58.生け贄の台座、いましめの黒い鎖を打ち破れ!

文字数 2,903文字




(……なんなんだここは……?)

    
まぶたを()けると、やや(かすみ)がかったぼんやりとした視界(しかい)で、少年(しょうねん)意識(いしき)をとりもどした。


(うす)いピンクの色彩(しきさい)氾濫(はんらん)する異様(いよう)光景(こうけい)を、(かれ)はまざまざと()つめていた。


(かべ)天井(てんじょう)(ゆか)も、なにもかもがすべてピンク(いろ)じゃないか。()(くる)ってる……。ここがグロリオーザの大聖堂(だいせいどう)だっていうのか?)


あらためて大聖堂(だいせいどう)見渡(みわた)すと、(へび)のようにねじれたピンク(いろ)(はしら)が、螺旋(らせん)(えが)きながら(たか)天井(てんじょう)(ささ)えて林立(りんりつ)している。


祭壇(さいだん)(まも)るように(ふた)つの石像(せきぞう)がそびえ、壁面(へきめん)には巨大(きょだい)(へび)のレリーフが象徴的(しょうちょうてき)(かか)げられている。


ごてごてとした装飾過剰(しょうしょくかじょう)祭壇(さいだん)には、燭台(しょくだい)(あか)りが(あや)しげにゆらめいていた。


聖堂内(せいどうない)壁面(へきめん)はすべて、()(もの)体内(たいない)のように(うす)いピンク(いろ)統一(とういつ)されている。


ぬらぬらとした気色(きしょく)(わる)質感(しつかん)をともなって(にぶ)(ひかり)(はな)っていた。


(まるで母親(ははおや)胎内(たいない)のようだ……)


ロジオンは気味(きみ)(わる)さと同時(どうじ)に、わずかながら奇妙(きみょう)(やす)らぎを(かん)じてとまどっていた。


少年(しょうねん)朦朧(もうろう)とした意識(いしき)をどうにかシャンと()(なお)らせようとして、とりあえず()()こそうと(こころ)み……そして()がついた。


自分(じぶん)手足(てあし)が、(くろ)(くさり)拘束(こうそく)されているという事実(じじつ)に。


皮肉(ひにく)にも(かれ)(しば)りつけられている台座(だいざ)だけが、(からす)()羽色(はいろ)のような漆黒(しっこく)黒曜石(こくようせき)(きず)かれていた。


臓物(ぞうもつ)をささげる『(くろ)(へび)』の台座(だいざ)らしいや。……このまま(ぼく)生贄(いけにえ)にされるのか?)


(かれ)はいぶかしげに周囲(しゅうい)()まわした。()はりは(だれ)もいないようだ。


もちろんムスタインの姿(すがた)()えている。


(でも、これくらいの拘束具(こうそくぐ)なら呪文(じゅもん)でいくらでも破壊(はかい)できる。(ぼく)(ちから)()くびっているのか……?)


奇妙(きみょう)なものだ。自分以外(じぶんいがい)(ひと)気配(けはい)というものがまったく(かん)じられない。


もっと警戒(けいかい)してもいいはずなのに、この無防備(むぼうび)なほどの静寂(せいじゃく)はなんだろう。


(とにかく、油断(ゆだん)禁物(きんもつ)だ──!すぐにでも拘束具(こうそくぐ)から開放(かいほう)されなければ)


ロジオンは全身(ぜんしん)神経(しんけい)をはりめぐらせると、(ひたい)意識(いしき)集中(しゅうちゅう)させて、魔法力(まほうりょく)発動(はつどう)した。


『フォーチュン・タブレット第五篇(だいごへん)(ほし)魔法円(まほうえん)


