28.屍の怨霊グロリオーザ

文字数 2,170文字




()(まえ)(なが)(わた)廊下(ろうか)(つづ)いている。


まっすぐに()びた緋色(ひいろ)絨毯(じゅうたん)()みしめながら、ロジオンは索漠(さくばく)とした気持(きも)ちのまま自分(じぶん)部屋(へや)へと()かっていた。


(かた)()としうなだれたように(ある)いていた(かれ)は、ふと視線(しせん)をあげたその(さき)にアナベルの姿(すがた)()つけて()ちどまった。


脳裏(のうり)花畑(はなばたけ)での光景(こうけい)一瞬(いっしゅん)にしてよみがえる。


自分(じぶん)(おか)してしまったあやまちを(おも)()し、卑怯(ひきょう)だとは思いつつその()からすぐにでも()()したいような衝動(しょうどう)()られた。


「……………………」


(なが)いような(みじか)いような沈黙(ちんもく)(あと)、あろうことかアナベルはこちらに()()ってきた。


うしろめたい気持(きも)ちを(かか)えたまま、とにかく彼女(かのじょ)(あやま)らなければいけないと、ロジオンは覚悟(かくご)()めて(くち)(ひら)いた。


「「──ごめん」」


偶然(ぐうぜん)二人(ふたり)言葉(ことば)(かさ)なった。


「そんな!(きみ)があやまることなんかないんだよ。(ぼく)(わる)いんだから──」


(はじ)かれたようにロジオンがあわてて謝罪(しゃざい)すると、


「あたしのほうこそ、(おも)わずひっぱたいたりしてごめんなさい──」


()()りそうな(ちい)さな(こえ)でアナベルがつぶやいた。二人(ふたり)空気(くうき)がふっと(なご)んだように(かん)じた。 


アナベルに謝罪(しゃざい)することができて、ロジオンはすっと(かた)()()りたようだった。


「じゃあ………(よる)()えるから、(はや)部屋(へや)(もど)ったほうがいいよ」


そう()(のこ)して()()ろうとしたロジオンを()()めようとして、アナベルはとっさに(かれ)(ふく)のすそをつかんでいた。


(おも)わずどきりとして反射的(はんしゃてき)()ちどまってしまう。


(かれ)がふり(かえ)ると、そこには真剣(しんけん)()自分(じぶん)()つめるアナベルの姿(すがた)があった。


「あたし、今日(きょう)はロジオンがいろんなこと(はな)してくれてうれしかった……。だから、あなたのこともっと()りたいの………!」


彼女(かのじょ)純粋(じゅんすい)好意(こうい)から、その言葉(ことば)(くち)にしていた。


だが、()(はん)して(かれ)はハッと表情(ひょうじょう)をかたくすると、瞬時(しゅんじ)()をふせた。そして()(はな)すようにそっけなく()った。


()らないほうがいいことも、あると(おも)うよ──」


二人(ふたり)(あいだ)(へだ)てるように、(ひら)いた(まど)から(かぜ)()()けていった。


アナベルを()()りにして、ロジオンはその()(あと)にした。

        ☆

漆黒(しっこく)(やみ)()りつぶされた石室(せきしつ)()


天蓋(てんがい)におおわれた台座(だいざ)内奥(ないおく)にたたずむ人影(ひとかげ)(ひと)つ………。


(しかばね)怨霊(おんりょう)というまがまがしい(ふた)()をかかげる教主(きょうしゅ)としては、()つかわしくないほど細見(ほそみ)身体(からだ)豪奢(ごうしゃ)玉座(ぎょくざ)にあずけている。


硝子(ガラス)のような(ひとみ)感情(かんじょう)をくり()いたように生気(せいき)をうしない、この()(もの)とは(しん)じがたいほど生命(せいめい)希薄(きうす)さを(かん)じさせた。


信者(しんじゃ)畏怖(いふ)される象徴(しょうちょう)であり(つづ)けることはすでに放棄(ほうき)していた。


グロリオーザはあの宣託(せんたく)同時(どうじ)崩壊(ほうかい)をはじめ、すでに壊滅寸前(かいめつすんぜん)まで()いこまれている。


忠実(ちゅうじつ)部下(ぶか)(のこ)し、信者(しんじゃ)たちは宗派(セクト)離反(りはん)する(もの)(あと)()たない。


しかし、そんなことはもうどうでもよかった。


肉体(にくたい)精神(せいしん)融合(ゆうごう)という限界(げんかい)(ちか)づいていたこともあるが、現世(げんせ)執着(しゅうちゃく)させる発端(ほったん)となったできごとが終焉(しゅうえん)(むか)えようとしていた。


