4.……きらいになっただろうね。ぼくのこと……

文字数 4,302文字




少年(しょうねん)丹精(たんせい)をこめて職人(しょくにん)(つく)られた人形(にんぎょう)みたいだ。


くるくると表情(ひょうじょう)()わる。ゆたかに()まぐれに……それでいて(あい)くるしい。


ストレートの(つや)やかな頭髪(とうはつ)をやさしく()でてやると、少年(しょうねん)気持(きも)ちよさそうに()をつぶった。


めずらしく無言(むごん)になって、大人(おとな)しく()でられるままでいた。


血統書(けっとうしょ)つきの(いぬ)(ねこ)か……。


毛並(けな)みの()動物(どうぶつ)をブラッシングしているような、ゆったりと心癒(こころいや)される時間(じかん)


陶酔(とうすい)にちかい気持(きも)ちになって、レクシーナは(まぶた)()じた。


うとうとと、まどろむように。


でも、(おとこ)()言葉(ことば)をもたない動物(どうぶつ)とはちがい、意思疎通(いしそつう)できる人間(にんげん)()だ。


だから、しっとりとした沈黙(ちんもく)時間(じかん)は、しょせん(なが)くは(つづ)かない。


「……たいくつ……」


少年(しょうねん)がぽつりとつぶやいた。不満(ふまん)をもらすように。


「ごめんなさい。退屈(たいくつ)でしょ。わたしといると……」


「そうじゃなくて!」


悲鳴(ひめい)のような(こえ)言葉(ことば)をさえぎると、卑屈(ひくつ)すぎる少女(しょうじょ)態度(たいど)()()わないとばかりに、(かる)くからだを()しのけた。


「……あ……」


拒絶(きょぜつ)されたような()がして、少女(しょうじょ)(こころ)(なか)をさびしい(かぜ)()()けた。


()むずかしいところのある少年(しょうねん)なのだ。なついたかと(おも)って油断(ゆだん)すると、(きゅう)(きば)をむいて(おそ)いかかってくるような。


独特(どくとく)不安定(ふあんてい)さがある。


こちらを一方的(いっぽうてき)()(みだ)してくるのは、なぜなのか……。少女(しょうじょ)()らない。


「お(ねえ)ちゃんはさ、なんでさっき()いてたの?」


ずっと(こころ)(すみ)()っかかっていたのだろう。少年(しょうねん)(いま)さらのように()になっていたことを(くち)にした。


「なんでって……」


たずねられて、彼女(かのじょ)(くち)ごもった。


少年(しょうねん)言葉(ことば)喚起(かんき)されたように、すっかり(わす)()っていたはずの(むね)(いた)みが、うずくようにして(よみがえ)ってきた。


名前(なまえ)()らない青年(せいねん)姿(すがた)(まぶた)にうかんで、たちまちに一瞬(いっしゅん)にして()えた。


レクシーナは(にが)(もの)()べてしまった直後(ちょくご)のような、(つら)いような(くる)しいような、なんとも複雑(ふくざつ)表情(ひょうじょう)をうかべた。


「どうして(だま)ってるの?()いたくないことなの?ねえ、おしえてよ……!」


はぐらかそうとしても、(おとこ)()はしつこく()いさがってくる。


駄々(だだ)をこねるのは子供(こども)一部(いちぶ)女性(じょせい)特権(とっけん)だ。自分(じぶん)不器用(ぶきよう)でこのところ、さっぱり行使(こうし)できたためしがないが……。


少女(しょうじょ)(かた)でため(いき)をつくと、少年(しょうねん)()つめて途方(とほう)()れた。


(ひま)つぶしのネタを(あた)えられたとばかりに、好奇心(こうきしん)()()ちた(ひとみ)でこちらを()ている。


(かれ)にあきらめるような(きざ)しは、ほんの(すこ)しもうかがえなかった。


(……どうしようか……。でも、まだこんなに(おさな)いんだもの。()ってもわからないわよね……)


