二人は
馬車に
乗りこみ、やがて
噴水がある
中央広場を
通りかかった。
「へぇ、にぎやかだな。ずいぶん
活気があるんだね」
「アトゥーアンは
旅商人の
休憩地だもの。
観光業だって
盛んよ」
食べ
物の
屋台から、
香ばしい
匂
いが
漂ってくる。
「
市場がちかいから、ここで
降りましょう」
通りは
荷車が
行き
交い、
買い
物目当ての
観光客であふれている。
「あのさ、アナベルに
案内してほしい
所があるんだけど。この
界隈で
品ぞろえが
豊富な
魔法道具店ってあるかな?」
「なんだ、
魔法の
道具を
探してるの?それならマインスター
商会でも
一通りあつかっているから、すぐにでも
屋敷の
者を
手配して
調達できるわ。そんなことより!ねぇねぇ。これ
見て!」
アナベルがここぞとばかりにロジオンの
服のそでをつかんで
引っぱった。
見るとアクセサリーなどの
装飾品を
売っている
屋台の
前で、
彼女はらんらんと
瞳を
輝かせている。
………
嫌な
予感がした。
「これ、すっごくかわいいと
思わない?」
彼女が
指差した
先には、
小鳥と
植物が
繊細に
彫りこまれた
金の
指輪があった。
どうも
小鳥がデザインされた
物に
弱いらしい。そういえば
部屋にも
鳥の
置物が
飾られていた。
(
貴族はみんな
金持ちだとでも
思ってんのかな。いや
思ってるよな………)
「い、いくらですか………?」
消え
入りそうな
声で
店主に
尋ねると、
予想より
遥かに
上乗せされた
金額が
提示された。
「
一万クォーツだね」
その
指輪は
職人芸を
感じさせる
一品だけあって、
地味なわりには
綺麗な
石の
指輪などよりかえって
高い。
お
嬢様だけあってお
目が
高いのだ。
(いちまんくぉーつ?こんな
華奢な
装飾品にいちまんって………でも、アナベルの
家には
世話になってるし、もしかしたらエレプシア………いや、よそう。
彼女に
過剰な
期待をするのは
間違ってる。もちろん
下心なしにプレゼントしたいけど。だけどだけど………ええいっ!)
ロジオンは
思いきって、
財布から
黒い
革のカードを
取り
出した。
(
父さんごめん………)
親のすねをかじらなければ
女の
子にプレゼントの
一つも
買ってやれないのかと、ロジオンは
情けない
気持ちになった。
☆
太陽も
遥か
頭上にのぼるころ。
露店でサンドイッチを
買うと、
二人は
中央広場の
噴水のふちに
腰をかけてそれをほおばった。
もちろんロジオンのおごりである。
屋敷でふるまわれる
料理に
比較すればなんてことのない
出費ではあった。
だが、
先ほどの
指輪が
想像を
超えた
金額だったため、
彼のふところ
具合はかなり
寒い
状態にあった。
もちろんそんなことは
彼女に
言えやしない。
彼の
自尊心の
問題だ。
ひと
通り
軽い
昼食をすませると、アナベルはさっきロジオンに
買ってもらった
指輪を、
箱から
大事そうに
取り
出した。
金色に
輝くリングを
手の
平にのせると、いつくしむようなまぶしげな
表情で
眺めている。
その
姿を
見つめているだけで、
彼はなんだか
陽だまりの
中にいるような、
心の
奥が
温かな
気持ちで
満たされるのだった。
(こんな
気持ち………。しばらく
忘れてたな)
彼は
長い
放浪生活の
間、
自分の
心がどれだけ
荒んでいたかを
思い
知らされたのだった。
「ロジオン、どうかした?」
どうやらぼうっとしてしまっていたらしい。アナベルが
心配そうに
彼を
見上げている。
少年は
大丈夫だよとでもいうように
微笑むと、
優しく
少女の
手を
取った。
「
僕がつけてあげるよ。どの
指がいい?」
気づいた
時には
驚くほどなめらかにその
言葉を
発していた。
それこそ
深い
意味も
考えずに、だ。
突然の
申し
出にアナベルも
明らかに
戸惑っていた。
偶然にもロジオンが
手に
取ったのは
左手だったので、
本音は
薬指に………。
と
言いたいところだったが、
冗談とはいえ
婚約のまねごとをさせられては、
相手もさすがに
困惑するだろうとためらったのだ。
普段は
積極的な
彼女も、ふいうちを
食らうのには
慣れていない。
ロジオンの
思いがけない
言動に
照れてしまったためか、
彼の
顔もまぶしく
感じられてまともに
見られないのだった。
なんとなくいい
雰囲気になったちょうどその
時刻。
大聖堂の
鐘が
高らかに
鳴りひびき、
数十羽の
白い
鳩がいっせいに
飛び
立った。
それが
礼拝の
終了を
告げる
合図だった。
厳かに
閉ざされた
聖堂の
扉が
開き、
大勢の
人々が
一同に
広場にあふれ
出てきた。
「………
坊ちゃん?ロジオン
坊ちゃんじゃあないですか!?」
辺りをはばからぬ
大きな
声にふり
返ると、
愛嬌あふれる
小太りの
中年男が
駆け
寄ってきた。
「………ハッシュか!
久しぶりだなぁ。でもなんでこんな
所に?てっきり
屋敷にいるのかと
思ってたよ」
ロジオンは思わず
相好をくずした。
故郷デルスブルクで、
彼の
世話係を
務めていた
男だった。
「
坊ちゃんこそ、ガールフレンドとデートのまっ
最中ですか」
「デッ………!?」
思わず
赤面し
言葉をつまらせると、ここぞとばかりにハッシュが
畳みかけた。
「
坊ちゃんもすみに
置けませんなぁ。さすがは
色男。こんなに
可愛らしいお
嬢さんとごいっしょだとは」
おだてられて
舞いあがったアナベルは、
急遽ロジオンを
押しのけて
会話に
割りこんできた。
「ガールフレンドだなんてそんな………。
彼とは
知り
合ったばかりで、この
街の
案内をしていたところなんですよ。
申し
遅れましたが、
私はアナベル。マインスター
家の
娘です」
うわべでは
謙遜しつつも、
明らかにまんざらでもないようすで
彼女は
答えた。
ついでにちゃっかり
良家の
子女であることもアピールしている。
「マインスター
家というと、あの
豪商マインスター
家のご
令嬢ですか!?」
さも
関心したというように
目を
見はってハッシュが
歓声をあげた。
「ところでおまえはどうしてこの
街に?」