「──だって、お
父様は……」
言いかけた
瞬間、アナベルの
言葉は
凄まじい
爆音によって
遮られた。
続けざまに
大地が
鳴動したかのような
激しい
揺れに
見舞われ、まるで
巨大な
生き
物が
地団駄を
踏んだかのような
振動が
屋敷を
襲った。
「きゃあっ」
驚いて
少女は
短い
悲鳴をあげたが、その
音さえたちまちかき
消されていった。
(──まずいな。……これは……!
警戒するにこしたことはないっ!!)
『フォーチュン・タブレット第七篇・月の魔法円』
朗々とした
声でロジオンが
素早く
呪文の
詠唱をはじめると、
二人が
立っている
床に
淡い
翠色の
魔法円が
浮かびあがった。
【 祝福の盾となれ白銀の加護! 】
魔法の
結界が
二人を
包みこんだ
直後、
天井から
落下したシャンデリアが
勢いよく
魔法壁にぶち
当たって
粉砕した。
硝子の
破片が
散らばって、
空中で
結晶のように
煌いた。
万が
一これが
頭部にでも
直撃していたらと
想像するとひやっとする。
「……ありがとう。
守ってくれて……」
これ
幸いとばかりに、アナベルがぎゅっとしがみついてきた。
さりげなく
彼女のようすをうかがうが、これといって
特に
怖がっている
素振りはない。
(アナベルは
心配しなくても
大丈夫か……。それにしても……)
どうやらこの
屋敷だけではなく、
街全体が
揺れているようだ。
(……
地震……?もしそうなら、その
前に
聞こえた
爆発音はなんだったんだ……?)
案の
定、
振動は
長くは
続かず、
揺れは
次第におさまってきている。
「いったい……なんの
騒ぎなの……?」
そう
困惑顔でうめくなり、
結界から
一歩踏み
出そうとしたアナベルを
手で
制すると、ロジオンは
意識を
集中して
気配を
探った。
(──
堆積した
土深く……
地中から
禍々しい
胎動を
感じる……!でも、ここじゃない──)
どうやら
屋敷内で
起きた
現象ではなさそうだ。
ひとまず
胸を
撫で
下ろすも、だからといって
安心してもいられない。
完全に
揺れがおさまるのを
確認してからロジオンは
結界を
解くと、バルコニーに
続く
窓を
開け
放って
外のようすをうかがった。
「あれ!
見て!!」
アナベルの
指さす
方向に、
一際抜きんでて
高くそびえ
立つアトゥーアンの
大聖堂があった。
その
象徴ともいえる
二つの
尖塔の
間から、もうもうと
煙があがっている。
「──
嫌な
予感がする」
ロジオンがつぶやいたそのすぐ
後、
大慌てで
駆けつけた
執事のブライトンが、
二人を
見つけて
嬉々としたように
叫んだ。
「お
二人ともご
無事でなによりです!」
「ロジオンが
守ってくれたから
無傷だったわよ」
アナベルが
恋人の
武勲を
誇るように
胸をはって
答えると、
「それはようございました。アナベル
様ほどのじゃじゃ
馬を
守るとなると、それ
相応の
実力が
必要でしょうからね。ロジオン
様はお
相手にふさわしいということでしょう」
屋敷に
長年仕えた
執事らしく、
彼はこの
状況下においてもしごく
落ち
着きはらって
意見をのべた。
「それはそうとロジオン
様……
恐縮なのですが、そのお
力をこの
街のために
使っていただけないでしょうか?」
神妙なブライトンのようすは、さきほどの
振動がただの
地震ではないことを
予感させた。
「
実はふたたび
大聖堂から
連絡がありまして、
極めて
早急に、
死霊退治の
援護を
願いたいとの
要請がありました」
その
言葉にロジオンは
一瞬耳を
疑った。
「……
死霊?すべて
退治したはずじゃなかったのか……?」
屍の
怨霊グロリオーザを
壊滅に
導いたことで、
死霊をあやつっていた『
黒い
蛇』の
幹部たちはすべていなくなったはずだった。
「ええ、ですが……。
大聖堂の
中庭に
突如、
出現した
