19.遅れてやって来た護衛

文字数 3,032文字




定刻(ていこく)をむかえた大聖堂(だいせいどう)(かね)が、(とき)()げようとしておごそかに()(ひび)いた。


さきほどの急襲(きゅうしゅう)による「復旧作業(ふっきゅうさぎょう)」に忙殺(ぼうさつ)され──


神官(しんかん)たちは(さき)(あらそ)うように()()い、静謐(せいひつ)回廊(かいろう)はいつになく(さわ)がしい。


(……こんなことになったのも、(ぼく)上位(じょうい)魔法円(まほうえん)使(つか)ったせいでもあるんだよね……)


死霊(しりょう)一掃(いっそう)することには成功(せいこう)したものの、そのさいに大庭園(だいていえん)石碑(せきひ)がある一帯(いったい)()野原(のはら)にしてしまった……。


(うつく)しかった景観(けいかん)もふくめてその損失(そんしつ)(おお)きさと、復旧(ふっきゅう)にたずさわる神官(しんかん)たちの労苦(ろうく)(かんが)えると、自然(しぜん)とロジオンの(かお)はくもった。


(せめて、ラグシードが一緒(いっしょ)(たたか)ってくれてたら、もっと被害(ひがい)()いとめられたと(おも)うんだけど……。(いま)はどこでどうしているやら)


案内(あんない)されて(とお)された司祭長(しさいちょう)()は、(おく)まった通路(つうろ)()()まりにあった。


室内(しつない)はちまたの喧噪(けんそう)さえ、いっさい遮断(しゃだん)するかのようにひっそりと(いき)づいていた。


壁面(へきめん)女神像(めがみぞう)安置(あんち)された祭壇(さいだん)があるほかは、応接(おうせつ)テーブルと革張(かわば)りの(なが)椅子(いす)


使(つか)いこまれた筆記机(ひっきづくえ)書架(しょか)があるだけの、(いの)りにふさわしいごく簡素(かんそ)部屋(へや)だった。


「お()けになって、お()ちください──」


やや緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちで、大司祭(だいしさい)(おとず)れるのを()っていたロジオンだったが──


重厚(じゅうこう)(とびら)がギィーと(おと)()てて(ひら)き、何者(なにもの)かが大股(おおまた)部屋(へや)(はい)ってきた。


「──よっ!(おそ)くなって(わる)い!」


言葉(ことば)とはうらはらにまったく(わる)びれないようすで、余裕(よゆう)たっぷりに(かれ)室内(しつない)(はい)ってきた。


青年(せいねん)はロジオンの(とな)りにどかっと(こし)をすえると、やけに(かた)いな……と(すわ)心地(ごこち)(わる)さをぼやいていた。


「……(きみ)さ、(いま)までどこに()ってたの……?」


あきれと(つか)れとあきらめが()()じった(こえ)で、(やと)(ぬし)息子(むすこ)がたずねる。


「えっと、宿屋(やどや)()てた……」


だいぶ簡潔(かんけつ)すぎるきらいはあるが、(うそ)はついていない。


宿屋(やどや)猛烈(もうれつ)頭痛(ずつう)におそわれたのだが、(いま)はもう(いた)みも()けて(おさ)まっていた。


いつになく不調(ふちょう)(かれ)()(あん)じたリームが、大聖堂(だいせいどう)にも同行(どうこう)すると()ってきかなかったのだが、(かれ)丁重(ていちょう)(ことわ)っておいた。


気持(きも)ちはうれしいけど……(むかし)っから心配(しんぱい)されるのは苦手(にがて)なんだ……。それが()きな(おんな)だったら、なおさらな)


ラグシードが頭痛(ずつう)(なや)まされていることを、おそらくロジオンは()らないだろう。


「──具合(ぐあい)がわるいのか?」とたずねられても、(おお)くの場合(ばあい)一時的(いちじてき)体調不良(たいちょうふりょう)みたいなもの」という説明(せつめい)事足(ことた)りる。


