12.そんな君に夢中なんだ

文字数 2,099文字




そんな彼女(かのじょ)王子様(おうじさま)だったが、今現在(いまげんざい)、ちょっとした窮地(きゅうち)()たされていた。


(ほんとうに今日(きょう)厄日(やくび)だ……)


リルロイの執務室(しつむしつ)()るなり、ロジオンは(ふか)いため(いき)とともに(こころ)のなかで弱音(よわね)()いた。


円柱(えんちゅう)回廊(かいろう)黙々(もくもく)(ある)きながら、(うつく)しい水辺(みずべ)庭園(ていえん)にしばし(こころ)(いや)された。


だが、緊張(きんちょう)から解放(かいほう)されると、今度(こんど)はどっと疲労(ひろう)()()せてきた。


アナベルとの婚約(こんやく)(ことわ)られたことも相当(そうとう)こたえていたが、それ以前(いぜん)難題(なんだい)がふりかかってきた。


もう数週間前(すうしゅうかんまえ)のことになるが……。


(あに)仇討(かたきう)ちであるグロリオーザの教主(きょうしゅ)対峙(たいじ)するため、アトゥーアンの地下墓所(ちかぼしょ)潜入(せんにゅう)した。


だが、ロジオンのその行動(こうどう)が、予期(よき)せぬ波紋(はもん)()んでいた。


(かれ)らが教主(きょうしゅ)配下(はいか)である、司教(しきょう)たちと(たたか)いを()(ひろ)げた通称(つうしょう)(ひつぎ)()


地底(ちてい)大空洞(だいくうどう)ともいえる広々(ひろびろ)とした空間(くうかん)に、おびただしい(かず)(ひつぎ)()(かさ)なっている。


そうして(きず)かれた棺桶(かんおけ)(やま)が、異様(いよう)存在感(そんざいかん)(はな)っていた。


そんないかにも不吉(ふきつ)場所(ばしょ)に、人知(ひとし)れず封印(ふういん)されていた魔物(まもの)逃走(とうそう)したというのだ。


何者(なにもの)所業(しょぎょう)かは不明(ふめい)だが、魔物(まもの)(ふう)じていた結界(けっかい)()かれ、その(すき)魔物(まもの)外界(がいかい)(はな)たれてしまったらしい。


くわしいことはまだわからないが、ようするに許可(きょか)なく地下墓所(ちかぼしょ)()()ったロジオンたちに、


協力(きょうりょく)しないと墓所荒(ぼしょあ)らしの(つみ)(くだ)す」


圧力(あつりょく)をかけたうえで、魔物討伐(まものとうばつ)をなすりつけようとしているのは(あき)らかだった。


(たしかにきっかけを(つく)ったのは(ぼく)たちかもしれないけど……。証拠(しょうこ)もないのに(うたが)われるのは気分(きぶん)(わる)いよな。ほんとうは根拠(こんきょ)のない(おど)しなんかに(くっ)したくはないけど、住人(じゅうにん)被害(ひがい)()るのは見過(みす)ごせないし、なにより罪人(ざいにん)あつかいされるのはごめんだ──)


すこしの逡巡(しゅんじゅん)(すえ)、ロジオンは依頼(いらい)()けることに()めた。


(ほう)っておくと自分(じぶん)たちのみならず、(まち)住人(じゅうにん)にも()()がふりかかりそうだったからだ。


このままだと無関係(むかんけい)(ひと)たちが(おそ)われて、犠牲(ぎせい)()てしまうかもしれない──


(それを(だま)って見過(みす)ごすことなんか、できないよ)


とはいえ、これからアトゥーアンの大聖堂(だいせいどう)()かうのは、なかなかに()(おも)かった。


だが、その(まえ)に──
アナベルに(つた)えなければならないことがある。


自室(じしつ)一人(ひとり)結果(けっか)()げられるのを()っているアナベルのことを(おも)うと、(かれ)(むね)(いた)んだ。


父親(ちちおや)婚約(こんやく)拒絶(きょぜつ)されたという事実(じじつ)を、まだ彼女(かのじょ)には(はな)したくないという気持(きも)ちが、自然(しぜん)(かれ)(あし)(おも)くさせていた。