(こころ)のどこかで、そう(たか)をくくってしまっていたのだろう。


子供(こども)のわりに(さと)いこの少年(しょうねん)に、彼女(かのじょ)()づくと(くち)をすべらせてしまっていた。


「……(ゆめ)を、()ていたの」


「どんな(ゆめ)?」


「すこしだけ、せつない(ゆめ)……。(ゆめ)(なか)(ひと)とお(わか)れして、ちょっとさみしかったの」


それだけ()って、しずかに微笑(ほほえ)む。


「へぇ、それって()きな(ひと)?」


間髪入(かんぱつい)れずに(こた)えがかえってきて、レクシーナは(おも)わず動揺(どうよう)した。


「ちがうの!最近(さいきん)()えてなくて……それで……」


(こえ)(ふる)えて、予想外(よそうがい)少女(しょうじょ)はとまどう。


そのようすを(くび)をかたむけて少年(しょうねん)は、おもしろそうに(なが)めている。


「なんでそんなに(あか)くなってるの?」


「──っ!?──」


優越感(ゆうえつかん)にあふれたエメラルドの(ひとみ)が、満足気(まんぞくげ)にすっと(ほそ)められた。


少女(しょうじょ)(おも)わず赤面(せきめん)してしまった自分(じぶん)()じたが、なんとか(こころ)冷静(れいせい)にして言葉(ことば)をつづけた。


(ゆめ)のこともあるけど、()いていたのはそれだけじゃなくて……」


「なくて?」


「このところ(ひさ)しぶりに、ずっと一人(ひとり)きりでさみしかったの。お父様(とうさま)遠出(とおで)してまだ(かえ)らないし……。それに、お兄様(にいさま)旅立(たびだ)ってしまって……。()わないままもう二年(にねん)()つわ」


そう()げると少年(しょうねん)は、()をまるくしてあきれたように()った。


「……そんなに(なが)いあいだ(かえ)ってこないの?一度(いちど)も?」


「ええ。だけど、しょうがないのよ」


「しょうがなくないよ。ほったらかしでしょ?お(ねえ)ちゃんのこと……」


少年(しょうねん)(おこ)ったように、(きゅう)親身(しんみ)になってつぶやく。


手紙(てがみ)()いても、あまり返事(へんじ)もくれないのは、どうかと(おも)うけど……」


つられて、レクシーナも本音(ほんね)(くち)をついて()る。


「ずいぶん勝手(かって)だね。薄情者(はくじょうもの)だよ。そいつ……」


「ちがうわ。(やさ)しい(ひと)なのよ。でも、(やさ)しすぎるからこの場所(ばしょ)にいられなくて──」


「──臆病(おくびょう)なだけさ。きっと()げだしたんだ。お(ねえ)ちゃんをほうりだして、自分(じぶん)だけ(そと)世界(せかい)(すく)いをもとめて()びだしたのさ」


「………………」


(しん)じたくはなかったが、どこか正論(せいろん)をついているような()がして、レクシーナは(だま)りこんだ。


「やさしそうに()えるヤツって、トクだよね。まわりにいいように誤解(ごかい)してもらえてさ」


少年(しょうねん)()()てるようにそれだけ()って、しばらく(だま)りこんだ。


ずいぶんとひねた……大人(おとな)びた(かんが)(かた)をするものだ。


(おさな)いときから大人(おとな)社会(しゃかい)でもまれた子供(こども)にまれに()られる特徴(とくちょう)であったが。それにしても……と、レクシーナは困惑(こんわく)した。


「……ありがとう。お(ねえ)ちゃんのおかげで、いろいろとお(なか)がいっぱいになったよ。なにかお(れい)をしなくちゃね……」


「いいのよ。そんな()をつかわなくても……」


(きゅう)にあらたまったような少年(しょうねん)態度(たいど)(おどろ)きながらも、こんな子供(こども)にお(かえ)しなどはじめから(もと)めてはいないと、やんわり(ことわ)ろうとした。


