ともあれマインスター
家の
姉妹は、たった
今ホテルのレストランでおそい
朝食を
終えて、
食後のお
茶のまっ
最中だった。
二人はちょっとした
骨休めにと、アトゥーアンの
都の
西側に
位置する、
高級温泉保養地マルヴェラを
訪れていたのだ。
「いい
眺めね………」
ティータイムの
手を
休めて、キャスリンがつぶやく。
「おとぎの
国に
迷いこんだみたいって、いつも
思うわ」
緑豊かな
渓流沿いのテラス
席で、アナベルがまどろんだような
視線をむけた。
並木が
映えるメインストリートには、レストランやカフェ、
美しくディスプレイされた
土産物屋にかわいらしい
菓子屋など。
パステルをたてに
並べたような、色あざやかな
店舗が
林立している。
温泉郷にふさわしい、しっとりした
居心地のよい
街である。
通りを
行き
交う
人々は
皆楽しそうで、
非日常の
空気を思いきり
満喫しているようだった。
食事をとうに
終えているにもかかわらず、
胃袋はまだ
物足りないとねだっているようだ。
虚ろな
心をせめて
甘いお
菓子で
満たそうと、テーブルの
皿に
盛られた
老舗菓子店の
新作に手をのばすと、アナベルはあまり
期待せず口にはこんだ。
「あら、これ
美味しい………!」
思わず
賛美の
声が
自然に
口からもれていた。
「お
気に
召していただけましたか?」
給仕係のハンサムなウェイターが、すかさず
極上の
笑みを
彼女に
送って
寄こした。
茶色い
制服についた
金の
肩章が
男ぶりをあげている。
普通の
娘ならば思わず
顔を
赤らめるような
色男だった。
だが今は、
彼女の
心を
捕らえるだけの
威力はない。
アナベルは
軽く
口もとに
微笑を
作るだけにとどめた。
「それにしても、いつ
来てもくつろげるわよねぇ。この
街は」
テラス
席で
優雅に
食後のお
茶を
飲みながら、
姉は
満足そうに
微笑んだ。
「そうね。でもなんだか
退屈………」
夢はしょせん
絵空事。
現実に
起こりうることなどまずありえない。
そう
頭でわかっているからこそ
余計に
腹立たしく、
投げやりな
口調で
少女はぼやきをもらした。
「あなたらしくないわねえ。
昨日まではあんなに
愉しそうにはしゃいでいたのに。
今日はなんだか
元気がないのね」
「
昨日は
昨日、
今日は
今日だわ。あたしは
常に
今を
生きているの!」
『
今』のところを
特に
強調して
言うと、
彼女は
受け
皿けの上にガチャッと
激しく
音を
立ててカップを
置いた。
はしたないと
姉が
眉をしかめるのを
気にもとめず、アナベルは
記憶の
中の
少年に
想いをはせながら、
夢見がちな
口調でこう
言った。
「なにか
胸がときめくようなことが
起こらないかしら?」
妹の
病気がまた
始まったとばかりに、
姉は
露骨にうんざりとした
表情を
浮かべた。
「ねぇ、なにかあったの?」
ふいにキャスリンからたずねられて、アナベルははっとしたように
我にかえった。
目の
前のティーカップから
湯気が立ち、
香しい
匂いが
漂ってきた。
「
今日のあなたなんだか
変よ?
朝から
物思いにふけったり、うわの
空だったりして………」
「…………………」
「かと
思うと
今みたいに
興奮して、カップをがちゃん!と
置いてみたりして」
「──
今日の
夢はちょっと
特殊なのよ………」
きまり
悪そうにそう
答えると、
神妙な
面持ちでアナベルは
言葉をにごした。
その
微妙な
間でなにかを
察したのか、キャスリンはやや
斬りこむような
口調でつめよってきた。
「また、
蝶になった
夢?……ううん、あなたを
虜にするくらいだもの。きっと
素敵な
王子様でも
出てきたんでしょ?」
(………みょうにカンが
鋭い………!)
アナベルは
心のなかでうなった。
ロマンス
小説を
敬愛する
姉のことである。
自分の
妄想を
刺激するような、
夢物語に
弱いのだ。
このまま
沈黙で
押し
切ろうとしても、
必ず
口をわらせようとするだろう。
姉の
瞳には
早くも、
好奇心の
炎がゆらめいていた。
「ねぇ、もったいぶらないで
教えなさいよ──」
姉の
迫力に
押されて、しぶしぶ
声を出そうとして、アナベルはふいに
喉の
奥が
締めつけられるような
気がした。
誰かに
話したいようで
話したくないような、なんともいえない
不思議な
気持ち。
自分の
胸のうちだけにひっそりとどめておきたい──そんな
郷愁にも
似た
気分に
襲われたのだ。
なぜかは、わからない──
だが、あまりにも
興味津々で
待ちかまえている
姉を
無視するわけにもいかず………
お
人好しのアナベルは
気乗りしないようすで、
夢のなかの
少年の
記憶を
語りはじめた。