6.だいたい二人は、つきあってるわけじゃないんだし

文字数 2,601文字




その(おとこ)(とお)くからでも人目(ひとめ)()いた。


(くろ)いインナーに(しろ)いジャケットを羽織(はお)り、(あつ)いからか両方(りょうほう)(そで)をまくって、(こし)のポケットに無造作(むぞうさ)()()っこんでいる。


野生動物(やせいどうぶつ)のように敏捷(びんしょう)(うご)琥珀色(こはくいろ)(ひとみ)


全身(ぜんしん)()()まって()えるのは、職業(しょうくぎょう)(がら)(きた)えているからにほかならない。


軽薄(けいはく)そうに()えても、日頃(ひごろ)鍛錬(たんれん)(おこた)らず。
そうでもしなければ(つと)まらない。


腕一本(うでいっぽん)(かせ)がなければならないのだ。傭兵稼業(ようへいかぎょう)はそう(あま)くはない。


はず、なのだが……。


「ごめんね。約束(やくそく)時間(じかん)より(さき)()てくれてたんだ。……()った?」


街灯(がいとう)(した)うつむいて()っていた(わか)(おんな)に、そっと(やさ)しく(こえ)をかける。


はじかれたように(かお)をあげて、彼女(かのじょ)(うそ)をつく。


「ううん。今来(いまき)たところ!」


(おんな)(かぶり)をふると(はず)んだ(こえ)をあげて、(おとこ)(うで)自分(じぶん)(うで)をからませた。


そして二人(ふたり)(ある)()す。


真昼(まひる)にはまだ(はや)い。
だが(あさ)()ぶにはもう(おそ)い。


そんな中途半端(ちゅうとはんぱ)時間帯(じかんたい)ではあったが……。


アトゥーアンの中央広場(ちゅうおうひろば)は、地元住民(じもとじゅうみん)観光客(かんこうきゃく)()えず()()い、周辺(しゅうへん)盛況(せいきょう)()ちている。


混雑(こんざつ)していた屋台(やたい)にならび、ようやくお目当(めあ)てのサンドを購入(こんにゅう)することができた。


ロジオンは(かお)をほころばせて、恋人(こいびと)()噴水(ふんすい)(まえ)まで(ある)いてきた。


「ごめんね。()った?」


その()いかけにも(こた)えず、アナベルが(おお)きな()見開(みひら)いて、がくぜんとしたようすで()ちつくしていた。


その(ひとみ)(かれ)(とお)りこして、はるか(とお)くを凝視(ぎょうし)している。


「……ど、どうしたの……??」


困惑(こんわく)したようすで(かれ)がたずねると、彼女(かのじょ)もまた困惑(こんわく)したようすで(こた)えた。


()まちがいかもしれないんだけど……。ラグシードっぽい(ひと)がいたの」


「へえ」


(おも)わず(ちから)()けたような返事(へんじ)をかえすと、ロジオンは(ひと)ちがいなんじゃないかと(くち)()そうとして、アナベルに(さき)をこされた。


(ひと)ちがいなんかじゃないと(おも)うわ。あたしけっこう視力(しりょく)はいいほうだから」


「じゃあ、本人(ほんにん)なんだと(おも)うよ。(おな)(まち)にいるんだから、遭遇(そうぐう)することはめずらしくもなんともない……」


「……(おんな)(ひと)一緒(いっしょ)だったの!仲良(なかよ)さそうに(うで)()んで……あっちの(かど)()がって(とお)りすぎて()ったわ!」


実際(じっさい)目撃(もくげき)してしまったのは、(はじ)めてなせいか衝撃(しょうげき)(つよ)かったのだろう。


方角(ほうがく)()ししめしながら、アナベルは興奮(こうふん)したように息巻(いきま)いている。


「ほっとこう。いつものことじゃないか……」


(とお)()をしてしらけた口調(くちょう)でつぶやく。二年(にねん)ほどの()()いで(かれ)行動(こうどう)パターンのおおよそは把握(はあく)できている。


「ええっ!?()になるじゃない。(あと)をついてってみようよ!」


追跡(ついせき)しても、ろくなことにならないと(おも)うけど……」


深追(ふかお)いは野暮(やぼ)……。そうアナベルを説得(せっとく)しようとして、ロジオンは彼女(かのじょ)(かた)をつかんで()きとめた。


今日(きょう)(ぼく)につきあってくれるっていう約束(やくそく)だよね」


「それはわかってるんだけど、ちょっと()がかりなことがあって……」


歯切(はぎ)(わる)そうにして、少女(しょうじょ)(かれ)見上(みあ)げる。


「ラグのことで、なんで(きみ)心配(しんぱい)する必要(ひつよう)があるんだよ」


(すこ)しムッとしたようすでロジオンが()うと、


「ちがうの。たしか営業(えいぎょう)のおそいパン()さんが……」


「はあ?」


わけのわからないことをアナベルが()()した。それを怪訝(けげん)なようすで見守(みまも)っていると、


「そうよ!この(とお)りだわ。ちょうどこの時間(じかん)店開(みせびら)きするパンのお(みせ)があるんだけど」


「それと今回(こんかい)のことと、なにか関係(かんけい)でもあるの?」


(おお)ありよ!リームがそこの常連(じょうれん)なの。お()()りのパンが()()れないうちに、よく開店直前(かいてんちょくぜん)にならぶって()いてたんだけど……」


