63.孤独と愛は、限りなく近い場所にある

文字数 2,641文字

「……とんだ邪魔(じゃま)(はい)ったものね。でもロジオン、よぅく(おぼ)えておいて。(こい)なんかするもんじゃないってこと。(おとこ)はまんまと()かけに(だま)されるけど、(おんな)って(こわ)()(もの)なのよ?」


不敵(ふてき)微笑(ほほえ)むマティルデの言葉(ことば)は、容易(ようい)には(あらが)えないような、おぞましい呪詛(じゅそ)()()ちていた──


(わたし)のあなたへの(あい)偽善(ぎぜん)だったように、(きず)つけ裏切(うらぎ)られて()(こころ)もズタズタになる。(あい)せば(あい)するほど、ね。(おんな)愛情(あいじょう)なんてすべて(まぼろし)(もろ)くも(はかな)いものなのよ……」


(あい)による裏切(うらぎ)り………。


それは(ひと)(こころ)容赦(ようしゃ)なく刃物(はもの)で、うすくうすく()()るように(きず)つけるものだ。


(とき)()つことで、傷口(きずぐち)()えたような錯覚(さっかく)(おちい)るが、それはただの錯覚(さっかく)なのかもしれない。


(……義母(かあ)さん……。あなたをここまで()いつめたのは、その『(あい)』なのかもしれない。(とう)さんへの(あい)(にい)さんへの(あい)……。そして、(ぼく)への『愛憎(あいぞう)』……)


少年(しょうねん)はあえぐように(かた)上下(じょうげ)させ、言葉(ことば)(うしな)ったままその()()ちつくしている。


(ぼく)義母(かあ)さんや(にい)さんから愛情(あいじょう)をうばっておいて、自分(じぶん)だけ『(あい)』を(はぐく)もうとしていた。……(おお)くの人間(にんげん)犠牲(ぎせい)にして()られた愛情(あいじょう)。そんな(むし)()すぎる(あい)(じょう)なんて、本物(ほんもの)(あい)だと()えるんだろうか……?) 


(こころ)根底(こんてい)がえぐり()られたように、(きし)んで悲鳴(ひめい)をあげていた──


何年(なんねん)放置(ほうち)していた(こころ)(うつ)ろが、(ふたた)びぽっかりと(あな)()け、自分(じぶん)()みこもうとしている。


孤独(こどく)』という()()てしなく(ひろ)がる暗闇(くらやみ)


(だれ)(あい)しちゃいけない。(だれ)(しん)じちゃいけない。(だれ)かを(こころ)から(あい)したところで、やがて裏切(うらぎ)裏切(うらぎ)られて、結局(けっきょく)またふりだしに逆戻(ぎゃくもど)り。(ひと)りぼっちに(もど)るくらいなら……最初(さいしょ)から(だれ)(あい)さないほうがいい。そうすれば(だれ)(きず)つかないし、(だれ)(きず)つけない……。永遠(えいえん)の『孤独(こどく)』のなかでひたすら(ねむ)(つづ)ければいい……)


ある(しゅ)甘美(かんび)誘惑(ゆうわく)が、ロジオンを懐柔(かいじゅう)しようとしていた。


「──だまされないで!」


その(とき)重苦(おもくる)しい静寂(せいじゃく)()(やぶ)るように、アナベルの(はげ)しい(さけ)びがこだました。


「あら、ろくに(こい)なんてしたこともないような小娘(こむすめ)に、なにがわかるのかしら?」


小馬鹿(こばか)にしたようなマティルデの発言(はつげん)には(みみ)()さず、アナベルはキッと(くちびる)()()めた。


そして、いつになく真剣(しんけん)表情(ひょうじょう)でロジオンにつめ()った。 


「そんな(おんな)のくだらない(おど)しに()っかかっちゃだめ!彼女(かのじょ)はあなたの闘争心(とうそうしん)(うしな)わせようと必死(ひっし)なのよ。それと──!」


アナベルはいったん躊躇(ちゅうちょ)したように(くち)ごもると、一呼吸(ひとこきゅう)おき、(おこ)ったように(いきお)いにまかせて言葉(ことば)()()した。


「あなたって(ひと)は、他人(ひと)(こころ)(ぬす)んでおいて勝手(かって)記憶(きおく)封印(ふういん)するわ、さっきだってあたしだけ()がそうとしたでしょう!どうしてそう一人(ひとり)よがりなの!?」


どこか(とお)くのほうで、必死(ひっし)(うった)えるアナベルの(こえ)()こえる。


ロジオンは意識(いしき)片隅(かたすみ)でぼんやりとそれを(かん)じながら、自分(じぶん)(こころ)奥底(おくそこ)(もぐ)っていた。


一人(ひとり)よがり……?そうだ、(ぼく)はいつだって一人(ひとり)だった……。(だれ)かがそばにいても、()えず(ぼく)一人(ひとり)だという(おも)いが(ぬぐ)いきれずにいた。だって、しょうがないだろう?(だれ)かを(たよ)ったって、それがあてにならないときがある。(だれ)かを(しん)じたって、裏切(うらぎ)られたり失望(しつぼう)するときがある。もう、そういうのは(つか)れたんだよ……。一人(ひとり)でたたかって、一人(ひとり)()ぬ。それのなにがいけないっていうんだ……?)


