひぞう)魔法書(まほうしょ)である『フォーチュン・タブレット』


その写本(しゃほん)にくっついてきた付属物(ふぞくぶつ)
──および(かみ)見放(みはな)されたあわれな孤児(こじ)


ムスタイン=オーギュストに(たい)する『(くろ)(へび)』の認識(にんしき)は、当初(とうしょ)その程度(ていど)のものでしかなかった。


ただでさえ()がつながっているというだけの(おとこ)のせいで、罪人(つみびと)烙印(らくいん)である(ぎゃく)五芒(ごぼう)(せい)(ひたい)(きざ)みつけられ、()てつく(ほし)(した)()まれついたのだ。


いわゆる(のろ)われた()弊害(へいがい)で、ムスタインは攻撃(こうげき)魔法(まほう)をつかうことができない。


歳月(さいげつ)()成長(せいちょう)した(いま)ですら、その事実(じじつ)()わらない。


一流(いちりゅう)魔法師範(まほうしはん)のもとで()のにじむような修練(しゅうれん)()んでも、破壊(はかい)(ちから)をその()にまとうことはついぞなかった。


(かれ)のあつかいに(こま)った魔法師範(まほうしはん)は、組織(そしき)上層部(じょうそうぶ)直訴(じきそ)した。


これほどに使(つか)(みち)がないのなら、いっそのこと供物(くもつ)として大邪神(だいじゃしん)献上(けんじょう)してはいかがなものかと。


(おさな)いころからさまざまな殺気(さっき)(かこ)まれて(そだ)ったムスタインは、空気(くうき)変化(へんか)には敏感(びんかん)だった。


その()自分(じぶん)をとりまく大人(おとな)たちの不穏(ふおん)気配(けはい)(さっ)して、なにげなく師範(しはん)尾行(びこう)をし、部屋(へや)(そと)から(かべ)(みみ)をつけて()()きしていたのだが……。


まさかの会談(かいだん)内容(ないよう)に、さすがのムスタインにも戦慄(せんりつ)(はし)った。


黒曜石(こくようせき)祭壇(さいだん)両手足(りょうてあし)(くさび)()ちこまれ、()きたまま心臓(しんぞう)()きとられる──


それは想像(そうぞう)(ぜっ)する(くる)しみだった。


生贄(いけにえ)にされた(もの)たちの断末魔(だんまつま)(さけ)びを(みみ)にして、(おさな)少年(しょうねん)(おそ)ろしさに()ちすくんだことは一度(いちど)二度(にど)ではない。


もはや(せい)への執着(しゅうちゃく)もなく()ぬことへの未練(みれん)もなかったが。


()間際(まぎわ)まで、拷問(ごうもん)のような()()(あじ)わわされるのを、家畜(かちく)のように大人(おとな)しく()っていられるほど臆病者(おくびょうもの)でもなかった。


(よる)(おとず)れるのを()って、組織(そしき)から脱走(だっそう)(くわだ)てたムスタインは、追手(おって)から(のが)れるために懸命(けんめい)()けた。


だが、たとえ俊足(しゅんそく)であっても子供(こども)(あし)ではたかが()れている。


(はげ)しい逃走(とうそう)(すえ)追手(おって)(つか)まる寸前(すんぜん)──


(かれ)危険(きけん)察知(さっち)したその瞬間(しゅんかん)、ある異変(いへん)()こった。


(──(つか)まるっ!)


(おも)わず観念(かんねん)して、まぶたをギュッと()ざした瞬間(しゅんかん)


ふっとそれまで自分(じぶん)(つつ)んでいた気配(けはい)がまるごと()わったような()がして、少年(しょうねん)はおそるおそる慎重(しんちょう)()(ひら)いた。


するとそこには──


それまで(はし)っていた景色(けしき)とは(こと)なる、まったく(べつ)風景(ふうけい)(ひろ)がっていたのだ──


「──もしかして、空間移動(くうかんいどう)しちまったのか──?(おれ)は……」


地面(じめん)にへたりこんだまま、茫然(ぼうぜん)とつぶやく。


(かれ)知識(ちしき)として記憶(きおく)(ほう)りこんでいたのは、(あやつ)れる(もの)極端(きょくたん)限定(げんてい)される稀有(けう)魔法(まほう)だということ。


()いつめられて(はじ)めて、(おのれ)()められた魔法(まほう)真価(しんか)発動(はつどう)することができたのだ。


しかし、かすかに希望(きぼう)()がともったのもつかの()


組織(そしき)から(はな)たれた大量(たいりょう)追手(おって)(まえ)になすすべもなく、ムスタインはあっけなく(つか)まってしまったのだ。


逃亡(とうぼう)目論(もくろ)んだ(ばつ)として、なぶり(ごろ)しのような折檻(せっかん)()けたあと牢獄(ろうごく)(ほう)りこまれた。


まだ(おさな)(かれ)のからだは、ぼろ(ぬの)のように(いし)(ゆか)(ころ)がっていた。


このままでは生贄(いけにえ)にされる(まえ)衰弱(すいじゃく)して()んでしまう……


ということがなんとなく(かれ)にはわかりかけていたが、もうどうにもならなかったしどうすることもできなかった。


ようやく(おぼ)えた空間移動(くうかんいどう)魔法(まほう)()げだすことも(かんが)えたが、それをつかうだけの魔法力(まほうりょく)はとうに(のこ)されてはいなかった。


(……(うん)見放(みはな)された……か……。(おれ)も……もう潮時(しおどき)なのか……な……)


全身(ぜんしん)(おそ)強烈(きょうれつ)(いた)みのなか、意識(いしき)混濁(こんだく)(とお)のいていくのがわかった。


(きず)だらけの少年(しょうねん)朦朧(もうろう)とした(あたま)片隅(かたすみ)で、(みずか)らの(いのち)()えゆく宿命(しゅくめい)にゆだねようとしていた。



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