42.押し殺せない君への気持ち

文字数 1,761文字




豪雨(ごうう)はまだやむ気配(けはい)()せない。


足枷(あしかせ)をかけられた罪人(ざいにん)のように、ロジオンは(おも)(あし)どりで屋敷(やしき)(もん)をくぐった。


(かれ)(かえ)りを()ちわびていたアナベルは、来訪(らいほう)()げる()(りん)(おん)()きつけて、(はじ)かれたように(とびら)のほうへ()けだしていった。


「ロジオン!こんなに(おそ)くまで、どこに()ってたの!?」


(いきお)いよく(とびら)()(はな)つと、ロジオンがうなだれたまま()ちつくしていた。


(あわ)いあかりに()らしだされた(かれ)は、全身(ぜんしん)(あめ)()たれて憔悴(しょうすい)しきっているようだった。


「ちょっと、びしょ()れじゃない……」


(まゆ)をしかめてとがめようとしたものの、その姿(すがた)尋常(じんじょう)ではないものを察知(さっち)すると、彼女(かのじょ)はひとまず少年(しょうねん)屋敷(やしき)(なか)(まね)()れた。


さっきから一言(ひとこと)(くち)をきかず、()(だま)ったままのロジオンを()かねて、アナベルは(ふく)のポケットから()りだしたハンカチで、(しずく)がつたう(かれ)(かお)をぬぐおうとした。


その瞬間(しゅんかん)少年(しょうねん)()(とど)めるように少女(しょうじょ)両腕(りょううで)をぐっと(つよ)くにぎり()めた。


アナベルははっとしたように(いき)をのむと(おも)わず(うご)きを()めた。


その(ゆび)からは、あの(きん)指輪(ゆびわ)()えていた。


予想(よそう)していたこととはいえ、(かる)失望(しつぼう)(かれ)(おそ)った。


(しょせん(ぼく)はその程度(ていど)ってことか……)


つき()すような(つめ)たい視線(しせん)が、彼女(かのじょ)(ひとみ)にじっとそそがれた。


不快(ふかい)さをあらわにして、ロジオンは(すこ)乱暴(らんぼう)仕草(しぐさ)でアナベルの()をふりほどいた。


(なんだか、こわい……!とても契約(けいやく)なんて()ちかけられるような雰囲気(ふんいき)じゃないわ)


殺伐(さつばつ)とした空気(くうき)をまとっているロジオンに、いつもとは(ちが)うものを(さっ)してアナベルはうろたえた。


「……どうかしたの?(なや)みがあるんだったら、あたしになんでも相談(そうだん)して」


「……………………」


出逢(であ)ってからまだ()(あさ)いけど、もう遠慮(えんりょ)するような(なか)でもないでしょ?そうやって(だま)っていられると、かえって心配(しんぱい)しちゃうじゃない。だから……ね?」


アナベルは無理(むり)におだやかな微笑(ほほえ)みを()かべると、そっとロジオンの()をにぎり()めた。


やわらかい(はだ)感触(かんしょく)がぬくもりを(つた)えてくる。


しかし(かれ)(こころ)はそれを(かん)じられないほど、疑心暗鬼(ぎしんあんき)でまっ(くろ)()りつぶされていた。

        ☆

(……(やさ)しそうなふりをして、(きみ)はまた(ぼく)(こころ)をかき(みだ)すつもりなんだろうか?)


(かぜ)にそよぐ木々(きぎ)のように(こころ)がざわめいた。


()()りのドレスをひるがえしながら(おとこ)(うで)()み、馬車(ばしゃ)()りこむアナベルの姿(すがた)鮮明(せんめい)によみがえってきた。


たちまち彼女(かのじょ)に対する猜疑心(さいぎしん)がふくれあがり、かつて(かん)じたことがないほど、どす(ぐろ)感情(かんじょう)(うず)をまいて(かれ)(こころ)占領(せんりょう)していた。


(みにく)いな……。これが嫉妬(しっと)ってやつか?だったら(ぼく)はどうかしている……)


いつから彼女(かのじょ)()ける関心(かんしん)が、()(ころ)せないほどの恋情(れんじょう)へと(たか)まっていったのだろう。


(こい)理由(りゆう)など存在(そんざい)しない。(おのれ)欲望(よくぼう)のおもむくまま本能(ほんのう)にしたがえばいい……』


陳腐(ちんぷ)でいて魅惑的(みわくてき)言葉(ことば)を、魔物(まもの)耳元(みみもと)でささやいている。


恋愛(れんあい)には臆病(おくびょう)で、優柔不断(ゆうじゅうふだん)なロジオンをそそのかすほどの(いきお)いで。


『たとえ相手(あいて)恋人(こいびと)がいようとも、おかまいなしに(うば)()れ』


魔物(まもの)がいざなうままに、アナベルを独占(どくせん)しようとして(おろ)かな所有欲(しょゆうよく)がうずく。


豪雨(ごうう)窓枠(まどわく)をきしませ、たたきつけるような雨音(あまおと)がいまだ()りやまないでいた。


したたり()ちた雨水(あまみず)で、すでに彼女(かのじょ)のハンカチはぐっしょりと()れている。


「──とにかく、なにか()(もの)()がえを()ってくるわ。ちょっと()ってて──」


()をきかせたはずのアナベルの言動(げんどう)は、突如(とつじょ)ロジオンの行動(こうどう)によってさえぎられた。


(ちょう)(はね)をむしり()るように、少女(しょうじょ)(ほそ)身体(からだ)()らえて、強引(ごういん)自分(じぶん)のほうに()(もど)す。


「そんな()えすいた親切(しんせつ)を、(ぼく)必要(ひつよう)としてないよ」


()げられた言葉(ことば)()ややかな(ひび)きにアナベルは(いき)をのんだ。


自分(じぶん)見上(みあ)げるその(ひとみ)一瞬(いっしゅん)、おびえのような(かげ)()ぎったのを、ロジオンはけっして見逃(みのが)さなかった。


(きみ)があくまで(ぼく)翻弄(ほんろう)しようとするなら、(ぼく)にだって(かんが)えがある──!)


()ぎたる能力(のうりょく)ゆえに(いのち)(ねら)われる宿命(しゅくめい)におびやかされ、アナベルへの思慕(しぼ)()たれた傷心(しょうしん)(おり)、ムスタインの奇襲(きしゅう)()け、()ひどい()にあわされた。


さまざまな葛藤(かっとう)一身(いっしん)背負(せお)って、(かれ)(こころ)はまさに破裂寸前(はれつすんぜん)になっていた。


そのいらだちをぶつけるかのように、ロジオンは乱暴(らんぼう)少女(しょうじょ)(かべ)()しつけた。


無邪気(むじゃき)子供(こども)のような残忍(ざんにん)さで、アナベルを(ちから)づくでねじ()せたのだ。


その(とき)から、もう少年(しょうねん)はいつもの少年(しょうねん)ではなくなっていた。 



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