76.秘められた淡い想い

文字数 2,726文字




(きみ)魔法(まほう)(ぼく)治癒(ちゆ)してくれなかったら、(あぶ)なかったってアナベルから()いたよ」


無事(ぶじ)大聖堂(だいせいどう)(もど)ってきた二人(ふたり)姿(すがた)()にして、グランシアは安堵(あんど)したように一呼吸(ひとこきゅう)つくとたおやかに微笑(ほほえ)んだ。


「ほんとうに無茶(むちゃ)するわよねぇ。あたしたちがいなかったらどうなっていたか……」


(こし)両手(りょうて)をあてて大仰(おおぎょう)にため(いき)をつき、アナベルが(かたわ)らにいたロジオンをじっと(にら)むと、(かれ)(こま)ったような表情(ひょうじょう)をうかべて苦笑(にがわら)いした。


誤解(ごかい)はちゃんと()けましたか?」


真顔(まがお)でそう()われて、ロジオンは一瞬(いっしゅん)鼻白(はなじろ)む。


グランシアの言葉(ことば)()けて、あらためて二人(ふたり)はお(たが)いに(かお)見合(みあ)わせた。


多少(たしょう)()(ちが)いはあったものの、(かれ)らは(はな)しあったおかげで(こころ)(かよ)わせることができた。


問題(もんだい)氷解(ひょうかい)したあとに()わした抱擁(ほうよう)(おも)()し、二人(ふたり)(すこ)()れたように(わら)った。


「……よかった。ちゃんと仲直(なかなお)りできたみたいですね」


「おかげさまで。それにしても高位(こうい)神聖(しんせい)魔法(まほう)って(すご)いんだね。あれだけ(ふか)(きず)もすっかり()えたようで(いた)みもない。(きみ)のおかげだ。ありがとう……。さっきは(あわ)てていてお(れい)もろくに()えなかった」 


(わたし)聖職者(せいしょくしゃ)として、()たり(まえ)のことをしたまでです。それよりも感謝(かんしゃ)言葉(ことば)ならアナベルさんにかけてあげてください。彼女(かのじょ)(ちから)なしではあなたを(すく)うことはできなかったと(おも)います」


(きゅう)(おも)いもよらず(はなし)矛先(ほこさき)をむけられて、アナベルは(すこ)()動転(どうてん)したようだった。


「あ、あたしはただ(いの)っただけでなにも……そ、そうだったわ。これ(かえ)すの(わす)れるところだった」


アナベルはそう()うと、()()けていた護符(タリスマン)慎重(しんちょう)(くび)から(はず)し、グランシアに手渡(てわた)そうとした。


だが、彼女(かのじょ)はさしだされた()をやんわりと制止(せいし)した。


そっと(つつ)みこむようにして、()のひらのなかの(もの)をふたたび(にぎ)らせた。


「これはあなたに()()げます……」


「そんなっ!こんな高価(こうか)(もの)もらえないわ!それにすごく大切(たいせつ)(もの)なんじゃないかしら……?」


「ええ。(とお)()旅立(たびだ)(わたし)のために、(ちち)()たせてくれた家宝(かほう)です」


あまりのことに茫然(ぼうぜん)として、アナベルが言葉(ことば)をうしなって彼女(かのじょ)(かお)()つめていると、その視線(しせん)()づいたのかグランシアは、ふっと(ちい)さく微笑(ほほえ)んだ。


「だからこそ罪滅(つみほろ)ぼしになるんです。この護符(タリスマン)は、()()先祖代々(せんぞだいだい)(つた)わる魔法(まほう)(しな)太古(たいこ)(たぐい)まれなる魔力(まりょく)()めた石板(せきばん)欠片(かけら)(もち)いて(つく)られたとか」


「そんな大層(たいそう)なもの、なおさら……」


アナベルが困惑(こんわく)表情(ひょうじょう)をうかべるなか、グランシアは(しず)かに(かた)(つづ)ける。


()れない土地(とち)()らす(わたし)にとって、(なが)いあいだ(こころ)(はげ)みになっていた宝物(たからもの)でした。でも、(いま)はあなたがたの(やく)()つことで、(わたし)(すく)われる……!」


「グランシア……!?」


「お二人(ふたり)がいない(あいだ)にこの場所(ばしょ)(しず)かな(とき)()ごし、(みずか)らの精神(せいしん)()()っているうちに、記憶(きおく)彼方(かなた)()いやられていたさまざまなことを(おも)()しました。(わたし)のほうこそずいぶんと、お二人(ふたり)迷惑(めいわく)をかけてしまったようですね」


「そんな……迷惑(めいわく)だなんて!(きみ)悪霊(あくりょう)憑依(ひょうい)され、利用(りよう)されていただけなんだよ?」


(たし)かに……。物事(ものごと)表面(ひょうめん)だけ()ればそうかもしれません。けれど、実際(じっさい)には(わたし)(こころ)(すき)があったのです。聖職者(せいしょくしゃ)として致命的(ちめいてき)なほどの(すき)が。……そうでなければあり()ないことです」


