13. もっと、もっと強くなりたい──

文字数 2,834文字




「──だって、お父様(とうさま)は……」


()いかけた瞬間(しゅんかん)、アナベルの言葉(ことば)(すさ)まじい爆音(ばくおん)によって(さえぎ)られた。


(つづ)けざまに大地(だいち)鳴動(めいどう)したかのような(はげ)しい()れに見舞(みま)われ、まるで巨大(きょだい)()(もの)地団(じだん)()()んだかのような振動(しんどう)屋敷(やしき)(おそ)った。


「きゃあっ」


(おどろ)いて少女(しょうじょ)(みじか)悲鳴(ひめい)をあげたが、その(おと)さえたちまちかき()されていった。


(──まずいな。……これは……!警戒(けいかい)するにこしたことはないっ!!)


『フォーチュン・タブレット第七篇(だいななへん)(つき)魔法円(まほうえん)


朗々(ろうろう)とした(こえ)でロジオンが素早(すばや)呪文(じゅもん)(えい)(しょう)をはじめると、二人(ふたり)()っている(ゆか)(あわ)翠色(みどりいろ)魔法円(まほうえん)()かびあがった。


祝福(しゅくふく)(たて)となれ白銀(はくぎん)加護(かご)! 】


魔法(まほう)結界(けっかい)二人(ふたり)(つつ)みこんだ直後(ちょくご)天井(てんじょう)から落下(らっか)したシャンデリアが(いきお)いよく魔法壁(まっほうへき)にぶち()たって粉砕(ふんさい)した。


硝子(ガラス)破片(はへん)()らばって、空中(くうちゅう)結晶(けっしょう)のように(きらめ)いた。


(まん)(いち)これが頭部(とうぶ)にでも直撃(ちょくげき)していたらと想像(そうぞう)するとひやっとする。


「……ありがとう。(まも)ってくれて……」


これ(さいわ)いとばかりに、アナベルがぎゅっとしがみついてきた。


さりげなく彼女(かのじょ)のようすをうかがうが、これといって(とく)(こわ)がっている素振(そぶ)りはない。


(アナベルは心配(しんぱい)しなくても大丈夫(だいじょうぶ)か……。それにしても……)


どうやらこの屋敷(やしき)だけではなく、街全体(まちぜんたい)()れているようだ。


(……地震(じしん)……?もしそうなら、その(まえ)()こえた爆発音(ばくはつおん)はなんだったんだ……?)


(あん)(じょう)振動(しんどう)(なが)くは(つづ)かず、()れは次第(しだい)におさまってきている。


「いったい……なんの(さわ)ぎなの……?」


そう困惑顔(こんわくがお)でうめくなり、結界(けっかい)から一歩踏(いっぽふ)()そうとしたアナベルを()(せい)すると、ロジオンは意識(いしき)集中(しゅうちゅう)して気配(けはい)(さぐ)った。


(──堆積(たいせき)した土深(つちふか)く……地中(ちちゅう)から禍々(まがまが)しい胎動(たいどう)(かん)じる……!でも、ここじゃない──)


どうやら屋敷内(やしきない)()きた現象(げんしょう)ではなさそうだ。


ひとまず(むね)()()ろすも、だからといって安心(あんしん)してもいられない。


完全(かんぜん)()れがおさまるのを確認(かくにん)してからロジオンは結界(けっかい)()くと、バルコニーに(つづ)(まど)()(はな)って(そと)のようすをうかがった。


