61.グロリオーザ教主の正体

文字数 3,310文字




「……あなたは(やさ)しい(かた)ね。でも、とっても純粋(じゅんすい)なお馬鹿(ばか)さん。(いもうと)がさらわれたなんて(うそ)見抜(みぬ)けないんですもの」


それまでの白百合(しらゆり)のような謙虚(けんきょ)さは、もはや(かげ)をひそめていた。


そこにあるのはいくばくかの優越(ゆうえつ)と、(のこ)りのほとんどは(さげす)みの視線(しせん)だった。


「この姿(すがた)だと、どんな男性(だんせい)油断(ゆだん)するみたいですね」


(うつく)しい双眸(そうぼう)(あわ)れみの感情(かんじょう)宿(やど)しながら、グランシアは(ひざ)をついたまま(うご)けないでいる少年(しょうねん)見下(みお)ろした。


「もう()()がる(ちから)()いてこない?……それこそ(わたし)(おも)(つぼ)だわ」


「……くっ……!!」


「この(つみ)教典(きょうてん)()れるだけで、所有(しょゆう)(しゃ)以外(いがい)魔法力(まほうりょく)吸収(きゅうしゅう)してしまうの」


絶望(ぜつぼう)宣告(せんこく)する女神(めがみ)のように、グランシアは少年(しょうねん)見下(みお)ろして()った。


「これでもう、秘儀呪文(ひぎじゅもん)(とな)えることはできない。残念(ざんねん)だけど……。あなたにはわずかな魔法力(まほうりょく)しか(のこ)されていないわ」


(みずか)らに(おそ)いかかる猛烈(もうれつ)脱力感(だつりょくかん)とたたかいながら、ロジオンは(いか)りに(ふる)える(こぶし)()がにじむほど(おも)いきり(ゆか)(たた)きつけた。


(きみ)教主(きょうしゅ)正体(しょうたい)だったのか……。(ぼく)たちを平然(へいぜん)(だま)してたのか……!」


「それだけじゃないわ。あなたが寒気(さむけ)がするほど(あま)ったるいお(ぼっ)ちゃんに成長(せいちょう)した姿(すがた)観察(かんさつ)できて、すごく(たの)しかった」


突如(とつじょ)、グランシアの()んだ声音(こわね)ががらりと変調(へんちょう)し、ロジオンは(おも)わず(みみ)(うたが)った。


「あのままだと最悪(さいあく)場合(ばあい)精神(せいしん)荒廃(こうはい)して(こころ)(ひど)くねじ()がった少年(しょうねん)変貌(へんぼう)してるんじゃないかって、ちょっとだけ心配(しんぱい)してたのよ?」


(この(こえ)は……!!まさか!?そんなはずはない……)


「しばらくぶりね、ロジオン。こんな姿(すがた)じゃあ()がつかなくて当然(とうぜん)ね。(もっと)もこちらとしては、魔法力(まほうりょく)増幅(ぞうふく)貢献(こうけん)してもらえて好都合(こうつごう)だったけれど」


みずみずしい美貌(びぼう)(ほこ)(おんな)(かお)凝視(ぎょうし)しながら、(かれ)動転(どうてん)する気持(きも)ちを(おさ)えて、(おそ)(おそ)るその()(くち)にした。


義母(かあ)さん……。マティルデ義母(かあ)さんなんだね?」


(ひさ)しぶりに()ばれたとばかりに、修道女(しゅうどうじょ)はふっと表情(ひょうじょう)をゆるめると、こちらを艶然(えんぜん)微笑(ほほえ)(かえ)した。


「ようこそ、(わたし)祭壇(さいだん)へ。(しかばね)怨霊(おんりょう)グロリオーザ』教主(きょうしゅ)マティルデが、あなたを歓迎(かんげい)するわ」


祭壇(さいだん)(ささ)げられた幾本(いくほん)もの蝋燭(ろうそく)(ほのお)が、無風(むふう)にもかかわらず奇妙(きみょう)にゆらめいた。


()のつながらない(わたし)息子(むすこ)、あなたとこの場所(ばしょ)対面(たいめん)するのをずっと()っていた……」


その(なつ)かしい(こえ)(あま)く、どこか(のろ)われたような(ひび)きをふくんで、大聖堂(だいせいどう)(とどろ)いた。


「あなた、(わたし)()んだと(おも)っていたのでしょう?……無理(むり)もないわね。(わたし)亡骸(なきがら)はちゃんと発見(はっけん)されて(ほうむ)られたんだもの」


