……ズキン……ズキン……ズキン……
血管が
拡張して
圧迫するように、
急に
頭の
両側から
締めつけてくる。
なにか
呪いのような
文言が、
頭のなかで
渦を
巻いている。
怒涛のような
勢いで、
呪詛が
脳内をひしめき
合う。
「……な、なんだこれ……い、
痛っ、……あ、
頭が……
割れる……」
ラグシードは
苦しそうに
肩で
荒く
息をしながら、
必死に
正気を
保とうとこころみた。
だが、
痛みは
治まるどころか
激しさを
増す
一方で、だらだらと
額からとめどもなく
脂汗を
垂れ
流させるだけだった。
「……ラグシード……ッ!」
「──
近寄るな!」
彼は
語気鋭く
叫んで、
本能的にリームから
飛び
退るようにして
離れた。
しばらくそのまま
肩で
息をしていたが、
琥珀色の
双眸を
見開くと、
険しい
形相のままその
場から
動けなくなった。
「……いいから……もう、ほっといてくれ……よ……」
ラグシードはやっとのことで、
腹の
底から
声を
絞り
出して
言った。
こんな
自制が
効かない
状態で、
万が
一、
近くにいる
彼女に
危害を
与えてしまったらと
思うと、
不安で
気が
狂いそうになった。
「だって……」
「うるせえっ!!」
頭ごなしに
怒鳴られて、
歩み
寄りかけていたリームの
足がすくんだようにして
止まった。
いつもは
強気なその
表情に、
非難と
同時にどこかおびえが
見える。
押し
黙ったまま
立ちすくむ
彼女を
目にして、ラグシードは
激しい
後悔にさいなまれた。
(……どうして
俺は、いつもいつも……)
自分を
心配してくれる
人を、
傷つけるような
態度をとってしまうのだろう。
大切な
人にほど
無神経にふるまい、ときに
乱暴な
言葉を
投げつけてしまうのだろう。
いぜん、
頭のなかは
得体の
知れない
呪詛で、
今にもはちきれそうになっていた。
抑えきれない
激痛で、どうにかなってしまいそうになる。
一瞬、ロジオンの
顔がうかんだ。
(これじゃ……
助けにもいけねぇ……)
根拠もないのに
一人で
大丈夫だからと、
目の
前の
誘惑を
前にあっさりと
任務を
放り
投げようとした。
無責任で
薄情な
自分。
主従関係をわきまえない
護衛。
それを
友情みたいなもんだと
勝手に
変換し、
兄貴面して
平気で
押しつける──
「……
最っ
低なヤツだな、
俺って……」
両手で
頭を
抱えたまま、うめくようにそう
吐き
捨てる。
猛烈に
眩暈がする。
彼は
不本意にも
一瞬だが
意識をうしないかけた。
「……しっかりして!」
力強い
声でそう
呼びかけられて、とたんに
目が
覚める。
心配そうに
彼を
見守っていたリームは、すぐさま
異変に
気づいたようだった。
今度は
臆することなく
駆け
寄ると、
機敏なようすでラグシードの
背後にまわり、
両腕でやさしく
包みこむようにして
彼を
支えた。
その
温かい
感触に、ラグシードは
驚いたように
瞬きをする。
「──さっきは、ごめん──」
気づくとそう、
素直にあやまっていた。
彼は
気まずいような
物憂げな
微笑を、
口許にかすかに
浮かべる。
その
表情ですべてを
察したのか、エルフの
娘は
小さく
微笑んで
静かにかぶりをふった。
「……いいの。いまは
休んで……」
彼女の
言葉に、
少しほっとしたように
青年は
息を
吐く。
甘えさせてもらっていることに
最大限の
感謝をしながら、
彼は
痛みの
寸暇を
縫って
思考をめぐらした──
(ここ
最近になってから……あきらかに
頭痛の
頻度が
増えた……なぜ…なんだ……?)
ラグシードは
痛む
頭に
悩まされながら、
懸命に
答えを
探し
求めようとするも……。
煙に
巻かれたように、
答えが
導き
出せずにうろたえていた。
(……
畜生……こんな
時だって……いうのに……ッ!!)
