51.潜入!グロリオーザの巣窟~案内人は白百合の修道女

文字数 2,815文字




「あそこが(れい)教会(きょうかい)なんだね」


やや()(かたむ)きはじめた東街(ひがしまち)片隅(かたすみ)


()ちかけた廃墟(はいきょ)遠景(えんけい)(なが)めながら、ロジオンは建物(たてもの)隙間(すきま)(ひそ)みつつ、(こえ)()として(かたわ)らの青年(せいねん)にたずねた。


「ああ、おそらくグロリオーザの連中(れんちゅう)潜伏(せんぷく)しているとみて、間違(まちが)いないぜ」


ラグシードの口調(くちょう)()(はん)して(かる)いものだったが、それでもロジオンの(こころ)(くら)不安(ふあん)(かげ)()とした。


(すこ)しでも緊張(きんちょう)をほぐそうと、(かれ)(すく)いを(もと)めるように視線(しせん)真横(まよこ)(はし)らせた。


そこには合成獣化(キメラか)したセルフィンが、(つばさ)をたたみ行儀(ぎょうぎ)よく石畳(いしだたみ)()そべっていた。


正午(しょうご)すぎのやわらかな(ひかり)()びて、気持(きも)ちよさそうにうたた()をしている。


そのようすを()(ほそ)めてながめていたロジオンが、(たわむ)れにセルフィンの首筋(くびすじ)をなでてやると、愛嬌(あいきょう)のある仕草(しぐさ)でぱたぱたとしっぽが左右(さゆう)にゆれた。


ふさふさした(しろ)いたてがみの感触(かんしょく)が、敵地(てきち)(いど)まんとするロジオンの()りつめた神経(しんけい)をなごませてくれた。


セルフィンを同行(どうこう)させるかどうか、直前(ちょくぜん)まで真剣(しんけん)になやんだ。


だが、結局連(けっきょくつ)れてゆくことに()めた。


(くろ)(へび)』のアジトに潜入(せんにゅう)するにあたり、戦力(せんりょく)必要(ひつよう)だったこともあるが、ぽっかりと()いた(こころ)隙間(すきま)を、なにか(ぬく)もりのあるもので()めたかったような()がする。


ふれている()のひらを(とお)して、セルフィンの生命(せいめい)(かがや)きが(ねつ)(かたまり)のように(つた)わってくる。


主人(しゅじん)への信頼(しんらい)宿(やど)したオッドアイの(ひとみ)が、つかの間彼(まかれ)(いや)してくれた。


そんなふうに自分(じぶん)(した)ってくれている使(つか)()依存(いぞん)してしまうほど、(かれ)はとてつもなく(さび)しかったのかもしれない。


「それにしても短期間(たんきかん)でよく情報(じょうほう)(あつ)められたね」


(かべ)にもたれていた黒髪(くろかみ)青年(せいねん)は、いつになく自信(じしん)()ちた物腰(ものごし)(しず)かにうなずいた。


「そりゃあ多少(たしょう)荒療治(あらりょうじ)必要(ひつよう)だったさ。それとつてをたどって、元信者(もとしんじゃ)(おんな)口説(くど)()としたのも(おお)きかったけどな。一度親密(いちどしんみつ)になりゃあ(おんな)なんて、こっちの()いてないことまでペラペラしゃべってくれるからな」


ロジオンは(すこ)しでもラグシードを見直(みなお)したことを後悔(こうかい)していた。


(でもまあ、そのお(かげ)(いま)こうして、(てき)のアジトに潜入(せんにゅう)する機会(きかい)()られたんだけどね……)


内心複雑(ないしんふくざつ)(おも)いで、相棒(あいぼう)功績(こうせき)をたたえていたちょうどその(とき)……


「きゃっ!(はな)してくださいっ!」


瞬間(しゅんかん)(みみ)()びこんできたただならぬ(こえ)(おどろ)いて(われ)(かえ)ると、ロジオンは悲鳴(ひめい)があがった方角(ほうがく)視線(しせん)(はし)らせた。