「あれ!()て!!」


アナベルの(ゆび)さす方向(ほうこう)に、一際抜(ひときわぬ)きんでて(たか)くそびえ()つアトゥーアンの大聖堂(だいせいどう)があった。


その象徴(しょうちょう)ともいえる(ふた)つの尖塔(せんとう)(あいだ)から、もうもうと(けむり)があがっている。


「──(いや)予感(よかん)がする」


ロジオンがつぶやいたそのすぐ(あと)大慌(おおあわ)てで()けつけた執事(しつじ)のブライトンが、二人(ふたり)()つけて嬉々(きき)としたように(さけ)んだ。


「お二人(ふたり)ともご無事(ぶじ)でなによりです!」


「ロジオンが(まも)ってくれたから無傷(むきず)だったわよ」


アナベルが恋人(こいびと)武勲(ぶくん)(ほこ)るように(むね)をはって(こた)えると、


「それはようございました。アナベル(さま)ほどのじゃじゃ(うま)(まも)るとなると、それ相応(そうおう)実力(じつりょく)必要(ひつよう)でしょうからね。ロジオン(さま)はお相手(あいて)にふさわしいということでしょう」


屋敷(やしき)長年仕(ながねんつか)えた執事(しつじ)らしく、(かれ)はこの状況下(じょうきょうか)においてもしごく()()きはらって意見(いけん)をのべた。


「それはそうとロジオン(さま)……恐縮(きょうしゅく)なのですが、そのお(ちから)をこの(まち)のために使(つか)っていただけないでしょうか?」


神妙(しんみょう)なブライトンのようすは、さきほどの振動(しんどう)がただの地震(じしん)ではないことを予感(よかん)させた。


(じつ)はふたたび大聖堂(だいせいどう)から連絡(れんらく)がありまして、(きわ)めて早急(そうきゅう)に、死霊退治(しりょうたいじ)援護(えんご)(ねが)いたいとの要請(ようせい)がありました」


その言葉(ことば)にロジオンは一瞬耳(いっしゅんみみ)(うたが)った。


「……死霊(しりょう)?すべて退治(たいじ)したはずじゃなかったのか……?」


(しかばね)怨霊(おんりょう)グロリオーザを壊滅(かいめつ)(みちび)いたことで、死霊(しりょう)をあやつっていた『(くろ)(へび)』の幹部(かんぶ)たちはすべていなくなったはずだった。


「ええ、ですが……。大聖堂(だいせいどう)中庭(なかにわ)(とつ)(じょ)出現(しゅつげん)した大穴(おおあな)から死霊(しりょう)()()してきまして、その襲撃(しゅうげき)()われているようなのです」


「そんな──!?」


「どうやら(れい)地下墓所(ちかぼしょ)と、大聖堂(だいせいどう)真下(ました)がかつてはつながっていたらしいのです。地下(ちか)通路(つうろ)(おも)いのほか多岐(たき)()りめぐらされていたようで、それを(ふさ)いでいた岩壁(いわかべ)(くず)れてしまったようですな」


さきほど地中(ちちゅう)から(かん)じた禍々(まがまが)しくも邪悪(じゃあく)胎動(たいどう)


それはやはり地下墓所(ちかぼしょ)が、その発生源(はっせいげん)となっているのではないだろうか。


だとすると(ひつぎ)()から逃走(とうそう)した魔物(まもの)というのは──


この事態(じたい)(ふか)くかかわっている可能性(かのうせい)が、(かぎ)りなく(たか)い。


魔物(まもの)といっても()りうるだけで、数多(すうた)種類存在(しゅるいそんざい)する。


だが、本能(ほんのう)のままに()きる粗暴(そぼう)猛獣(もうじゅう)から、人間(にんげん)のように(たか)知能(ちのう)(ほこ)り、(ほか)魔物(まもの)をあやつる能力(のうりょく)をもつものまで、幅広(はばひろ)存在(そんざい)する。


(これは想像(そうぞう)した以上(いじょう)に、面倒(めんどう)くさいことになりそうだ──)


くわしい事情(じじょう)()らされぬまま、一直線(いっちょくせん)厄介事(やっかいごと)になだれこみそうな予感(よかん)がして、ロジオンは(おも)わず(ふか)いため(いき)()きだした。