きっと彼女(かのじょ)失望(しつぼう)し、機嫌(きげん)(そこ)ねるのだろうか。それとも(かな)しみに()れるのだろうか……。


()げだとは(おも)いつつ、そのどちらの彼女(かのじょ)とも(いま)()()いたくなかった。


(だけど、こういうことほど、ちゃんと(つた)えなきゃ──)


()(けっ)して、アナベルの部屋(へや)(とびら)をノックする。


不安(ふあん)そうな表情(ひょうじょう)出迎(でむか)えられることを想像(そうぞう)していたが、(かれ)予想(よそう)はかるく裏切(うらぎ)られることになる。


(とびら)(ひら)かれるなり、()びつくように()きついてきた彼女(かのじょ)は、その人懐(ひとなつ)っこい(ひとみ)をいっそう(かがや)かせて(さけ)んだ。


「──()いて!あたし、ロジオンの(やく)()てるかもしれない──!!」


(おも)いがけなくも、アナベルの()()きとした表情(ひょうじょう)()にして、(かれ)苦笑(くしょう)せずにはいられなかった。


(きみ)(ぼく)をおどろかせるのが得意(とくい)だね」


(こころ)のなかで、そういう(きみ)夢中(むちゅう)なんだと、()れたように一人(ひとり)つぶやく。


彼女(かのじょ)のテンションの(たか)さにやや圧倒(あっとう)されながらも、ロジオンはかなり(すく)われたような気持(きも)ちになっていた。


「そう?べつに(おどろ)かすつもりはなかったんだけど……」


「──どんな内容(ないよう)なのか()くのが(たの)しみだよ。だけど大事(だいじ)なことだから、(ぼく)(はなし)をまず(さき)()いてもらえるかな?」


まっすぐに自分(じぶん)直視(ちょくし)する湖面(こめん)のような(あお)(ひとみ)


()きこまれそうなほど()んだその(ひとみ)(おく)に、()()せるような力強(ちからづよ)さを(かん)じて少女(しょうじょ)降伏(こうふく)した。


「──わかったわ」


(みじか)くそう返事(へんじ)をすると、アナベルは興奮(こうふん)のあまり()きついていた(うで)をゆるめ、(かれ)から身体(からだ)(はな)して居住(いず)まいを(ただ)した。


「それで、あたしたちのことだけど……お父様(とうさま)はなんて?」


真剣(しんけん)(ねつ)のこもった(ひとみ)()つめられて、(かれ)(おも)わず言葉(ことば)につまった。


旅立(たびだ)ちの許可(きょか)はもらえたよ。すんなり了承(りょうしょう)してくださったんだ……」


「やったじゃない!」


彼女(かのじょ)(うれ)しそうに()()せて(わら)った。
つられてロジオンも微笑(ほほえ)む。


そんな彼女(かのじょ)姿(すがた)を、(かれ)複雑(ふくざつ)気持(きも)ちで見守(みまも)っていた。


(せっかくの(きみ)笑顔(えがお)台無(だいな)しにはしたくない……だけど……)


アナベルの(かな)しむ(かお)は、できれば()たくなかった。


彼女(かのじょ)(きず)つけないように、慎重(しんちょう)言葉(ことば)をえらんで(はな)さなければいけない。


「……どうしたの?……なぜか()かない(かお)ね」


(かく)していてもやはり(つた)わるのだろうか。


心配(しんぱい)そうにこちらの顔色(かおいろ)をうかがう少女(しょうじょ)姿(すがた)に、ロジオンはこれ以上(いじょう)(だま)ってはいられなくなっていた。


「……ごめん。アナベル……。お(とう)さんを説得(せっとく)できなかった……」


少年(しょうねん)(かた)()としてうなだれた。


自分(じぶん)不甲斐(ふがい)なくて、少女(しょうじょ)(かお)直視(ちょくし)することができなかった。


だが──


「そう。やっぱりね──」


「アナベル?」


まるでわかっていたかのような、平然(へいぜん)としたその(くち)ぶりに(おどろ)いていると、


「ロジオンが(あやま)必要(ひつよう)はないわ。(わる)いのはぜんぶお父様(とうさま)だもの!」


彼女(かのじょ)はキッと前方(ぜんぽう)見据(みす)えて、(おこ)ったように(うで)()むと、やけにきっぱりした口調(くちょう)でそう()()ったのだった。



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