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文字数 790文字

 署の正面の階段を下りて通りに出ると、夕刻前で交通量が増しつつあったが、それでも非常事態宣言前に比べたら半減している。

 自動車の騒音に紛れて二人は歩いた。その間、会話を交わすことはなかった。
 目指していたラーメン店の前に立ったとき、津村は一瞬振り向いたが通行人はスーパー帰りの女性が一人自転車で走っているのが見えただけだった。

「入りましょ」
 戸に手を掛けると、カウンターから「らっしゃい!」と威勢のいい初老の男性の声が飛んでくる。
「おや、ツムさん! 今日は遅いね!」
 角刈りのその店主が、陽気そうに話し掛けてくる。
「奥の席いいか。今日は客人が、いるんだ」
「おや、珍しい!」
 津村の後ろを歩く裕丈に改めて「らっしゃい」と声を掛けた。

 一番奥のテーブル席に着くなり、津村は「いつもの」といって指を二本立てた。
「半ライス、いります?」
裕丈は小さく首を振った。
「えへへ、それではすみません。僕だけ、いただきます……あと、ライス、一個つけて」
 向き直った津村は、片目を閉じた。
「ここは奢りますんで、まあ食べて、みてください」

 店内は、八〇年代の歌謡曲が流れている。間もなく、ごま油の香りが立つ醤油ラーメンが二つやって来た。
 脂身が少なめのチャーシューが二枚ついて、味玉が浮いているシンプルな一品である。

「はーい、お待たせ!」
「どうぞどうぞ」
 津村が手を差し伸べていうと、BBは恐縮して割り箸を手にした。
「馳走になり申す」
 二人は黙々とそれを食べていた。今では老年期を送る元アイドルの艶やかな歌声と麺をすする音だけがしている。
 結局そのまま二人とも無言のまま食べ終わり、津村が爪楊枝をつまんだ。

「確かに美味でござった」
 裕丈がそういうと津村は「ほらね、そうでしょう?」とおどけて笑った。
 空いたラーメン鉢を下げてもらうと、津村は両方の肘をテーブルの端に突いた。
「さて、お時間を取らせましたな」
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