おそらく(いま)までもそうした言葉(ことば)で、(かれ)はそれ以上(いじょう)追及(ついきゅう)退(しりぞ)けてきたのだろう。


「リームが()しかけてきて、おまえがピンチだって()うから()てやったんだぜ」


ラグシードの態度(たいど)からはまったく反省(はんせい)(いろ)()えず、ロジオンは困惑(こんわく)した。


()ようによってはやや、恩着(おんき)せがましいとすら(かん)じるかもしれない。


すべて()わってから()られても(おそ)いのだ。とは、せめて本人(ほんにん)には()うまい。


死霊退治(しりょうたいじ)(かれ)活躍(かつやく)があれば、どれだけ(すく)われただろうか……。とは(おも)うが、すでに()わってしまったことだ。


ロジオンはラグシードに(たい)沈黙(ちんもく)というかたちで、せめてもの温情(おんじょう)をかけてやったつもりだった。


だったの、だが──


「……やっぱり、(おこ)ってる?」


おどけたように(よこ)から(かお)をのぞきこまれて、はーっと、ロジオンが(はい)奥底(おくそこ)から(なが)(なが)いため(いき)をついた。


そもそも(いち)から(じゅう)まで態度(たいど)がなっていない。


護衛(ごえい)という立場(たちば)放棄(ほうき)したような今回(こんかい)(けん)はもちろんのこと、主従関係(しゅじゅうかんけい)としてもどうなのだろう?


ロジオンは自分(じぶん)がこの年上(としうえ)護衛(ごえい)から、当初(とうしょ)から(あま)()られているという認識(にんしき)はあった。


足元(あしもと)()られているというか、なんというか……。


()えないところで、主導権(しゅどうけん)(にぎ)られているように(かん)じることがあるのだ。


(どっちが、ご主人様(しゅじんさま)なんだか……)


そう途方(とほう)()れたくもなるときが、たびたびあった。


しかし、主人(しゅじん)護衛(ごえい)という垣根(かきね)曖昧(あいまい)にしたかったのは、むしろ自分(じぶん)のほうだったかもしれない。


主従関係(しゅじゅうかんけい)よりも、(こころ)のどこかで友情(ゆうじょう)(ほっ)していた(かれ)は──


ラグシードの遠慮(えんりょ)ない物言(ものい)いを、なぜか(この)もしく(おも)ってしまったのも事実(じじつ)だ。


(あに)義母(ぎぼ)()(つづ)けにうしなって崩壊(ほうかい)しかけていた(こころ)均衡(きんこう)が。


(すこ)しずつではあるが修復(しゅうふく)されて、(ひかり)をとり(もど)しつつあったのも、(かれ)との()()いがあったおかげかもしれない。


なんだかんだで、(かげ)になり日向(ひなた)になり(ささ)えてくれたのも、ラグシードだった。


(……ムカつくことも(おお)いけど、ラグには感謝(かんしゃ)してるんだよ。これでも……)


めずらしく(こころ)奥底(おくそこ)から素直(すなお)に、(かれ)(たい)するありがとうの気持(きも)ちがわきあがってきて……


その(おも)いの(たけ)(つた)えようとロジオンが(くち)(ひら)きかけた──


のだが、あっさりとラグシード本人(ほんにん)によって(さえぎ)られてしまった。


「あ、そういやあ、(おれ)(だま)って婚約(こんやく)したって()いたんだけど──。まったく兄貴分(あにきぶん)にもいっさい報告(ほうこく)しないでそんな重要(じゅうよう)()()めをするなんて、仲間(なかま)として風上(かざかみ)にも()けない……って、()いてんのか?おまえ……?」


やっぱり(かれ)(あま)やかして、放任(ほうにん)しすぎたのかもしれない。


それは人間関係(にんげんかんけい)(きず)くうえで()けて(とお)れないものを、どこか億劫(おっくう)がって先送(さきおく)りにした自分(じぶん)怠慢(たいまん)のせい……であるかもしれなかった。


