15.最っ低なヤツだな、俺って

文字数 2,982文字




……ズキン……ズキン……ズキン……


血管(けっかん)拡張(かくちょう)して圧迫(あっぱく)するように、(きゅう)(あたま)両側(りょうがわ)から()めつけてくる。


なにか(のろ)いのような文言(もんごん)が、(あたま)のなかで(うず)()いている。怒涛(どとう)のような(いきお)いで、呪詛(じゅそ)脳内(のうない)をひしめき()う。


「……な、なんだこれ……い、(いた)っ、……あ、(あたま)が……()れる……」


ラグシードは(くる)しそうに(かた)(あら)(いき)をしながら、必死(ひっし)正気(しょうき)(たも)とうとこころみた。


だが、(いた)みは(おさ)まるどころか(はげ)しさを()(いっ)(ぽう)で、だらだらと(ひたい)からとめどもなく(あぶら)(あせ)()(なが)させるだけだった。


「……ラグシード……ッ!」


「──近寄(ちかよ)るな!」


(かれ)語気鋭(ごきするど)(さけ)んで、本能的(ほんのうてき)にリームから()退(すさ)るようにして(はな)れた。


しばらくそのまま(かた)(いき)をしていたが、琥珀(こはく)(いろ)双眸(そうぼう)見開(みひら)くと、(けわ)しい形相(ぎょうそう)のままその()から(うご)けなくなった。


「……いいから……もう、ほっといてくれ……よ……」


ラグシードはやっとのことで、(はら)(そこ)から(こえ)(しぼ)()して()った。


こんな自制(じせい)()かない状態(じょうたい)で、(まん)(いち)(ちか)くにいる彼女(かのじょ)危害(きがい)(あた)えてしまったらと(おも)うと、不安(ふあん)()(くる)いそうになった。


「だって……」


「うるせえっ!!」


(あたま)ごなしに怒鳴(どな)られて、(あゆ)()りかけていたリームの(あし)がすくんだようにして()まった。


いつもは強気(つよき)なその表情(ひょうじょう)に、非難(ひなん)同時(どうじ)にどこかおびえが()える。


()(だま)ったまま()ちすくむ彼女(かのじょ)()にして、ラグシードは(はげ)しい後悔(こうかい)にさいなまれた。


(……どうして(おれ)は、いつもいつも……)


自分(じぶん)心配(しんぱい)してくれる(ひと)を、(きず)つけるような態度(たいど)をとってしまうのだろう。


大切(たいせつ)(ひと)にほど無神経(むしんけい)にふるまい、ときに乱暴(らんぼう)言葉(ことば)()げつけてしまうのだろう。


いぜん、(あたま)のなかは得体(えたい)()れない呪詛(じゅそ)で、(いま)にもはちきれそうになっていた。


(おさ)えきれない激痛(げきつう)で、どうにかなってしまいそうになる。


一瞬(いっしゅん)、ロジオンの(かお)がうかんだ。


(これじゃ……(たす)けにもいけねぇ……)


根拠(こんきょ)もないのに一人(ひとり)大丈夫(だいじょうぶ)だからと、()(まえ)誘惑(ゆうわく)(まえ)にあっさりと任務(にんむ)(ほう)()げようとした。


無責任(むせきにん)薄情(はくじょう)自分(じぶん)
主従関係(しゅじゅうかんけい)をわきまえない護衛(ごえい)


それを友情(ゆうじょう)みたいなもんだと勝手(かって)変換(へんかん)し、兄貴面(あにきづら)して平気(へいき)()しつける──


「……(さい)(てい)なヤツだな、(おれ)って……」


両手(りょうて)(あたま)(かか)えたまま、うめくようにそう()()てる。


猛烈(もうれつ)眩暈(めまい)がする。(かれ)不本意(ふほんい)にも一瞬(いっしゅん)だが意識(いしき)をうしないかけた。


「……しっかりして!」


力強(ちからづよ)(こえ)でそう()びかけられて、とたんに()()める。


心配(しんぱい)そうに(かれ)見守(みまも)っていたリームは、すぐさま異変(いへん)()づいたようだった。


今度(こんど)(おく)することなく()()ると、機敏(きびん)なようすでラグシードの背後(はいご)にまわり、両腕(りょううで)でやさしく(つつ)みこむようにして(かれ)(ささ)えた。


