5.そんなことは聞いてないっ!

文字数 2,189文字




今日(きょう)市井(しせい)には、()()けるような青空(あおぞら)(ひろ)がっていた。


(しろ)天幕(てんまく)()られた中央広場(ちゅうおうひろば)市場(いちば)では、威勢(いせい)のいい()()(こえ)(ひび)き、店主(てんしゅ)との値引(ねび)交渉(こうしょう)で、白熱(はくねつ)する買物客(かいものきゃく)姿(すがた)があちらこちらで見受(みう)けられた。


そんな雑踏(ざっとう)のなか、熱気(ねっき)()ちこめる(みせ)(みせ)のあいだの(せま)通路(つうろ)を、一人(ひとり)長身(ちょうしん)女性(じょせい)(ある)いている。


正午(しょうご)(ちか)づくと、すでに()(あつ)季節(きせつ)にもかかわらず、フードを目深(まぶか)(かぶ)ったその姿(すがた)はすこし異様(いよう)にも()えた。


(この恰好(かっこう)も……そろそろ限界(げんかい)ね……)


エルフの特徴(とくちょう)でもある極端(きょくたん)(なが)くつきだした(みみ)(かく)すために。


そして芳醇(ほうじゅん)(みつ)をたたえた(うるわ)しい容貌(ようぼう)を、人々(ひとびと)視線(しせん)極力(きょくりょく)さらさないように。


いわば男避(おとこよ)けとして、リームは(ひと)(おお)(まち)にくりだすときは、(つね)(かお)(かく)していた。


そのような努力(どりょく)をはらっているというのに、まれに存在(そんざい)するのだ。


わざわざフードのなかをのぞきこんでくるような不躾(ぶしつけ)(やから)が。


(ほそ)くくびれた(こし)まで(なが)()ちる萌黄色(もえぎいろ)(かみ)に、(うつく)しい()(えが)いた(まゆ)


(ひとみ)()れた草原(そうげん)若葉(わかば)のよう。


(ととの)った鼻梁(びりょう)(くちびる)はほどよく(ひん)があり、聡明(そうめい)彼女(かのじょ)容貌(ようぼう)をいっそう際立(きわだ)てていた。


そんな彼女(かのじょ)顔立(かおだ)ちを()()たりにすると、たいがい(ほう)けたように(いき)()み、棒立(ぼうだ)ちになる(もの)(おお)いのだが……。


今回(こんかい)手合(てあ)いは、それらとはまったく(こと)なる反応(はんのう)()せた。


「──なんだ。やっぱりおまえか──」


落胆(らくたん)したようなため(いき)をつくと、(かた)をすくめてさっさとその()()()ろうとする。


その無礼千万(ぶれいせんばん)(おとこ)背中(せなか)(おも)わずわしづかみにして()きとめてしまったのは、とっちめてやろうと(おも)ったから以外(いがい)にほかならない。


「なんだとはなによ!そっちこそ(ひと)馬鹿(ばか)にしてるの?」


「おまえとよく()(べつ)美人(びじん)がいたら、そっち口説(くど)いたほうがてっとり(ばや)いと(おも)ってさ……」


「あんたってどこまで失礼(しつれい)()()いたような(おとこ)なの!?」


(しん)じられない!といった(さけ)びが、(いま)にも()こえてきそうな光景(こうけい)である。


デリカシーの欠片(かけら)もないこの(おとこ)は、()をラグシード=ブルームハルトという。


高名(こうめい)聖職者(せいしょくしゃ)一家(いっか)息子(むすこ)という堅苦(かたくる)しい家庭(かてい)(そだ)ちながらも……。


青年(せいねん)女性関係(じょせいかんけい)において、(いちじる)しくだらしがないという悪癖(あくへき)をそなえていた。


それは鬱屈(うっくつ)した青春期(せいしゅんき)をすごした(かれ)のやり()のない感情(かんじょう)が、歳月(さいげつ)()てややゆがんだ(かたち)開花(かいか)してしまったせいかもしれない。