その(とき)──


そのまま(かる)(はじ)かれるようにして、ソファーに()(たお)された。


少年(しょうねん)はなにごともなかったかのような(すず)しい(かお)で、少女(しょうじょ)両腕(りょううで)()さえつけた。


「……さびしいんでしょ?ぼくがお(ねえ)ちゃんの孤独(こどく)をいやしてあげるよ……」


あまりのことにぼうぜんとしていると、少年(しょうねん)(ひとみ)(おく)(あや)しげな(ひかり)がともった。


(おんな)のひとが(よろこ)ぶようなことをしてあげる……。ぼくからのプレゼントだよ?」


少女(しょうじょ)(ひとみ)が、一瞬(いっしゅん)だけ不安(ふあん)そうにゆらめいた。


「……いらない……ほしくないわ……」


ふるえながらも、めずらしくキッパリと拒絶(きょぜつ)する。


「どうかな?たいていの(ひと)は、これをほしがったけど……。お(ねえ)ちゃんだけは『例外(れいがい)』なのかな」


少年(しょうねん)()しかかってきた。ソファーがどんどん(しず)んでゆく。


「いらなくても、ぼくがしたいんだ。お(ねえ)ちゃんを気持(きも)ちよくしてあげるよ……」


その姿(すがた)(おさな)くとも狂気(きょうき)にあふれていた。


これまで()せていた無邪気(むじゃき)で、それでいて(きず)ついた繊細(せんさい)少年(しょうねん)姿(すがた)は、かりそめだったのだろうか?


それとも──


(くろ)いワンピースのリボンがほどかれた。たじろぐ()もなく(うえ)から(じゅん)にボタンが(はず)されてゆく。


喉元(のどもと)から(むね)にかけて(しろ)(はだ)(あら)わになり、レクシーナは愕然(がくぜん)とした。


(こんなに(おさな)いうちから……!なぜ……?)


大人(おとな)がこんなことを、こんな(ちい)さなうちから(おし)えこんだのか?


こんな子供(こども)に──


そう(おも)うとたまらなくやりきれなくなり、少女(しょうじょ)絶望的(ぜつぼうてき)気持(きも)ちにさいなまれた。


(こんな子供(こども)にいいようにされて……このままじゃいけない……!!)


臆病(おくびょう)自分(じぶん)でも奮起(ふんき)しなければ──。(だま)っていいなりになるわけにはいかない!


レクシーナはとっさに少年(しょうねん)(ほお)(つよ)くはった。


ひどく(かわ)いた(おと)が、部屋(へや)(ひび)きわたった。
こんな臆病(おくびょう)(おんな)にあらがうことはできやしないと、あなどっていたのか。


すくなくともこんなふうに、抵抗(ていこう)されるとは(おも)っていなかったのだろう。はかなげな姿(すがた)にあざむかれ、少年(しょうねん)はショックを(かく)せないようだった。