(いまし)めの(くさり)()(やぶ)蒼穹(そうきゅう)(ほし)! 】


かっ!とまばゆい(ひかり)(かれ)体内(たいない)から放出(ほうしゅつ)した。


その神々(こうごう)しい(かがや)きに(つつ)まれると、頑丈(ごうじょう)(くさり)はもろくもくずれさり少年(しょうねん)()(はな)たれた。


ゆっくりと()()こすと、ロジオンは(かぶり)をふった。


(ふく)のポケットに()をつっこむと、(かく)()っていた霊草(れいそう)(まよ)わず(くち)にふくむ。


いまは(すこ)しでも体力(たいりょく)回復(かいふく)しておきたかったのだ。


ムスタインにつけられた背中(せなか)(きず)は、出血(しゅっけつ)はすでに()まっていたが、ときおり(うず)くような(いた)みが()()いていた。


そんな(きず)(いた)みと同時(どうじ)()きあがったのは、彼自身(かれじしん)(こころ)(いた)みだった。


(アナベル……(きみ)にもしものことがあったら(ぼく)は……。どうか無事(ぶじ)でありますように)


ロジオンは(いと)しい少女(しょうじょ)姿(すがた)(おも)()かべると、(こころ)奥底(おくそこ)から(かみ)(いの)りをささげた。

        ☆

「──ちょっと!大丈夫(だいじょうぶ)っ!?」


(さけ)(ごえ)()こえて、リームが心配(しんぱい)そうに自分(じぶん)(ひとみ)をのぞきこんでいるのに()がついた。


わずか数十秒(すうじゅうびょう)という(みじか)(あいだ)だが、意識(いしき)(うしな)いかけていたのかと、ラグシードは内心(ないしん)苦笑(にがわら)いした。


あれから何回攻撃(なんかいこうげき)()けたことだろうか?


(さき)ほどコーネリアがリームに()けて(はな)った魔法(まほう)


(かれ)(みずか)(たて)となって彼女(かのじょ)をかばい、その衝撃(しょうげき)をまともに()らって(たお)れたのだ。


「あらあら。まったく……()けるわね。あんなに(やさ)しく愛撫(あいぶ)してくれたのに、今度(こんど)はその(おんな)愛情(あいじょう)をそそぐつもりなのね」


そんな二人(ふたり)のようすをせせら(わら)いながら、からかうような調子(ちょうし)でコーネリアがつぶやく。


「あきれるくらい(うつ)()(はや)(ひと)。……でもそんな貴方(あなた)魅力的(みりょくてき)よ。ねえ、ラグシード。貴方(あなた)(わたし)忠誠(ちゅうせい)(ちか)うなら彼女(かのじょ)(たす)けてやってもいいけど?」


その言葉(ことば)にかっとしたリームは、司祭(しさい)(おんな)(にら)みつけると即座(そくざ)要求(ようきゅう)をつっぱねた。


「そんなの(わたし)がお(ことわ)りよっ!」


「あら、()れた欲目(よくめ)(かれ)をかばうの?自分(じぶん)()のほうが大事(だいじ)じゃなくて?」


「さっきからなにか勘違(かんちが)いしてるんじゃない?(わたし)恋人(こいびと)でもなんでもないし、(かれ)身代(みが)わりにして(たす)けてもらう義理(ぎり)はないのよ」


「へぇ~。でも(おんな)直感(ちょっかん)でわかるのよねぇ。()()わない(おんな)はもれなく自分(じぶん)恋敵(ライバル)になるってね。貴女(あなた)無理(むり)しちゃってない?」


「……そうなのか?」


(よこ)たわったままのラグシードが意外(いがい)そうにつぶやくと、意味深(いみしん)視線(しせん)()げかけた。


「あんたは(だま)ってて!(いま)はこの(おんな)(はな)してるのよっ!」


リームは視線(しせん)()わせようともせず、(かれ)言葉(ことば)(はげ)しく()()した。


「ムキになっちゃって、可愛(かわい)らしいわね。乙女(おとめ)純情(じゅんじょう)ってやつかしら。ラグシードは手当(てあ)たりしだい(だれ)にでも()をつけるんだから、貴女(あなた)だってその一人(ひとり)にすぎないのよ?」


