鳥のさえずる
声が
聞こえて、
目を
覚ました。
(………もう
朝なのか?)
疲れていたのか
昨晩 は
夢も
見ずに
泥のように
眠った。おかげで
身体がすこぶる
軽い。
ロジオンは
簡単に
着がえをすませると、
扉を
開けて
廊下に
出た。
すると………。
「うわっ!?いたのか」
絶妙なタイミングで
向かいの
扉が
開き、まだ
眠そうな
顔のラグシードが
出てきた。
驚いているロジオンを
見ても
動じることなく、
寝不足ゆえにふわあと大きな
生あくびをする。
「
君もこりないね。また
朝帰りかい?」
冷やかすように
声をかけると、ラグシードはめずらしく
無反応だった。
相方の
不機嫌なようすを
察すると、ロジオンは
関わるまいと
退散を
決めこむことにした。
しかし
敵に
背中を
見せたのが
運のつき。
すかさず
皮肉をこめた
応酬が
浴びせられた。
「そっちこそ
俺の
目盗んで、お
嬢さんとイチャついてたんじゃねえの?」
反射的に思わず
立ち
止まってしまった。
からかうはずが、からかわれるハメになる。
これじゃあラグシードの
思うつぼだ。
「
冗談はさておき、
今回はうまくいきそうなのか?」
「なんのこと?」
「すっとぼけるなよ。
旅の
目的忘れてるわけじゃないだろ?
エレプシアの乙女候補として、
彼女は
好きになれそうかって
聞いてんだよ」
「きっ、
昨日出逢ったばかりなのに、
好きとか
嫌いとか
判断できないよ!」
「
出逢ったその
日に
結婚するカップルだっているんだぜ!
早く
契約すませたいのに
悠長なこと
言ってられる
場合か?
俺はてっきり
今回ばかりは
意欲的だと
解釈してたんだがな」
なんとなく
言葉につまりロジオンは
沈黙した。
「せっかくかわいい
娘なんだから、もっと
親密な
関係を
築くための
努力しろよ。
待ってるだけじゃ
駄目ってことさ。
まぁ、見たところ
彼女はずいぶんと
積極的だし、おまえに
好意をもっているのは
確実だ。
期待できそうじゃないか」
「なんでそう
自信満々に
断言できるんだよっ!?」
「
見りゃわかるだろ、ここまでくると
奥手も
重症だな。でも
素直にふりまわされてるとこをみると、おまえもまんざらでもないのか?」
すんごい
形相で
睨まれてラグシードはとっさに
口をつぐんだ。
強烈な
攻撃魔法の
一つでも
飛んできそうだ。
ロジオンはそのまま
踵を
返すと、さっさと
朝食を
食べにダイニングに
向かって
歩いていってしまった。
(わっかりやすいやつ。
恋路のほうは
想像以上に
脈ありだな。ってことはいよいよ
春の
到来!
この
街に
着いて
早々エレプシアの
乙女が
光臨か?いずれにしろ、さい
先いいじゃないか。
順調に
進めばこりゃひょっとするかもな)
ふくみ
笑いしながら
歩き
出すと、
彼は
誰に
聞こえるでもなくひゅうと
口笛を
吹いた。
☆
「ねぇ、ロジオン。
今日なんだけど………これから
予定はあるの?」
朝食を
終えると、さっそくアナベルが
近寄ってきた。
心なしかうっすらとその
頬が
染まっている。
先ほどのラグシードとのやり
取りを
思い
出し、どこか
意識してしまう
自分がいた。
油断すると
所作までぎこちなくなってしまう。そんな
自分がなんだか
鬱陶しかった。
「………
別に。なにもないけど」
照れ
隠しなのかなんなのか、
我ながら
不器用だと
思いつつぶっきらぼうに
答えると、
「………よかった。ちょこっと、つき
合ってくれない?」
何に?と
聞こうとした
時にはすでに、
腕をつかまれ
引っぱられていた。
彼女はそのまま
渡り
廊下を
通り
過ぎ、
長い
回廊を
抜け
自室まで
戻ると、
「
少しの
間ここで
待っててね!」
とだけ
告げてロジオンを
一人廊下に
残し、
自分は
部屋の
中へ
引っこんでしまった。
(いったいなにをする
気なんだ??)