(だれ)だって(こころ)(よわ)さはある……!」


(あお)(ひとみ)(ちから)をこめて、懸命(けんめい)(うった)えかけようとするロジオンの姿(すがた)をまぶしげに()つめると、グランシアはうわ(ごと)のように言葉(ことば)(つむ)()した。


「あなたはお兄様(にいさま)に、目元(めもと)がとてもよく()ているんですね……」


「えっ………?」


はっとしたように(うご)きを()めると、(かれ)(しん)じられないものでも()るような()で、修道女(しゅうどうじょ)姿(すがた)(なが)めずにはいられなかった。


(はかな)げな(ひかり)宿(やど)したその双眸(そうぼう)には、(あわ)思慕(しぼ)のようなものが()(かく)れしていた。


「アナベルさんと(はなし)をしていて(おも)()したんです。ルンドクイスト()のご子息(しそく)のことを。(わたし)はあなたのお兄様(にいさま)セルフィン(さま)面識(めんしき)があるのです。とはいってもほとんど会話(かいわ)()わしたこともないのですけど」


そう()ってグランシアは(さび)しげに睫毛(まつげ)をふせた。


(にい)さんを()っているの!?」


その発言(はつげん)(おどろ)きを(かく)せなかったのはロジオンだった。


必死(ひっし)記憶(きおく)(いと)手繰(たぐ)ると、故郷(こきょう)()()った人々(ひとびと)(かお)可能(かのう)なかぎり(おも)()かべようとする。


「ええ、よく(わたし)所属(しょぞく)する教会(きょうかい)にいらしてましたから。(まち)でも(おとうと)のあなたとご一緒(いっしょ)のところをお()かけしたことがあって、それで兄弟(きょうだい)なんだって(おぼ)えていたんです」


「そういえば……。あんまり信神深(しんしんぶか)(ひと)じゃなかったんだけど、(しゅう)一度(いちど)礼拝(れいはい)だけは()かさず(かよ)っていたような()がするよ」


(わたし)はあなたのお兄様(にいさま)礼拝(れいはい)(おとず)れるのを、いつも心待(こころま)ちにしていました。お()かけするだけで(むね)がときめいて……。それが(きび)しい修道院(しゅうどういん)で、(わたし)のささやかな唯一(ゆいいつ)(こころ)(ささ)えでした」


グランシアは無垢(むく)修道女(しゅうどうじょ)らしく、()ずかしそうに(ほお)()めると視線(しせん)()とした。


「でも、(わたし)修道女(しゅうどうじょ)恋焦(こいこ)がれることは(ゆる)されぬ()……。もどかしい(おも)いを(むね)()めながら、日常(にちじょう)淡々(たんたん)()ごしていました。──あの()までは。あの()、そう、たった一度(いちど)だけ。あの(ひと)から(こえ)をかけてもらったことがあるんです」


「ねっ!ねっ!それで、お(にい)さんからはなんて(はな)しかけられたの?」


いつの()(こい)(はなし)乙女(おとめ)大好物(だいこうぶつ)である。


がぜん興味(きょうみ)宿(やど)した双眸(そうぼう)(かがや)かせ、アナベルはせっつくように(つづ)きをうながしている。


それをちょっと()気味(ぎみ)に、(とお)くからロジオンが()つめている。


かくいう(かれ)内心(ないしん)では、可憐(かれん)修道女(しゅうどうじょ)()(あに)(こい)行方(ゆくえ)()になってきてはいたのだが。


「──いつも(きみ)()てるって。ただ、一言(ひとこと)だけ。すれ(ちが)いざま耳打(みみう)ちするように、そっとささやきかけてくださったんです」


「きゃ~っ!!それでそれで?」


ガールズ・トークの()りについてゆけず、すっかり()(のこ)されたようになったロジオンは、うつむくと(ゆか)小石(こいし)蹴飛(けと)ばしていた。


(……(にい)さんはあいかわらず気障(きざ)なんだから……)


過去(かこ)(あに)姿(すがた)(おも)()こして、(おとうと)気恥(きは)ずかしいような複雑(ふくざつ)心境(しんきょう)でそうぼやいていた。


()いあがるくらいにうれしくて……!!修道女(しゅうどうじょ)としてあるまじき(つみ)(おか)しました。どうしてもその()のうちにもう一度(いちど)()いしたかった……。いえ、姿(すがた)()るだけでよかったんです」


そこまで一息(ひといき)()()えると、グランシアはふっと眉根(まゆね)()せて(くる)しそうな(かお)になった。


(みずか)らの(あやま)ちを後悔(こうかい)する(もの)共通(きょうつう)の、(ふか)(かな)しみをたたえた双眸(そうぼう)で、彼女(かのじょ)自分(じぶん)信奉(しんぽう)する(かみ)(まえ)告白(こくはく)した。


()がつくと(わたし)(きん)(おか)して()()していました。セルフィン(さま)があなたと一緒(いっしょ)禁断(きんだん)(もり)(はい)ってゆくのをお()かけしました」


「じゃあ、あの(とき)、やはり(きみ)もあの場所(ばしょ)に……!!」


「ええ。(すこ)躊躇(ためら)いましたがどうしても()になって、(わたし)もその(あと)()ったのです。(こい)という魔物(まもの)(とら)われて、目先(めさき)現実(げんじつ)()えなくなっていたのです」



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