4.血と涙の融合

文字数 2,066文字




(うつ)ろな()牢獄(ろうごく)天井(てんじょう)見上(みあ)げる。


鉄格子(てつごうし)がはめられた(ちい)さな(あか)りとりの(まど)から、わずかに(ひかり)がもれていた。


自分(じぶん)人生(じんせい)はろくでもないことばかりだったと、(おも)わず(かみ)(どく)づきたくなった。


強打(きょうだ)されたあごを苦痛(くつう)にゆがめながら(うご)かし、とぎれとぎれに言葉(ことば)()()す。


だが、(くち)から自然(しぜん)にこぼれだしたその言葉(ことば)は、本人(ほんにん)にとっても意外(いがい)なものだった。


「………()き……たい………」


とっさに(はっ)した言葉(ことば)に、自分(じぶん)でも動揺(どうよう)(かく)せなかった。


それまで()衝動(しょうどう)におそわれることはあっても、(せい)意味(いみ)()()すことなどほぼ皆無(かいむ)だったのだから。


「……()んで……たまる……か……ってんだ………」


()づくと(ほお)()れていた。


(しん)じられないことだったが、()いたのは(あと)にも(さき)にもこのときだけだ。


無情(むじょう)にも(かれ)(よこ)たわる(いし)(ゆか)に、(あか)()だまりが(ひろ)がってゆく。


やがて視界(しかい)がかすんで意識(いしき)がもうろうとしてきた。


刻一刻(こくいっこく)(せま)りくる()宣告(せんこく)──


だがその(かげ)で、(かれ)のまわりで不可思議(ふかしぎ)現象(げんしょう)()こりつつあった。


(なが)した(なみだ)血液(けつえき)()けあったとき、フォルトナから見放(みはな)された少年(しょうねん)に、慈悲(じひ)(ひかり)()りそそいだ。


()(なみだ)融合(ゆうごう)──


(みずか)らの血液(けつえき)媒介(ばいかい)にして(ゆか)()かびあがったのは、まごうことなきフォルトナの魔法円(まほうえん)


居眠(いねむ)りしていた看守(かんしゅ)さえ()()きるほどの、膨大(ぼうだい)(ひかり)(はしら)()(のぼ)牢獄(ろうごく)をつつみこんだ。





やがて翠色(みどりいろ)(ひかり)(ふち)どられた魔法円(まほうえん)中央(ちゅうおう)に、少年(しょうねん)()まれ()わったような姿(すがた)()っていた。


身体(からだ)には(きず)ひとつなく、()れた(ほね)(うしな)った血液(けつえき)さえも元通(もとどお)りになっていた。


それまで本人(ほんにん)使(つか)意志(いし)がなかったために、()ざされていた()かずの(とびら)


ムスタインは治癒(ちゆ)魔法円(まほうえん)能力(のうりょく)目覚(めざ)めたのだ。


(……この(ちから)をつかって罪滅(つみほろ)ぼしでもしろっていうつもりか……?)


ムスタインは舌打(したう)ちした。


(いらねぇいらねぇ。こんな(ちから)はいらねぇ──)


鬱屈(うっくつ)としたいらだちは頂点(ちょうてん)(たっ)していた。


皮肉(ひにく)にも(かれ)()能力(のうりょく)は、(しん)(のぞ)んだ攻撃魔法(こうげきまほう)とは、もっともかけ(はな)れたものだったからだ。


うちに()めた破壊衝動(はかいしょうどう)(おさ)えがたくなってきていた。


日毎身体(ひごとからだ)酷使(こくし)して(きた)えてはいたが、肉弾戦(にくだんせん)にはおのずと限界(げんかい)がある。


だが、高位(こうい)聖職者(せいしょくしゃ)すらしのぐほどの治癒能力(ちゆのうりょく)


それを()っていて(だれ)もが(ほう)っておくはずがなかった。


(かれ)()神秘(しんぴ)(ちから)にあやかろうと、怪我(けが)(やまい)(かか)えた信者(しんじゃ)たちが(むら)がるようになった。


自身(じしん)にはなんら障害(しょうがい)のない(むな)くそ(わる)連中(れんちゅう)にも、(いのち)(すく)ってほしい妻子(さいし)愛人(あいじん)友人(ゆうじん)親類縁者(しんるいえんじゃ)がいて、それらを(かた)っぱしから(すく)うことで、ムスタインは自分(じぶん)地位(ちい)確固(かっこ)たるものにしていった。