すると教会(きょうかい)(とびら)から()めだされた(わか)(むすめ)が、乱暴(らんぼう)路地(ろじ)にたたきつけられて転倒(てんとう)した。


「………うぅ………」


「ったく!手荒(てあら)なまねを。大丈夫(だいじょうぶ)か?(むすめ)さん」


本能的(ほんのうてき)救助(きゅうじょ)()()ったラグシードがすばやく(むすめ)()()こした。


(しろ)装束(しょうぞく)()にまとい一輪(いちりん)百合(ゆり)のように清楚(せいそ)なその(むすめ)は、(おも)わず見惚(みと)れてしまうような端整(たんせい)顔立(かおだ)ちをしていた。


「──お(ねが)いです!(たす)けてください……(いもうと)が……黒装束(くろしょうぞく)(おとこ)()れていかれたんです!」


懇願(こんがん)するように(ひとみ)(うる)ませた(こえ)(ぬし)は、(とし)のころ二十歳(はたち)くらいの修道女(しゅうどうじょ)だった。


()(とお)るような(しろ)(はだ)に、(りん)としたつぶらな(ひとみ)印象的(いんしょうてき)だ。


「どうする?ロジオン。どっちみち(おれ)たちもこれから(なか)潜入(せんにゅう)するところだ」


(ほう)ってはおけないよね。お(じょう)さん、危険(きけん)なのであなたはここで()っていてください。(ぼく)たちが(いもうと)さんを(たす)けられるよう……最善(さいぜん)をつくします」


「いいえ!一緒(いっしょ)()かせてください」


()かけによらず気迫(きはく)()ちた表情(ひょうじょう)で、修道女(しゅうどうじょ)はロジオンにつめよった。


(きみ)正気(しょうき)()っているの?これから(ぼく)たちが潜入(せんにゅう)する場所(ばしょ)は、状況(じょうきょう)しだいでは()きて(かえ)ってこれないかもしれない邪教徒(じゃきょうと)巣窟(そうくつ)なんだよ」


「つまり(おれ)たちは自分(じぶん)のことで精一杯(せいいっぱい)で、あんたを(まも)りきる保障(ほしょう)はできないんだ」


なんとか(むすめ)説得(せっとく)しようと、ラグシードは(きび)しい現実(げんじつ)()きつけた。


危険(きけん)なことくらいわかっています……!でも、(わたし)はどうしても(いもうと)(たす)けたいんです」


敬虔(けいけん)信徒(しんと)()につける(ぎん)のロザリオが、彼女(かのじょ)決意(けつい)をあらわすように光輝(ひかりかがや)いた。 


「これでも修道院(しゅうどういん)太陽(たいよう)女神(めがみ)(さま)のもと修行(しゅぎょう)()み、高位(こうい)神聖魔法(しんせいまほう)習得(しゅうとく)しました」


「へぇ」と感心(かんしん)したように、ラグシードが意外(いがい)そうに修道女(しゅうどうじょ)()つめた。


「だから自分(じぶん)()くらいは(まも)れます。けしてご迷惑(めいわく)はかけません!それと以前(いぜん)……いけないとは(おも)ったのですが、(いもうと)(さそ)われるままに集会(しゅうかい)参加(さんか)したことがあるんです。なので(すこ)しは内部(ないぶ)にくわしいかと……」


道案内(みちあんない)してくれるっていうの?」


ロジオンがたずねると、(むすめ)力強(ちからづよ)(くび)をたてにふった。


ラグシードが調達(ちょうたつ)してきた地下都市(ちかとし)古地図(こちず)だけでは、探索(たんさく)するのは少々心(しょうしょうこころ)もとないと(おも)っていたところだったのだ。