心配そうな
瞳でじっとエルフの
娘が、こちらの
顔色を
肩越しにのぞきこんでくる。
眉根を
寄せた
青年の
顔はいつもより
蒼白なうえに、その
唇までもが
色味をうしなっていた。
「……はぁっ……はぁ……」
肩を
大きく
震わせて
上下に
動かすものの、
彼は
呼吸をするのもままならないようだった。
必死に
落ち
着かせようとこころみたが、
呼気がいちじるしく
乱れて
苦しそうだ。
(よりによって……
弱みを
見せたくない
女の
前で、
醜態をさらす
羽目になっちまった。なっさけないぜ……
俺……)
わずかに
力を
抜いて、ラグシードが
彼女の
肩にもたれかかってきた。
(……
限界だ……。……いつも
役立たずですまねぇ……ロジオン……)
そのまま
観念したように
目蓋を
閉じる。
次第に
全身の
力が
抜けてゆき、
最後には
意識が
途絶えた。
身体を
預けてくる
青年の
重たさを
感じながら、リームは
不安にかられて
心中でつぶやいた。
(……このようすじゃ、すぐには
大聖堂に
駆けつけられない……!ロジオン
君、
一人で
大丈夫かしら……)
☆
翼を
羽ばたかせ
飛翔するセルフィンに
騎乗しながら、ロジオンは
遙か
上空からアトゥーアンの
市街地を
見下ろしていた。
さきほどの
地震のような
大地の
鳴動。
その
影響もあってか、しばしば
崩れた
岩壁や
無残に
落下した
商店の
看板や
街灯などが
見受けられた。
街の
住人たちも
動揺を
隠せないようだったが、さほど
被害が
深刻とは
思えない。
そのことに
安堵を
覚えながら、
目の
前に
差し
迫ってきた
荘厳な
二つの
尖塔を
真剣なまなざしで
見つめた。
アトゥーアン
大聖堂。
太陽の
女神を
崇拝する
信者たちの
砦。
遠くから
見たときに
煙があがっていたと
思われる
場所は、やはり
堅牢な
壁に
囲まれた
中庭の
大庭園。
四つの
天高くそびえる
石柱に
守られた
石碑を
押しのけて、
巨大な
穴が
空いている。
(これがすべての
元凶か……)
地下墓所とつながっていたために、
異様な
妖気とともに
生ける
屍がぞくぞくと
地底から
這い
出してきている。
一か
月前、
自らの
手で
殲滅したはずの
死霊が、ふたたび
甦って
大聖堂を
襲う。
その
背後には
『棺の間』の
封印から
解き
放たれた
魔物がなんらかの
形で
関わっている。
その
事実に、もはや
疑う
余地はなかった。
「きゃああああ!!」
瞬間、
空気をつんざくような
悲鳴が
響きわたった。
声がした
方角を
見下ろすと、
壁にひとり
追いつめられた
修道女が、
恐怖で
身をすくませていた。
おそらくまだ
未熟で、
魔法力もとうに
尽きてしまったのだろう。
数多いる
神官たちも
皆自身の
敵をさばくことで
手一杯で、
誰も
助けに
駆けつけるようすはない。
(──くそっ!
今から
魔法を
唱えたんじゃ
間に
合わない!ならば──)
彼は
上空から
勢いよく
振りかぶって、
聖水の
瓶を
投げつけた。
ちょうど
修道女に
襲いかかろうとしていた
生ける
屍。
その
頭部に
命中し、
聖なる
水は
死霊のきらう
高貴で
神聖な
浄化された
気を
周囲に
放った。
その
隙にロジオンは
呪文を
詠唱しながら
地上に
肉薄し、
合成獣の
背から
素早く
大地に
降り
立った。
瞬時に
敵目がけて
口早に、
魔法の
言葉を
発動する。
『……フォーチュン・タブレット第一篇・炎の魔法円』
【 罪人に刻む赤熱の烙印! 】
通常より
威力を
増した
炎の
塊がどんどん
膨れあがり、その
場にいた
生ける
屍をすべて
焼き
払った。
(──この
護符、やっぱり
凄いや……)
思わず
感嘆をこめて
首から
下げた
魔法石を
見つめていると、さきほどの
修道女が
駆け
寄ってきた。
「ああ、ありがとうございます。
助けてくださって──」
救われたことを
感謝するように
両手を
組むと、
眩しいものを
見るようなまなざしで
彼女は
言った。
「もしやあなたが──?」
「
大聖堂から
魔物討伐の
依頼を
受けたロジオンという
者です」
「おお、
助かります!
大庭園に
急いでください。このまま
中庭の
回廊を
進めばたどり
着きます」
「──わかりました」
「
神の
御加護を……!」
背後で
唱えられる
祈りの
言葉を
聞きながら、ロジオンは
大庭園に
向かって
駆けだした。