(ころ)したくなるほど(にく)いお偉方(えらがた)にも(おん)()るだけ()って、その功績(こうせき)(わか)くしてネペンテスの司教(しきょう)地位(ちい)までのぼりつめたのだ。


すべては司教(しきょう)(あた)えられる刑具(けいぐ)灰燼(エンバー)の鎌(サイズ)()()れるために──


それさえも(たん)なる布石(ふせき)でしかないのだが……。

        ☆

三日月の曲刀(クレッセント・ダガー)──は、ムスタインが(いま)もっとも入手(にゅうしゅ)したい宝物(ほうもつ)(ひと)つだった。


そんな代物(しろもの)がよりによってこの屋敷(やしき)存在(そんざい)するとは、運命(うんめい)とは皮肉(ひにく)なものである。


──ルンドクイスト()


最果(さいは)ての小国(しょうこく)揶揄(やゆ)されることも(おお)辺境(へんきょう)、デルスブルクの領主(りょうしゅ)一族(いちぞく)


()(まえ)にいるのはその直系(ちょっけい)(むすめ)で、優男(やさおとこ)とは(はら)ちがいの(いもうと)という関係(かんけい)にあたる。


貴族(きぞく)(むすめ)にしては地味(じみ)印象(いんしょう)だが、(ひか)えめな服装(ふくそう)彼女(かのじょ)(とぼ)しい表情(ひょうじょう)のせいもあるだろう。


()えない(おんな)……。まるで()きながら()んでるみたいだぜ)


ムスタインは硝子玉(ガラスだま)のような少女(しょうじょ)(ひとみ)をぼんやりと()つめた。


それでも権力者(けんりょくしゃ)(はべ)って媚態(びたい)()かべ、いつなんどきでも白粉(おしろい)にまみれた香水(こうすい)くさい牝犬(めすいぬ)よりはマシかもしれない。


名前(なまえ)はたしか……。


「──お嬢様(じょうさま)!レクシーナ(さま)!いらっしゃいますか?」


(とびら)をへだてた通路側(つうろがわ)から使用人(しようにん)らしき(もの)(こえ)()こえる。


レクシーナと()ばれた少女(しょうじょ)はハッと身体(からだ)(ふる)わせると、とつぜんの誰何(すいか)にうろたえたように()()きなく視線(しせん)(およ)がせた。


もともと蒼白(あおじろ)いその(かお)には、(かれ)(たい)する(おそ)れと困惑(こんわく)如実(にょじつ)にあらわれていた。


(たす)けを()ぶのか、なにごともなかったようにとりつくろうのか──


はっきりしないそのようすは、無性(むしょう)にムスタインをいらだたせた。


(だが、悲鳴(ひめい)をあげられちまったら、(こま)るのは(おれ)のほうか……)


怒鳴(どな)りつけるのは得策(とくさく)ではない。
(かれ)(だま)って(いか)りをやり()ごした。


(こえ)()したくても()せないのだろう。


少女(しょうじょ)(おび)えたような戸惑(とまど)いの表情(ひょうじょう)をうかべて、こちらの動向(どうこう)をじっと()つめている。


(そろそろ潮時(しおどき)だな……)


(かた)()っていた小鳥(ことり)()れながら、さりげなく口内(こうない)契約(けいやく)文言(もんごん)(とな)える。


あらかじめ(ゆび)装着(そうちゃく)していたのは、動物(どうぶつ)使(つか)()にするための魔法(まほう)指輪(ゆびわ)だった。


しょせん道具(どうぐ)(ちから)なので、(みじか)(あいだ)しか効果(こうか)はない。


だが、それでも自分(じぶん)使(つか)()として利用(りよう)するために、そしてこの(むすめ)監視(かんし)するために……。


すっかり奴隷(どれい)のような服従(ふくじゅう)したまなざしを()ける小動物(しょうどうぶつ)を、あやしまれないように素早(すばや)片手(かたて)でつつむ。


そのまま無言(むごん)(むすめ)()をとり(ゆび)にのせてやると、小鳥(ことり)名残惜(なごりお)しそうに(みじか)く「ピュイ」と()いた。


少女(しょうじょ)がなにか(はな)しかけようとして、わずかに(くち)(ひら)きかけた──


──刹那(せつな)青年(せいねん)姿(すがた)はこつぜんと(ちゅう)にかき()えていた。



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