その(あたた)かい感触(かんしょく)に、ラグシードは(おどろ)いたように(まばた)きをする。


「──さっきは、ごめん──」


()づくとそう、素直(すなお)にあやまっていた。


(かれ )()まずいような物憂(ものう)げな微笑(びしょう)を、口許(くちもと)にかすかに()かべる。


その表情(ひょうじょう)ですべてを(さっ)したのか、エルフの(むすめ)(ちい)さく微笑(ほほえ)んで(しず)かにかぶりをふった。


「……いいの。いまは(やす)んで……」


彼女(かのじょ)言葉(ことば)に、(すこ)しほっとしたように青年(せいねん)(いき)()く。


(あま)えさせてもらっていることに最大限(さいだいげん)感謝(かんしゃ)をしながら、(かれ)(いた)みの寸暇(すんか)()って思考(しこう)をめぐらした──


(ここ最近(さいきん)になってから……あきらかに頭痛(ずつう)頻度(ひんど)()えた……なぜ…なんだ……?)


ラグシードは(いた)(あたま)(なや)まされながら、懸命(けんめい)(こた)えを(さが)(もと)めようとするも……。


(けむ)()かれたように、(こた)えが(みちび)()せずにうろたえていた。


(……畜生(ちくしょう)……こんな(とき)だって……いうのに……ッ!!)


心配(しんぱい)そうな(ひとみ)でじっとエルフの(むすめ)が、こちらの顔色(かおいろ)肩越(かたご)しにのぞきこんでくる。


眉根(まゆね)()せた青年(せいねん)(かお)はいつもより蒼白(そうはく)なうえに、その(くちびる)までもが色味(いろみ)をうしなっていた。


「……はぁっ……はぁ……」


(かた)(おお)きく(ふる)わせて上下(じょうげ)(うご)かすものの、(かれ)呼吸(こきゅう)をするのもままならないようだった。


必死(ひっし)()()かせようとこころみたが、呼気(こき)がいちじるしく(みだ)れて(くる)しそうだ。


(よりによって……(よわ)みを()せたくない(おんな)(まえ)で、醜態(しゅうたい)をさらす羽目(はめ)になっちまった。なっさけないぜ……(おれ)……)


わずかに(ちから)()いて、ラグシードが彼女(かのじょ)(かた)にもたれかかってきた。


(……限界(げんかい)だ……。……いつも役立(やくた)たずですまねぇ……ロジオン……)


そのまま観念(かんねん)したように目蓋(まぶた)()じる。


次第(しだい)全身(ぜんしん)(ちから)()けてゆき、最後(さいご)には意識(いしき)途絶(とだ)えた。


身体(からだ)(あず)けてくる青年(せいねん)(おも)たさを(かん)じながら、リームは不安(ふあん)にかられて心中(しんちゅう)でつぶやいた。


(……このようすじゃ、すぐには大聖堂(だいせいどう)()けつけられない……!ロジオン(くん)一人(ひとり)大丈夫(だいじょうぶ)かしら……)

        ☆

(つばさ)()ばたかせ飛翔(ひしょう)するセルフィンに騎乗(きじょう)しながら、ロジオンは(はる)上空(じょうくう)からアトゥーアンの市街地(しがいち)見下(みお)ろしていた。


さきほどの地震(じしん)のような大地(だいち)鳴動(めいどう)


その影響(えいきょう)もあってか、しばしば(くず)れた岩壁(いわかべ)無残(むざん)落下(らっか)した商店(しょうてん)看板(かんばん)街灯(がいとう)などが見受(みう)けられた。


(まち)住人(じゅうにん)たちも動揺(どうよう)(かく)せないようだったが、さほど被害(ひがい)深刻(しんこく)とは(おも)えない。


そのことに安堵(あんど)(おぼ)えながら、()(まえ)()(せま)ってきた荘厳(そうごん)(ふた)つの尖塔(せんとう)真剣(しんけん)なまなざしで()つめた。





アトゥーアン大聖堂(だいせいどう)
太陽(たいよう)女神(めがみ)崇拝(すうはい)する信者(しんじゃ)たちの(とりで)