長い
時間だった。
ひょっとすると
短かったのかもしれないが、ロジオンは
思わず
廊下でうたた
寝をしてしまいそうになった。
「お・
待・た・せ♪これなんてどう?」
とつじょ
弾んだ
声と
同時に
扉が
開かれると、くらくらするような
甘い
香りとともに、
華やかなドレスをまとったアナベルが
現れた。
薄桃色のシフォン
生地の
上から
豪華なレース
地がおおっている。
二枚の
布地を
用いたエレガントで
可愛らしい
衣装だ。
裾はふんわりとした
優美な
曲線を
描いて
足首まで
広がっていた。
きゅっと
締まったウエストには
幅広の
黒いリボンが
巻かれ、
魅力的なアクセントになっている。
ロジオンがなにも
言えずに
沈黙していると、
気に
入らないと
判断したのか、アナベルはもう
一着を
取り
出して
彼に
見せた。
「それともこっちのほうがいいかしら?」
「………ど、どっちでも
似合うんじゃない?」
香水のかけすぎなんじゃないかという
疑問はぐっとのみこんで、
少年は
戸惑いながらも
声をしぼりだした。
しかし、その
疑問符に
対してアナベルはカチンときたようだった。
「だから、どっちがいいか
決められないから、より
似合うほうはどっちかって
聞いてるんじゃない!」
「なんだ。そういうこと………」
拍子抜けしたようにロジオンはつぶやいた。
(だったら
最初からそう
聞けばいいのに………これだから
女の
子って
面倒くさいんだ。
待たされるほうの
身にもなってくれよ………)
ロジオンは
内心、
口に
出したら
猛反撃されそうな
不満をぼやきつつも、あらためて
冷静にアナベルの
姿を
見た。
すると、とたんに
頬が
紅潮してゆくのが
自分でもわかった。
(お
色直し
作戦成功!ロジオンったらドレス
姿のあたしに
見惚れてるわ)
自信満々なだけあって、
衣装は
大胆にも
背中と
胸元が
開いたやや
色っぽいデザインだった。
アナベルの
露出したきめ
細やかな
白い
肌と、
首筋から
鎖骨をたどってさらに
下に
続く
魅惑的な
曲線に、
自然と
目が
吸い
寄せられて
純情な
彼はあわてて
視線をそらせた。
(
僕としたことが………。まずいな。なんかいろいろと
目のやり
場に
困る………)
男の
本音としてうれしくないといったら
嘘になるが、それはそれ。
外出の
間中始まりから
終わりまで、
視線の
置き
所に
考慮しなければならないのは
正直苦痛だった。
「………そ、その………
綺麗だよ。
君に
似合ってる……。でも、さ。
今日は
外がほこりっぽいから、せっかくのドレスが
汚れて
台無しになってしまうかもしれないよ?」
彼はさりげなく
別の
衣装に
着がえるようアナベルをうながした。
「そう?じゃあもっと
身軽で
動きやすいワンピースのほうがいいかしら」
アナベルの
問いかけに、ロジオンが
無言でうなずく。
(なにが
不服なのかしら?
男の
人って
露出の
多いかわいい
服が
好みなんじゃないの??)
怪訝なようすのアナベルをよそに、
彼はクローゼットに
掛かった
衣装を
物色する。
「………そうだね。これなんてどう?」
ロジオンは
目に
留まった
衣装をすすめながら、ほっと
胸をなでおろした。
しかし
若干、
惜しいような
気持ちがかすめたことも
否めない。
故郷では
遠巻きに
若い
娘たちから
熱い
視線をそそがれていても、かんじんの
実体験にとぼしい
彼は、そっちのほうはいまだ
奥手なのであった。
その
後、ミントグリーン
色の
可憐なワンピースに
着がえたアナベルは、
姿見の
前でくるりと
回った。
ひるがえったスカートの
裾は
膝下丈で
動きやすそうな
印象を
与える。
しかしデザインが
清楚でひかえめな
分、
先ほどのドレスと
比べるとどうしても
見劣りする。
「もしかして
気に
入らなかった?
僕はいいなと
思ったんだけどな」
「………そう?」
「
森の
妖精みたいでかわいいよ」
少し
不機嫌そうな
彼女だったが、ロジオンに
褒められるととたんに
上機嫌になった。
「それじゃあ、さっそく
出発しましょう♪」
「………どこに??」
「
街に
行くのよ」
「………なんのために???」
「デートに
決まってるじゃない」
情けないかなアナベルに
引きずられるままに、ロジオンは
屋敷を
後にした。