「こんなまっ昼間(ぴるま)にあなたと(まち)()うなんて、ほんとに奇遇(きぐう)ね。(よる)しか活動(かつどう)しないのかと(おも)ってたわ」


「──残念(ざんねん)(ひる)からでも(さそ)いの(こえ)はかかるんだよな」


まんざらでもないようすで、ラグシードがつぶやく。


どうやら(おんな)()約束(やくそく)でもしているようだ。


なんとなく釈然(しゃくぜん)としない気持(きも)ちをもてあましながらも、リームはしっしっと()いはらうような仕草(しぐさ)(かれ)()いたてた。


だが、邪険(じゃけん)にされるとかえって(から)みたくなる(たち)(わる)(おとこ)もいるのである。


ラグシードは彼女(かのじょ)()から、自筆(じひつ)でなにか(しる)された(かみ)をさっと(うば)いとった。


「──なにするのよ!!」


さっそくリームから抗議(こうぎ)(こえ)があがるがおかまいなしだ。


「ふんふん。マペット草六束(そうろくたば)に、キュリノー(だけ)、エルムガンテスの秘薬(ひやく)。それから水晶(すいしょう)(きゅう)……」


(うらな)いに必要(ひつよう)道具(どうぐ)()いにきたのよ。(わる)い?」


「おまえ魔女(まじょ)だな……」


「ほっといてよ!」


(かる)くいなしてから、(すき)をみてラグシードから(かみ)をとりかえすと、リームはそういえばと(おも)()したように()りだした。


「それはそうとロジオン(くん)、あれからどうしてる?」


「べつに。()わったところはないさ。なんかアナベルと一日中(いちにちじゅう)イチャついてやがって、うざいぐらいだぜ」


「なんか初々(ういうい)しくてうらやましいわ……。この(あいだ)うちに相談(そうだん)()たときは、ちょっと(おも)いつめてる(かん)じがしたから心配(しんぱい)だったんだけど。無用(むよう)だったかしら」


「──相談(そうだん)?おまえのところに?」


ラグシードから意外(いがい)そうな(こえ)があがる。


「そうよ。()いてないの?」


「まったくなんにも()かされてねぇよ。秘密(ひみつ)主義(しゅぎ)もほどほどにしやがれってんだ」


(かれ)がまるで事情(じじょう)()らされていない事実(じじつ)驚愕(きょうがく)しつつも、彼女(かのじょ)痛々(いたいた)しい(もの)()るような(かお)(はなし)(つづ)けた。


「お()(どく)に。あなた、よほど信用(しんよう)がないのねぇ。まぁ、(だれ)にでもぺらぺら(しゃべ)りそうだから、(かれ)警戒(けいかい)したのかしら」


「そこまで()ったからには、もったいぶってないで話聞(はなしき)かせろよな」


通常(つうじょう)より(けわ)しい形相(ぎょうそう)()かべてすごむが、リームは(すず)しい(かお)だ。


「……依頼主(いらいぬし)情報(じょうほう)を、軽々(かるがる)しく外部(がいぶ)にもらすわけにはいかないのよね、商売上(しょうばいじょう)……」


外部(がいぶ)じゃねえ!おもいっきり身内(みうち)だろうがよっ!!」


「……(はな)すなって()われたわけではないから、いいのかしらね」


やや(とお)()をして、思案(しあん)するようなそぶりを()せる。


「だからなんだよ?」


「──婚約(こんやく)するらしいわよ」


さらりと(くち)から(なが)()たその言葉(ことば)に、ラグシードはさっそく疑問(ぎもん)をおぼえた。


「だから(だれ)が?」


「ロジオン(くん)とアナベルが、よ」


かなり(なが)沈黙(ちんもく)


「──ハァぁぁぁぁッッ???」


白昼(はくちゅう)はばからぬ絶叫(ぜっきょう)が、市場(いちば)にこだまして(ひび)きわたった。


通行人(つうこうにん)がぎょっとしたようにすれ(ちが)ってゆき、続々(ぞくぞく)()ややかな視線(しせん)()けられるが、そんなことはおかまいなしだ。


「とつぜん()かされたんだから、(おどろ)くのも無理(むり)ないわね……」


本気(ほんき)かっ!?」


「……本気(ほんき)みたいよ……。(わたし)もちょっと度肝(どぎも)()いたというか、(はや)すぎない?とは(おも)ったけど」


「あいつ、なに(かんが)えてんだ!?まだ出逢(であ)ってひと(つき)すぎたくらいだろ?それなのに結婚(けっこん)約束(やくそく)って……!」


興奮(こうふん)して(いき)まいているラグシードをなだめるように、リームは慎重(しんちょう)(はなし)()りだした。



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