(とお)くから()たときに(けむり)があがっていたと(おも)われる場所(ばしょ)は、やはり堅牢(けんろう)(かべ)(かこ)まれた中庭(なかにわ)大庭園(だいていえん)


(よっ)つの天高(てんたか)くそびえる石柱(せきちゅう)(まも)られた石碑(せきひ)()しのけて、巨大(きょだい)(あな)()いている。


(これがすべての元凶(げんきょう)か……)


地下墓所(ちかぼしょ)とつながっていたために、異様(いよう)妖気(ようき)とともに()ける(しかばね)がぞくぞくと地底(ちてい)から()()してきている。


(いっ)月前(げつまえ)(みずか)らの()殲滅(せんめつ)したはずの死霊(しりょう)が、ふたたび(よみがえ)って大聖堂(だいせいどう)(おそ)う。


その背後(はいご)には(ひつぎ)()封印(ふういん)から()(はな)たれた魔物(まもの)がなんらかの(かたち)(かか)わっている。


その事実(じじつ)に、もはや(うたが)余地(よち)はなかった。


「きゃああああ!!」


瞬間(しゅんかん)空気(くうき)をつんざくような悲鳴(ひめい)(ひび)きわたった。


(こえ)がした方角(ほうがく)見下(みお)ろすと、(かべ)にひとり()いつめられた修道女(しゅうどうじょ)が、恐怖(きょうふ)()をすくませていた。


おそらくまだ未熟(みじゅく)で、魔法力(まほうりょく)もとうに()きてしまったのだろう。


数多(あまた)いる神官(しんかん)たちも皆自身(みなじしん)(てき)をさばくことで手一杯(ていっぱい)で、(だれ)(たす)けに()けつけるようすはない。


(──くそっ!(いま)から魔法(まほう)(とな)えたんじゃ()()わない!ならば──)


(かれ)上空(じょうくう)から(いきお)いよく()りかぶって、聖水(せいすい)(びん)()げつけた。


ちょうど修道女(しゅうどうじょ)(おそ)いかかろうとしていた()ける(しかばね)


その頭部(とうぶ)命中(めいちゅう)し、(せい)なる(みず)死霊(しりょう)のきらう高貴(こうき)神聖(しんせい)浄化(じょうか)された()周囲(しゅうい)(はな)った。


その(すき)にロジオンは呪文(じゅもん)詠唱(えいしょう)しながら地上(ちじょう)肉薄(にくはく)し、合成獣(キメラ)()から素早(すばや)大地(だいち)()()った。


瞬時(しゅんじ)敵目(てきめ)がけて口早(くちばや)に、魔法(まほう)言葉(ことば)発動(はつどう)する。


『……フォーチュン・タブレット第一篇(だいいっぺん)(ほのお)魔法円(まほうえん)


罪人(つみびと)(きざ)赤熱(せきねつ)烙印(らくいん)! 】


通常(つうじょう)より威力(いりょく)()した(ほのお)(かたまり)がどんどん(ふく)れあがり、その()にいた()ける(しかばね)をすべて()(はら)った。


(──この護符(タリスマン)、やっぱり(すご)いや……)


(おも)わず感嘆(かんたん)をこめて(くび)から()げた魔法石(まほうせき)()つめていると、さきほどの修道女(しゅうどうじょ)()()ってきた。


「ああ、ありがとうございます。(たす)けてくださって──」


(すく)われたことを感謝(かんしゃ)するように両手(りょうて)()むと、(まぶ)しいものを()るようなまなざしで彼女(かのじょ)()った。


「もしやあなたが──?」


大聖堂(だいせいどう)から魔物討伐(まものとうばつ)依頼(いらい)()けたロジオンという(もの)です」


「おお、(たす)かります!大庭園(だいていえん)(いそ)いでください。このまま中庭(なかにわ)回廊(かいろう)(すす)めばたどり()きます」


「──わかりました」


(かみ)御加護(ごかご)を……!」


背後(はいご)(とな)えられる(いの)りの言葉(ことば)()きながら、ロジオンは大庭園(だいていえん)()かって()けだした。



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