「それなら、残念(ざんねん)ながら承諾(しょうだく)してもらえなかったよ。リルロイさんに反対(はんたい)されたんだ」


「──そっか──」


ロジオンを()づかってなのか、ラグシードは(した)()くと言葉(ことば)をつぐんだ。


「まぁ、無理(むり)もないんだけど……。でも、(たび)()ちの承諾(しょうだく)()られたんだ。だから、アナベルをつれて一緒(いっしょ)(たび)()られるんだよ!それとあと、もう一人(ひとり)……(きみ)()ってる(ひと)同行(どうこう)する予定(よてい)なんだけど……」


()いかけたそのとき、(おも)いのほか(いきお)いよく(とびら)(ひら)いて、見覚(みおぼ)えのある人物(じんぶつ)があわただしく部屋(へや)(はい)ってきた。


彼女(かのじょ)(かた)(いき)をきらしながらも強引(ごういん)呼吸(こきゅう)()()かせると、ぼうぜんと自分(じぶん)()つめる二人(ふたり)()かって()った。


「なんか、()になっちゃって……。あなたたちのことを(はな)したら、あっさりこの部屋(へや)(とお)されたんだけど……よかったかしら……?」


(なが)(かみ)をふり(みだ)して困惑(こんわく)気味(ぎみ)にそう(かた)りかけてきたのは、ラグシードにとっては先刻別(せんこくわか)れたばかりの(うらな)()(むすめ)であった。


「よかったかしらじゃねぇ!なに()しかけて()てんだよ!?他人(ひと)迷惑(めいわく)とか(かんが)えないのかよっ!おまえはさぁっ……!!」


「あなたを心配(しんぱい)してきてやったのに、その()(ぐさ)はなんなのよ!さっきまで()にそうなくらい(くる)しんでたのに、けろっとした(かお)しちゃって可愛(かわい)げないわね!」


自分(じぶん)そっちのけで()(あらそ)いをはじめた両者(りょうしゃ)を、ロジオンはどこか(とお)場所(ばしょ)から(なが)めているような、そんな気分(きぶん)になった。


「──()いて!ロジオン(くん)、この(ひと)ったら、さっきまで(あたま)(いた)いって宿屋(やどや)大騒(おおさわ)ぎしたのよ!!瀕死(ひんし)重病人(じゅうびょうにん)みたいに(あば)れちゃって、もう大変(たいへん)だったんだから──!」


「……瀕死(ひんし)重病人(じゅうびょうにん)、ねえ……?」


若干(じゃっかん)皮肉(ひにく)をこめたつもりだったのだが。


自分(じぶん)でも想像以上(そうぞういじょう)(こえ)()()えとしているな、とロジオンは客観的(きゃっかんてき)にそう(おも)った。


(とな)りでラグシードの(かお)(あお)ざめてゆくのが()てとれた。


「リームさん、その(はなし)(あと)でくわしく(おし)えてくれるかな……?ラグシード、その(いっ)(けん)(ぼく)はなにも()かされていないんだけど?」


ロジオンの肉体(にくたい)から(はっ)せられる(いか)りの波動(はどう)でも(かん)じたのか、こちらをうかがうような弱々(よわよわ)しい(こえ)護衛(ごえい)がつぶやいた。


「ご主人様(しゅじんさま)心配(しんぱい)かけるのは()くないだろうなって、俺流(おれりゅう)()づかいみたいな……?」


都合(つごう)のいいときだけ主人呼(しゅじんよ)ばわりか……。(きみ)ってやつはどうしてこう……」


──コツン、コツン──


(だれ)かが部屋(へや)(ちか)づいてくるのが、反響(はんきょう)する廊下(ろうか)足音(あしおと)でわかった。


(すみ)やかに会話(かいわ)中断(ちゅうだん)すると、静寂(せいじゃく)()りた室内(しつない)におごそかな(とびら)(おと)()(ひび)いた──



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