()まり、だな?」


危険(きけん)承知(しょうち)で──それでも(ぼく)たちに同行(どうこう)したいんですね?」


(むすめ)無言(むごん)のまま、真剣(しんけん)表情(ひょうじょう)でこくりとうなずいた。


「じゃ、手短(てみじか)自己紹介(じこしょうかい)を。(おれ)剣士(けんし)でラグシードっていうんだ。こいつの護衛(ごえい)をしてる」


(ぼく)魔法使(まほうつか)いのロジオン。とある事情(じじょう)(ぼく)たちは『(くろ)(へび)』グロリオーザの教主(きょうしゅ)(さが)してるんだ」


「そうですか──(わたし)()はグランシア。アトゥーアンの大聖堂(だいせいどう)(つか)える修道女(しゅうどうじょ)です」

        ☆

(とびら)()けると教会(きょうかい)はすでにもぬけの(から)だった。


礼拝堂(れいはいどう)一直線(いっちょくせん)にのびる回廊(かいろう)(すす)むと、グランシアは祭壇上(さいだんじょう)にあった左右(さゆう)燭台(しょくだい)()にとった。


そして、慎重(しんちょう)中央(ちゅうおう)幾何学的(きかがくてき)紋様(もんよう)のくぼみにはめこんだ。


瞬間(しゅんかん)地鳴(じな)りのような轟音(ごうおん)とともに(いし)(ゆか)(ひら)き、通路(つうろ)とおぼしき階段(かいだん)出現(しゅつげん)した。


ひゅうという歓声(かんせい)のようなラグシードの口笛(くちぶえ)(ひび)く。


地下(ちか)()きだまった冷気(れいき)が、こちらに容赦(ようしゃ)なく()きつけてくる。ロジオンは(おも)わずぶるぶるっと()をすくめた。


「とにかく()りるしか()はないみたいだ」


三人(さんにん)はセルフィンをお(とも)()れて、慎重(しんちょう)地下通路(ちかつうろ)への階段(かいだん)()りていった。


「うわっ。あんのじょう、まっ暗闇(くらやみ)だな……」


セルフィンの()(やみ)(なか)でそこだけ(ひか)っている。さすが(けもの)だけあって()()くのだ。


『フォーチュン・タブレット第五篇(だいごへん)(ほし)魔法円(まほうえん)


ロジオンは背中(せなか)からロッドを()()り、灯火(ともしび)魔法(まほう)(とな)えた。


漆黒(しっこく)(やみ)()らす暁星(ぎょうせい)! 】


魔法石(まほうせき)(ほのお)のように(あや)しくゆらめき、周囲(しゅうい)をまぶしく()らし()した。


視界(しかい)(あか)るくひらけて()えると、地下都市(ちかとし)のほとんどが石造(いしづく)りで出来(でき)ているようだった。


(おも)いのほか内部(ないぶ)広大(こうだい)規模(きぼ)をほこっており、さながら迷宮(めいきゅう)のようだった。


(かれ)らの()()には、歳月(さいげつ)()石壁(いしかべ)通路(つうろ)直線上(ちょくせんじょう)にえんえんと(つづ)いている。


(わたし)憶測(おくそく)ですが、(いもうと)()()られた場所(ばしょ)はおそらく主祭壇(しゅだいだん)()信者(しんじゃ)たちの(つど)いの()であるだけではなく、信仰(しんこう)のために……その…供物(くもつ)を……」


それ以上言(いじょうい)わなくてもいい、というようにロジオンはグランシアの言葉(ことぼ)(せい)した。


案内(あんない)してください。きっと(ぼく)(さが)している人物(じんぶつ)もそこにいるはず……!」 


「あなたも(だれ)大切(たいせつ)(ひと)(うば)われたのですか?」


ふいにかけられたその言葉(ことば)に、(とお)()犠牲(ぎせい)となった(あに)義母(ぎぼ)姿(すがた)(おも)()こして、(かれ)はひどく神妙(しんみょう)気分(きぶん)におちいった。


「──いや、とうの(むかし)()くしました。今日(きょう)はその(とむら)いです」


修道女(しゅうどうじょ)はそれ以上口(いじょうくち)(はさ)まず、沈黙(ちんもく)(まも)ったまま足早(あしばや)(さき)(いそ)いだ。



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