極度(きょくど)緊張(きんちょう)ゆえに、ロジオンの口内(こうない)はからからに(かわ)ききっていた。


(おか)(うえ)立派(りっぱ)墓標(ぼひょう)もあるわ。でも……(たましい)まではどうかしら?(わたし)(やす)らかに(てん)()されるとでも(おも)った?」


ロジオンは(のど)湿(しめ)らすために、唾液(だえき)無理(むり)()みこんだ。


「あの廃墟(はいきょ)には(ふた)つの秘密(ひみつ)があったわ。(ひと)つはあなたも承知(しょうち)のように、『(くろ)(へび)』の(かく)された本拠地(ほんきょち)だったこと。そしてもう(ひと)つは、(ふる)くからの()(つた)えにすぎないとされていた(うわさ)本当(ほんとう)だったこと」


「──!?──」


悪霊(あくりょう)()みついてるっていうあれね。あなたも(おさな)いころさんざん()かされたでしょう。正確(せいかく)にいうと()まぐれに悪霊(あくりょう)通過(つうか)する、(たん)なる(とお)(みち)にすぎないのだけど。ここまで(はな)せばあとは想像(そうぞう)がつくでしょう?」


悪霊(あくりょう)契約(けいやく)()わした……」


「そう、簡単(かんたん)なことよ。あの時私(ときわたし)(のこ)されていた選択肢(せんたくし)(ふた)つだけ。すなわち未練(みれん)(のこ)したまま()(むか)えるか、悪霊(あくりょう)(たましい)()(わた)して、(ほか)人間(にんげん)()(うつ)復讐(ふくしゅう)()たすのか……」


ぴんと()りつめた空気(くうき)二人(ふたり)(つつ)んでいた。


「あの()(がけ)から()()りて瀕死(ひんし)状態(じょうたい)をさまよっていた(わたし)思念(しねん)は、たまたま(とお)りかかった悪霊(あくりょう)が、()()きをもちかけたくなるほど(すさ)まじい怨念(おんねん)(かたまり)だったのよ……」


「……(にい)さんのことも、義母(かあ)さんのことも、(ぼく)はとてもショックだった。……(かな)しかったよ。みんな(ぼく)のせいだって(おも)うと、()()()かれそうだった!でもだからって、なんでよりによって(くろ)(へび)』の教主(きょうしゅ)なんかにっ!?」


せつなる(うった)えが、(さけ)びとなって聖堂(せいどう)(ふる)わせた。


(はげ)しく(こぶし)をわななかせると、ロジオンは(いか)りにまかせて(かべ)(たた)きつけた──


じんわりと()(こう)から(いた)みが(ひろ)がってくる。


しかし、それは(こころ)直接響(ちょくせつひび)いてくるような(いた)みなのだ。  

     
()まってるでしょう?すべて復讐(ふくしゅう)のためよ。(わたし)(あい)する息子(むすこ)……セルフィン(ころ)した(にく)教主(きょうしゅ)に、(おな)(くる)しみを(あじ)わわせるためのね」


「……教団(きょうだん)潜入(せんにゅう)するためだけに、信者(しんじゃ)になったってこと?」


「それしかあの(とき)方法(ほうほう)がなかったわ。悪霊(あくりょう)(ちから)で、たまたま廃墟(はいきょ)(ちか)くをさまよっていた修道女(しゅうどうじょ)身体(からだ)()っとって、わざと(くろ)(へび)信者(しんじゃ)拉致(らち)されたの」


あわれな修道女(しゅうどうじょ)グランシアは、マティルデの怨霊(おんりょう)にとりつかれた犠牲者(ぎせいしゃ)にすぎなかったのだ。


最初(さいしょ)抵抗(ていこう)するふりをして……あとは徐々(じょじょ)感化(かんか)されて入信(にゅうしん)したようにみせかけたわ。教団(きょうだん)自然(しぜん)()けこむようにね。(うたが)われてしまったら計画(けいかく)がすべて(みず)(あわ)だもの」


くすりと(うつく)しい口許(くちもと)をゆがめて(おんな)()った。


「それで、(にい)さんを(ころ)した教主(きょうしゅ)はどうなったの!?」


……教主(きょうしゅ)あのしょうもない愚鈍(ぐどん)(おとこ)ね。(わたし)()(うつ)った肉体(にくたい)が、(わか)くて(うつく)しいのが(さいわ)いしたわ。さりげなく(しとね)(さそ)ったら、まんまと()っかかって夜更(よふ)けに寝室(しんしつ)(おとず)れたの」


可笑(おか)しくてしょうがないといった(わら)いをこらえ、(くる)った表情(かお)(みにく)(ゆが)ませたまま、義母(ぎぼ)(のこ)りの言葉(ことば)()()てた。


最期(さいご)はあっけなかったわよ。油断(ゆだん)しているところを血祭(ちまつ)りにしてやったの。心臓(しんぞう)をえぐり祭壇(さいだん)にささげてやったわ。でも、復讐(ふくしゅう)はまだ()わらない……」