なんとなくアナベルが不安(ふあん)(おも)っていることが想像(そうぞう)できてきた。


「その(みせ)がある(とお)りを、さっき二人(ふたり)()がって()ったから。もしかして、ひょっとすると……」


「……はちあわせするかも、しれないね……」


ロジオンはうめいた。


「でも、(べつ)()かけたって、リームさんは()にしないんじゃないかな。この混雑(こんざつ)だし()づかないかもしれないよ……?」


「リームの(かん)()さを(あま)()ちゃだめ!エルフだから五感(ごかん)(するど)いし、なんたって(うらな)()なのよ!」


(かれ)(うで)をがっしりとつかむと、少女(しょうじょ)(けわ)しい形相(ぎょうそう)でこちらを()つめた。彼女(かのじょ)意外(いがい)にも腕力(わんりょく)(つよ)いのでけっこう(いた)い。


そのおかげで必死(ひっし)さが(つた)わってくるのだが。


「いや、まあそうだけどさ……。だけどさ、だいたい二人(ふたり)()()ってるわけじゃないんだし」


気圧(けお)されたように一度(いちど)同意(どうい)しつつ、そのあと即座(そくざ)否定(ひてい)すると。


「ああ()えて()になってはいるのよ。()きかどうかは(べつ)として……」


アナベルは冗談(じょうだん)ともつかない(くち)ぶりで、こちらを()ようともせずに()った。それが(みょう)(しん)(せま)っていた。


「そう……なんだ……。だとしたら、ラグはなんて罪深(つみぶか)いことを……」


(かれ)はなんとなく衝撃(しょうげき)()けて(くち)をつぐんだ。


(……リームさんってもしかして、(たち)(わる)(おとこ)()っかかりやすいのかな……?)


まともそうに()える彼女(かのじょ)意外(いがい)一面(いちめん)垣間見(かいまみ)たような()がして、ロジオンは複雑(ふくざつ)面持(おもも)ちをして、そう胸中(きょうちゅう)でつぶやいた。


ひとまずその疑惑(ぎわく)(わき)()いておくとして、問題(もんだい)(かれ)らを尾行(びこう)するかどうかだ。


(……アナベルは()になってしょうがないんだろうけど、(ぼく)はこれから(きみ)を……)


()れていきたい場所(ばしょ)があるんだ。という言葉(ことば)をロジオンは内心飲(ないしんの)みこんだ。


まだ()(たか)い。


日照時間(にっしょうじかん)(なが)季節(きせつ)だけあって、夕方(ゆうがた)でもおそらく(あか)るいだろう。


そう(かんが)えると心配(しんぱい)しなくても、時間(じかん)余裕(よゆう)(おも)ったよりもあるような()がした。


「……しょうがないな。心配(しんぱい)だからついてってみようか」


観念(かんねん)したようすでため(いき)まじりにそう()うと、それまでそわそわした素振(そぶ)りをみせて、四方八方(しほうはっぽう)をうかがっていたアナベルが、途端(とたん)にうれしそうにこちらをふり(かえ)った。


その(ひとみ)()っていました!とばかりに、好奇心(こうきしん)()ちあふれてきらきら(かがや)いている。


(おんなのこって、ほんっとーにこういうの、()きだよなぁ……)


けしていい趣味(しゅみ)だとはいえない。


(ぞく)っぽいというか、はっきりいって下世話(げせわ)だ。ほんとうに下世話(げせわ)だ。


しかし、かくいう(かれ)相棒(あいぼう)()(すえ)()になっていた。


(なんだかのぞき()するみたいで、()()けるけど……。リームさんがからんできたら、アナベルも(だま)っちゃいないだろうし。(まん)(いち)もめごとが()きないように、ぼくらが見守(みまも)必要(ひつよう)があるよな)


ロジオンは腕組(うでぐ)みしながら、そう自分(じぶん)自分(じぶん)納得(なっとく)させた。


見失(みうしな)っちゃう!はやくはやく~!」


手招(てまね)きをしながら、石畳(いしだたみ)(うえ)()()した少女(しょうじょ)背中(せなか)を、ためらいがちに少年(しょうねん)(いの)りながら()いかけた。


(……どうか、修羅場(しゅらば)になりませんように……!)



        番外編(ばんがいへん)7へつづく

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