2.昨日は昨日、今日は今日

文字数 1,736文字




ともあれマインスター()姉妹(しまい)は、たった(いま)ホテルのレストランでおそい朝食(ちょうしょく)()えて、食後(しょくご)のお(ちゃ)のまっ最中(さいちゅう)だった。


二人(ふたり)はちょっとした骨休(ほねやす)めにと、アトゥーアンの(みやこ)西側(にしがわ)位置(いち)する、高級温泉保養地(こうきゅうおんせんほようち)マルヴェラを(おとず)れていたのだ。


「いい(なが)めね………」


ティータイムの()(やす)めて、キャスリンがつぶやく。


「おとぎの(くに)(まよ)いこんだみたいって、いつも(おも)うわ」


緑豊(みどりゆた)かな渓流沿(けいりゅうぞ)いのテラス(せき)で、アナベルがまどろんだような視線(しせん)をむけた。


並木(なみき)()えるメインストリートには、レストランやカフェ、(うつく)しくディスプレイされた土産物屋(みやげものや)にかわいらしい菓子屋(かしや)など。


パステルをたてに(なら)べたような、色あざやかな店舗(てんぽ)林立(りんりつ)している。


温泉郷(おんせんきょう)にふさわしい、しっとりした居心地(いごこち)のよい(まち)である。


(とお)りを()()人々(ひとびと)(みな)楽しそうで、非日常(ひにちじょう)空気(くうき)を思いきり満喫(まんきつ)しているようだった。


食事(しょくじ)をとうに()えているにもかかわらず、胃袋(いぶくろ)はまだ物足(ものた)りないとねだっているようだ。


(うつ)ろな(こころ)をせめて(あま)いお菓子(かし)()たそうと、テーブルの(さら)()られた老舗菓子店(しにせかしてん)新作(しんさく)に手をのばすと、アナベルはあまり期待(きたい)せず口にはこんだ。


「あら、これ美味(おい)しい………!」


(おも)わず賛美(さんび)(こえ)自然(しぜん)(くち)からもれていた。


「お()()していただけましたか?」


給仕係(きゅうじがかり)のハンサムなウェイターが、すかさず極上(ごくじょう)()みを彼女(かのじょ)(おく)って()こした。


茶色(ちゃいろ)制服(せいふく)についた(きん)肩章(かたしょう)(おとこ)ぶりをあげている。


普通(ふつう)(むすめ)ならば思わず(かお)(あか)らめるような色男(いろおとこ)だった。


だが今は、彼女(かのじょ)(こころ)(とら)らえるだけの威力(いりょく)はない。


アナベルは(かる)(くち)もとに微笑(びしょう)(つく)るだけにとどめた。


「それにしても、いつ()てもくつろげるわよねぇ。この(まち)は」


テラス(せき)優雅(ゆうが)食後(しょくご)のお(ちゃ)()みながら、(あね)満足(まんぞく)そうに微笑(ほほえ)んだ。


「そうね。でもなんだか退屈(たいくつ)………」


(ゆめ)はしょせん絵空事(えそらごと)


現実(げんじつ)()こりうることなどまずありえない。


そう(あたま)でわかっているからこそ余計(よけい)腹立(はらだ)たしく、()げやりな口調(くちょう)少女(しょうじょ)はぼやきをもらした。


「あなたらしくないわねえ。昨日(きのう)まではあんなに(たの)しそうにはしゃいでいたのに。今日(きょう)はなんだか元気(げんき)がないのね」


昨日(きのう)昨日(きのう)今日(きょう)今日(きょう)だわ。あたしは(つね)(いま)()きているの!」


(いま)』のところを(とく)強調(きょうちょう)して()うと、彼女(かのじょ)()(さら)けの上にガチャッと(はげ)しく(おと)()ててカップを()いた。


はしたないと(あね)(まゆ)をしかめるのを()にもとめず、アナベルは記憶(きおく)(なか)少年(しょうねん)(おも)いをはせながら、夢見(ゆめみ)がちな口調(くちょう)でこう()った。


「なにか(むね)がときめくようなことが()こらないかしら?」


(いもうと)病気(びょうき)がまた(はじ)まったとばかりに、(あね)露骨(ろこつ)にうんざりとした表情(ひょうじょう)()かべた。


「ねぇ、なにかあったの?」


ふいにキャスリンからたずねられて、アナベルははっとしたように(われ)にかえった。


()(まえ)のティーカップから湯気(ゆげ)が立ち、(かぐわ)しい(にお)いが(ただよ)ってきた。


今日(きょう)のあなたなんだか(へん)よ?(あさ)から物思(ものおも)いにふけったり、うわの(そら)だったりして………」


「…………………」


「かと(おも)うと(いま)みたいに興奮(こうふん)して、カップをがちゃん!と()いてみたりして」


「──今日(きょう)(ゆめ)はちょっと特殊(とくしゅ)なのよ………」


きまり(わる)そうにそう(こた)えると、神妙(そんみょう)面持(おもも)ちでアナベルは言葉(ことば)をにごした。


その微妙(びみょう)()でなにかを(さっ)したのか、キャスリンはやや()りこむような口調(くちょう)でつめよってきた。


「また、(ちょう)になった(ゆめ)?……ううん、あなたを(とりこ)にするくらいだもの。きっと素敵(すてき)王子様(おうじさま)でも()てきたんでしょ?」


(………みょうにカンが(するど)い………!)


アナベルは(こころ)のなかでうなった。


ロマンス小説(しょうせつ)敬愛(けいあい)する(あね)のことである。


自分(じぶん)妄想(もうそう)刺激(しげき)するような、夢物語(ゆめものがたり)(よわ)いのだ。


このまま沈黙(ちんもく)()()ろうとしても、(かなら)(くち)をわらせようとするだろう。


(あね)()には(はや)くも、好奇心(こうきしん)(ほのお)がゆらめいていた。


「ねぇ、もったいぶらないで(おし)えなさいよ──」


(あね)迫力(はくりょく)()されて、しぶしぶ(こえ)を出そうとして、アナベルはふいに(のど)(おく)()めつけられるような()がした。


(だれ)かに(はな)したいようで(はな)したくないような、なんともいえない不思議(ふしぎ)気持(きも)ち。


自分の(むね)のうちだけにひっそりとどめておきたい──そんな郷愁(きょうしゅう)にも()気分(きぶん)(おそ)われたのだ。


なぜかは、わからない──


だが、あまりにも興味津々(きょうみしんしん)()ちかまえている(あね)無視(むし)するわけにもいかず………


人好(ひとよ)しのアナベルは気乗(きの)りしないようすで、(ゆめ)のなかの少年(しょうねん)記憶(きおく)(かた)りはじめた。


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