41.愛する気持ちに鍵をかけて

文字数 1,605文字




(とき)(おな)じくして『(うらな)いの(やかた)』の(とびら)をたたく(おと)が、(はげ)しく空気(くうき)(ふる)わせていた。


「また、あなたなの………」


(おも)(とびら)()けたあと、後悔(こうかい)したように(ひく)くうめいた(うらな)()(むすめ)は、かすかなため(いき)とともに(とびら)()めようとした。


だが、とっさに(おとこ)(くつ)入口(いりぐち)のすきまに()って(はい)り、それを()しとどめた。


その(いきお)いで強引(ごういん)室内(しつない)()(はい)ると、彼女(かのじょ)眼前(がんぜん)一枚(いちまい)(かみ)()きつける。


「……これを(わた)しに()た。(おれ)とあいつの滞在先(たいざいさき)()いてある。しばらくはここを常宿(じょうやど)にするつもりだ。もしなにかあったら、あんたの判断(はんだん)彼女(かのじょ)(おし)えてやってくれ」


「そう……。でも、だったら(わたし)仲介(ちゅうかい)しないで、直接(ちょくせつ)あの()(わた)してもよかったんじゃない?」


彼女(かのじょ)無意識(むいしき)(かれ)とは距離(きょり)()き、わざと冷淡(れいたん)さを(よそお)ってそっけなくそう()った。


「あんたは本当(ほんとう)につれないんだな」


()ねるわけでもなく淡々(たんたん)感想(かんそう)()べると、(おとこ)はぐいっと(おんな)(うで)をつかんで()()せ、背後(はいご)から(つよ)()きすくめた。


とつぜんの出来事(できごと)動揺(どうよう)し、彼女(かのじょ)身体(からだ)緊張(きんちょう)(かた)くこわばった。


「……(はな)してちょうだい」


威嚇(いかく)するように、(ひく)(しず)かな口調(くちょう)彼女(かのじょ)はそう()った。


「こんなことまでされて、()ちない(おんな)(いま)までいなかったのに……」


「…………………」


「どうしてそこまで(おれ)(こば)むんだ?」


(かれ)(なや)ましげに彼女(かのじょ)耳朶(じだ)(くちびる)(ちか)づけて、(あま)吐息(といき)とともにささやいた。

        ☆

(むかし)(あい)した人間(にんげん)(おとこ)がいた。


異種族(いしゅぞく)であるにも(かか)わらず(たが)いに夢中(むちゅう)になり、永遠(えいえん)(あい)(ちか)()ったが、人間(にんげん)一生(いっしょう)はエルフ(ぞく)彼女(かのじょ)には(みじか)すぎた。


(とく)にその(おとこ)不運(ふうん)にも(わか)くして(いのち)()としたのだ。


その途方(とほう)もない喪失感(そうしつかん)


(にが)記憶(きおく)()()こされ、彼女(かのじょ)(こころ)(ふか)()ざしていた。


()めやかに()ざされた(もん)は、(なが)(いや)しのときを()てふたたび(ひら)くことを()ちわびていた。


しかし、彼女(かのじょ)理性(りせい)がそれをかたくなに(こば)んでいた。


もう、(きず)つくのはごめんだと……。


「……(かえ)って」


(むすめ)はやっとの(おも)いで拒絶(きょぜつ)言葉(ことば)()()すと、たくましい(うで)をふりほどき、(かれ)から(のが)れた。


(すこ)(きず)ついたような表情(ひょうじょう)()かべながらも、(おとこ)寡黙(かもく)部屋(へや)()()っていった。
           
        ☆

ザアアアアアアアアアアアアアアア………


とつぜん()()した(あめ)が、つぶてのように家々(いえいえ)窓硝子(まどガラス)(はげ)しく()ちつけている。


幾筋(いくすじ)もの水滴(すいてき)(たき)のように(なが)れつたい()ち、やがて大地(だいち)浸透(しんとう)()けこんでゆく。


うす(ぐら)街灯(がいとう)(した)、ロジオンは一人(ひとり)うなだれながら舗道(ほどう)(ある)いていた。


自分(じぶん)()いた包帯(ほうたい)から()がにじんでいた。


右腕(みぎうで)出血(しゅっけつ)はいまだ()まらず、路地(ろじ)点々(てんてん)(ちい)さな()みをつけていたが、それもあっという()(あめ)(あら)(なが)していった。


(あめ)が……(こころ)(きず)もすべて(あら)(なが)してくれたらいいのにな)


『エレプシアの乙女(おとめ)』は、(かれ)救世主(きゅうせいしゅ)となるはずの存在(そんざい)だった。


しかしその希望(きぼう)()ちくだかれた。


自分(じぶん)のために(あい)する女性(じょせい)(いのち)(ねら)われる宿命(しゅくめい)()うのだ。


(そんなの……たえられっこないよ……。(あい)する(ひと)(うしな)うのは二度(にど)とごめんだ。(ぼく)大切(たいせつ)(ひと)(まも)れるだけの(ちから)があれば……いや、(だれ)かを()きこむくらいならば、いっそ自分(じぶん)犠牲(ぎせい)にしたほうが()(らく)だ。自分(じぶん)(なが)れる()()いた(たね)なんだから……)


(から)(やぶ)れない臆病者(おくびょうもの)孤立(こりつ)(ふか)め、たった一人(ひとり)運命(うんめい)にあらがい(たたか)うしかない。


(ぼく)はこの(ほし)にひとりぼっちだ。(だれ)(すく)いの()()りられない……。それなのに……)


自分(じぶん)はそれほどまでして、なぜ()きたいと(ねが)うのだろうか?


この()はそこまで自分(じぶん)親切(しんせつ)だろうか?


ふと、(きん)指輪(ゆびわ)をはめて微笑(ほほえ)少女(しょうじょ)姿(すがた)がまぶたに()かんだ。


一瞬(いっしゅん)だが、(かれ)(こころ)(しょう)じた(まよ)い。


それを乱暴(らんぼう)()()るように少女(しょうじょ)残像(ざんぞう)をふりはらった。


(だれ)(ぼく)(すく)うことはできないんだ。そして(ぼく)のために(だれ)かが(いのち)()とすくらいならば……)


傷心(しょうしん)(かげ)宿(やど)したその(ひとみ)(うつ)ろに空中(くうちゅう)をさまよった。


(ぼく)はいつ()んだってかまわないんだ……)


(てん)()けたような豪雨(ごうう)のなか、少年(しょうねん)(そら)(あお)()た。


容赦(ようしゃ)なく()りしきる(あめ)が、(ほお)(はげ)しくたたいて(なが)()ちていった。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み