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文字数 683文字
事件から丸一か月ほど経ち、沙織の誕生日を迎えた。
その日は、春ながら夏を思わせる汗ばむほどの陽気となった。
裕丈は、たまたま週末で仕事も休みだったため、少しばかり朝寝したあと、いつものように一人で買い物に出掛けた。
軽快な服装で過ごせる季節が大好きな彼は、それでいささか浮かれた気分で紫色の花びらをつけたアネモネの小さな花束を買い、近所にある洋菓子店で、二人で一緒に食べるためにやや小ぶりなホールケーキを買って帰った。
今日が彼女の笑顔が少しでも戻ってくる日になるかもしれない。そんな予感めいたものが彼の胸を包んでいた。
軽い足取りでたどり着いたマンションのエントランスから駐車場が見えた。
ちょうどその時、赤色灯をつけた救急車がゆっくりと旋回していた。敷地外に出たところでサイレンが鳴り始める。
マンション管理人である白髪交じりの小柄な女性が、彼の姿を認めると駆け寄ってきた。
「滝川さん!」
救急車で運ばれたのは、彼の同居人であるらしいと告げられた。
沙織は自分の誕生日に、自室のベランダから転落したのだった。
その数時間後には、病院に駆けつけた彼女の両親及び弟と共に、手術室の外廊下で彼女の死亡を知らされた。
沙織の家族から彼女の自死について心当たりがないか訊かれたが、どうやら彼女の身に起きたことを知らない彼らに到底口にはできなかった。
翌朝になり、ようやく自室に帰ってきて気づいたが、彼女のベッドサイドテーブルには、手書きのメッセージが残されていた。
「ひろ君、ごめんなさい」
ただ、それだけであった。
その紙片を手に、彼はただ力なく立ち尽くすしかなかった。
その日は、春ながら夏を思わせる汗ばむほどの陽気となった。
裕丈は、たまたま週末で仕事も休みだったため、少しばかり朝寝したあと、いつものように一人で買い物に出掛けた。
軽快な服装で過ごせる季節が大好きな彼は、それでいささか浮かれた気分で紫色の花びらをつけたアネモネの小さな花束を買い、近所にある洋菓子店で、二人で一緒に食べるためにやや小ぶりなホールケーキを買って帰った。
今日が彼女の笑顔が少しでも戻ってくる日になるかもしれない。そんな予感めいたものが彼の胸を包んでいた。
軽い足取りでたどり着いたマンションのエントランスから駐車場が見えた。
ちょうどその時、赤色灯をつけた救急車がゆっくりと旋回していた。敷地外に出たところでサイレンが鳴り始める。
マンション管理人である白髪交じりの小柄な女性が、彼の姿を認めると駆け寄ってきた。
「滝川さん!」
救急車で運ばれたのは、彼の同居人であるらしいと告げられた。
沙織は自分の誕生日に、自室のベランダから転落したのだった。
その数時間後には、病院に駆けつけた彼女の両親及び弟と共に、手術室の外廊下で彼女の死亡を知らされた。
沙織の家族から彼女の自死について心当たりがないか訊かれたが、どうやら彼女の身に起きたことを知らない彼らに到底口にはできなかった。
翌朝になり、ようやく自室に帰ってきて気づいたが、彼女のベッドサイドテーブルには、手書きのメッセージが残されていた。
「ひろ君、ごめんなさい」
ただ、それだけであった。
その紙片を手に、彼はただ力なく立ち尽くすしかなかった。