しかし、なにはともあれ大聖堂(だいせいどう)危機(きき)(ひん)しているのならば、すぐさま()けつけなくてはいけない。


自分(じぶん)はセルフィンを()んで飛行(ひこう)すればひとっ()びだったが、問題(もんだい)は──


「──ラグシードはまだ()つからないのっ!?」


殺気(さっき)だったようにアナベルが、(かたわ)らの執事(しつじ)につめ()った。


(あさ)から行方知(ゆくえし)れずのラグシードに(こま)()て、屋敷内外(やしきないがい)にかかわらず(かれ)居所(いどころ)使用人(しようにん)たちに(さが)させていたのだが……。


(もう)(わけ)ございません。屋敷(やしき)にいらっしゃらないことは(たし)かなのですが……」


「──ほんとに使(つか)えない使用人(しようにん)ねっ!」


「それをいうなら、ラグはほんとに使(つか)えない護衛(ごえい)だよ……」


死霊退治(しりょうたいじ)絶大(ぜつだい)威力(いりょく)発揮(はっき)する神具(しんぐ)諸刃(もろは)十字架槍(クロスランス)使(つか)()であるラグシード。


普段(ふだん)からいい加減(かげん)(おとこ)ではあるが、それでもこの()にいれば心強(こころづよ)いことこのうえない。


だが……。


「まっ昼間(ひるま)から女遊(おんなあそ)びしてたりして……」


冗談半分(じょうだんはんぶん)でつぶやいたアナベルの言葉(ことば)異論(いろん)(とな)えられず、こうして今日(きょう)もロジオンのため(いき)着実(ちゃくじつ)()えていくのであった。

        ☆

「──()をつけてね」


「うん」


少女(しょうじょ)から手渡(てわた)された(ふくろ)()けとると、少年(しょうじょ)(しず)かにうなずいた。


(なか)には大量(たいりょう)霊草(れいそう)(びん)づめにされた高価(こうか)霊水(れいすい)何本(なんぼん)(はい)っている。


治癒呪文(ちゆじゅもん)使(つか)えないロジオンを心配(しんぱい)して、(かれ)のためにアナベルが自腹(じばら)()って至急(しきゅう)手配(てはい)したものだ。


「あたしにはこれくらいしかできないけど──」


すまなそうな(かお)でそう()うと、彼女(かのじょ)不安(ふあん)()(かく)すように無理(むり)して(わら)った。


ああ、どうして自分(じぶん)()きな(ひと)(こころ)から安心(あんしん)させてあげられないのだろうと、(かれ)はいたらない自分(じぶん)()がゆく(かん)じた。


彼女(かのじょ)のためにも、もっと、もっと(つよ)くならねば──


そう再認識(さいにんしき)させられた。


(ひと)(ひと)(おも)いによってのみ、ほんとうに(つよ)くなれるのかもしれない……。


自分(じぶん)見守(みまも)少女(しょうじょ)存在(そんざい)(つよ)(かん)じながら、(かれ)はそれまで()えかたまっていた(こころ)(しん)が、ぬくもりに()れて瞬時(しゅんじ)心地(ここち)よくほどけてゆく()がした。


ロジオンは見送(みおく)(もの)たちに()()けると、青々(あおあお)とした(てん)(いただ)きを見上(みあ)げて魔法(まほう)言葉(ことば)(はっ)した。


(そら)王者(おうじゃ)として君臨(くんりん)する白金(しろがね)使(つか)()よ!勇猛(ゆうもう)なる(なんじ)()はセルフィン、()がしもべとなりて(そら)大地(だいち)境界線(きょうかいせん)(むす)べ!』


たちまち主人(しゅじん)(こえ)()くやいなや、いずこから(ちゅう)滑空(かっくう)して接近(せっきん)してきた大鷲(おおわし)は──


頭上(ずじょう)一度旋回(いちどせんかい)すると(ひかり)(はな)ち、白金色(しろがねいろ)合成(キメ)()変化(へんか)した。


今日(きょう)(たの)むよ」


そう()びかけて白金色(しろがねいろ)のたてがみを(やさ)しく()でてやると、使(つか)()はあまえたように(のど)()らした。



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