「リーム、(おれ)はそういうつもりじゃ……」


「あんたは(だま)っててって()ってるでしょ!?(はなし)をこれ以上(いじょう)こじらせないで!」


するどい剣幕(けんまく)言葉(ことば)(さえぎ)ると、彼女(かのじょ)(ひそ)かに(うし)()髪飾(かみかざ)りをはずした。


萌黄色(もえぎいろ)(なが)(かみ)が、ほどけてしずかに(ひろ)がる。


(くち)(うご)かさないように()(くば)りながら、エルフの(むすめ)何事(なにごと)かをつぶやいた。


「こじらせてるのは貴女(あなた)のほうでしょ。いい加減(かげん)素直(すなお)気持(きも)ちを(みと)めちゃいなさいよ。往生際(おうじょうぎわ)(わる)(おんな)ね。(かれ)はなんでこんな(おんな)がいいのかしら」


落胆(らくたん)したようにコーネリアがささやくと、それまで傍観(ぼうかん)していたサルヴァルが(しび)れを()らしたように(くち)をはさんだ。


「そろそろお(あそ)びはやめたらどうだ?さっさとその(おんな)(かた)づけろ」


「わかってるわ。純真(じゅんしん)なお(じょう)さんをいたぶるのが(たの)しかっただけ。言葉攻(ことばぜ)めって快感(かいかん)ね」


()ねたような(くち)ぶりで、司祭(しさい)(おんな)はサルヴァルに()かってしなを(つく)った。


そこに一瞬(いっしゅん)(すき)(しょう)じた!


妖精(ようせい)()よ!すべてを見通(みとお)千里眼(せんりがん)で、(てき)心蔵(しんぞう)一撃(いちげき)()()いて……!!!』


まるで妖精(ようせい)(はね)乱舞(らんぶ)するように光源(こうげん)髪飾(かみかざ)りに集結(しゅうけつ)した。


(ひかり)精霊(せいれい)(ちから)でリームの両手(りょうて)に、神々(こうごう)しく(かがや)弓矢(ゆみや)()()される。


即座(そくざ)俊敏(しゅんびん)動作(どうさ)妖精(ようせい)()(はな)つ。


(ねら)いすまされたその一矢(いっし)(ちゅう)無駄(むだ)のない軌跡(きせき)(えが)いて、見事(みごと)コーネリアの心臓(しんぞう)一息(ひといき)(つらぬ)いた。


「ぎぃぃやぁぁぁあああっ!!」


壮絶(そうぜつ)断末魔(だんまつま)(さけ)びをあげて『(くろ)(へび)』の(おんな)跡形(あとかた)もなく消滅(しょうめつ)した。


「ちっ!油断(ゆだん)しやがって……」


サルヴァルが舌打(したう)ちすると憎々(にくにく)しげに()()てた。


「やったな!(おれ)()がある素振(そぶ)りをしたのも、あいつを陽動(ようどう)するための心理作戦(しんりさくせん)ってやつ?(おも)わずホレボレしちまったぜ」


おどけたようにラグシードが(こえ)をかけるが、彼女(かのじょ)()()おうとはしなかった。


「さっき()(うしな)ってる(あいだ)に、(かぜ)精霊(せいれい)シルフに(たの)んで、あなたの守護(しゅご)をお(ねが)いしておいたわ」


「おまえってほんと()かりないのな。サンキュー!やる()()てきたぜ」


ラグシードはそう()って彼女(かのじょ)()()ると、ぎゅっと(つよ)(にぎ)()めた。


不本意(ふほんい)にもリームの(ほお)(あか)()まる。


(かれ)勇気(ゆうき)をもらったとでもいうような力強(ちからづよ)表情(ひょうじょう)()かべた。


大丈夫(だいじょうぶ)さ……まだまだやれる」


根拠(こんきょ)のない自信(じしん)ととられても仕方(しかた)がないような台詞(セリフ)(くち)にすると、(かれ)はどうにか()()こして最後(さいご)呪文(じゅもん)をつぶやいた。


これが(かれ)(のこ)された魔法力(まほうりょく)限界(げんかい)だ。


(なんじ)(きよ)めたまえ(いや)しの霊水(れいすい)


ラグシードの生命(せいめい)(ふたた)活力(かつりょく)がみなぎった。


()ててくれ、こいつは(おれ)(かなら)仕留(しと)める!」


いつになく凛々(りり)しい横顔(よこがお)で、(かれ)十字架(じゅうじか)(やり)片手(かたて)()()がった。



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