レクシーナは少年(しょうねん)()()ばして()ちあがると、すばやくその()から(のが)れた。


心臓(しんぞう)がどくどく脈打(みゃくう)っていて、呼吸(こきゅう)がくるしい。


(はず)されていたボタンを(ふる)える(ゆび)()めると、少女(しょうじょ)(かな)しそうな(かお)少年(しょうねん)()つめた。


「……ッ……!?」


とっさに(ほお)をおさえてキッとしたまなざしで、(かれ)(けもの)のようにこちらを(にら)みつけた。


「……きらいになっただろうね。ぼくのこと……」


「……………………」


「だけど、ぼくはけっこう()()ってるんだ。お(ねえ)ちゃんのこと……だから……」


「……………………」


「……ぼくをあいして……。せめて、きらいにならないで……」


そうして()()らせると、()まずそうに少年(しょうねん)(かた)()としてうなだれた。


なにも(こた)えることができなかった。


不思議(ふしぎ)なほど(むね)がいっぱいになってしまって、一言(ひとこと)も……。


少女(しょうじょ)はぎこちない仕草(しぐさ)で、かわりにおおきく一度(いちど)だけうなずいた。


まごころをこめて──


はっとしたように、少年(しょうねん)()見開(みひら)かれる。


「お(ひと)よしだね。お(ねえ)ちゃんは……ほんとにさ」


あきれながらも満足(まんぞく)そうにほほえむ。


それだけ()げると、少年(しょうねん)()がすんだようだった。


「じゃ、さよなら……」


くるりと()をむけて、(かれ)(とびら)(そと)()えた。


「──()って!!」


レクシーナは(とびら)()(はな)つと、(かれ)姿(すがた)()いかけていた。


見知(みし)らぬ少年(しょうねん)(みじか)いけれど、秘密(ひみつ)のような時間(じかん)共有(きょうゆう)して……なんだか(はな)れがたいような気持(きも)ちに(おそ)われていた。


「また……()えるかしら?」


「あうことはないよ。二度(にど)とね……」


ぷいと(かお)(そむ)けて、少年(しょうねん)はそっけなく()った。


「そう……。さみしいな。せっかく()りあえたのに」


はかなげに微笑(ほほえ)んだレクシーナの姿(すがた)が、少年(しょうねん)(こころ)(うご)かしたのだろう。


(かれ)(かれ)なりに、説明(せつめい)をこころみた。


「たぶん、もうこれない。一度(いちど)きり、一度(いちど)きりなんだよ……」


ほんとうは覚悟(かくご)していた。この少年(しょうねん)とは二度(にど)とあえないだろうと。


ならばせめて……この(おも)いをなにかの(かたち)(つた)えたい──


「……これを……」


少女(しょうじょ)(くび)から()げたペンダントを(はず)して、ちいさな()のひらにそっと(にぎ)らせた。


それは(かれ)(ひとみ)(おな)(いろ)の、エメラルドの宝石(ほうせき)がはめこまれていた。

        ☆

青年(せいねん)はベットに(よこ)たわりながら、自分(じぶん)眼前(がんぜん)にペンダントをぶらさげて()つめていた。


(……(おれ)は、どうしてこんな(もの)()ってたんだ……?)


繊細(せんさい)装飾(そうしょく)がほどこされた金属(きんぞく)(ふち)に、()んだ(かがや)きを(はな)つエメラルドの宝玉(ほうぎょく)がおさまっている。


意識(いしき)をたどってみても、なにも(おも)いだせそうもない。


治験薬(ちけんやく)()んだせいで時間(じかん)退行(たいこう)し、一時的(いちじてき)子供(こども)になっていた』


そう(あと)になって、フローメンシスから説明(せつめい)()けたものの……。


その(あいだ)記憶(きおく)はどうあがいても、一片(いっぺん)たりとも(よみがえ)ってきそうにはなかった。


(……最近(さいきん)(おれ)は、どうかしてる……)


その元凶(げんきょう)がすべて、この()んだ宝石(ほうせき)のなかにひそんでいるような()がして──なぜだか、(こころ)がひどくざわついた。


ムスタインは(はら)(そこ)から(にく)しみがこみあげてきた。


おそらく本物(ほんもの)宝石(ほうせき)だ。()ればそれなりの価値(かち)はあるだろう。だが、(いま)となってはどうしようもなく()ざわりでしょうがなかった。


一秒(いちびょう)たりとも()っていたくなかった──


一瞬(いっしゅん)、ある少女(しょうじょ)面影(おもかげ)がふっと(かさ)なって……


おそらく生温(なまぬる)感傷(かんしょう)のようなものが、(むね)のうちからこみあげてくるからだろう。


(そんな感情(かんじょう)不要(ふよう)だ──)


()きるか()ぬかの世界(せかい)で、そんなものは命取(いのちと)りになるだけだった。


(かれ)()()がするとばかりに、一度顔(いちどかお)をしかめると。()えきれない感情(かんじょう)()()るようにして、そのペンダントを(くず)かごに()()てた。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み