マティルデは孤独(こどく)少年(しょうねん)視線(しせん)()えると、あわれむような表情(ひょうじょう)()かべた(あと)(のろ)いの言葉(ことば)をささやいた。


『──刑具(けいぐ)(つみ)教典(きょうてん)禍々(まがまが)しくも(とうと)(しかばね)怨霊(おんりょう)グロリオーザよ。(のろ)われし宿命(しゅくめい)少年(しょうねん)に、()()絶望(ぜつぼう)拘束具(こうそくぐ)を!』


教主(きょうしゅ)背後(はいご)からぬっと(くろ)(かげ)出現(しゅつげん)し、双頭(そうとう)(へび)のように分裂(ぶんれつ)した。


(ふた)つの(かげ)は、ロジオンを両側(りょうがわ)からからめとるように拘束(こうそく)し、(かれ)身体(からだ)をきつく()めあげた。


「うぐっ!?」


ぎりぎりと身体(からだ)(きし)(おと)をたてる。


(ふか)()いこんだ(くろ)触手(しょくしゅ)は、(かれ)容赦(ようしゃ)なく(くる)しみのどん(ぞこ)()()とす。


(ゆる)せないわ……。(だん)じて(ゆる)すことなどできない!あんたがセルフィンの()わりに()ばよかったのよ!!あんたの母親(ははおや)(わたし)(おっと)をたぶらかし、そのあげくあんたが()まれた。フォルトナの末裔(まつえい)。あんたさえいなければ、(わたし)息子(むすこ)(いのち)()とさずに()んだのに……」


義母(ぎぼ)言葉(ことば)呪詛(じゅそ)のように、(かれ)脳髄(のうずい)()()せ、怒涛(どとう)のごとく()めたてた。


「──逆恨(さかうら)みかしら?でもあの()(わたし)運命(うんめい)歯車(はぐるま)(くる)ったほうに(ころ)がり(はじ)めてしまった。もうもとに(もど)すことはできないのよ」


義母(かあ)さん……。生前(せいぜん)、あなたは腹違(はらちが)いの(ぼく)にも()けへだてなく(やさ)しくしてくれた。(うそ)だろ?こんなのって……お(ねが)いだから、(うそ)だと()ってくれよっ!?」


しかし歯牙(しが)にもかけないという()ぶりで、マティルデはあざけるように(はな)一笑(いっしょう)した。


「これだから、(おとこ)ってみんなバカね。うわべの演技(えんぎ)にころっとだまされるんだから。(わたし)慈愛(じあい)()ちた(こころ)(ひろ)母親(ははおや)だっていう世間(せけん)評判(ひょうばん)がほしかっただけ。(いつわ)りの(あい)(えん)じてたのよ。あなただって薄々(うすうす)(かん)づいてたんじゃないの?」


教主(きょうしゅ)(おんな)が、人差(ひとさ)(ゆび)をくるりと(まわ)す。


それに(おう)じて、(くろ)(へび)触手(しょくしゅ)がさらにきつく()まり、完膚(かんぷ)なきまで(かれ)執拗(しつよう)にねじふせた。


「くっ……くるし…い」


(いき)がつまり呼吸(こきゅう)にあえぐと、ロジオンは(りく)()がった(さかな)のようにもがき(くる)しんだ。


「それにしてもあなた、しばらく()ないうちにいい(おとこ)成長(せいちょう)したわね。……(ころ)すのが()しいくらいに」


妖艶(ようえん)()みをうかべながら、マティルデはまるで見透(みす)かすかのように、ロジオンの瞳孔(どうこう)をのぞきこんだ。


想像(そうぞう)(ぜっ)する苦悩(くのう)が、あなたの軟弱(なんじゃく)精神(せいしん)をたたき(なお)したのかしら?あの(おんな)息子(むすこ)でなかったら、魅了(チャーム)魔法(まほう)をかけて(わたし)(とりこ)にしてしまうのに……」


残念(ざんねん)そうに(なや)ましげなため(いき)をつくと、教主(きょうしゅ)恍惚(こうこつ)表情(ひょうじょう)をうかべて、ロジオンの(むね)(くろ)(へび)刻印(こくいん)(ゆび)でなぞった。


「でも、お(あそ)びはもうおしまい。(わたし)のセルフィンはあなたの身代(みが)わりに(てん)()された!今度(こんど)はあなたの(ばん)よ。あの()まわしい女狐(めぎつね)息子(むすこ)!あなたの(いき)()をとめて、生贄(いけにえ)祭壇(さいだん)鮮血(せんけつ)()めてあげるわ!!!」



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