「セルフィン………」


うめくようにささやかれた言葉(ことば)


教主(きょうしゅ)瞳孔(どうこう)にほんのわずかだが、(たましい)のともしびが宿(やど)ったようだった。


「………達成(たっせい)される(とき)()たり。()まわしきフォルトナの末裔(まつえい)よ………宿命(しゅくめい)翻弄(ほんろう)され、(あい)する(もの)をうばわれる(くる)しみの業火(ごうか)()かれるがよい………」

        ☆

(くろ)(へび)グロリオーザの教主(きょうしゅ)鎮座(ちんざ)する主祭壇(しゅさいだん)()


そこに(つう)じる唯一(ゆいいつ)(とびら)


その警護(けいご)にあたっている黒装束(くろしょうぞく)(おとこ)司教(しきょう)サルヴァルはただならぬ気配(けはい)察知(さっち)して、即座(そくざ)(ふところ)から()()した二本(にほん)短刀(たんとう)殺気(さっき)(ただよ)方角(ほうがく)目掛(めが)けて()げつけた。


「──ちっ」


(かれ)舌打(したう)ちすると苦々(にがにが)しい表情(ひょうじょう)で、(いし)(かべ)()()った二本(にほん)短刀(たんとう)(にら)みつけた。


「ムスタインか………」


「──いい加減(かげん)になれろよな。仲間(なかま)侵入者(しんにゅうしゃ)錯覚(さっかく)するのは、自分(じぶん)(おろ)かさを露呈(ろてい)してるようなもんだぜ」


鴉色(からすいろ)長髪(ちょうはつ)(ちゅう)()いたように(ただよ)った。


黒衣(こくい)をひるがえして()(まえ)(あらわ)れたムスタインという(おとこ)は、皮肉(ひにく)っぽい調子(ちょうし)でそう(こた)えると、(くちびる)から鋭利(えいり)犬歯(けんば)をのぞかせて(わら)った。


「ある意味(いみ)、おまえは(てき)だと(おも)うがな」


サルヴァルは神経質(しんけいしつ)そうに眼鏡(めがね)のフレームを(ゆび)()()げると、(うたが)うような()やりとしたまなざしをムスタインに()げかけた。


「──宗派(セクト)(ちが)うだけで、いつまで()ってもお(きゃく)さんあつかいか。もっと仲良(なかよ)くしてくれたって一向(いっこう)にかまわないんだけどなぁ、(おれ)は」


ムスタインの(むね)(かざ)記章(きしょう)


サルヴァルの髑髏(どくろ)紋様(もんよう)とは(こと)なる大蛇(だいじゃ)のレリーフが、無慈悲(むじひ)(かがや)きを()す。


貴様(きさま)無駄口(むだぐち)ばかり(たた)いてかなわん。今回(こんかい)用件(ようけん)はなんだ?」


「おまえに()うことは(なに)もねぇよ。教主(きょうしゅ)()って直接話(ちょくせつはな)す。ただ、それだけさ」


「な………なんだと!?ふざけてるのか!!」


(おれ)はいついかなる(とき)でも正気(しょうき)だけどね。周囲(しゅうい)(みと)めてくれないってだけで………。なんか天涯孤独(てんがいこどく)だなぁ」


ムスタインは道化(どうけ)のようにつぶやくと、(おお)げさな演技(えんぎ)がかった()ぶりで(てん)(あお)いでみせた。


孤独(こどく)──か。(つち)中深(なかふか)(ねむ)れば、おまえも永遠(えいえん)(やす)らぎが()られるだろう。(おく)ってやろうか?(いま)ここで──」


有無(うむ)をいわさず(はな)たれる一閃(いっせん)(かぜ)()(おと)
そして──


「いいねぇ。棺桶(かんおけ)への送別会(そうべつかい)ってか?招待状(しょうたいじょう)はちゃんと(おく)ってからにしてくれよ。礼儀作法(れいぎさほう)(おも)んじるグロリオーザの司教(しきょう)さんらしく、さ?」


(いきお)いよく落下(らっか)して石畳(いしだたみ)反響(はんきょう)する金属音(きんぞくおん)


(ふた)つに()れた(やいば)だけをその()(のこ)し、ムスタインは姿(すがた)()した。


空間(くうかん)にかき()えるように忽然(こつぜん)といなくなったのだ。



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