大穴から
死霊が
這い
出してきまして、その
襲撃に
追われているようなのです」
「そんな──!?」
「どうやら
例の
地下墓所と、
大聖堂の
真下がかつてはつながっていたらしいのです。
地下通路は
思いのほか
多岐に
張りめぐらされていたようで、それを
塞いでいた
岩壁が
崩れてしまったようですな」
さきほど
地中から
感じた
禍々しくも
邪悪な
胎動。
それはやはり
地下墓所が、その
発生源となっているのではないだろうか。
だとすると
『棺の間』から
逃走した
魔物というのは──
この
事態に
深くかかわっている
可能性が、
限りなく
高い。
魔物といっても
知りうるだけで、
数多の
種類存在する。
だが、
本能のままに
生きる
粗暴な
猛獣から、
人間のように
高い
知能を
誇り、
他の
魔物をあやつる
能力をもつものまで、
幅広く
存在する。
(これは
想像した
以上に、
面倒くさいことになりそうだ──)
くわしい
事情も
知らされぬまま、
一直線に
厄介事になだれこみそうな
予感がして、ロジオンは
思わず
深いため
息を
吐きだした。
しかし、なにはともあれ
大聖堂が
危機に
瀕しているのならば、すぐさま
駆けつけなくてはいけない。
自分はセルフィンを
呼んで
飛行すればひとっ
飛びだったが、
問題は──
「──ラグシードはまだ
見つからないのっ!?」
殺気だったようにアナベルが、
傍らの
執事につめ
寄った。
朝から
行方知れずのラグシードに
困り
果て、
屋敷内外にかかわらず
彼の
居所を
使用人たちに
探させていたのだが……。
「
申し
訳ございません。
屋敷にいらっしゃらないことは
確かなのですが……」
「──ほんとに
使えない
使用人ねっ!」
「それをいうなら、ラグはほんとに
使えない
護衛だよ……」
死霊退治に
絶大な
威力を
発揮する
『神具・諸刃の十字架槍』の
使い
手であるラグシード。
普段からいい
加減な
男ではあるが、それでもこの
場にいれば
心強いことこのうえない。
だが……。
「まっ
昼間から
女遊びしてたりして……」
冗談半分でつぶやいたアナベルの
言葉に
異論を
唱えられず、こうして
今日もロジオンのため
息は
着実に
増えていくのであった。
☆
「──
気をつけてね」
「うん」
少女から
手渡された
袋を
受けとると、
少年は
静かにうなずいた。
中には
大量の
霊草と
瓶づめにされた
高価な
霊水が
何本か
入っている。
治癒呪文が
使えないロジオンを
心配して、
彼のためにアナベルが
自腹を
切って
至急手配したものだ。
「あたしにはこれくらいしかできないけど──」
すまなそうな
顔でそう
言うと、
彼女は
不安を
押し
隠すように
無理して
笑った。
ああ、どうして
自分は
好きな
人を
心から
安心させてあげられないのだろうと、
彼はいたらない
自分を
歯がゆく
感じた。
彼女のためにも、もっと、もっと
強くならねば──
そう
再認識させられた。
人は
人の
想いによってのみ、ほんとうに
強くなれるのかもしれない……。
自分を
見守る
少女の
存在を
強く
感じながら、
彼はそれまで
冷えかたまっていた
心の
芯が、ぬくもりに
触れて
瞬時に
心地よくほどけてゆく
気がした。
ロジオンは
見送る
者たちに
背を
向けると、
青々とした
天の
頂きを
見上げて
魔法の
言葉を
発した。
『空の王者として君臨する白金の使い魔よ!勇猛なる汝の名はセルフィン、我がしもべとなりて空と大地の境界線を結べ!』
たちまち
主人の
声を
聞くやいなや、いずこから
宙を
滑空して
接近してきた
大鷲は──
頭上で
一度旋回すると
光を
放ち、
白金色の
合成獣に
変化した。
「
今日も
頼むよ」
そう
呼びかけて
白金色のたてがみを
優しく
撫でてやると、
使い
魔はあまえたように
喉を
鳴らした。