孤独(こどく)という()暗闇(くらやみ)は、依然(いぜん)(かれ)(こころ)をつかんだまま(はな)さなかった。


ロジオンはうつむいたまま、(しず)かに(くち)(ひら)いた。


「……アナベル……。どうして(きみ)はこんな(ぼく)をほっといてくれないんだ?」


絶望(ぜつぼう)()ちたその横顔(よこがお)を、少女(しょうじょ)(しん)じられないといった表情(ひょうじょう)()つめていた。


「そんな簡単(かんたん)なこともわからないの……?」


「……………………」


「どうしてあたしを(しん)じてくれないの……?」


「……………………」


「あたしが(きら)いなの……?」


「──ちがう!」


最後(さいご)質問(しつもん)だけ(はげ)しく否定(ひてい)して、(かれ)はふたたび(くち)()ざした。


しかし、そのときすでに(かれ)一人(ひとり)ではなかった。


少年(しょうねん)のかたわらには、切実(せつじつ)自分(じぶん)(おも)いの(たけ)をぶつけてくる少女(しょうじょ)姿(すがた)があった。


「じゃあ、お(ねが)いだから(すこ)しはあたしのこと(たよ)ってよ……!もっと信用(しんよう)してくれたっていいんじゃないの!?」


「…………………!」


「──ねえ、いい加減(かげん)あたしの気持(きも)ちに()づいて──。あなたを(こころ)から(あい)してる人間(にんげん)が、(いま)こうして()(まえ)にいるってことを──!」


ロジオンははっとしたように瞳孔(どうこう)見開(みひら)くと、(はじ)かれたように(かお)をあげた。


()つめた視線(しせん)(さき)に、一人(ひとり)少女(しょうじょ)()っていた。


「………ね?」


少女(しょうじょ)はそこにいた。


ずっとずっと(まえ)から、少女(しょうじょ)(かぎ)りなく自分(じぶん)(ちか)場所(ばしょ)にいてくれたのだ。


(なが)いあいだ、自分(じぶん)()がつかなかっただけで。


(かれ)脱力(だつりょく)したようにふっと(かた)(ちから)()くと、その少女(しょうじょ)()()んだ。


「……アナベル……!」


「……大好(だいす)きよ。ロジオン……!」


(うる)んだ(ひとみ)(あい)(しずく)待機(たいき)させて、(いと)しい少女(しょうじょ)(いた)わるように(かれ)背中(せなか)()した。


するとどうだろう。


少年(しょうねん)()(まえ)景色(けしき)が、(きゅう)見通(みとお)しのよい平原(へいげん)のように(ひら)けてゆく実感(じっかん)(あじ)わった──
 

今日(こんにち)まで(じょう)()ざされていた(とびら)開放(かいほう)され、さわやかな旋律(せんりつ)をともなって乙女(おとめ)(おも)いが意識(いしき)(なが)れこんでくるのを(かん)じていた。


「……『(ねむ)れる(とびら)呪縛(じゅばく)(やぶ)りし封印(ふういん)()(はな)乙女(おとめ)』……」


ロジオンはどこか(ゆめ)のなかにでもいるような心持(こころも)ちでつぶやいた。


「……やっぱり(きみ)だった。(ぼく)(こころ)(ひら)いてくれたのは……。ありがとう、アナベル。おかげで勇気(ゆうき)()いてきたみたいだ」


(かれ)眼前(がんぜん)に、(けわ)しい山脈(さんみゃく)(つら)なり屹立(きつりつ)している。


まるで()()(はば)むように難所(なんしょ)()せつける、宿命(しゅくめい)という()過酷(かこく)ないばらの(みち)


少年(しょうねん)はその試練(しれん)に、今度(こんど)こそ()げずに果敢(かかん)(いど)もうとしていた──


『──フォーチュン・タブレット第七篇(だいななんへん)(つき)魔法円(まほうえん)


()まっていたはずの時計(とけい)(はり)が、ついに(うご)()したのだ。


祝福(しゅくふく)(たて)となれ白銀(はくぎん)加護(かご)! 】


普段(ふだん)よりいっそう強力(きょうりょく)(ひかり)粒子(りゅうし)が、二人(ふたり)(つつ)みこむように集結(しゅうけつ)した。


(ぼく)らを(まも)結界(けっかい)だ。危険(きけん)だから、絶対(ぜったい)にそこから()ちゃいけないよ」


「あの呪文(じゅもん)使(つか)うつもりなのね……」


不安(ふあん)そうな表情(ひょうじょう)真摯(しんし)()けとめると、『安心(あんしん)して』とわずかに微笑(ほほえ)んでみせる。


(ぼく)のせいいっぱいのお(ねが)()いてくれる?……今度(こんど)こそ、(きみ)(ちから)()りてもいいかな」


アナベルの表情(ひょうじょう)がぱっと光輝(ひかりかがや)いた。


(いま)までのように庇護(ひご)される(がわ)ではなく、今度(こんど)こそ対等(たいとう)にロジオンの(やく)()つことが(もと)められたのだ。


最初(さいしょ)からそのつもりでここにいるんじゃない。(あま)()ないでくれる?これから(さき)なにが()ころうと覚悟(かくご)はできてるわ。『フォルトナの契約(けいやく)』を()わしましょう!」


二人(ふたり)交互(こうご)()見交(みか)わせて、微笑(ほほえ)んだ。



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